—もう一人の私—
「本当に一人遊びが好きね」昔、母は私に言った。
だから私は「一人じゃないよ」と反論したけれど、そう答えると母の表情にハテナが浮かんだ。
小さい頃の私は知らなかったのだ。
みんなの影に、心がないことを。
それから私は中学生になった。バレーボール部に所属し、充実した日々を過ごしている。
「だんだん上手くなってる気がする」
初心者として入部してから、はや三ヶ月が経った。足から体を伸ばした影も、私を見て頷く。
トスをあげ、影のスパイクを打ち返す。今度は影がトスをあげ、私がスパイクを打ち返す。
こういう風に二人でボールを打ち合う練習をしてきた。以前と比べるとやはり、自分が成長してきたのを感じる。
「これからも一緒に頑張ろうね」影はまた頷いた。
光があれば、影がある。私が死ぬまで、影は側にいてくれる。
いつまでもこの子と切磋琢磨して頑張りたいと思う。
お題:光と影
—歩み寄る正義—
最近、この町では詐欺が多発している。学校や銀行等でも注意喚起がされているが、被害が後を絶たない。
「そこの貴方、モデルやりませんか?」
「僕ですか?」
私は黒い背広の男性に肩を叩かれ、呼び止められた。彼の腕にはめられた金色の腕時計が輝いている。
「はい!私はこういう者でございます」
差し出された名刺を受け取った。
彼はアパレルメーカーに勤めており、新作のスーツを着せるモデルを探していると言う。
「貴方なら絶対に似合うと思います!最初は少し登録料がかかるのですが、後でしっかり謝礼はお渡ししますので、是非お願いします」
「へぇ、面白そうですね。やってみようかなぁ……」
彼は笑顔を見せたが、その奥には何か別の気持ちが隠されているように見えた。
「ありがとうございます!それでしたら、名刺に記載している番号に、ご都合の良い時に連絡してください。では失礼します」
「ええ、こちらこそありがとうございます」
スカウトマンは去っていった。
私は彼に気づかれないように着いていきながら、ある場所に無線で連絡した。
「本部、こちら川上。詐欺関係者らしき人物を発見。これより尾行を開始します」
「了解」と短い返事だけが返って来た。
そして、数日後。
詐欺グループの数人が逮捕された。
お題:そして、
—雨宿りの玄関—
夕方に友人と出掛けていた時、雨が降ってきた。朝の時点で雨の予報はなかった為、傘を持っていなかった。
「雨が止むまで、家来る?」
「いいの?」
「多分ばあちゃん仕事だし、大丈夫だよ」
僕は彼の心遣いに感謝して頷いた。
彼は以前、マンションで祖母と二人で住んでいると言っていた。
それから少し走ると、彼のマンションに着いた。
「ただいまー」
「すみません、お邪魔します」
どうやら彼の言った通り、家には誰もいないらしい。その代わりに——。
「ペコ、ただいまー」
ワンワンという鳴き声と共に、一匹のプードルが出迎えてくれた。「よしよし」と彼は撫でる。
「あれ、犬飼ってたんだ」
「最近飼い始めたんだ。可愛いだろ」
とても可愛いと思った。僕も少し前まで犬を飼っていたから、余計にそう思うのだろう。
ペコは友人の背後にいた僕を見つけると、勢いよく駆け寄って来た。
「すごく人懐っこいんだね」
灰色の毛を僕の足に擦り当てて来る。僕がペコを撫でても全く抵抗しない。むしろ撫でてほしいと言っているようだった。
「出会って三秒でこれだからな。本当に人懐っこい犬だと思う」
僕はペコと触れ合って、心が癒されていた。
お題:tiny love
—幸せなひととき—
小学校からの友人がカフェを開いた。今日はそのカフェに来ている。
木目のテーブルに白い壁に包まれた店内。中には観葉植物が所々に置かれており、ナチュラルで温かみのあるカフェだな、と感じる。
僕はカウンター席に座った。
早速注文したコーヒーが置かれると、カップを手に取り、香りを楽しんだ。
そして一口。
「おいしい……!」
「ありがとうございます」友人が言った。
嬉しそうにこちらを見ている。友人の小さい頃からの夢だったのだ。僕もその夢が叶って嬉しいと思う。
少し経つと、もう一つ注文したものが届いた。
「お待たせしました。こちら『はちみつとキャラメルアイスワッフル』でございます。ごゆっくりどうぞ」
「わぁ……」
ワッフルの上に乗ったキャラメル色のアイスに蜂蜜がかけられている。ワッフルの香ばしさと蜂蜜の甘い香りが鼻をくすぐる。
ワッフルをナイフで小さく切り、アイスと一緒に口に入れる。相性が抜群だった。
「最高だ」
昇天しそうな気分だった。そんな僕を見て、友人はまた笑みを浮かべた。
僕が食べ終わったその時、注文していないはずのメニューが届いた。
「え?」
「サービスのプリンだよ。次来る時、また連絡してね。サービスするから」周りに聞こえないように小さな声で言った。
「ありがとう」
それを食べ終え、会計を済ます。
「ごちそうさま。また来るね」
「はい。いつでもお待ちしています」
友人のおもてなしで、胸の奥がじんわりと温かくなった。手を振って店を出ると、外の空気まで甘く感じられた。
お題:おもてなし
—広がる焔—
ベンチ裏の控え室で、皆、帽子を深く被り涙を流していた。
春大会予選の決勝戦。この試合に勝てば県大会への出場権を手に入れる事ができたのだが、惜しくも敗れてしまった。
鼻を啜る音と道具を片付ける音が、部屋の中に広がる。
そんな中、一人の男が立ち上がった。
「お前ら泣くなよ!悔しいけど、まだ夏がある。気持ち切り替えて、次は絶対勝つぞ!」
キャプテンの京田だった。京田の目も赤く、涙の跡がくっきりと見える。
その言葉に応えるように、仲間の表情に、少しずつ光が戻っていった。
キャプテンの焔がチーム全体に広がり、やがてそれは一つの炎になる。
夏大会に向けて、チームの想いは、確かに一つになっていた。
お題:消えない焔