—あなたのお悩みは?—
店のポストに宛名の無い一通の手紙が入っていた。白い封筒に包まれた一枚の紙にはこう書かれている。
『あなたの夢はかないましたか?夢はかなうと思いますか?』
小学生くらいの女の子が書いた字のように、鉛筆で丁寧に書かれた丸い字が並んでいた。
私の店では、悩み相談を受け付けている。地域の方々に寄り添いたい、と祖父が始めた企画である。それを、店を継いだ私も続けているというわけだ。
私は頭を悩ませて、真剣に考える。この子のことを考えた返答をしたい。
ペンを走らせる。
『お悩みを相談していただきありがとうございます。正直に言うと、私にはかなった夢もかなわなかった夢も、どちらもあります。
きっとこの相談をしてくれたあなたには、何か大きな夢があるのだと思います。
知りたくないと思いますが、夢が必ずかなうとは限らないです。ですが、色々なことを経験してきた私からいいことを教えます。
夢がかなってもかなわなくても、後から思い返せば、どんな出来事もいい思い出になる。
夢に向かう過程が大事なのです。あなたの良い報告を待っています。』
私の想いは伝わるだろうか。
店の入り口の返信用ボックスに、手紙をそっと入れた。
お題:終わらない問い
—一週間の奇跡—
学校から帰ると、一羽の雀がダンボールの中にいた。町でよく見かける様な、茶と白の雀だ。
「お母さん、何で雀がいるの?」
「その子ねぇ——」
母が買い物に行く途中の出来事だった。自転車を走らせていると、雀があろうことか車輪の中に飛び込んできたらしい。
「だから今から動物病院に連れて行くのよ」
俄には信じられない出来事だが、確かに雀の羽根は負傷していた。そのせいか、上部が開いているダンボールから出ようとしない。
ひどく落ち着いた雀だった。
動物病院で診察してもらうと、大した怪我ではなかったらしい。一週間程、安静にしていれば治るとの事だった。
そして家族で一週間だけ雀の世話をする事になった。名前は安直だが、『ピーちゃん』と名付ける事にした。
「ピーちゃん、ご飯だよ」
パン屑をあげる。鳥を飼ったことがなかったので、これくらいしかご飯がなかった。
元々警戒心がなかったせいか、たくさん触れ合うことができた。
「かわいい」
日本語を覚えたばかりの妹でさえ、怯えることなく触らせてもらえた。
一週間はあっという間に過ぎ、お別れの時間になった。家の中で一回も飛び回ることがなかったので、家族全員で心配していた。
「ちゃんと飛べるかな」
「きっと大丈夫だよ」
父の手のひらに、ピーちゃんは座っていた。地面に下ろすと、数歩歩いた後元気よく空に羽ばたいていった。
朝日が照らす空の下で、家族全員で揺れる羽根を見届けた。
あっという間の一週間だったが、深い思い出として家族全員の心の中に残ったのだった。
お題:揺れる羽根
——
実話です。
—箱の中の悪戯—
僕が所属している演劇部には、いつも悪戯をしてくる女子がいる。
「中には何が入っているでしょー?」
「……」
机を僕の机にくっつけて、向かい側に座った彼女が言った。黒い画用紙に覆われた、クエスチョンマークが付いている四角い箱を机に置き、ニヤニヤとこちらを向いている。
ブラックボックスというやつだ。演劇で稀に使う道具で、昔の先輩が作ったものらしい。四十センチの立方体の中身は、こちらからは何も分からない。
「手、入れてみて!」
彼女が悪戯しようとしている事は直ぐに分かった。恐る恐る手を横から中に入れる。
その瞬間、箱に入れた手が掴まれた。
「掴まえたっ!」
「うわっ!」
間抜けな声を出してしまった。それを聞いた彼女は、口元をおさえて肩を振るわせて笑った。
「びっくりした?」
僕はいつか彼女に仕返しをしたいと思う。それがいつになるかは分からないけれど。
お題:秘密の箱
—無人島は夢の島—
「パパ見て、むじんとうだって。おもしろそう!」
先日四歳になったばかりの息子が、テレビを見て目を輝かせている。無人島開拓を企画にした番組が放送されていた。
私も昔は同じ様な事を考えていた。自分の手で自分だけの島を作ってみたいと、そんな夢を心の中で何度も描いた気がする。
だが大人になって、私はそうは思わなくなった。きっと夢を見られなくなったのだろう。
「パパはむじんとうで何したい?」
顎に手を当てて考える。
「そうだなぁ……。砂浜の上で一日中寝たいな」
最近は仕事続きでろくに眠れていない。何も考えずにぐっすり寝たいと思った。
……なんて夢がないのだろう。
「ぼくはね……、お魚さんいっぱい釣ってね、自分のお家作ってね、パパとママと一緒に食べたい」
「パパも食べていいの?」
「うん!」
息子の純真な笑顔を見て、思わず頬が緩む。
でも、もし本当に無人島に行くならば、息子の様に無邪気に楽しめたらいいな、なんて心の中で思った。
お題:無人島に行くならば
—風の郵便—
あの日は、今日の様な秋風が吹いていた。どこか寂しく冷たい風。
一年前。私が小学六年生の時のこと。
父の仕事の都合で転校する事を、まるで風の様に両親から告げられた。
本当は転校なんてしたくなかった。六年間共に過ごした友人達と離れたくはなかった。
けれど私が何を言っても変わらないと分かっていたから、出来るだけ顔には出さない様に振る舞った。
それを告げられてから猶予は一週間あった。だが、私は友人に言えなかった。中学生になっても仲良くしようね、なんて約束をしていたから言い辛かったのだ。
結局私は何も言えずに、故郷を離れた。
私は少し後悔している。最後にほんの一言でも伝えられたら、少しは心が楽になっていたかもしれない。
秋風が頬を撫でる。
友人への想いを風に託した。きっと、秋風が私の気持ちを運んでくれますように、と。
お題:秋風🍂