街灯の下で、壁に寄りかかるように座っていた。身につけている布は、元が何色だったのか分からない程に褪せている。
身体は凍りそうな程冷たいし、寒い。
三日前、僕は家を追い出された。
魔法が全てのこの世界では、才能のない僕は要らない子だった。
「もう、いやだ……」
この三日間、僕は腹を満たすものを求めて歩き続けた。しかし、何も手に入らなかった。
僕は今日、ここで野垂れ死ぬのだ。
もうこれから苦しい思いをしなくて済むのだから、幾分か気が楽になる。
「少年よ、ここで死んではダメじゃ」
声が聞こえた。少ししか開かない瞼を声の方向に向けた。高そうで温かそうな服を着た老人が、目の前に立っていた。
彼は僕に水とパンをくれた。
僕はそれに喰らいつく。
「お主の旅はここで終わってはならぬ。才のある者がこんな最期では、神が嘆く」
「でも、僕、魔法、使えません、よ」
僕は必死に口を動かして、言葉を伝える。
「ああそうか、周りの環境がそうさせたのじゃな……。もし生きたいと思うのなら、着いてきなさい」
老人はそう言うと、歩き始めた。
終わりだと思っていた道の先に、続きができた。僕は立ち上がって、置いていかれないように着いて行った。
これが僕と師匠の最初の出会いだった。
お題:旅は続く
「私は夜が好きなんだ」
彼女はそう言った。真っ暗な部屋の中、僕たちは身体を寄せ合って寝転がっている。
「どうして?」
「だって、この時間だけは、みんなと同じ景色を見られるから」
僕は彼女の手をギュッと握る。
彼女は色が分からない世界で生きている。黒と白の二色で構成されたモノクロの世界。
「なんかね、自分だけ別の世界にいるような気持ちになるの。みんなはそばにいるはずなのに、孤独を感じる」
彼女は僕の手をギュッと握り返した。
「寂しいし、悲しい」
それが彼女の気持ちだった。
「なら、明日から僕も同じ景色を見ることにするよ。そうすれば、君は一人にならないだろ」
「え……?」
「また明日、おやすみ」
そう言ってそのまま眠りについた。
そして次の日の朝。
僕は、レンズをマジックで黒く塗りつぶしたサングラスをかけた。
「何してるの?」と彼女は聞いた。
「僕も今、色が分からない。これでもう一人じゃないね」
「……バカじゃん」
彼女はそう言って笑った。
僕はこれからも彼女のそばで、彼女の人生を彩りたいと思う。
お題:モノクロ
とある研究所の研究室にて。
一体の人型ロボットが花束を抱えて、白衣を着た男性の前に立っていた。
「博士、逝ってしまったのですね」
博士と呼ばれるその男性は、椅子に腰掛けたままぴくりとも動かない。
「これは感謝の証です」
花束を、博士の太ももの上に置いた。
「人間の寿命は永遠ではありませんから、いつかはこんな日が来ると思っていました。ですが……、やっぱり悲しいです」
俯き、自分の気持ちを吐き出した。
「貴方が私をロボに変えてくださらなかったら、私はとっくに死んでいたのです。これからの私の人生は、貴方の為に使おうと思います」
博士は、病気や事故で身体を失った人々に『生き続ける身体』を与えてきた人だった。
『命は永遠ではない。けれど人の夢を繋ぎたい。』
それが博士の想い。
「博士、見ていてください。必ず貴方の夢を繋いでみせます」
ロボットは博士の予備の白衣を羽織り、静かに部屋を後にした。
お題:永遠なんて、ないけれど
青い絵の具を空に塗ったような天気だった。今日は散歩日和だなと思って、近くの公園に向かった。
石畳の小道を歩いていると、傍に生えている木の下で涙を流している少年がいた。小学校低学年くらいだろうか。この公園はかなり広いので、おそらく迷子だろうと思った。
「お父さん、お母さんはどこかな?」
「……」
涙を流すだけで口は開いてくれない。困ったなあと頭を悩ます。
とりあえず、目線を子供に合わせるようにしてしゃがんで慰める。
「大丈夫だよ、きっと見つかるから」
「お姉ちゃん、違うの……」
違うと言われた。迷子じゃないということか。
「じゃあ、どこか怪我しちゃったの?」
「ううん……」
外傷は見えないが、念のため確認した。
「友達とケンカしちゃったとか」
それにも首を横に振られた。だとすれば、原因はなんだろうか。次の回答を考えていた時だった。
「あのね、今度の舞台でね、泣かなくちゃいけないの。その練習をしてたら涙が止まらなくなっちゃったんだ」
私は驚きと共に、少年を尊敬した。
その舞台を絶対に観に行こうと思った。
そしてその少年が有名になるのは、一年後の話。もちろん私はファンになった。
お題:涙の理由
熱湯をカップに注ぎ、コーヒーが完成した。これから昼休憩の時間。俺の至福のひと時が始まろうとしていた。
その始まりを邪魔するように、突然同僚の田辺から電話が掛かってきた。
「ごめん、山田。デスクの上に置いてある、クリアファイルを駅まで持ってきてくれないか」
田辺は、大事な取引先との商談があると言っていた。そんな時に忘れ物をするなよとは思ったが、もし失敗すれば会社に大きな影響が出る。つまり、行くしかない。
「分かった。駅前で待っていてくれ」
「本当にごめん」
俺はコーヒーが大好きだ。だが、冷めたコーヒーは好きじゃない。コーヒーが冷めるまでの時間は約二十分。駅まで歩いて往復すると三十分ぐらいかかるから、急がねばならない。
湯気がたった熱々のコーヒーを横目に見ながら休憩室を出て、クリアファイルを取って飛び出した。
走って駅まで向かうこと二、三分で、自分の体力のなさを痛感した。社会人になってから全く運動をしていないことを後悔した。
「なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ……」
重い足を持ち上げて、前に進む。その時、魔法のアイテムを見つけた。
その名は、ループだ。電動キックボードのそれは、ハンドルを捻るだけで結構早いスピードが出る。
普段は絶対使わないが、コーヒーのために手を伸ばした。それに乗って三分ほどで駅に着いた。
「山田、本当にありがとう!」
「困ったときはお互い様だ。頑張れよ」
無事にクリアファイルを届け、会社に向かった。結局会社に着いたのは、出てから十分ちょっとだった。
休憩室に戻り、椅子に腰掛ける。コーヒーはまだ温かった。美味しい。頑張って良かったと思う。
だが、往復代に二百円。コーヒー一杯よりも高い。さっきは「お互い様だ」なんて言ったけれど、田辺を許さないと心の中で決めた。
お題:コーヒーが冷めないうちに