私は貧乏揺りをしながら待っていた。時計は午後六時を回った頃。送ったメッセージは未読のまま。
私には小学生になったばかりの息子がいる。かなり早いかもしれないが、スマホを持たせている。最近は事件も多いし、周りに持っている子も多いから仕方なく買ったのだ。
その息子が、友達と遊んでくると言ってから帰ってこない。
「あー、もう!」
私は怖いので、取り敢えず家の近くの公園を見に行くことにした。
「あっ」
公園の隅に寝転んでいる息子を見つけた。近くに駆け寄ると、隣にカゴに入った犬が一緒にいた。
「ちょっと、ユウキ起きなさい!」
私は息子を叩き起こす。
「……ママ。おはよう」
「おはようじゃないわよ!何してんのよこんなところで!」
「友達と遊んで帰る途中でさ、ワンワン見つけてさ、可愛いから寝ちゃった」
私は、安心するのと同時にやっぱり可愛いと思ってしまって、怒らなきゃいけないのに頬が緩んでしまう。
「もう帰るよ、ユウキ」
「ママ、待って。ワンワンは?」
家は裕福じゃない。だから犬を飼う余裕なんてないが、流石に放って置けなかった。
「……しょうがないわ。飼い主を見つけるまで、家で預かるしかないわね」
「やったー!」
絶対反省していないなと思いながら、連れて帰った。
お題:既読がつかないメッセージ
秋色に染まった並木通りを歩いていた。アスファルトの上の枯れ葉がザクザクと音を立てている。
ここを抜けて、トンネルを潜った先に僕の家はある。だが僕はトンネルを抜けると、いつもの見慣れた景色ではなかった。
秋の美しい公園のような景色。綺麗な朱色に染まった木々が立ち並び、川が心地よい音を立てて流れている。
僕は先に進んだ。
「ねぇ、秋は好き?」
その道中で背後から少女に話しかけられた。秋色の瞳に秋色の髪色をした少女。
「うん、大好きだ」
僕は振り返り、そう答えると、少女はにっこりと笑って、空気に溶け込むように消えてしまった。
———
そこで頭に流れる映像は途切れ、寝ていたベンチから飛び起きた。
「ゆうじ大丈夫か⁈」
僕は、練習の途中に倒れて意識を失っていたらしい。
「……あぁ、ごめん。大丈夫」
今年の秋は、恥ずかしがり屋でなかなかやってこない。でも僕は秋が大好きだから、早く会えたらいいなと思った。
お題:秋色
「そこのあなた、もしも世界が終わるなら何をしたい?」
学校から帰宅途中、Tシャツに短パンの知らない男に話しかけられた。彼はメモ用紙とペンを持っていて、何かの取材かなと思ったし、割と面白い質問だったので、真面目に考えてみた。
「うーんと……、家族と一緒に居たいし、友達と遊びたいし、美味しいものをいっぱい食べたいです」
「どれか一個しか選べないとしたらどれを選ぶ?」
どれか一つと言われたら、難しい。もしも世界が終わるなら、その前に色々なことをしたいのだ。俺は悩みに悩んで、
「やっぱり家族と居たいです」
「ふーん、なるほどなるほど」
彼は俺の言ったことをメモしているようだ。やっぱり何かの取材だろうか。俺は気になって聞いてみた。
「これって、何の取材ですか?」
「ああ、私は小説家なんですよ。これに関しての皆さんの願望を聞きたくてですね……」
「へぇ」
男はメモをめくり、取材した人数を数えて「よし、これで百人目だ」と言った。
どんな小説を書くのか知らないが、百人にインタビューすることは簡単なことではないから、勉強熱心だと思った。
「これぐらいいれば良いか。じゃあ今度は実際に見てみたい」
「は……?」
男は指をパチンと鳴らすと、俺は全く知らない別の場所に瞬間移動した。周りにいるのはざっと二百人ほど。俺の家族も含まれている。
『皆さん、この世界は明日滅亡します!ご自由にお過ごしください!』
俺は頭の中が真っ白になった。
お題:もしも世界が終わるなら
太陽が昇る前の時間。ランニング中に、田中の靴紐がぷつんと切れた。
「マジか」
靴紐が切れると、何か良くないことが起こると言い伝えられている。だが、田中はそんな迷信を信じる様な奴ではなかった。
その日の朝食の時間のこと。
「あーあ、やっちまった」
田中は、オーブンで焼いていた食パンをうっかり焦がしてしまった。焼いている間にドラマを見たことを後悔しながら、口に入れた。
「にげぇな……」
通勤時間では。
『只今、東京行きの電車は、人身事故の影響により運転を見合わせています』
電車が遅延。すぐに運転を再開すると思ったが、結局一時間以上動かず、出勤時間に大幅に遅れた。
「すみません……」
「全く君は、他の人のことも考えて——」
上司から、厳しく叱られた。
昼食後の仕事の時間では。
「田中くん、この前送ってくれた資料なんだけど」
「はい!」
「チェックつけた場所、全部直しといて」
「はい……」
提出した資料のほとんどにチェックが付いていた。これじゃ最初からやるのと変わらないじゃないかと思った。
そこで田中は、今朝のランニングで靴紐が切れたことを思い出した。
「まさか……」
田中は少しだけ怖くなった。信じたくはないが、靴紐の話は本当なのかもしれないと思い始めてきた。
定時を過ぎた頃。何か大変なことが起こる前に、今日は早く帰ろうと会社を出た。その時。
「田中先輩!今帰りですか?」
一つ年下の鈴木に声を掛けられた。田中が想いを寄せている同じ部署の後輩だ。
「うん。どうしたの?」
「私も今帰りなので、一緒に帰りませんか?」
ほら。靴紐の話なんて嘘だったんだ。あんな作り話なんて信じるもんじゃない。
と心の中で思った。
田中は、心を弾ませて一緒に帰った。
お題:靴紐
「俺と付き合ってください!」
私の好きな人からの、告白。それは四ヶ月前、つまり中学最後の十二月のことだった。
「……ごめんね、考える時間が欲しいから、返事はちょっと待って欲しい」
その時の私は、すぐに返事を出すことができなかった。
その日の部活の時間。告白されてから一時間ぐらいが経過した時。
「立花!ペースを落とすな!」
「はい!」
私は陸上部に所属しており、その日は三千メートルのペース走をしていた。顧問は熱心な方で、とても厳しく指導してくださった。
「立花どうした?今日は調子が悪いか?」
タイムは十分十二秒。いつもよりも三十秒近く遅い。
「いいえ!大丈夫です!」
その日は、いつもよりも集中できなかった。きっと心の中にさっきの出来事が突っかかっているのだ。
私の夢は、オリンピックに出場すること。そのためには、どんな時間も陸上に注がなくてはならない。
ただ私の頭の中では、恋愛と陸上がぶつかり合っていた。
結局、私は悩みに悩んで一週間後に「ごめんなさい」と返事をした。彼の涙が溜まった目は、今でも思い出すと胸がキュッと締め付けられる。
そしてこの春、私は県外の陸上の強豪校に進学した。自分の夢を追うために、地元を離れてやって来た。
あの時の答えは、まだ分からない。でもそれはこれから自分で作っていこうと思う。
お題:答えは、まだ