太陽が昇る前の時間。ランニング中に、田中の靴紐がぷつんと切れた。
「マジか」
靴紐が切れると、何か良くないことが起こると言い伝えられている。だが、田中はそんな迷信を信じる様な奴ではなかった。
その日の朝食の時間のこと。
「あーあ、やっちまった」
田中は、オーブンで焼いていた食パンをうっかり焦がしてしまった。焼いている間にドラマを見たことを後悔しながら、口に入れた。
「にげぇな……」
通勤時間では。
『只今、東京行きの電車は、人身事故の影響により運転を見合わせています』
電車が遅延。すぐに運転を再開すると思ったが、結局一時間以上動かず、出勤時間に大幅に遅れた。
「すみません……」
「全く君は、他の人のことも考えて——」
上司から、厳しく叱られた。
昼食後の仕事の時間では。
「田中くん、この前送ってくれた資料なんだけど」
「はい!」
「チェックつけた場所、全部直しといて」
「はい……」
提出した資料のほとんどにチェックが付いていた。これじゃ最初からやるのと変わらないじゃないかと思った。
そこで田中は、今朝のランニングで靴紐が切れたことを思い出した。
「まさか……」
田中は少しだけ怖くなった。信じたくはないが、靴紐の話は本当なのかもしれないと思い始めてきた。
定時を過ぎた頃。何か大変なことが起こる前に、今日は早く帰ろうと会社を出た。その時。
「田中先輩!今帰りですか?」
一つ年下の鈴木に声を掛けられた。田中が想いを寄せている同じ部署の後輩だ。
「うん。どうしたの?」
「私も今帰りなので、一緒に帰りませんか?」
ほら。靴紐の話なんて嘘だったんだ。あんな作り話なんて信じるもんじゃない。
と心の中で思った。
田中は、心を弾ませて一緒に帰った。
お題:靴紐
9/18/2025, 9:17:56 AM