ふと君から漂う風が 僕の鼻を通り越して消えていく
不自然に止まった僕を見て 君は可笑しそうに笑いだした
なんでもないよと誤魔化して 前を歩き出した君の背を追う
いつの間にショートにしたの 僕 君の長い髪が綺麗だと思ってたんだよ
いつの間にオシャレなんかしだしたの いつも僕とダサイって言い合ってたくせに
いつの間にメイクなんかしだしたの 大人になってからでいいって そう言ってたじゃないか
伸ばした手はとうに届かなくて ずっと先を行く背中を 僕は目で追っているだけ
手を伸ばそうとしたのも 君をちゃんと見ようとしたのも 些細な変化に気付けなかったのも 自分に正直になれなかったことも
並べてみれば大層な違いはなくて 全部いい加減な僕のせいだね
ふと漂った香水が 僕の鼻を掠って 止めきれないで消えていく
君の隣にいるのは もう僕じゃないのに
【知らなければよかった】———『香水』
冷たい風が吹いて 間の沈黙をさらった 夕闇が影を作って 君の顔をかき消した
覚えてた筈なのに 知ってるはずなのに 忘れたくないって 忘れられないんだって ずっと覚えてるんだって
誓った言葉も 祈った言葉も 遥か彼方消し去った夜の隙間
君を想った日々も 君をなくした日々も あえて名をつけるのなら それはきっと愛で曖で哀で
繰り返す日々の狭間で また出会った日を思い出して 君じゃない君を探したまま 君じゃない君を追いかけてる
荒んだ心の奥底に 本当は何があったか なんてさ もう随分分からないみたい
なくす度に 何かを失うようで 怖いんだ 怖かったんだ
なくすことに慣れること 喪うことを厭わないこと 諦める事に躊躇しなくなったこと
いつの間にか進む日々を 歩む未来を 消してしまっていたこと それを無意識に受け入れてたこと
想うあまり 考えるあまり 先へ先へと急ぎながら 本当はずっと止まっていたんだね 進んでいると思い込んで 今から目を逸らしていたんだね 喪ったことを無かったことにしたんだね
契った契約も 手を取った約束も なんの意味もなさない 飾りになって
思い出す過去も 逃げ出した今も あるはずの未来も 目に移すなら きっとどれも綺麗なんだろう
止まった日々の フィルムの中で 切れた電池を抱きしめた もう動かないと知ってるのに
まだ、って馬鹿みたいに
もう、終わりにしようか って君が笑うから
もう、これでいいよ って君が泣くから
どんな言葉をかければいいのか 分からないまま手は空を切った
もう、想わなくていいよ もう、背負わなくていいよ
もう、泣いていいよ もう、笑っていいよ
だから、どうか、どうか、どうか! こんな日々は終わりにしよう!
繰り返す日々の狭間で あなたと出会ったこと 繰り返す日々の狭間で あなたと笑ったこと どれをとっても色褪せるはずがないから 思い出に閉じ込めたまま もう振り返らないように もう 縛らないように
冷たい風が吹いて 間の笑顔をさらった 夕闇が影を作って 一人分の背丈をかき消した
『ループ・ループ・ストップ』———【終わりにしよう】
梅雨も もう明けますね
しとしとと降る雨の中 あなたと話すのが好きでした
透明なガラスで隔たれた 空の涙を見送って あなたと笑うのが好きでした
ざぁざぁと降る雨の中 あなたと歩くのが好きでした
傘もささず 二人してずぶ濡れになって 一緒にタオルで拭きあった時間が好きでした
窓の中にぶら下がったてるてる坊主は どこか寂しげにゆらゆらと揺れていて それがなんだか可哀想だと あなたはもう一個作ってくれましたね
おかげで 今私の家は二人の神様によって守られています
ずきずきと痛む頭を撫でながら あなたは不思議なお話をしてくれましたね
「人は死んでしまったら、自分が死んだことを自覚できないんだって」
「だから気がついて欲しくて、大切な人に会いに行って、でもわかって貰えなくて」
「それが悲しくて辛くて、だから幽霊は怖いものになっちゃうんだって」
「どうしてそんなことを言うの」なんて聞いたら あなたはきっと困った顔をして 黙って教えてくれないだろうから 私は手の温かさに身を任せて眠りました あなたはその事に 気付いていたでしょうか
あなたが涙を流すと悲しい あなたが笑うと嬉しい あなたが苦しんでいると胸が痛い あなたが喜んでいると胸が暖かい
ねぇだから
そんなにも泣かないでくれませんか そんなにも悲しまないでくれませんか 苦しまないでくれませんか
私はあなたがいたから あなたと生きていれたから
笑いかけてくれた日々が 傘を手放したあの日が かたつむりを追いかけたあの日が 痛みを抱きしめてくれたあの日が
あなたがいてくれたことで 私はずっと幸せだったから
『サヨナラの合図』———【あなたがいたから】
おちる、おちる、ちる、ちる、ちる、る、る、る、る
その声は誰のものか その言葉を発したのは誰か
ただ 反響して広がったそれを 思い出そうともがいても きっと掴みどこはないのだ
故に、故に、故に
忘れないと何度も掘り起こして 脳裏に刻んで その努力も虚しく 手のひらからすり抜けていく言葉
消えてゆく後悔 あとも残らない涙 忘れゆく命 それすら一生のうちの1秒にも満たない慟哭 いつかは無くす定めにある
だから、もう
君の声も 君の顔も 君の背丈も 君の暖かさも 君の髪も 君の匂いも
もう忘れちゃった 消えちゃった なくなっちゃった
君は最後、ぼくに
忘れないでねと笑って 屋上から飛び降りた
『じさつ』———【落ちる】
荒廃した星を歩いた
たったひとりきりの影が後ろを着いてまわった
コンクリートなんてものはなく 土にまみれ 草花に侵食された床に座り込んだ
大きな穴が空いた天井を見上げて そこから覗いてくる三日月に笑いかけた
地球全体を巻き込む大規模な戦争 多くの人が死んだ 核爆弾が破裂した 毒ガスで人が死んだ 一般人も兵も 何もかもが死んだ
爆風で人が死に 熱さで人が死に 高威力の爆発で人が死に 汚染された空気で死に
人が起こした戦争 同じ種族のみでは足りないらしい 地球という生命は 徐々に徐々に腐っていった
生存者がいた 生きていける場所を求め 散り散りになった
それでも
僕の隣には君がいた 君の隣には僕が居た それだけで良かった
世界が滅びようと この星がもうすぐで消えてしまうのだとしても それで良かった
僕が帰った時君は死んでいた 血を吐いて 全身を狂ったように掻きむしって 死んでいた
君の持ち物をひとしきり握りしめて 僕の上着を君に着せて目を閉じさせた ぽつりと君を濡らした雨は やがて土に触れた
荒廃した星を歩いた
たったひとつの影と一緒に旅した
行くあても 生きる理由も見つからず ただひたすらに旅をした
生存者を求めているわけじゃない この戦争を恨んでいるわけじゃない 君のことを後追いしたいわけじゃない
ただ 強いて言うなら この永遠にも感じられる時間を 歩いてみたかっただけだ
たった一年で四十六億年の歴史は死んだ
たった一日で十七年の命が消えた
すぐにうつり変わってしまう世界を生きて 生きて 生きているうちに 時間とやらと友達になれたらしい
君がいなくなった世界を 君が隣にいない世界を
ただひたすらに歩いた 歩き回った
何万年の歳月がたっても 君を忘れることなんてありえない
それとは別に 迎えに来るのが少し遅いなんて文句 言ったっていいだろう?
『いつかしんでいく』———【一年前】