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7/21/2025, 1:54:38 PM

星を追いかけて

夜の静寂を抜けて
ひとすじの光を胸に抱きしめ
僕はまだ歩いている

あの日見上げた空に
確かに輝いていた星
それが何かもわからぬまま
ただ、君の声がした気がして

迷っても、立ち止まっても
星は決して笑わない
でも、あの光だけは
嘘をつかない気がした

だから僕は、今日もまた
星を追いかけている

7/14/2025, 10:28:59 AM




あの日の空は、まぶしいくらいに青かった。
汗ばむ制服の襟元を緩めて、君はふいに笑った。
「夏って、なんか走りたくなるよね」って。

誰よりも足が速い君と、
走るのが苦手な僕。
なのにあの時、
「負けた方がジュースな!」なんて言って、
全力で君を追いかけた。

蝉の声が耳をふさぐように響いて、
息が切れて、心臓がうるさくて、
でも君の背中だけはちゃんと見えてた。

結局、僕が負けて、
君が買ってくれたラムネの味は、
なんだかちょっとしょっぱくて甘かった。

「また来年も、走ろうね」
そう言った君の笑顔は、
きっと一生、僕の夏の中に生き続ける。

7/12/2025, 8:08:30 AM

心だけ、逃避行

目を覚ますと、そこは見慣れたはずの自分の部屋ではなかった。
正確には、部屋はいつものままなのに、空気の色が、音の響きが、すべてが違っていた。
壁の染み一つ、窓の外の木々の葉擦れの音一つが、妙に鮮明に、そしてどこか遠く感じられる。
まるで、自分の体がここにあるのに、心だけが抜け出してしまったかのような、奇妙な感覚。
「ああ、まただ」
ベッドの上で、私は静かに呟いた。
最近、この「心だけの逃避行」が頻繁に起こる。
疲れているのだろうか。
それとも、何かから逃れたいと、無意識に心が叫んでいるのだろうか。
今日、心が行き着いた先は、遠い昔、家族と訪れた小さな美術館だった。
ひんやりとした石造りの回廊。
壁に飾られた、記憶よりもずっと鮮やかな色彩の絵画たち。
幼い頃の私が、父親の大きな手の中で、首を傾げて絵を見上げていた。
その時の温かさ、安心感が、ありありと蘇る。
次に辿り着いたのは、学生時代によく一人で訪れた海辺のカフェ。
潮風が運ぶ磯の香りと、店内に流れるボサノヴァ。
飲みかけのコーヒーを前に、漠然とした未来への不安と、それでも何とかなるだろうという根拠のない自信が入り混じっていたあの頃。
窓の外には、水平線に吸い込まれていく夕陽が、今も変わらず輝いていた。
心は自由だ。
どこへでも行ける。
時間も距離も、何の制約もない。
嫌な上司の顔も、山積みの仕事も、支払いの催促も、すべてがそこには存在しない。
ただ、心地よい記憶と、穏やかな風景だけが広がっている。
だが、この逃避行には、いつも終わりが来る。
ふと、心に現実の重みがのしかかる瞬間。
それは、冷たい雨の音だったり、見知らぬ誰かの笑い声だったり、あるいは、ただ漠然とした「戻らなければ」という義務感だったりする。
そして、今、私の心はゆっくりと、しかし確実に元の場所へ引き戻されようとしていた。
美術館のひんやりとした空気は、部屋の温度に変わり、海のカフェの潮風は、エアコンの微かな送風音になる。
温かい記憶は、遠い日の残像へと薄れていく。
私はゆっくりと目を開けた。
やはりそこは、いつもの自分の部屋だった。
ただ、心だけが連れてきた、ほのかな潮の香りと、古い絵の具の匂いが、まだ微かに残っているような気がした。
「いつか、本当に、行きたいな」
そう呟き、私はベッドから降りた。
心だけの逃避行ではなく、いつか本当に、あの海辺のカフェで、波の音を聞きながらコーヒーを飲みたい。そんなささやかな願いを胸に、私は再び現実の日常へと足を踏み出した。

7/6/2025, 2:34:39 AM

『波音に耳を澄ませて』

砂をすくった指先から
時がこぼれ落ちる

沈む陽は 空の端に触れて
金色の風だけが ふたりを撫でた

「聞こえる?」
きみがそう問いかけたとき
世界は すべての音を忘れ
ただ 波の呼吸だけが 残った

寄せては返す しずかな鼓動
それはきみの心の声だったのか
それとも ぼくの胸の奥に
まだ灯っていた名残火だったのか

ふたり 言葉を交わさずに
同じ波に 耳を澄ませる

もう戻れないと知っているのに
いまだけは 戻らなくていいと
思えるような 優しい宵

きみの影が 波間にほどけ
ぼくの記憶だけが 砂のうえに残った

だからいまも ときどき 耳をあてる
あのとき拾った 小さな貝に

波音が 聞こえる
きみがくれた
最後の「さよなら」が 

まだ そこにいる

7/1/2025, 7:13:54 AM

光が窓辺に触れるとき、
青いカーテンが息をする。
朝の吐息は、
金色の塵を巻き上げて、
部屋の隅々まで夢の残骸を運ぶ。

風が囁くたび、
生地は柔らかい波を描き、
その向こうにある世界の音を、
遠い海の歌のように届ける。

クラクションは潮騒に、
子供たちの笑い声は水面に弾ける光に変わる。

この一枚の布が、
私の世界と、
外の世界を分かつ。
けれどそれは壁ではない。
薄いヴェールだ。

指先でそっと触れれば、
織り込まれた糸の記憶が蘇る。
父の手のぬくもり、
母の優しい歌声。

それはただの布ではない。
家族の想いが織りなす、
古く、そして新しい物語。

夕暮れ、
光が燃え尽きるころ、
青は紫の深淵に沈み、
カーテンは夜の帳を降ろす。

そして、外の世界が眠りにつくとき、
カーテンは静かに、
私の心を守る。
明日、また光が訪れるまで、
柔らかな影の中で、
私は私自身になる。

このカーテンは、
私の呼吸、
私の鼓動。

そして、
私がまだ知らない、
世界の始まりの扉。

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