『波音に耳を澄ませて』
砂をすくった指先から
時がこぼれ落ちる
沈む陽は 空の端に触れて
金色の風だけが ふたりを撫でた
「聞こえる?」
きみがそう問いかけたとき
世界は すべての音を忘れ
ただ 波の呼吸だけが 残った
寄せては返す しずかな鼓動
それはきみの心の声だったのか
それとも ぼくの胸の奥に
まだ灯っていた名残火だったのか
ふたり 言葉を交わさずに
同じ波に 耳を澄ませる
もう戻れないと知っているのに
いまだけは 戻らなくていいと
思えるような 優しい宵
きみの影が 波間にほどけ
ぼくの記憶だけが 砂のうえに残った
だからいまも ときどき 耳をあてる
あのとき拾った 小さな貝に
波音が 聞こえる
きみがくれた
最後の「さよなら」が
まだ そこにいる
7/6/2025, 2:34:39 AM