「えーやだ」「無理なんだけど」「めんどくさーい」
俺の彼女は、我儘だ。
いや彼女であるかも危ういが。
全部拒否るか逃げるかするのだ。
正直やめて欲しいし、多分小学生の方が
彼女より聞き分けがいいだろう。
「ねぇ、別れよ」
そう話した時も、彼女はスマホを見ながら駄々をこねた。
「やだー、別に別れなくてもいいじゃん」
「お前とは、もう関わりたくない」
「…ひどいね」
彼女はいかにも悲しそうに泣きはじめた。
面倒くさすぎる。
絶対俺は悪くないはずなのに、
泣いてる彼女と俺しかいないこの部屋の空間では、
俺が悪いかのように感じるから、不思議だ。
話し合いでなるべく平和に終わりたかったのだが、
中々泣き止まない彼女から漏れる俺への不満を聞いて、
段々イラついてきた。
泣けば許されると思ってそうなところが、
無性に腹が立つ。
キリがないとおもった俺は、
泣きヒロイン彼女の真似をして、
めんどくさいからやらない!
もう知らん、という鋼メンタルで
全力で部屋を荒らしたあと、
帰ってやった。
大人っぽさなんか、
最初から要らなかったんだ。
「先輩、ちょっと話しませんか」
「ん?いいよー!バレないようにね笑」
ついに、明日は3年引退の日。
明日になって欲しくなくて、帰りたくなくて、
思わず先輩を引き留めてしまった。
本当は、校門前に溜まって話すのはダメだけど、
どうしても話したくて学校のシンボルでもある
大きな木を都合よく利用させてもらうことにする。
木の影に隠れて、暗くなった蒼い空の下、
僕と先輩は沢山の話をした。
「本当に、引退して欲しくないです」
「僕達だけでやっていける自信がなくて__」
全部本心だったけど、
やっぱり家に帰りたくないだけだった。
そんな長い話にも先輩は笑顔で頷いてくれた。
「大丈夫だって笑」
「私達も最初は怒られてばっかだったしさ」
「それに、」
先輩は僕の目を見て微笑んだ。
「君が1番頑張ってるの、知ってるよ」
あぁ、
なんでこの人は、先輩は、
こんなにも欲しい言葉をくれるのだろうか。
だから、引退して欲しくないんだ。
この先輩にいて欲しいんだ。
「ありがとうございます…っ」
そして、
「今までありがとうございました、」
深々と頭を下げた。
精一杯の感謝を伝えたかった。
自分の声が、震えていた事には気づかなかった。
「ううん、こちらこそありがとう」
先輩の声も震えていた。
泣くのは明日にしよう、と2人だけの約束をして、
今日はもう帰ることにした。
名残惜しそうに手を振って歩き出した先輩の背中を、
僕はただ、目に焼き付けた。
貴方みたいな素敵な先輩になれるように。
微かに、何かを引っ掻くような、
そんな音が聞こえた気がした。
幻聴とか、空耳だと思って思い流すことも出来たのだけれど、
とても暇だったこともあって、
私はその音の正体を探すことにした。
正直、心霊現象とか怪奇現象だったらと考えるだけで
それはそれは恐ろしかったが、
全然そんなことは無かった。
結論、音の原因は猫だったのだ。
外の小さな庭に繋がる大きい窓の外に、
猫はいた。
毛並みが綺麗な黒猫だった。
金色のお月様みたいな瞳で見つめてくる。
くりくりとした可愛い瞳に見つめられて、
一瞬で恋に落ちた私は、その猫ちゃん(くんかもしれない)を
家の中に入れた。
人懐っこいのか、すりすりと足元にやってくる。
猫に対する知識を持ってなかったので、
取り敢えず水をあげた。
可愛い。
可愛すぎる。
私と黒猫は、今日をもって、友達になった。
夜になり、ある時間にカーテンをめくると、窓の外には猫がいる。
そんな日常の一コマ。
僕は、大の大人が、
それも自分の父親が涙を流すのを初めて見た。
夜中、トイレに僕が起きたとき、
何やらリビングの電気が付いていることに気づいた。
ドア越しに父の影が見えたから、ドアを開けようとして、
開ける手が止まった。
微かに、すすり泣く声が聞こえてきたからだ。
ちょっとだけドアをそーっと開けた。
隙間から覗き見ると、
酒の入ったコップと、空になった容器がある机。
そして、涙を流す父さんがいた。
僕はかなり動揺して、呆然としていた。
どうすればいいかわからなかった。
声を掛けようとして、不器用なこともあって、言葉が見つからず、声をかける勇気も無く、そのまま静かに自室に戻った。
ベッドに横わたるけど、眠れない。
さっき見た父さんの姿が脳裏にあった。
意味もなく天井を見つめているうちに、
気付けば、眠っていた。
「おう、おはよう」
僕は安心した。
いつもの父さんで、いつもの下手くそな笑顔だったから。
もしかすると、昨日のは寝ぼけて見た夢だったのかもしれない。
ただ、昨日覗き見た時に机にあった酒の容器は、
記憶の通りのもので、ゴミ箱の中に乱雑に入っていた。
そんな心の内に閉まっていた昔の話を、
ついに父さんに話した。
一緒に酒を飲んでいると、懐かしい話になったのだ。
でも、父さんは教えてくれなかった。
あれは夢ではなく現実だったのか。
何で泣いていたのか。
そして、声を掛けれなくてごめんと謝ったけれど、
誤魔化すように笑ったあと、
別の話をし始めて、僕の疑問は流れて行った。
多分、見せたくない涙だったんだよね。
今もあの時の真相は知らないけど、
弱さを見せないところが、やっぱり、
父さんらしいや。
「さよーならー」
階段を降りて、体育館へ向かう。
しかし、その足取りは重い。
今日も部活か…。
決して、楽しくない訳じゃない。
ただでさえ授業で疲弊している。
この後のきつい練習を考えれば頭も抱えたくなるのだ。
そしてなんとも顧問が苦手。
指導内容は間違って無いかもしれないけど、
指導方法がちょっと……。
士気が下がるような事ばっか言ってるし、
自分が1番偉いと思ってるし。
来年飛ばないかなー。
内心で愚痴大会している内に、体育館に着いてしまった。
性格の悪い僕は、練習時間を少しでも縮めるため、
わざと時間をかけて、ユニフォームに着替え、
バッシュを履いた。
部員のほとんども、今日は疲れた顔をしている。
うんうん分かるぜとだる絡みしたいほどだったが、
辞めておいた。
黙々とウォーミングアップに取り組む。
すると、続々と先輩達がやってきた。
ミーティングの時間だ。
部長が前に立って話す。
神妙そうな表情で話し始めた。
何かあったのかと不安が募る。
「今日は……」
部員全員、ゴクリと唾を飲み込んで次の言葉を待った。
永遠とも思われる数秒が経ったあと、
突然嫌な笑みを浮かべて、叫んだ。
「顧問が、出張でいませーーんっ!!」
その言葉を瞬時に聞き取り、理解した僕たち。
部長が全部を言い終わらない内に、飛び上がって
雄叫びを上げた。
「うぇぇぇぇい!!!!」
疲れなんかどこかに吹き飛んだ。
今日はなんて素晴らしい日なんだ。
「まじか!えぐいえぐいww」
「何する!?何する!?」
「よっしゃぁ!」
「今日は、」
『祭りだぁっっっ!!』