「僕らは真実の愛で繋がってるんだ、決して誰にも引き離せないよ」
「『真実の愛』って、『真実』って付く言葉の中で一番嘘臭いよね」
「ちょっとは乗ってよ」
【過去形True Love】
「君は、真実の愛なんてないと思ってるってこと?」
「『真実だった愛』ならあるんじゃない? 未来がどうなるか分からない、もしかしたら将来君が浮気するかもしれない状況で軽率に真実なんて言えないよ」
「僕はそんなことしないよ」
「どうだか。未来のことを語るとき、人は簡単に嘘つきになれるからね」
「じゃあ、過去の話ならいいの? 僕は今まで、浮気はもちろん君を不安にさせるようなことは一度もしなかった」
「そうだね、それは真実だ」
「そして、今後もしない」
「それは推測、真実じゃない」
「今後もしたくない、と今思っている」
「それは真実かもね。君の気持ちは、間違いなく今君の中にあるものだから」
「もしかして、愛なんて不確かなものを真実にするのは難しいけど、自分の気持ちと行動は真実にできるんじゃないか?」
「そうかもね」
「なら、僕は真実を積み重ねるよ。いつか真実の愛にたどり着くために。墓場で『ほら、僕の言った通り、あれは真実の愛だったでしょ?』って、過去形の真実を言えるように」
「そっか、がんばれ~」
「ちょっと、馬鹿にしてるじゃん」
「馬鹿にはしてないよ。私には君を信じたいという『真実』の気持ちがあって、真実なんてそれ一つで十分だから、頑張らなくてもいいのになあって思っただけ」
「また明日」
と僕が言っても、ひねくれた君は「また明日」とは返してくれない。「うん」とも言ってくれない。
【「またいつか」はいつか必ず】
「私は嘘が嫌いなの。明日会えるかどうかは約束できない。会えなかったら、私は嘘つきになる」
そんなわけで、僕の「また明日」に君は「じゃあね」と返す。それが僕たちの常だった。
「……僕、もう行くから」
「…………うん」
けど、今日だけは別だ。僕はこの町を離れる。新幹線と電車を乗り継いで、遠くに、遠くに行く。往復だけで一日がかり、軽率に「また明日」なんて言えるはずもない。君の言葉じゃないけど、それは守れない約束で、明確に嘘になる。
「じゃあね」
だから、君と同じように、そう言った。初めて、そして最後になるかもしれない、同じ言葉による別れ。……と、思った僕の腕を掴んだ君は、いつもの冷静な表情からは想像もつかない顔で
「……またいつか」
言葉と共に、君の目から涙が零れた。
嘘が嫌いな君が、嘘つきになるリスクを背負って放った言葉。真実にしてやるという強い意思と、気高さを持った言葉。いつ来るのか分からない「いつか」を、絶対にいつか来ると信じさせてくれるまっすぐな言葉。
「うん、またいつか!」
嘘つき未満の二人が、手を離す。
「はあ……」
僕は悩んでいる。ご飯も喉を通らないほど思い詰めている。
高い位置にある太陽を見上げる。
「なあに、夏バテ?」
「そんなんじゃないけど……」
「ふうん……」
ちらり、君は僕を見て、言った。
「暇なら、うち来なよ。君の憂鬱を吹っ飛ばしてあげる」
【星を呼び寄せて追いかけて】
「これ……」
言葉を失う。君の家に着くや否や、庭に誘導された。素直にそちらに向かった僕の目に飛び込んできたのは……。
「ビニールプール……?」
「懐かしいでしょ」
懐かしいというか、子供っぽい。僕たち、もう高校生だよ?
「ねえ」
プールに水を張るためだろう、ホースを右手に持った君が、僕の方を向く。
「太陽を落とす方法、知ってる?」
「へ?」
急な質問。意味が分からず、首を捻る。
「えいっ!」
ぱちゃん、綺麗な放物線を描いて、ホースから水が飛び出す。子供用の小さなプールはあっという間に満たされていく。
「……ほら、落ちてきた」
揺らめく水面。その中心は、太陽の光を抱え込んだみたいにびかびか輝く。
「何それ、とんち?」
「元気になった?」
「子供用のプールで?」
僕もずいぶん舐められたものだ、と思う。
「あちゃー、失敗か」
「逆になんで成功すると思ったの」
「んー……。空を見上げてため息なんてついてたから、太陽に恋でもしたのかと思って」
「何そのトンデモ妄想」
「だから、思ってるより簡単に届くよって教えてあげたくて」
「……」
蝉の声。水面の太陽が、幻みたいにゆらゆら揺れる。
地面を蹴った。どぱん、と派手な音。入れたばかりの水がプールから溢れる。
「え、ちょっと、着替えてからの方がいいんじゃない?」
「もう遅いよ!」
あんなに灼熱の色で燃えていた水は、肌に心地良い冷たさだった。腕を持ち上げれば、指の隙間から太陽色の水が零れる。
こんな的外れな慰めをされるくらいなら、夏バテってことにでもしておけばよかったな。なんて思ってみるが、口許は無意識に緩んでいた。
「……じゃあ、私も!」
「え?」
どぱん、僕の太陽が、僕を追いかけて飛び込んできた。
今を生きるってなんだろう。過去の女性を思い出さないこと? 将来は天国に行きたいとか考えないこと?
【ちゃんと今を生きるから】
「君は、ちゃんと今を生きてね。過去や未来じゃなくて」
それが、君の遺言だった。最期の言葉になる、と直感した僕は、
「わかった、きっとそうする」
なんて安請け合いをしてしまったが、君を失った僕にとって、君がいた過去や君に会えるかもしれない未来と比べると、今はあまりに色褪せていて。過去でも、未来でもいいから、ここじゃないところに行きたいなぁなんて僕が考えることを見越して、君はあんな呪いじみた約束を最期の言葉に選んだのだろうか。
「……約束、守れなそう。ごめんね」
温度のない石の前で手を合わせる。いっそここで未来を断って、過去も今もない世界に行こうか。なんて思った瞬間、冷たい風。さあと足元の草花を揺らしながら吹き抜けていく。
『私、風が吹くときに服がぶわー! ってなるのが好き』
『風によって届く草木の匂いって、なんか神秘的な感じがするね』
『風って、世界から私たちへのメッセージみたいで素敵だと思わない?』
「……あ」
僕の「今」に、君が訪れた。よみがえってきた言葉はもちろん過去のものだけれど、僕がそれを思い出したのは間違いなく今だ。
――君との約束を守れば、今を生きれば、君はちゃんと会いに来てくれるのか。過去や未来に逃げたりせず、きちんと今と向き合って生きれば……。
「また来るよ」
生きてみよう、と思った。いつか、君と天国で過ごす未来が「今」になる、そのときまで。
「ありがとう、今日は100日に一度あるかどうかの特別な日だ」
僕が会いに行くと、君はいつも決まってそう言った。
【連日連夜spacial day!】
「君はいつも大げさだね。ここのところ毎日会っているじゃないか」
「そうだよ、だからここ最近は、毎日が特別な日だ。本当に、会いに来てくれてありがとう」
感情を盛っている様子はなく、心の底からそう思っているらしい口ぶり。僕は不思議な気持ちになる。
「……不老不死になると、そういう感覚になるものなの?」
「そうだよ。心から大切にしたい人が生きていてくれるのは、私の人生からすればほんの一瞬。私は人生全体の百分の一だって、大好きな人と過ごすことはできない」
寂しそうに、君は目を伏せる。君にとっては本当に、僕と過ごす毎日がかけがえのない、特別な日なんだ。改めて実感する。
「……君にとってはそうでも、僕にとっては日常だからなあ。たまには、僕も特別なことをして過ごしたい」
「例えば?」
「君と一緒に、人魚を探すとか」
僕が言うと、
「いいね、それ」
君はふわりと笑う。一生に一度見られるかどうかというくらい美しい微笑みを、毎日でも見ていたいな、と思う。