白眼野 りゅー

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 今を生きるってなんだろう。過去の女性を思い出さないこと? 将来は天国に行きたいとか考えないこと?


【ちゃんと今を生きるから】


「君は、ちゃんと今を生きてね。過去や未来じゃなくて」

 それが、君の遺言だった。最期の言葉になる、と直感した僕は、

「わかった、きっとそうする」

 なんて安請け合いをしてしまったが、君を失った僕にとって、君がいた過去や君に会えるかもしれない未来と比べると、今はあまりに色褪せていて。過去でも、未来でもいいから、ここじゃないところに行きたいなぁなんて僕が考えることを見越して、君はあんな呪いじみた約束を最期の言葉に選んだのだろうか。

「……約束、守れなそう。ごめんね」

 温度のない石の前で手を合わせる。いっそここで未来を断って、過去も今もない世界に行こうか。なんて思った瞬間、冷たい風。さあと足元の草花を揺らしながら吹き抜けていく。

『私、風が吹くときに服がぶわー! ってなるのが好き』
『風によって届く草木の匂いって、なんか神秘的な感じがするね』
『風って、世界から私たちへのメッセージみたいで素敵だと思わない?』

「……あ」

 僕の「今」に、君が訪れた。よみがえってきた言葉はもちろん過去のものだけれど、僕がそれを思い出したのは間違いなく今だ。

 ――君との約束を守れば、今を生きれば、君はちゃんと会いに来てくれるのか。過去や未来に逃げたりせず、きちんと今と向き合って生きれば……。

「また来るよ」

 生きてみよう、と思った。いつか、君と天国で過ごす未来が「今」になる、そのときまで。

7/20/2025, 12:51:00 PM