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7/17/2024, 2:02:54 PM

“遠い日の記憶”


 人工的な青い空。空に見立てたスクリーンにぽかりと浮かぶやっぱり人工的な雲の映像。ほんのりと温かい太陽の光もゆるりと頬を撫でていく風も、本物を知った今となってはまるで別物だとわかるけれど、あの頃の私にとっては本物だった。
 初夏の晴れた日に設定されたあの日の昼下がり。私は"友人"と呼ぶには少し隔たりのある顔見知りの男に呼び出されて、街が良く見える丘の上にきていた。
 もう少ししたら夕方になって、少し雨が降る様にプログラムされていたのに、こんな時にこんなところに呼び出してなんなんだ、と少しイライラしていた。呼び出した男は私がイライラしているのに気付いていない訳がないのにいつもと同じ澄ました顔をしていて、その姿が余計に私の神経を逆なでしていた。

 温くて湿っぽい風が、目の前の男の鬱陶しい重たい前髪を揺らしていた。人を呼び出しておいて、来てくれてありがとうの一言も言えないほど致命的に気が利かないこの男になんでこの私が振り回されなければならないのか。合わせた視線を逸らすのは負けたみたいで癪だったから、絶対にそらしてやるもんかと睨みつけてやった。

 結局アイツは澄ました顔の割にいつまでも口をもごもごさせるだけで、何も言わないままプログラムにはなかったはずの急な雨で有耶無耶になってしまった。てっきり告白でもされるのかと、どうやって一番惨めに振ってやろうと考えていた私は肩透かしを食らった気分で帰宅した。
 その翌日、アイツは地球に引っ越したのだと聞いた。どうやってからかってやろうとほくそ笑みながら学校に向かった私はやっぱり肩透かしを食らった気分だった。わざわざ引っ越しする報告をあんなところでしようなんて、思わせぶりにも程がある。何より、思わせぶりだとショックを受けた自分が不愉快だった。


 地球に降り立つ度、遠い日のあの記憶が鮮明に蘇る。地球に降り立つ度なんだかんだ理由をつけて必ず私を迎えに来る男の相変わらず澄ました顔を睨みつける。少しだけ、気が利く様になった男が差し出す手の意味に気づかないふりをしてその手に荷物を押し付けてやった。

7/16/2024, 1:22:04 AM

“終わりにしよう”



 終わりにしようとは思ってるんだ、この関係。聞き慣れた声がそう呟くのが、扉越しに聴こえてギクリと肩を震わせる。リビングに続く扉の前に立ち尽くしながら中の様子を伺うと、どうやら声の主は電話をしているみたいだった。彼女は扉に背を向けているため、ここからでは微かな頬の膨らみしかみえないけれどそれでも彼女が緊張をしているのを感じてしまう。

 何の関係を終わらせようとしているのか。そんなの俺との、この関係性以外に何があるというのだ。無意識に握りしめていた手のひらに短く切りそろえた爪が食い込んでいく。
 彼女とは学生時代からずっと、喧嘩するほどなんとやらな友人関係だった。その関係は、アルコールの神様のいたずらによって数年前に少しだけ形が変わってしまった。それからは月に数回、気が向いた時に俺の家にふらりとやってきては朝を共に迎える様な、そんな曖昧な関係になってしまっている。

 恋愛感情なんて1ミリもなかったはずだった。ただ完璧主義で負けず嫌いで親しい人間以外は寄せ付けない、そんな"高嶺の花"的な彼女に、誰よりも近い場所にいることを許されているという優越感がいつの間にか独占欲に、そして今は多分恋愛感情と言わざるを得ないものに変化していた。
 自分の感情の変化に気付いたのはつい最近のことだった。気付いてしまえばもう戻ることはできず、だからといって進むこともできないまま現状維持というぬるま湯で満足しようとしていた矢先のこの状況にガツンと頭を殴られたみたいな気持ちだ。

 この扉は栓だ。この扉を開けたら、今まで浸かっていたぬるま湯が抜けていって最後にはがらんどうなリビングに俺一人が残される。ならいっそ、彼女に気付かれない様に家を出れば良いんじゃないか。何の解決にもならないその場しのぎの考えが頭をよぎる。もうそれしかない気がして踵を返そうとした途端、ちょうど通話が終わったらしい彼女が振り向いて目があってしまった。

 終わってしまった。こぼれ落ちるんじゃないかってくらい見開かれた彼女の目がスッと覚悟を決めた目になっていくのがスローモーションみたいに見えた。
 彼女のその覚悟を決めた、据わった目に俺はどれほど情けなく映っているんだろうか。

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尻切れトンボ

7/12/2024, 4:07:34 PM

“これまでずっと”


 これまでずっと、彼とは"犬猿の仲"であったはずだった。お互いに負けず嫌いが過ぎて、目が合えば罵倒の応酬肩が当たれば拳の応酬となるのが当たり前だった。
 そんな彼が呆然と立ち尽くして泣いている横顔をみた途端に、その横顔があまりにも綺麗で瞬きすら惜しい、と食い入るように眺めてしまった自分が信じられなかった。
 跳ね上がる心臓の音が彼に聞かれてしまいそうで、そうして彼が俺の存在に気づいてしまったら、またいつもの傍若無人で俺の大嫌いな彼に戻ってしまうのかと思うととてつもなく勿体ない気持ちになった。どうにか彼に気づかれないようにと距離を取ったけれど、このまま離れてしまうのもやけに惜しく感じて、どうかバレませんようにと祈りながらそっと彼の横顔を斜め後ろ辺りから、眺めていた。
 しばらくして泣き止んだらしい彼がすっと顔を上げた。いつの間にかいつもどおりの彼に戻っていたけれど、その頬に微かに残る涙の跡を見つけて、俺が拭ってあげられたら良かったとふと思った。あわよくば、涙だけじゃなくて笑顔とかいろんな彼の表情を見てみたいし独り占めできたら良いのに……。

 「……ということがあったんだけど、これってやっぱり恋だと思うか?」
 「……」

 突然、普段はサシで話すことのない知り合いに肩を掴まれて連れ込まれた先で、唐突に始まった恋愛相談かっこ仮に俺はため息をついて天井を仰ぐ。目の前の男が冗談を言っている様子はない。ただただ大真面目な顔をして、俺の幼馴染であり彼と犬猿の仲であるはずの男への一目惚れの経緯を語っている姿に嘘はなさそうだ。
 いっそ嘘であってくれ。これまでずっと水と油犬と猿、某ネコとネズミ、そんな関係だったのに俺を巻き込んで少女漫画みたいな関係を始めないでくれ。
 どう思う?と言わんばかりに大真面目な顔のまま首をかしげてくる目の前の男の顔にデコピンを食らわせてやりたい気持ちをどうにか抑えて、俺はまたため息を吐いた。


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なんか上手くまとまらなかったのでそのうち修正します

7/9/2024, 3:57:53 PM

“私の当たり前”


 休日の朝。私は広いダブルベッドでゴロゴロ寝返りをうちながら君が来るのを待っている。君が起こしに来てくれるまで絶対にベッドから出ない。起こしにきた君が、ベッドに浅く腰掛けてフッと緩んだ口元から仕方ないなあとでもいうように息を吐くのに、気づかないふりをする。君が背中を丸くして、狸寝入りをしている私の前髪を軽く撫ぜたら今やっと起きましたって顔で瞼を持ち上げる。

 視界が朝日に照らされてキラキラしてる君の顔でいっぱいになって、思わず口が綻びそうになるのを耐えてさも無理やり起こされてご機嫌ナナメですが?って顔を作る。そうしたら君は仕方ないなあって顔のまんまあやすようなキスをおでこにするから、それで私も仕方ないなあって腕を君の首に回してやる。それを合図に、君が今度はほっぺにキスを降らせてから私の身体を起こしてくれる。

 スンっと鼻から息を吸うと、美味しそうなご飯の匂いがする。仕事がある日はデリバリーや外食を使うことが多いけれど君のお休みの日は、必ず朝ごはんを作ってくれる。仕事の日よりは少し遅くに私を起こさない様にひっそり起きて、ちょっと眠そうにふわふわキッチンへ消える君の背中を見送って、それからややあってリズミカルな料理の音に聞き耳を立てながら、今日の朝ごはんはなんだろうなって考えてるなんてことはおくびにも出さないで、寝起きですって顔をする。
 
 「おはよう」
 「おはよう。朝ごはん、何?」
 「なんだと思う?」

 私の寝癖だらけの髪を手で梳いている君は、いつもは素直に朝ごはんを教えてくれるけどたまにこうしてはぐらかすことがある。多分法則はないと思う。強いていうのなら、ご機嫌な日が多い気がする。
 じゃあ今日はご機嫌なのかな、なんて思いながら君が手渡してくれた部屋着に着替えながら何度か匂いを嗅いでみる。焼いた卵の匂いがする気がする。
 オムレツかなあと呟くと、君はにっこり笑って正解と言ってまたほっぺにキスをしてくる。当てられてちょっと気分良くなったところで差し出された手を取って立ち上がる。そのままエスコートされるみたいにダイニングテーブルまで連れて行かれると、想像していた通りのふかふかのオムレツが二つ、向かい合って置かれていた。
 それぞれの定位置に座って、手を合わせる。

 「いただきます」

 ぴったり合った言葉に笑いながらご飯を食べる。こうして、私と君の当たり前の一日が始まる。

7/8/2024, 3:16:46 PM

“街の明かり”


 目線の少し下、ずっと遠くに街の明かりが瞬いている。まるで日中の太陽の光を海が反射してキラキラしている様に、夜空の星々の光が反射して見えているみたいだ。
 七夕は昨日だったけれど、まだ夜空には天の川も流れていて織姫星も彦星も天の川のすぐ側にいる。七夕が終わると、刹那の逢瀬を終えた二つの星は夏の大三角として夜空を彩る様になる。二人の逢瀬を側で見ていた夏の大三角のもう一つであるデネブはどんな気持ちなんだろうか。ふと思いついたことのくだらなさに笑いが漏れた。一人で消化してしまうにはしょうもなさ過ぎて今大急ぎでこの場所へ向かっているだろう相手に急かすメッセージを送る。
 相手が到着するのを待ちながら、さて先程のしょうもない質問をしたらどう反応するのだろうかと考える。
 ロマンチストな一面もある彼女はもしかしたら意外とデネブの感情に寄り添った解答をしてくるかもしれない。純理系の彼の方は、星に感情なんてあるわけないだろうと白けた顔をするんだろうな。最後に二人してそもそも神話なんて人間が勝手に後から思いついた夢物語だろうと一蹴して終わりそうだ。

 数分後、送ったメッセージに既読が付いたことを確認してから画面をオフにした。右上に時間だけが映し出された黒いロック画面にはどこからどうみても幸せそうな俺の顔が映し出されている。


 デネブだってきっと、幸せなはずだ。
 

 急かされたことへの文句を垂れ流しながらこちらへ向かってくる織姫星と、それをなんとか宥めようとあたふたしている彦星に軽く手を振りながら、俺はそう思った。

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