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“終わりにしよう”



 終わりにしようとは思ってるんだ、この関係。聞き慣れた声がそう呟くのが、扉越しに聴こえてギクリと肩を震わせる。リビングに続く扉の前に立ち尽くしながら中の様子を伺うと、どうやら声の主は電話をしているみたいだった。彼女は扉に背を向けているため、ここからでは微かな頬の膨らみしかみえないけれどそれでも彼女が緊張をしているのを感じてしまう。

 何の関係を終わらせようとしているのか。そんなの俺との、この関係性以外に何があるというのだ。無意識に握りしめていた手のひらに短く切りそろえた爪が食い込んでいく。
 彼女とは学生時代からずっと、喧嘩するほどなんとやらな友人関係だった。その関係は、アルコールの神様のいたずらによって数年前に少しだけ形が変わってしまった。それからは月に数回、気が向いた時に俺の家にふらりとやってきては朝を共に迎える様な、そんな曖昧な関係になってしまっている。

 恋愛感情なんて1ミリもなかったはずだった。ただ完璧主義で負けず嫌いで親しい人間以外は寄せ付けない、そんな"高嶺の花"的な彼女に、誰よりも近い場所にいることを許されているという優越感がいつの間にか独占欲に、そして今は多分恋愛感情と言わざるを得ないものに変化していた。
 自分の感情の変化に気付いたのはつい最近のことだった。気付いてしまえばもう戻ることはできず、だからといって進むこともできないまま現状維持というぬるま湯で満足しようとしていた矢先のこの状況にガツンと頭を殴られたみたいな気持ちだ。

 この扉は栓だ。この扉を開けたら、今まで浸かっていたぬるま湯が抜けていって最後にはがらんどうなリビングに俺一人が残される。ならいっそ、彼女に気付かれない様に家を出れば良いんじゃないか。何の解決にもならないその場しのぎの考えが頭をよぎる。もうそれしかない気がして踵を返そうとした途端、ちょうど通話が終わったらしい彼女が振り向いて目があってしまった。

 終わってしまった。こぼれ落ちるんじゃないかってくらい見開かれた彼女の目がスッと覚悟を決めた目になっていくのがスローモーションみたいに見えた。
 彼女のその覚悟を決めた、据わった目に俺はどれほど情けなく映っているんだろうか。

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尻切れトンボ

7/16/2024, 1:22:04 AM