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“遠い日の記憶”


 人工的な青い空。空に見立てたスクリーンにぽかりと浮かぶやっぱり人工的な雲の映像。ほんのりと温かい太陽の光もゆるりと頬を撫でていく風も、本物を知った今となってはまるで別物だとわかるけれど、あの頃の私にとっては本物だった。
 初夏の晴れた日に設定されたあの日の昼下がり。私は"友人"と呼ぶには少し隔たりのある顔見知りの男に呼び出されて、街が良く見える丘の上にきていた。
 もう少ししたら夕方になって、少し雨が降る様にプログラムされていたのに、こんな時にこんなところに呼び出してなんなんだ、と少しイライラしていた。呼び出した男は私がイライラしているのに気付いていない訳がないのにいつもと同じ澄ました顔をしていて、その姿が余計に私の神経を逆なでしていた。

 温くて湿っぽい風が、目の前の男の鬱陶しい重たい前髪を揺らしていた。人を呼び出しておいて、来てくれてありがとうの一言も言えないほど致命的に気が利かないこの男になんでこの私が振り回されなければならないのか。合わせた視線を逸らすのは負けたみたいで癪だったから、絶対にそらしてやるもんかと睨みつけてやった。

 結局アイツは澄ました顔の割にいつまでも口をもごもごさせるだけで、何も言わないままプログラムにはなかったはずの急な雨で有耶無耶になってしまった。てっきり告白でもされるのかと、どうやって一番惨めに振ってやろうと考えていた私は肩透かしを食らった気分で帰宅した。
 その翌日、アイツは地球に引っ越したのだと聞いた。どうやってからかってやろうとほくそ笑みながら学校に向かった私はやっぱり肩透かしを食らった気分だった。わざわざ引っ越しする報告をあんなところでしようなんて、思わせぶりにも程がある。何より、思わせぶりだとショックを受けた自分が不愉快だった。


 地球に降り立つ度、遠い日のあの記憶が鮮明に蘇る。地球に降り立つ度なんだかんだ理由をつけて必ず私を迎えに来る男の相変わらず澄ました顔を睨みつける。少しだけ、気が利く様になった男が差し出す手の意味に気づかないふりをしてその手に荷物を押し付けてやった。

7/17/2024, 2:02:54 PM