Unm

Open App
5/19/2024, 4:06:50 PM

“突然の別れ”


別れの言葉は突然だった。
突然も突然、ついさっきまで愛を確かめあっていたベッドの中で余韻に浸りながら近づけた唇が突然そう告げた。

「え?」
「だから、もうやめるって言ってるの」
「何を」
「この関係」

さっきまでの甘い空気はどこへやら。
いつものクールな姿にもどった彼女は僕の腕をあっさりと払いのけてさっさと帰り支度を始めていた。
その薄っぺらい僕のつけたキスマークだらけの白い背中をぼんやりと眺めるしかできなかった。
僕は一体何を間違ってしまったんだろう。
引き止めたいけど、そもそも僕なんかと彼女が付き合っていた方がおかしかったんだと思うと思うように体が動かない。

数ヶ月前、同じ学部のいわゆる"高嶺の花"と称される彼女が突然僕の隣の席に座ってきた時には目眩がするほど驚いた。
特別彼女に好意を寄せていたわけじゃないが、ずば抜けて容姿の良い彼女は目の保養だった。
そんな彼女がなぜ会話もしたことのない僕の隣に?とドギマギしたが、彼女が僕の隣に座った理由はしごく単純で、朴念仁の彼氏に嫉妬をさせたかったらしい。
その嫉妬をさせたい彼氏というのが、たまたま別の学部に在籍している僕の幼馴染で、たまたまその講義だけ被るからそれだけで僕が選ばれたのだ。
そこからなんとなく彼女とは話す様になって、幼馴染の愚痴なんかを聴いたり話したりする仲になり気づけば深い仲になってしまっていた。

頭が良くて運動もできてなんでもそつなくこなすうえに、やたらと立ち振る舞いがスマートに見えて(実際は他人との関わりを避けているだけの陰キャだと言うのに)異常にモテる幼馴染が自慢でもあり少しだけ妬ましかった。
だから、その彼女と夜を共にした翌日はあまりにも気分が良かった。生まれて初めて、あの完璧な幼馴染に勝てたんだ。
おそらく流れを知ってしまったのだろう幼馴染が気まずそうに僕を見る姿に気づかないふりをしながら心の中で何度ガッツポーズをしたかわからない。
彼女は幼馴染ではなく、僕を選んだんだ!

……と思ったのに。
別れは突然やってきて、僕はまだ温もりの残るベッドで僕には一体何が残ったのかを必死に考えていた。

5/17/2024, 2:42:47 PM

“真夜中”


友人に頼まれていたラジオの修理をするのに夢中になっていた俺は、ふと何かが聴こえてきたような気がして頭をあげた。
スマートフォンの画面をみれば時刻は深夜2時をまわっていた。こんな時間になんだよと少し隣人の騒音トラブルなんかを思い浮かべてげんなりしたが、よくよく耳を澄ませばそんなに不快な音ではない。
喋り声というよりは歌声だ。
ベランダの窓に耳をつけるとやはり隣の部屋のやつがベランダに出て鼻歌を歌っているようだった。

音楽には詳しくない俺にはその歌がなんなのかはわからないし、鼻歌の主とはどうにも馬が合わず顔を合わせば小言の応酬、酷い時にはお互い手や足が出るというくらいの犬猿の仲だというのにどうしてか俺はずっとその鼻歌を聞くために窓に耳を押し付けたまま動けなくなっていた。
繊細そうな見た目からは想像もつかないがなり声でとんでもない罵詈雑言をまき散らす彼からは、想像もつかない、いや寧ろ180度回ってその繊細そうな見た目通りの透き通る様な音色で、ゆったりとした歌を奏でていた。

悔しいことに完全に聴き惚れてしまった。
ベランダの間の仕切りのせいで彼がどんな姿でどんな表情でいたのかはわからないけれど、それで良かった。
きっと俺に聴かれているとわかったら彼はすぐに元の罵詈雑言発信マシーンになっていただろうから。

歌声を聴いているうちにだんだんと眠気が襲ってきて、名残惜しいがベッドへ潜り込む。

なんだかすごく、よく眠れる気がした。

5/16/2024, 5:04:06 PM

“愛があれば何でもできる?”


愛するが故になんでもしてしまった人の背中をずっと真後ろで見てきた。
そして俺にはその人の血が流れている。
俺は誰も愛さないし、愛してはいけないと記憶の中の父親の歪んだ横顔を思い出しては強く戒めてきたというのに。
気づけば俺の隣には彼女がいた。
こんな俺の何が良いのか、世話焼きな彼女を疎ましく思っていたはずなのにうっかり彼女を愛してしまった。
愛してしまえば、次は彼女を失うことが怖くなってきっと俺は彼女がいなくなったら父親のようになんでもしてしまうだろう。

彼女がいなくなった世界で世界を呪い周りを傷つける自分の姿を夢にみて、全身冷や汗をかきながら飛び起きる夜は少なくない。
どうか俺を置いていなくならないで。と隣で眠る彼女を腕に閉じ込めると、眠っていたはずの彼女はゆるりと瞼を持ち上げて俺の頭をぶっきらぼうに撫で回した。

情けない顔するな、私がいなくなるときはちゃんとお前も連れて行くから。

寝ぼけて舌っ足らずだけどしっかりと俺の目をみて告げた彼女は、またうつらうつらと夢の世界へ戻ってしまう。

愛があれば何でもできる。
でも愛しているから、何もできない。

5/15/2024, 2:18:03 PM

“後悔”

家に帰ると、リビングにあるローテーブルに突っ伏して眠る同居人の姿があった。
傍らには色違いで買った彼女のお気に入りのマグカップと、仕事用に使っているラップトップが置いてあり仕事中につい眠くなってしまったのだろう。
締切の近い仕事はなかったはずだ。むしろ、つい先日締切ぎりぎりに仕事を終わらせていて今は余裕があると言っていた気がするから、無理に起こさなくてもいいだろう。

時刻は午後9時を回るところだ。
無人のキッチンには明かりがついており、後は温め直すだけの状態で食事が用意されている。
手早く着替えて、彼女が作ってくれたご飯を温めながらさていつ彼女を起こそうかと悩む。
ラップトップの画面がまだ生きているということは寝落ちてからそんなに時間が経ってないということで、もう少し寝かせてあげるべきなのか、それともしっかり寝てしまう前に起こすべきなのか。
なんて平和な悩みだろうか。
思わず口元が緩んでしまう。
数年前の自分に教えてあげたいものだ。
あの時のお前の行動は、間違っていなかったぞ、と。
後悔なんて少しもする必要なかったぞ、と。

彼女とは高校の時に付き合い始め、大学進学を期にどんどんと会う機会が減り気づけば自然消滅していた。
半年前に既読スルーした彼女からの次はいつ会える?というメッセージを眺めてはずっと後悔していた。
返事を一日考えて二日考えて、日が経つうちに返事がしづらくなった。
いつもは一日返事をしないだけで催促の電話をしてくる彼女がその時ばかりは電話どころかメッセージも送ってこなかったということは、まあそういうことなのだろう。
きっともう僕なんか忘れて僕よりずっと良い人と上手くやっているんだろう、なんて想像したらその日に限って何故か無性にモヤモヤした。
僕だって、つい昨日他の学部の女の子に連絡先を聞かれたんだぞ。と想像上の彼女に張り合っているうちになんだか気持ちが大きくなってついそのまま彼女に当てつけるようにメッセージを送っていた。

『昨日はありがとう。明日の午後とかどう?』

どうせ読んではもらえないだろう。ブロックされてるかもしれない。性格の悪い男と思われるかもしれない。
やっぱり消そうとした瞬間、既読がついて僕は人生で一番の後悔をした。
奈落に真っ逆さまに堕ちていく様な気持ちで冷や汗が吹き出た。

『明日の午後ね。そっちに行くから"昨日"とやらの話を聞かせてね』

絵文字もスタンプも、何もない一言に奈落の底のもっと奥までめり込んだ気分だった。
後悔してもしきれないとその時は本当に自の浅はかさを呪ったが、結局のところあの浅はかさな一つのメッセージからまた彼女と会うことができて、就職と同時に同棲にまでこぎ着けた。

あの瞬間ほど後悔することはもうないだろうと思う。
でも、あの瞬間ほど後からやっておいて良かったと思うこともないだろう。

電子レンジの音がして、ちょうど彼女が目を覚ました様だ。

「ただいま」
「……おかえり」

5/14/2024, 2:23:13 PM

“風に身をまかせ”

生まれた時から決まっていたはずの将来を自らの手で破り捨て、親のすぐ後ろを追いかける様に敷かれたレールを壊してたどり着いた先は無限に広がる宇宙の果てだった。
私は、前も後ろもない途方もない無重力下で、身体を動かす気力もなくぼんやり揺蕩っている。
通信機を使えばもしかしたら誰かに助けを呼べるのかもしれないが、なんとなくもうここで誰にも知られないままに消えてしまいたい気分だった。
酸素ボンベの残りも少ない。
もちろん食料もない。
遠くの方で等間隔にならぶ光が見えた。
もしかしたらあれは生まれ育った星の光だろうか。
頑張れば、あの星までたどり着けるのだろうか。
でも。
頑張ってあの光の中に戻ったとして、私の居場所なんてどこにもない。頑張って頑張ってたどり着いた先がこんなに真っ暗な宇宙の果てだというのに、これ以上頑張ったとしてあんな光に満ちた幸せを掴めるわけがない。

はあとため息がでる。
良いなあなんて思わず口から溢れそうになった瞬間、弱音をかき消す様に暴風がふいた。

そして音のないはずの宇宙の果てに、彼の声が響いた。
私が聴きたくて聴きたくて仕方のなかった声。あの遠くに瞬く光の中にいるはずの人の声だった。
敷かれたレールの上でも胸を張って走る、ずっと憧れてきた人。臆病で意気地なしで、決められた将来に納得できず燻っていた私の背中をぶっきらぼうな言葉で押してくれた、不器用で優しい人。

涙が溢れてグズグズの視界に映る彼は、いつもみたいに不機嫌そうに眉間にシワを寄せて、いつもみたいにバカみたいな大声で私の名前を呼んだ。
暴風みたいに駆け寄ってきて、暴風みたいに私の心をかき乱してきて、自分は言いたいことだけいって澄ました顔をしている、嵐の様なという言葉がこれ程似合う人もいないだろう。

真っ暗で上も下もない宇宙の果てだったというのに、彼が手を握りしめてくれるだけで不思議と光に溢れ地面に足がつき自分の目指す幸せな未来の形が見えた。

暴風に身をまかせてみるのも悪くない。
そう思えた。

Next