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“風に身をまかせ”

生まれた時から決まっていたはずの将来を自らの手で破り捨て、親のすぐ後ろを追いかける様に敷かれたレールを壊してたどり着いた先は無限に広がる宇宙の果てだった。
私は、前も後ろもない途方もない無重力下で、身体を動かす気力もなくぼんやり揺蕩っている。
通信機を使えばもしかしたら誰かに助けを呼べるのかもしれないが、なんとなくもうここで誰にも知られないままに消えてしまいたい気分だった。
酸素ボンベの残りも少ない。
もちろん食料もない。
遠くの方で等間隔にならぶ光が見えた。
もしかしたらあれは生まれ育った星の光だろうか。
頑張れば、あの星までたどり着けるのだろうか。
でも。
頑張ってあの光の中に戻ったとして、私の居場所なんてどこにもない。頑張って頑張ってたどり着いた先がこんなに真っ暗な宇宙の果てだというのに、これ以上頑張ったとしてあんな光に満ちた幸せを掴めるわけがない。

はあとため息がでる。
良いなあなんて思わず口から溢れそうになった瞬間、弱音をかき消す様に暴風がふいた。

そして音のないはずの宇宙の果てに、彼の声が響いた。
私が聴きたくて聴きたくて仕方のなかった声。あの遠くに瞬く光の中にいるはずの人の声だった。
敷かれたレールの上でも胸を張って走る、ずっと憧れてきた人。臆病で意気地なしで、決められた将来に納得できず燻っていた私の背中をぶっきらぼうな言葉で押してくれた、不器用で優しい人。

涙が溢れてグズグズの視界に映る彼は、いつもみたいに不機嫌そうに眉間にシワを寄せて、いつもみたいにバカみたいな大声で私の名前を呼んだ。
暴風みたいに駆け寄ってきて、暴風みたいに私の心をかき乱してきて、自分は言いたいことだけいって澄ました顔をしている、嵐の様なという言葉がこれ程似合う人もいないだろう。

真っ暗で上も下もない宇宙の果てだったというのに、彼が手を握りしめてくれるだけで不思議と光に溢れ地面に足がつき自分の目指す幸せな未来の形が見えた。

暴風に身をまかせてみるのも悪くない。
そう思えた。

5/14/2024, 2:23:13 PM