子供のままで
子供のままでいられたら、どれだけ良かったか。
卒業式の写真を捨てられず、かといって飾ることもできず、あの子が愛読していたからという理由で読みもしないのに買った分厚い本の間に挟んだままもう10年が経ってしまった。
本に挟まれたまま、引き出しのずっと奥にしまい込まれていたその写真はほとんど劣化することもなくあの頃の俺たちの一瞬を映し出している。
少しむすりとしているあの子のことがずっと好きだったのに。
俺はどうしてもあの子のご機嫌を損ねることばかりで、挨拶すらまともにできないままだった。
今思えば、竹を割ったような性格の彼女のことだから、目があえば少し喧嘩腰だったとしても言葉を交わしそして卒業の日には不機嫌な顔をしながらも同じ写真に映ってくれるということは心底俺を嫌っていたわけじゃないのだとわかるが、当時の俺はまだまだ子供だった。
ただただひっそりと彼女に恋をしていた子供だったものだから、俺を見るたびに機嫌を悪くする彼女を見てはひどく傷ついたものだ。
それでも嫌いになんてなれなくて、告白できる勇気もなくて、気づけば腐れ縁なんて言われて結婚式の友人代表スピーチに指名されてしまうくらいの気のおけない友人枠に収まってしまっていた。
鏡の前に映る俺は、あの写真に映る子供の俺よりずっと背が伸びた。少しだけ丈の足りない制服から身体にぴったりあう少しお高いスーツを着た大人の俺は写真と同じどうしようもなく困った顔をしている。
あの頃の俺は、自分がもっと大人なら彼女のご機嫌を損ねない様なスマートな振る舞いができるだろうと夢を見ていたものだが、どうせ告白できないのならいっそ子供まま隣にいれたらいいのにと思ってしまう。
ずっと子供のままずっとこの写真の中に入られたら、ずっとあの子の横顔を隣で眺めていられるのに。
きれいな髪だと思った。
触ってみたいと思った。
もっと話してみたいと思った。
名前も知らない、ただ一目見ただけの他人にそんなふうに思ったのは初めてだった。
きれいな髪が揺れて、氷の様な冷たい瞳が僕を捉えた。
そして形の良い薄い唇が開くその一瞬を僕は何年経っても鮮明に憶えている。
次の瞬間、その鈴を転がす様な声を出しそうな唇から溢れ出た罵詈雑言に、僕の初な恋心は跡形もなく散るはずだったというのに。
彼女が形の良い眉をひそめるのも、冷たい瞳を怒らせるのも、薄い唇が罵るのも、全て僕だけになのだと気づいてしまったとたんに僕の恋心は手軽に息を吹き返してしまったのだった。