『夜景』
マンションの一室に、私は居た。
目の前には、倒れた人がいた。
もう二度と起き上がることはない。
ぼさぼさになった髪を解き、手ぐしを通そうとした。
紅く染った手や服を見て、私は罪を犯したことを悟る。
汚れてしまった服を脱いで、その部屋にあった服を着た。どの服も売れば、すぐ金になるようなものばかりだ。
罪を犯して気が抜けたのか、空腹が一気に襲ってきた。
手袋すればよかったと後悔しつつ、冷蔵庫に手をかける。
整頓された冷蔵庫には、昨日食べるであろう月見団子が置いてあった。
私は、月見団子を屍の隣で食べた。
20%の半額シールが貼られた月見団子はやけに味が濃い気がした。
電気をつけていない部屋は、月明かりに照らされている。窓から見える夜景は、この家に来た時と変わらずとても美しかった。
家の灯りの数だけ、灯りの数以上に人々は今日も息をしている。
最後の晩餐で、私は灯火の数々と命の美しさを、知った。
『突然の君の訪問。』
ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。《やっほー。》
高校生からひとり暮らしになった私には身の丈に合わない大きな部屋。そこに彼女の声は響く。
私は驚いた。だが自然とドアを開けた。彼女はボサボサの髪にボロボロの制服で、脚を引きづっていた。私は彼女を見て何も言えなかった。
[ねぇみてー。また、やられちゃった。]
作った泥団子を見せるように彼女は笑った。
「は、早く入りなよ。今日、酷くない?」
[えへへ。、やったぁ。]
そう言うと彼女は私に覆い被さるように、寄りかかってきた。彼女の重たい体を引きづりながら、私は椅子に座らせた。幾度も座りすぎて、ほぼ彼女の私物である。
実家から持ってきた救急箱で、私はテキパキと手当をした。
「今日は何人?」
[5人、、ぐらいかな。あ、もっと、いたかも。]
[あいつら、厚底か、ヒール、だったからさ。ちょぉ、痛い。]
彼女の傷は相当酷いものだった。切り傷や擦り傷はいつものものもあるが、今日のは酷すぎる。今日は骨折もしたのだろうか。
「はい。終わったよ。」
[んぁ、ありがとぉ。]
そう言うと、彼女は床によりかかるように座った。
私も隣に座ると、彼女はへへっと笑った。
[これ、いつまで、続く、のかな。]
「…どうだろ。」
[そつぎょう、したら、、どっかいこうね。]
「うん、、約束。」
気づくとお互いに泣いていた。でも、口は今日の月よりも、綺麗な三日月形をしていた。
私たちは、いつの間にか眠りについた。
あなたがいなくなったのは、みらいの話をしたあの日からだった。
『海へ』
あの日の後、私は何回か朝日さんのところに通った。
今日も、あの人の元に行こう。そう決めて、私はいつもの道を駆け下りた。ここに来るといつも胸が踊る。
でも、朝日さんの様子がおかしい。いつもピアノを弾いているのに、今日は私がいつも座る席に座っている。
[こんちは…]
「お!きた!まってたよ。おれ。」
入ってきた瞬間に畳み掛けられたので私は驚きを隠せなかった。
[え、あ…はい。]
「今日さ、ピアノ教室はお休みにして出かけない?」
「校外学習!あ、教室だから…室外学習か。行くよね?」
そう言いながら私にキラキラした瞳を向けてきた。
[あの、、行きたい、です。室外学習。]
「やった。決まり。おれ、こう見えてバイク乗れるんだ。乗って乗って!」
そう言って、彼はバイクを持ってきた。スクーターだった。
ヘルメットをつけ、後ろに座る。オドオドしていると、彼に手首を掴まれた。
「、ちゃんと掴まっててね。ケガしちゃうから。」
[は、はい。]朝日さんの背中は暖かかった。
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着いた先は、海だった。何年ぶりになるだろう。
[わぁっ。]
パシャ。朝日さんの方をむくとカメラを向けられていた。
[え、ちょ、消して、]
「あー。ごめん、これフィルム。現像したら見してあげる。」
悪戯気味に笑った彼に、そう言われた。
[じゃあ、それまで通います。これからもたくさん教えてください。]
「喜んで。」
そんな会話をしたあとは水掛けをしたり、砂浜でお絵描きをしたり、朝日さんとずっと笑っていた。
―帰りたくないと、思ってしまった。
現像した写真を見るのがちょっと楽しみな自分がいた。
《朝からの使者》EP.5 シャッターとあなた
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〇執筆日記
こんにちは。読んでくださり、ありがとうございます。
今、皆さんに読んでいただいた《朝からの使者》ですが私的にはまだ2人の物語を書きたいなと思っております。どうぞお付き合い下さい。
合間合間に短編も挟みますが、この作品を楽しんでいただけると嬉しいです。
このあとも、素晴らしい体験をお楽しみください。
『さよならを言う前に』
[ねぇ、ちょっとドライブ行かない?]
この夏でこんがり焼けた肌をした君に、そう言われた。
一緒に住んでいるものの、最近はお互いあまり話せていない。その分、この発言に驚いた。
「え。いーけど。」
[じゃー乗って!帰ってきたばっかで、エンジンかけっぱだから。]
そう言って手を引かれて、私の気持ちは追いつかないままヘルメットをつけた。彼の後ろに座ると彼は私の手を握り、お腹に巻き付けた。彼の背中はあったかかった。
[危ないから、ね、]
「あー。うん。」
[じゃあ、出発します、。]
「お願いします。」
どらいぶ。このワードだけでドキドキしたのは何時ぶりだろうか。着いた先は碧い景色が地平線まで続く海だった。
[どぉ?海。我ながら結構センス良くない?!]
目をキラキラにして私に問いかけるあなたは、お母さんに自慢したい子供みたいだった。
「うん、いいねたまには。海。」
えへへ、とあなたは笑ったかと思いきや、真剣な顔してこちらを向いた。
「え。なに急に、」
[俺、すきだよ。海もあなたも。]
そう言うと彼は急に海に向かって叫んだ。
[大好きだよぉぉぉぉぉ!]
「え?」
[叫んでみてもいいかなって。好きって]
「急に叫ばないでよ―じゃあ、わたしも。」
「大好きだよぉぉぉぉ!」
久しぶりにほんとうの思いをさらけ出せたような気がした。この日見た海は、今まで見た海の中でいちばん綺麗だった。
彼はさよならを言う前にいなくなってしまった。
あの日見に行った海は、ただの水の塊になっていた。
『いつまでも捨てられないもの』
いる。いらない。いる。いらない。あれ、懐かしっ。
そうやって思い出に浸って時間が過ぎてしまうのが私の部屋掃除のルーティーンと化していた。
初めは潔くいるいらないの判別が着くのだが、段々と集中できなくなってくるとゴミとなるかもしれないものに情が入る。
あ、懐かしい。これ、好きだったな。このクラスやだったなー。思い出は時に苦く、楽しい思いにさせてくれる。めのまえにはあ[いる]と書かれた箱と、[いらない]と書かれた箱。2つの箱の間に置いた[考える]と書かれた箱の3つが置いてある。[いる]の箱と、[いらない]の箱を足したとしても、[考える]の中身には到底抗えない程多くのものが入っていた。
それでも、部屋全体のものの量はそこまで変わらなく見えてしまう。まぁ、世の中もそんなものではないだろうか。こんなことを考えていたら、なぜだか鼻で笑ってしまった。
私はパーカーのポケットに入った煙草とライターをいつも通りの使い方で消費した。灰色の煙が部屋を充満させる。煙草を半分くらい使った頃、床に散らばった写真のネガをみた。現像されたら使われる事は二度と無い。私はこの鎖のような物体にライターで火をつけた。
じわじわと燃えていくネガを私は目に焼き付け、「さよなら」と口にすると燃える鎖から手を離した。鎖から鎖へ、炎が移っていく。大きくなる鎖に身を包まれた私は、[いらない]と書かれた箱に入り目を閉じた。やっと部屋掃除が終わりそうだ。
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2025年―月―日。
とある女性が燃え殻になって見つかった。アパートのとある一室での出来事だ。彼女はそのまま息を引き取ったらしい。
あの部屋にはネガと有機物しか残っておらず、遺書も残されていないため、自殺とも他殺とも捉えることが出来なかった。なので、警察はこれを事故死だと断定し、この事件は終わりを迎えた。新聞などにも掲載されなかった。遺体は司法解剖に回される訳もなく、そのまま火葬された。現場で燃え残った写真のネガには、たくさんの人々の写真が閉じ込められていた。
本人の顔がわかる写真は、彼女がバイトをしていたコンビニの履歴書しかなかった。彼女はここで、何をしていたのだろうか。
私が、この人の人生を知りたくなった。