“左手”
就活から家に帰ってくると、あの人が寝ていた。
スーツはやっぱり息苦しいなと考えながら、あの人を見た。
あの人はいつも、人気者だ。会社は忙しいはずなのに、度々うちに来る。きっと仕事で疲れたのだろう。
目の前のソファがあるにもかかわらず、彼はラグですやすや猫みたいに寝てる。
イケメンと言われるだけあって、やっぱり寝顔は綺麗で。髪を伸ばしたら女の子にも見えそうだ。
体は横を向けて寝ていたから、私も向き合うようにゴロンと寝転がってみた。スーツのせいで寝心地は悪い。
しかし、目の前の人を見てると心地よくなってくる。
不意に、目の前に手があることに気づいた。手のひらが上を向いている。
昔、手繋ぐの好きだったよな。
なんとなく、手を近づけてみる。あの人の左手と私の左手が、重なる。急に暖かくなった左手はあの人の左手が優しく握っていた。緩いけど、離せる訳では無い。
私達はずっとそんな感じだったのかも。
今は日が沈んでいるはずなのに、その手は陽の光が当たっているみたいに暖かった。気づいたら、ふわふわ眠りについていた。
目が覚めると、あの人は手を握ったままこっちを見ていた。
「おぉ、おはよ。」
『ん…うぅ、おはょ』
「まだ、このままでも大丈夫?」
『うん。いーよ。どうやって入ってきたの?』
「部屋、隣でしょぉー」
そんな感じで、ふわふわ適当に喋る。
この時間が、暖かくて、心地いい。
終わらなければいいのに。そう願ってしまった。
【あの日の温もり】
“ノストラダムス”
「ねぇ。死んだらどこ行くん?」
『そりゃ、楽園に決まっとるよ。牧師様が言ってたやん。』
「そしたらさぁ、うちらあと3年やな。」
『あー。ノストラダムスか。たしかに。』
「うちら高3や。。」
『ほんとに終わっちゃうんかな。』
「終わるんちゃう?知らんけど」
そう言って私たちは中学校の屋上でタバコを吸う。
大人(親)が吸っていたら、自分も吸ってみたい思うんは、当然だと思う。
「終わらんかったら、何しよ。」
『そんときゃそんときやな。』
『…終わるまでに携帯欲しいわ。』
「お姉ちゃんのお下がりじゃないやつ?」『うん。』
「終わらんかったらさ、一緒にいよ。」
『…うん、、、いいの?うちで。』
「あんたがいい。」
『…ありがとう。』
「終わらんでも、一緒がいい。」
『えーよ。』
これからも、この心地よい会話ができると考えると、なんかムズムズした。でも、それさえも心地よかった。
ノストラダムスがおらんかったら、こんな会話出来んかったって思ったら、この予言も可愛いもんだと思った。
【ありがとう】
【あなた】
2人で床に寝転がる。
他人を家に入れるのは初めてだった。
「飲んじゃったね。お酒。」
『ね。ビール、あんな味するんだね。』
高校から一人暮らし、私は初めて友達と笑った。
「あともう一個ずつ、」
『飲んじゃお。アルコールで肝臓いっぱいにしよ。』
そう言って2人でぬるいビールを飲んだ。不味いけど、ふわふわしてたからあんまし気にならなかった。
お互いに向き合うように寝て、互いの手を握り合う。
「あったかいねぇ。」
『もしかして、酔い始めてる?』
「うん。ちょっと、いや、けっこうやばいかも。」
学校終わり、急にピンポンしてきて。あなたは、何故かコンビニの袋に沢山の缶を入れて持ってきてさ。
あたし、あなたのそゆとこ好きだよなんて言えないけど。メイクも落としてないし、課題も終わってないし。
ぼろぼろだけど、あなたといる時は幸せって思ってる。
目の前ですやすや眠るあなたを見てそう思った。
『これからも続いたらいいなぁ。』
「そうだね。」
寝ていたと思ってたあなたが急に喋るから驚いた。
『…起きてたの?』
「んふ、うん。」
繋がれた手の温かさを感じながら、私たちは眠りについた。
明日も、明後日も、毎日は呼吸みたいに当たり前に続いてく。私の物語は、終わんない。
終わらない物語の中で、あなたは最重要人物だよ。
【終わらない物語】
私の目の前には
宇宙がある
小さい枠にはまっているけどそれは確かに、自分を示し続けている。
人には作り出すことが出来ない。神が創ったとも言われる宇宙、地球、私。
神が創ったものという意味では私も宇宙も、同じかもしれない。
美しい道理にはまっている宇宙。もし、それを全て見ることが出来たら、きっと私になにか価値が生まれる。
宇宙よりも暗い世界を人は創り出すことが出来るようだ。ブラックホールのような、小惑星爆発のような。
それでも遠くから見たら、きっと美しいのだろう。
今、目の前にある星々は一体どこから来たのだろう。
そう思いながら、宇宙を見る。時計を見ると、長針と短針がすれ違いそうになっていた。
ベッドに入って、目をつぶれば見える。
吸い込まれそうな暗闇にある宇宙が。
手のひらに届くのは何億光年先の話だろうか。
【手のひらの宇宙】
私が見ている景色は、変わらない。きっと、変えられない。
[実さん。おはよう。]
「おはようございます。相原さん。」
田中実。日本で一番多いフルネームらしい。実際に会ったことはないけれど、きっとその辺にいるんだと思う。
私は実家がない。いろいろな人と暮らしている。相原先生は、この家の家主だ。
[ご飯どうする?]
「いらないです。自分で適当に買って食べます。」
[…うん、わかった。]
誰とも、馴れ合わない。私は他人の世界から見た空気で充分だ。世界の端にも、存在しない。それでよかった。
『田中さん、おはよー。あのさ、今日の委員会の当番変わってくんない?』
「あー。いいよ。今日、暇だし。」
『ほんとに?!ありがとねーいつも。埋め合わせ絶対するから!』
学校に着いてすぐ、同じ委員会の山下さんに声をかけられた。埋め合わせなんてする気もないだろう。
委員会の仕事は、保健室に来た生徒の対応だ。
「失礼します。保健委員でーす。」
先生は校内を巡回しているようだ。保健室にも誰もいなかった。ゆっくりできるから、誰もいない保健室は好きだ。そう思っていた矢先、誰かが入ってきた。
{しつれいしまーす。あ、こんちは。ベッド使います。}
「え、ちょ、あの、、、名前と組だけ、」
{チャイムなったら起こしてー。}
そう言ってベッドに入ってしまった。苦手な人種だ。
無駄に関わらないようにしよう。そう思って、カーテンを閉じた。そこからは適当に自習したり、本を読んで過ごした。
チャイムが鳴って、あの人を起こそうとした。その人はなぜか起きていた。
「あ、おはよう御座います。」
{注意しないんだね。}
「え、ん?」
{だいたい注意されるのに。今日は注意されなかった。}
「そうですか。なんかすいません。」
{ううん。そっちの方が都合いいからいい。}
{また来るね。田中さん。}
「え、名前、」
{ノートに書いてあったから、、じゃあね。}
よくわかんない人だったな。ベッドの片付け中、写真を見つけた。多分あの人のもの。
寒い夏には勿体無いくらいの花の、畑の、空の、写真。
こんな景色を映せるなら、きっと、まだ見ぬ景色があるんだろうな。そう思って、テーブルの中心に置いてあるペンたてに写真を立てかける。
テーブルのものをまとめているとき、あの写真だけは綺麗に見えた。
世界が歪んでいくのが怖くて、急いで保健室の扉を閉めた。
そこには、いつもどおり変わらない景色があった。
【まだ見ぬ景色】