『手を取り合って』
セミが現在進行形で泣いている季節。葉書が届いたあの日から、私の時間は止まってしまった。単位は余裕で取れるようにほぼ毎日身を削っていたので、その分私は実家に留まり、自堕落な日々を過ごしていた。
ビデオカメラと葉書は今も、シールがベタベタ貼ってある勉強机の上にある。捨ててしまおうかとも思ったが、どうにも出来なかった。しかし、葉書に書いてあった美しいような苦しい文字は私の脳裏にピッタリと焼き付いていた。彼女と別れを告げる儀式は“海の日”に行われるらしい。休みと平日の境界線があやふやになっているが、私はその日を忘れることは無かった。私は母に喪服を借りることにした。
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どんよりとした灯り。黒装束の人々。海の近い葬式場だったため、潮の匂いが鼻を掠めた。私は人の流れに沿って、前に進もうとした。しかし、扉の向こうに足を踏み入れることは出来なかった。暫くして、高校の頃いつも笑いあっていたあの子が来た。私は咄嗟に話しかけた。
「葉書、届いた?」
[うん。届いたよ。]
それだけ言った彼女は、あの頃のように太陽みたいに笑った。それから、続けてこう言った。
[あのさ、手繋がない?]
「え、まじ?」
[あん時はさ、手繋げなかったじゃん。照れくさくて。]
「確かに。今なら出来る気がする。」
そう言って私はあの子の手を取った。あの子はやっぱ照れくさいね、と言いながらも固く握り返した。
手を取り合って扉の向こうに進んだ時、私たちは馬鹿みたいに笑っていた頃の自分に、戻っていた気がする。
█後書き█
読んで頂きありがとうございます。
この作品は最近あげた『友達の思い出』と一緒に読むともっと面白くなると思います。もし、時間があるならそちらも手に取って頂けると嬉しいです。
後書きまで読んで頂きありがとうございました。このあとも、素晴らしい作品に出会えることを心よりお祈りしております。
『私の当たり前』
夜。ビルの光がよりいっそう輝き始める頃。学校が終わった私は、大きめのパーカーを着た。私はある町に向かった。東京にあるその町で紅い文字がより一層輝きを増して見える。今日も欲望と理性が入り混じった匂いがした。私がやることは単純。ただひたすら歩くだけである。ここ数年同じことをしているので知りあいも増えてきた。適当に話しながら街をぶらぶらしていると、ネクタイの紐が緩んだ男性が声をかけてきた。
「毎度。何にする?」
[バツ、20g頂戴。]
私は金を貰いラムネのようなカラフルなものを渡した。
今日も私は手を汚してしまった。黒く染った夜のように。それが、私の当たり前なのだ。
『友達の思い出』
今を生きている過半数の人は、人生を友達との思い出で
彩らせてきたのだろう。私も、同様である。ただ、人生の中でたった2人「私の普通」からはみ出た友達がいた。
確か高校の頃だったと思う。
1人はビデオカメラと携帯(まだガラケーだった)をずっと持っていた。目立たないけどすごく綺麗な顔立ちだった。携帯を持ってると言っても、写真を撮ったり、動画を撮ったりすることしか使わなくて。なんか、不思議な雰囲気を持つ子だった。
もう1人はすごく明るくて自由だった。補習がある日でも先生の前で堂々と遊び行こー!なんて笑いながら言ってくるような子だった。周りにはバカにしか見えなかったかもしれないが、私には強かに見えた。
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“ずっと続けばいいのになー。”
“学校でバカみたい笑って、放課後プリクラ行ってつけま貰って。そのまま誰かの家行ってメイクして。1日全部楽しすぎて、卒業が遠く感じるくらい。”
ビデオカメラを持ったあの子が急にこんなことを言った。急な事だったから2人で驚いた。
「急にどうした?ウチらはずーっと一緒だよ。」
私は不思議がりながら反論した。
[プリクラにも書いたじゃん。ズッ友って。]
プリクラを見せたその子はチュッパチャプスを舐めながら言った。
“そっか。そーだよね。じゃあさ、もし葬式やったら来てね。”
[何年後の話してんの?]
“うーん。数億年後?”
「まぁだろうね。ウチらさいきょーだもん。」
そう言って私たちは放課後の教室で、3人だけで笑いあった。
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数年後、私は大学に進学した。上京をする時に、携帯をなくしてしまったのであの2人との連絡は途絶えてしまった。丁度、夏休みで実家に帰省していた時、一つだけ私宛に大きな封筒が届いた。その封筒の中には1つのビデオカメラと訃報と書かれた葉書が入っていた。私はセミの泣き声と同じくらい泣いた。
『この道の先に』
今日のことも明日には忘れてしまう。一過性全健忘―それが神がかけた私への呪い。私は前世でどれだけ思い罪を背負ったのだろうか。私は必死に普通を生きている。呪いのことは誰にも、絶対に言わない。私にかかっている呪いなのだ、私が向き合えばいい。支度をするために私は鏡を見た。制服を着た自分を見て気合を入れた。
今日も普通に過ごせている。そう考えると少し楽になる。私の友達であろう人と1日過ごしている。また忘れてしまうのに。そう考えると…こんなこと考えるのはもう辞めよう―
「考え事?」
[あっ。いや、なんでもない。]
ふと隣の席の男の子に声をかけられた。クラスの中でも陽るいほうの人だろう。
「なんか、今日ぼーっとしてるね。」
[えっ?見てたの?もしかしてストーカー?]
「なんでそうなっちゃうかなぁ?隣の席だから自然と目に入るんだよ。」
[そっか。結構見えるんだね。隣からって。]
「まぁ、今日は特にどんよりしてたから気になっただけ。気のせいだったかー。」
そうおちゃらけて笑っている。隣の席の人。この道の先に、光は無い。でも、またこの人と笑って喋りたかったから。
私は、昨日の私を超えてみようと思った。多分、昨日の私はこんなことしないだろうから。
[明日も喋ってくれない?こうやって。]
この先の道に期待は持てないけど。
『夏』
青春の季節と言われるそれが私は嫌いだ。暑いし、暑いし、暑い。暑いということがどれだけ人の体を蝕むのかこの季節になるととてもよくわかる。でもそんな夏にこそ好きな場所がある。いつの間にか昼食を終えた私は、走り始めていた。汗なんて感じなかった。少しきしんだドアを私は開けた。
「失礼します!!!!!!」
[今日も来たんだね〜。毎日来るから顔覚えた。]
今日もいた。部屋にはたくさんの本棚が並んでいる。カウンターにいるあの人はにっこり笑った。あぁ、ここに来てよかった。その笑顔だけでも反則なのに、顔を覚えてもらえるなんて。やばい。私の心臓は大きく動いた。
それと同時に体温も上昇した。夏の暑い気温のせいだろう。多分。