『手を取り合って』
セミが現在進行形で泣いている季節。葉書が届いたあの日から、私の時間は止まってしまった。単位は余裕で取れるようにほぼ毎日身を削っていたので、その分私は実家に留まり、自堕落な日々を過ごしていた。
ビデオカメラと葉書は今も、シールがベタベタ貼ってある勉強机の上にある。捨ててしまおうかとも思ったが、どうにも出来なかった。しかし、葉書に書いてあった美しいような苦しい文字は私の脳裏にピッタリと焼き付いていた。彼女と別れを告げる儀式は“海の日”に行われるらしい。休みと平日の境界線があやふやになっているが、私はその日を忘れることは無かった。私は母に喪服を借りることにした。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
どんよりとした灯り。黒装束の人々。海の近い葬式場だったため、潮の匂いが鼻を掠めた。私は人の流れに沿って、前に進もうとした。しかし、扉の向こうに足を踏み入れることは出来なかった。暫くして、高校の頃いつも笑いあっていたあの子が来た。私は咄嗟に話しかけた。
「葉書、届いた?」
[うん。届いたよ。]
それだけ言った彼女は、あの頃のように太陽みたいに笑った。それから、続けてこう言った。
[あのさ、手繋がない?]
「え、まじ?」
[あん時はさ、手繋げなかったじゃん。照れくさくて。]
「確かに。今なら出来る気がする。」
そう言って私はあの子の手を取った。あの子はやっぱ照れくさいね、と言いながらも固く握り返した。
手を取り合って扉の向こうに進んだ時、私たちは馬鹿みたいに笑っていた頃の自分に、戻っていた気がする。
█後書き█
読んで頂きありがとうございます。
この作品は最近あげた『友達の思い出』と一緒に読むともっと面白くなると思います。もし、時間があるならそちらも手に取って頂けると嬉しいです。
後書きまで読んで頂きありがとうございました。このあとも、素晴らしい作品に出会えることを心よりお祈りしております。
7/15/2024, 8:39:02 AM