ヒロ

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8/12/2024, 10:01:50 AM

「何だこれ」
夜遅く、聞き込みを終えて事務所に帰ってみると、来客用も兼ねたローテーブルの上には小物がズラリと並べられていた。

日焼け止めローションにデオドラントシート。
ハンドタオルにアイスネックリング。
スポーツドリンクとサングラス。
他に大きなものでは男性用日傘や麦わら帽子まで。
選り取り見取りの暑さ対策グッズが所狭しと広げてある。

「おかえり~」
よくもここまでかき集めたものだと感心して見ていれば、物音を聞き付けて、奥の方から買い揃えたであろう本人が顔を出した。
麦わら帽子を掲げてみせて、寄ってくる相棒へ問いかける。
「どうしたんだ、こんなに。おまえ外に出ないだろう?」
「ううん。君に使ってもらおうと思って用意したんだよ~」
「えっ俺に?」
驚いて、手持ち無沙汰にくるくると回していた麦わら帽子を取り落とした。
拾い上げ、テーブルの上の小物と相棒を見比べる。
この一式全部、俺用に?
こんなに沢山、急に何故。
「ひょっとして、海か山に行く依頼でも入ったのか?」
「違うよー。普段から外に出るときに使った方が良いでしょ。毎日死ぬほど暑いんだからさ」
「え、ええ~?」
出た。こいつの過剰なお節介。
心配してくれるのは構わないが、時折こうやって暴走するのが厄介だ。
「要るか? こんなに。この中の一個か二個で充分だろ」
「何言ってるの!」
戸惑って不満をそのまま口にすれば案の定、機嫌を損ねた相棒は頬を膨らませてぶすくれた。
「ニュースでも厳重な警戒をって言ってるでしょ! 君は無頓着過ぎ。暑いって愚痴る癖に、いっつも軽装で出て行くから心配だよ!」
「そうは言っても、聞き込みするのに重装備も邪魔で変だろう? 全部着けてみろ。逆にこっちが不審者だ」
「ダメダメ! 太陽のパワーを甘く見ちゃいけないよ。あいつはその光だけで吸血鬼を殺せるんだから。馬鹿にしてると人間だって死ぬよ!」
そこを言われると反論もしづらいところだ。
言い返す言葉もなくなって、テーブルに置かれた装備品を睨み付けた。
確かに、冗談じゃなく最近の暑さは死ぬレベルだ。熱中症で搬送、最悪亡くなるニュースも後を断たない。
日傘を差して出歩く男を見るのも珍しくなくなってきた。
ここは大人しく相棒の助言に従うべきか。
「にしても、流石に一度に全部は使えねーかな……」
ハンディファンの電源を入れて風を浴びる。
うん、まあ涼しいかな。
渋々折れた俺に満足し、無理やり麦わら帽子を被せて相棒がにっこり笑う。
「大丈夫、だいじょーぶ。ちゃんと似合ってるよ!」
「はいはい」
まあ、心配かけていたのは事実だし。
ここは気持ちを有り難く受け取っておくとしよう。
使いこなしはその次だな。
明日からの自分の姿を想像し、相棒には内緒でこっそり笑った。


(2024/08/11 title:048 麦わら帽子)

8/7/2024, 3:31:30 AM

「三十七度……」

天気予報が知らせる最高気温にげっそりと呟いた。
今日の仕事の予定は外での聞き込み。ターゲットが贔屓にしている店などを訪ねて歩こうと思っていたが、あちこち動き回るにはしんどい気温の高さに、外へ出るのを躊躇してしまう。
けれども、昨日も同じ理由で予定を変更している。
そう毎日延期にもできないし、依頼の消化は早いに越したことはない。
仕方がない。今日は諦めて外へ出るか。

「うわ~。今日も外は暑いんだね。気を付けて出掛けておいでよ~」
決心してのそりと立ち上がれば、隣に転がる相棒からふわふわとエールを送られた。
こいつは良いよな。外に出ないんだから。
「まったく他人事みたいに言いやがって」
「だってしょうがないじゃ~ん。その分、こっちの仕事はきっちりやるからさ!」
どでかいソファーに寝そべって、ノートパソコンを弄る姿は何とも優雅なものだ。
これから猛暑の中へ繰り出す自分とは対照的に余裕な様に、ついつい嫌みの一つや二つ言いたくなる。
しかしながら、こいつの言う通り。こればっかりは代わりようがないことなので諦めるしかない。
仕事はシビアにこなしたいスタンスの俺だって、流石に吸血鬼のこいつへ、日中の聞き込みに行って来いと言うほど鬼ではない。
人間にとっても連日死にそうな暑さだが、こいつにしてみればちょっとした日差しでさえも命取りだ。
だから、ここは適材適所。
俺が足を使って聞き込みをする間、相棒のこいつには、SNS関連のネット絡みから集められる情報を探るように任せている。
本人曰く、「引きこもりスキルを駆使した情報収集は大得意」だそうで。
実際にそれで、なかなか精度の高い情報を見付けてくるのだから侮れない。
そういう訳で、俺らにとっては利に叶った役割分担なのだ。
お互いに納得した上でのことだから、いくら酷暑でも、炎天下の外へは俺が行くしかないのである。

「なあ。たまには交代とか……」
「じょ、冗談でしょ!」
「だよな」
無理な相談なことは分かっていた。俺らしくない、女々しい冗談でも、何となく言ってみたかっただけだ。
まずいな。弱気に拍車がかかる前に、とっとと出掛けて終わらせて来るとしよう。
「太陽もたまにはお休みすればいいのにね」
「本当にな」
見送る相棒に手を振って、涼しい事務所を後にした。


(2024/08/06 title:047 太陽)

8/4/2024, 10:04:58 AM

――げっ。マジか。

朝起きて、キッチンへ向かう前にリビングへ立ち寄って思わず足を止めた。
俺の方が早起きで一番乗りだと思ったのに。
いや、早起きには違いないのか。
けれども、ソファーの上で大の字に転がって、こちらに向かってニョキっと足を突き出し沈む先客が既に居る。
そろりそろりと近寄れば、思った通り、いびきをかいて眠る親父が居た。
「何で今日に限ってここで寝てるんだよ」
呟かれた文句にも気付かずに、親父はすっかり寝こけている。
昨日の帰りが遅かったのは知っていたが、まさかここでダウンしているとは。
冷蔵庫にとっておいた夕飯を食べた形跡はあるが、それを片付ける気力もなかったようだ。
食べた後の食器もそのままに、ソファー手前のテーブルに放置されていた。
よっぽど疲れていたのだろう。
「しょうがねえな」
極力音を立てずに食器を回収し、入ってきたときと同じようにそろりそろりとその場を離れる。
それから忍び足でキッチンへ向かい、シンクへと静かに食器を運び出した。
今日は日曜日。そして親父の誕生日だ。
サプライズの第一段に、部長直伝のちょっと凝った朝食を披露してやろうと思っていたけれど、仕方がない。
俺が勝手に企んでいたことなのだから、くたびれて帰って来た親父に罪はない。
作っている間に物音で起きてしまうかもしれないが、せっかく揃えた材料もある。
親父の目が覚めるまでに、出来るとこまでやってしまおう。
「まだそのまま寝ててくれよ」
いびきのリズムを聴きながら料理するのも一興だ。
さあ、親父はどの段階で起きるだろうか。
笑いをこらえながら、朝食の準備に取りかかった。


(2024/08/03 title:046 目が覚めるまでに)

7/29/2024, 10:08:10 AM

わたあめにベビーカステラ。
たこ焼きに焼きそば。
これでもか! という勢いでお祭りならではの食べ物を堪能し尽くして。
その後は、腹ごなしにゲーム三昧。
金魚すくいに、水風船。
果てには射的にまでも参戦して、他の客や店主の注目を浴びまくり。
遊び倒した証のように、腕には光るサイリウム・ブレスレット。頭には何かのヒーローのお面も着けた相棒は、上機嫌でいつになくご満悦だ。
しかもヒーヒーと腹を抱えて笑い転げたままなかなか復活して来ない。
この阿呆め。さては俺の知らない間に酒まで飲んだな。

幸か不幸か。ここは主催する神社の前に広がる、門前に構えた大きな広場。即ち、お祭り会場の真っ只中。
騒いでいる連中は他にも大勢いる中での一人なので、俺たちが特に悪目立ちするという訳ではない。
ないのだが、そろそろその馬鹿笑いを止めてくれないだろうか。連れ立っている俺が恥ずかしい。
「いい加減にしろよこの馬鹿」
笑って下がっている頭を軽くはたけば、「ごめんごめん」と言って奴は漸く顔を上げた。その目元には笑い過ぎて溢れた涙が貯まっている。
おいおい。そんなに笑っていたのかよ。

呆れてため息を吐き、まだ肩を震わせている相棒の二の腕を掴んだ。
大の大人が恥ずかしい真似だが、そのまま有無を言わせず歩かせる。
「ほら、もう行くぞ。おまえが行きたいって言うから着いて来たけど、そろそろ限界じゃないのか? 神社なんてお綺麗なところ。普段は避けて通りたい場所だろうに」
人混みの中を縫って歩き、広場の出口を目指す。
ちらりと後ろを振り返れば、引かれるままに、大人しく後ろを歩く相棒と目があった。もう馬鹿みたいに笑ってはいない。
けれども、代わりにきょとんと目を丸く見開いて、「心配してくれてたの?」なんて言うものだから、とうとうカチンと頭に来てしまった。

掴んでいた腕を払って向かい合う。
「当ったり前だろうが! おまえ、自分だってお節介の癖に、俺からの」
「わーっ! ごめんごめん! 僕の言い方が悪かった! 大丈夫、大丈夫だから!」
皆まで文句を言う前に遮られ、突き出されたわたあめで詰め寄る勢いを制された。
まったく。格好のつかない阿呆である。
怒りを削がれて鎮まれば、ほっと息を吐いた相棒が近寄って耳打ちした。
「気を遣ってくれてありがとう。でも本当に大丈夫だから。出掛ける前にも言ったけれど、うーん何て言うのかな。こういう清浄な気のところは苦手だけれど、僕の力が強い分、すぐには死んだりしないから安心してよ。浄化されて即死とかないからさ」
そう言って、「ね!」などと笑ってウインクするものだから、張り合う気も失せて脱力してしまう。
「阿呆。そんなすぐ死ぬレベルだったら全力で止めてるわ」
「あっはっは! だよね~」
バシバシと肩を叩いて笑う姿はいっそ清々しい。
相棒の陽気、いや呑気さに着いていけず、本日何度目かのため息を吐き出した。

何を隠そう、この馬鹿たれは吸血鬼なのだ。
普段は用心深いくせに、楽しいことには敏感で。
時折こうして羽目を外すものだから、仕事のパートナーとしては気が気じゃない。
魔物の癖に、神社の縁日に行こうだなんて。
万一神社の者に気付かれて、祓われでもしたらどうするつもりか。
とぼけたようで、いざとなれば頭が切れる。凄い奴なことは承知している。
けれども同時に、こいつの大丈夫は時々当てにならないことも知っている。
何せ過去に、その大丈夫のせいでうっかり俺に正体がバレているのだから笑えない。

ジト目で見返す俺の腕を、今度は相棒が引いて歩き出した。
「うーん。本当に、僕は大丈夫なんだけどね。君の気が休まらないなら、そろそろお開きにして帰ろうか」
「是非ともそうしてくれ……」
「オッケー!」
返事はとても素直なのに、どこまでも能天気な相棒だ。隣でヒヤヒヤさせられる身になってみろってんだ。
前を行く、奴が腰に下げた水風船が、歩調に合わせてリズムよく弾んでいる。
平和な絵面に、やれやれとまたもやため息が漏れて出た。

一回くらい、清められて出直してくればいいのに、と。
少しだけ疎ましく思ってしまったが、それくらいの恨み節、きっとかまやしないだろう。
神様も許してくれるに違いない。
背後の鳥居を振り返り、賑やかな神社を後にした。


(2024/07/28 title:045 お祭り)

7/28/2024, 10:02:51 AM

迷い込んだ森で出会った男は美しく、そして何より強かった。

羽ばたく音と共に空から現れたかと思うや否や、あんなにしつこく追いかけてきていた野犬の群れをあっという間に圧倒してしまったのだ。
殺すこと無く脅しを効かせ、まるでサーカスの猛獣使いのような手際で追い払う。
いや、華麗に蹴散らすその様は、戦場に舞い降りた軍神さながらと言うべきか。
泣いて転んで。助けを呼びながら逃げていた先ほどまでのことが嘘のよう。瞬く間に形勢は逆転し、狂暴だった犬たちが、恐れをなして散っていく。
最後の一匹が逃げていくのを見届けると、男は安堵のため息を吐いてこちらを振り返った。
「大丈夫?」
振り向き様に、 彼の長いシルバーブロンドの髪がしなり、月明かりを受けてきらりと輝いた。

「――神様?」
薄暗い中、徐々に浮かび上がる。神々しさまで放つその美貌に、思わず見惚れて呟けば、男は一瞬、罰の悪い表情を見せて固まった。
躊躇った後、ゆっくりと跪いて、転んだまま立ち上がれずにいる私に目線を近付ける。そうして困った顔で微笑んだ。
「ごめんね。神様じゃなくて、僕、吸血鬼なんだ」

風に雲が流れて、月明かりが彼の姿の全貌を照らし出した。
夜空を背に大きく広がる翼は黒々とし、私を見つめる瞳はルビーのように深くて赤い。
人間離れした、絵に描いたような美しさを持つ異形は、悲しそうに囁いた。

――君も怖いなら、逃げると良い。

その声はとても小さくて。吹いた風が運んでくれなければ、聞き逃すほどに弱々しいものだった。
「ま、待って!」
背を向け飛び立とうとする彼を、慌てて呼び止めた。
「じゃあ、貴方が、おばあちゃんが言っていた森の吸血鬼? 医者より物知りで、命の恩人だって教えてくれた!」
一気に捲し立てれば、彼はぎくりと動きを止めて留まった。
振り返って私を見下ろす彼は、先ほどまでとは打って代わり、信じられないものを見る面持ちで私を見つめている。
這って彼ににじり寄り、服の裾を掴んで先を続ける。
「私、貴方を探してここまで来たの。お願い、弟を助けて! 熱が出たまま三日も目を覚まさないの。街のお医者様もお手上げで。もう、どうしたら良いのか分からない。私の血でも命でも、何でもあげるから、だから――」
「血なんて、要らないよ」
言い募る私を遮って、膝を折ってしゃがみこむ。そうして足元を掴む私の手をそっと振りほどくと、転がる私を抱き起こして座らせた。
「おばあちゃんは、今は?」
土埃を払いながら静かに問う。服の汚れをはたく彼の手は優しくて。
不安に押し潰されて昂っていた私の気持ちも、釣られて落ち着きを取り戻していく。まるで魔法の掌だ。
鼻を啜って、彼の問いに答えた。
「五年前に亡くなったわ。大往生よ。孫の顔も見られる歳まで長らえたのは貴方のおかげだって、よく話してくれていたの」
「そっかあ」
そう言って彼は俯くと、「もう一度、会いに行けたら良かったな」と呟いた。
しかしそんな落ち込みを見せたのも一瞬だった。
きりりと表情を正し。再び顔を上げた彼は「ごめんね」と私に一言謝ると、あの優しい掌で私の視界を覆い隠した。反射で思わず身動げば、反対の手でもがっしりと肩を掴まれ固定される。
「ちょっと気持ち悪いだろうけれど我慢して。君の記憶を、見させてもらうよ」
「え」
私の驚きと抵抗を待たずして。
彼が何かを唱えた途端。閉じた目蓋の裏で、これまでの出来事が目まぐるしく一気に映し出された。

在りし日のおばあちゃんとの思い出。
家で倒れた弟。弟を診て首を振る医者。
助けてくれない大人たち。
藁にもすがる思いで飛び込んだ森の奥地。
迷って追われることになった野犬の群れ。
そして、颯爽と現れた吸血鬼の青年。

「ありがとう。もういいよ」
無理やり扉をこじ開けるようにして、次から次に切り替わる記憶の波に吐き気を覚えた頃。
漸く彼が手を放して、不思議な術から解放された。
頭がふわふわして気持ち悪い。
まずい、と思った直後。ぐらりと傾いた体を、彼が優しく抱き止めてくれた。
赤子をあやすようにして、肩をぽんぽんと叩かれたり、時にはさすったり。その度に気持ち悪さが引いていく。これも何かのまじないなのだろうか。
申し訳なさそうにして彼が言う。
「ごめんね、気持ち悪いよね。でも、許して欲しい。時々、嘘で誘き出して狩りのような真似をする輩もいるものだから。僕のようなはみ出し者は、用心深くもないと暮らしていけないんだ。疑いたくはなかったけれど、ごめんね」
「わ、分かったわ」
私の顔色が戻るのを確認すると、私を抱えたまま彼はすくっと立ち上がった。
高くなった視界に驚いて、思わず彼の首に腕を回してしがみつけば、端整な彼の顔が間近に迫る。
顔を赤くする私には構わずして。嫌がりもせずに、彼はにこりと微笑んだ。
「僕を頼ってくれて、ありがとう」
笑う彼の頬には静かに涙が伝う。月明かりに光るそれは宝石のようで。顎を伝って落ちた雫が見上げる私の頬も優しく濡らした。温かい。
涙の訳は分からない。おばあちゃんを偲ぶ涙なのか、それとも――。

私がひっそりと彼の気持ちに思いを馳せている間にも、彼は着々と飛び立つ体勢を整えていた。
腕の中の私に負担がかからないように抱え直し、閉じていた翼を広げて羽ばたき始める。
「君の家は――うん。あっちから来たんだったよね」
彼が見据える先は、まさしく私が走ってきた方角だ。
さっき見た記憶を辿っているのだろう。今も何かの術を使っているのか、彼の瞳は赤から金に変わっていた。
「夜が明ける前に急ごう。飛んでいくから、しっかり掴まって! 君の怪我も、あとでちゃんと手当てしようね」

バサリ、バサリ。
一層強く羽ばたいた後。
地面を蹴って、私たちの体はふわりと宙へ舞い上がった。
暗い森の上空へ飛び出し、私の家を目指して一目散に空を飛ぶ。
時折私を気遣って、頼もしく笑う彼は恐ろしい吸血鬼などではない。
私たち家族にとって、紛れもない。
美しく強い、神様だった。


(2024/07/27 title:044 神様が舞いおりてきて、こう言った)

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