溢れる愛をしたためて、切なく響く恋心。
普段はなかなか言えないフレーズも、メロディーに乗るだけで魔法のよう。
照れ臭さは消え去って、すらりと一気に飛び出した。
歌の力って偉大だな。
くよくよしてたのが嘘みたい。
このまま全部、思いのまま。
あなたへどうか、届きますように。
(2025/05/06 title:077 ラブソング)
ああ、まただ。また君はそうやって知らぬ振りを決め込むのか。
逸らされた視線に舌打ちする。
「水臭い」
タイムリープ三回目。
二回失敗したから違う手法を、という思考回路をしたところまでは理解できる。
けれどもここへ来て、相棒の僕を切り捨てようってのが気に入らない。
ここは君と僕の出会いの場所なのに、この分岐点を無かったことにしようなんて、一体どういう了見か。
大方僕を未来の危険から遠ざける目論見もあるのだろうけれど、そんなの知ったことか。
まったく大きなお世話である。
独りで問題を抱え込んで突っ走る。
相変わらずの君の悪い癖を見て、皮肉ながらに安堵さえ覚えたさ。
それでも、それを放っておけない性分なのも、僕だって変わらずのところである。
一度は君の意志を尊重して、影からのアシストで見守ろうかとも思ったよ。
でも、無理。やっぱり止めだ。
しびれを切らして、雑踏の奥へ消えた彼を追いかける。
程なくして、足早に先を急ぐ相棒の後ろ姿が目に留まった。
追い付くや否や、後ろから二の腕を掴み、有無を言わさずに僕の方へと振り向かせる。
「やあ。初めまして、じゃないよね? タイムリープしてるの、自分だけだと思ってた?」
やっと目が合った、彼の瞳が大きく見開かれる。
この期に及んで「どうして」なんて呟くものだから、散々無視された腹いせに意地悪をしたくなったのは許して欲しい。
驚いた瞳に僕の顔がよく映るよう、体ごとぐいっと引き寄せ向き合った。
もう、逃がしはしない。
君の相棒は、僕しかいないだろう?
「残念でした。さあ、仕切り直し! 作戦会議といこうじゃないか!」
今一度、目を逸らさずに。
僕らの未来を切り開こうか。
どんな道でも、お供するよ。
(2025/05/04 title:076 すれ違う瞳)
誰かに話したら勿体ない。
今は昔の思い出たち。
――いいや、本当は話したい。
ただまだ少し、笑い話として話すには、そう。勇気が足りないのだ。
あの日々に、憐れみや同情の横槍など要らないから。
そっと鍵をかけたままにしておきたい。
だからこれは、私の心の中だけに。
まだまだ秘密の物語。
(2025/05/02 title:075 sweet memories)
暗い部屋の中、窓から漏れる月明かりに手をかざして考える。
片手をそろえて、小指を離す。
「ワンワン、犬」
親指と中指、薬指で摘まんで。人差し指と小指で耳を作る。
「狐、コーン」
両手を重ねて指を動かす。
「チョキチョキ、蟹」
片手で狐を作って甲を重ね、指を引っかけ手首をそらせば、
「う、うさぎ」
やべえ。ちょっと手が攣りそうだ。
影絵なんて久しぶりにやったけど、案外覚えているものだな。
自分の記憶力にちょっと感動した。
けれども、駄目だ。肝心なところが思い出せない。
じいちゃんの膝に乗って教わって。その時に一緒に聞いた、俺の家にまつわる大事な秘密。
「何だったっけ~!」
あの時のことを再現すれば、釣られて思い出すと思ったのに。
そうすれば、今この実家を取り囲んでいる化け物を退治出来るかもしれないのに。
逃げる間に偶然見付けたこの隠し部屋も、ガタガタと揺さぶられる力強い揺れに負けてもう保ちそうにない。
あとちょっとで思い出せそうなのに。
「くそ~! じいちゃん――!」
家宝の首飾りを握り込み、思わず頭を垂れた。
雲の切れ間から月が顔を出し、暗い部屋を照らし出す。
暗がりでは見えなかった、床一面に描かれた我が家の家紋。
組んだ両手が床に触れ、奇しくも首飾りが部屋の中央に配置される。
その手の中に、差し込んだ月の光が降り注いだ。
――それが、鍵だった。
月明かりに負けない、七色の光が溢れ出す。
「へ?」
眩い光に驚いて、零れかけた涙も引っ込んだ。
腰を抜かしている間にも、光はどんどん勢いを増していく。
そうして。
あれだけ頑張っても思い出せなかったのに。
光に見取れている内に、漸くじいちゃんの言葉が蘇った。
ああ、そうだ。そうだよ。
じいちゃん言ってた。
「困ったときはこの首飾りと、月に祈れ」
「きっと、この家の守り神様が助けてくれるぞ」
あの時は半信半疑だったから忘れていた。
けれども、じいちゃんの言葉通り。
光の中から現れた神々しい獣が俺を見下ろしている。
その鋭い眼光に見詰められ、ごくりと生唾を飲み込み背筋が伸びた。
ああ、じいちゃん。不出来な孫でごめんよ。
破れかぶれ。いつも行き当たりばったりの俺だけど。
こうして結果オーライってことで許して欲しい。
さあ、ここから起死回生の正念場だ。
覚悟を決めて立ち上がり、獣に向かって手を差し出した。
「頼む。力を、貸してくれ」
俺の言葉を理解したのか、獣が大人しく頷いた。
俺を守るようにすり寄られ、不思議な安堵と共に力が湧いて来る。
正直どうすれば良いかなんてまだ分からない。
でももう迷っている暇などない。やるしかないのだ。
「 ――よし! 」
あとは野となれ山となれ。
俺だって、やってみせるさ!
(2025/04/19 title:074 影絵)
心残りが、実はある。
故郷を離れて以来、ずっと会えていない幼馴染み。
年が同じだけで、学舎でもたまにしか話はしなかったけれども。
旅立ちの日に、用意してくれたあの花冠。
彼女なりに、想いを込めて編んでくれたものだっただろうに。
皆に急かされ、受け取り損ねてしまったあの贈り物と、最後に何か、物言いたげにしていた彼女の顔を今尚思い出す。
あの時の非礼を、会って詫びたい。
そんなこと、彼女はもう忘れてしまっただろうか。
随分昔のことを未だ忘れずにいるなんて、私も大概諦めが悪い。
長年仕えた主に裏切られ、身代わりに斬られた剣の傷がどくどくと痛む。
今更何かを望んでも、時既に遅し。
願ったところで、もう二度と会えやしないのに。
だからこれも、きっと何かの間違いで。
私の願望と、走馬灯が生んだ幻なのだろう。
横たわり、自ら出来た血溜まりの向こうに、彼女の姿を見るなんて、一体何の冗談だ。
私の名を叫んで駆け寄って、こちらを覗き込む顔には、あの彼女の面影があった。
そんな訳無い。
頭で必死に否定するのに、どうしてだろう。
死の瀬戸際に立たされた私は、目だけでなく、耳までおかしくなってしまったらしい。
何度も私の名を呼び揺さぶる声は、聞けば聞くほど、記憶の中で幾度も反芻した彼女の声で。
容姿こそ歳を重ね、大人びた姿に変わっているが、もう、間違い無い。
正真正銘。彼女は、恋い焦がれた彼の幼馴染みだった。
「な、んで」
居るはずの無い彼女が、何故ここに。
けれども、ああ、もう。この際、これが幻でも何でも良い。
理由はどうあれ、折角君に会えたのだ。
それなのに、上手く話せない今がもどかしい。
無理に起き上がろうとする私を慌てて制し、彼女が何度も頷いた。彼女の瞳から散った涙が私の頬も濡らす。
泣き止んで欲しくて手を伸ばすも、それすらも彼女に遮られ、押し止められた。
「無理しちゃ駄目! 待ってて。絶対、助けるから!」
そう叫んで駆けていく彼女を呼び止めたかったが、やはり声は出ず。
仕方なく見送ったところで、再び体の力も抜けて倒れ伏してしまった。
ああ、本当にどうして。
どうしてかは分からないが、これは困った。
神様も、この期に及んで意地悪をするものだ。
会ってしまっては、欲が出る。
このままおめおめと死んでなどいられないではないか。
久方ぶりに再会した彼女はなかなかに気丈な振る舞いで、私の旅立ちを可憐に見送った少女とは別人だった。
記憶とは時に美化されるものとは云うけれども、まさかあんなに頼もしい女性になっていたとは。いやはや、恐れ入る。
斯くいう私も、都に夢見ていた素直な少年時代は今昔。
権謀術数。現実の荒波に揉まれ、随分ひねくれた男になってしまったものだ。
こんな形での再会になるとは夢にも思っていなかっただけに、助かったところで、もし彼女に失望されたら、と。欲張りな不安が募りゆく。
まったく、ついさっきまでは己の非業を嘆いていたはずなのに。
希望がちらついた途端にこれである。
我ながら呆れて、誰にともなく笑みが溢れてしまった。
走って行った彼女は未だ帰らない。
いや、戻らなくても構わない。
会いたかった彼女に会えた。
もう、それで充分だ。
けれどもまだ、この先の人生を望んで良いのなら。
さて、彼女とどこから話をしてみよう。
心に残る、あの日の謝罪と、それから――。
彼女の呼ぶ助けを静かに待ちながら。
それでも再会の喜びと、振り絞った気合いだけでは如何せん持ち堪えること叶わずに。
抗えない倦怠感と痛みに負け、うっかり瞼を閉じてしまっていた。
深く眠りに就くこと、三日三晩。
その後漸く目を開けたとき、心配をかけた彼女に泣いて怒られるとは露知らず、何とも面目ない話である。
ああ、ごめんね。そして、ありがとう。
人生って本当、ままならないねえ。
(2025/03/25 title:073 記憶)