僕の師匠は鈍感で困る。
折角意中の彼女が遊びに誘ってくれたのに、その流れで何で僕にまで声をかけるのか。
君、彼女のことが好きなんでしょ。
僕まで誘ってどうするの。
二人きりで出かける自信がないのか、はたまた未だに彼女が僕のことを好きだと勘違いしているのか。
うーん。彼の様子を見るに後者の方かな。
ああ、でもね。
バレンタインの日に、僕は彼女の告白を既に断っているんだよ。
そのことは君もとっくに知っているはずなのに。
橋渡しのような真似は、彼女を応援しているつもりなのだろうか。
まあ、さりげない気遣いや、そういった優しいアシストが出来るのは、彼の長所でもあるけれど。
自分の恋路を後回しにしているのがもどかしい。
師匠は気付いていないみたいだけど、彼女の想い人はもう僕じゃない。
他でもない、君自身だよ!
どうしてそんなに鈍いのか。
紆余曲折あって、今でこそ仲良し三人組のように行動している僕らだけれど、二人の様子を見ていれば、想い合っているのは嫌でも分かる。
ああ、もう。勢いに任せて、何度ぶちまけてやろうと思ったことか!
でも、でもね。
大事な友人二人だからこそ、彼らのためにもそんなことは絶対しない。
上部だけの交遊に、辟易していた僕を救うきっかけをくれた君たちだから、誓うとも。
まあ。もうちょっと、ペースアップしてくれると助かるけどさ。
僕が気長でいられる内にお願いしたいな。
じっと待っててあげるから。
君たちのペースで結ばれたら、その時こそは思い切り、おめでとうと祝福させて。
(2024/10/25 title:062 友達)
ここまでは、思い通りに描けたと思う。
風そよぐ緑の草原。揺れる草花。
突き抜ける青い空。澄んだ空気をイメージした、青と白のグラデーション。
小さなキャンバスに閉じ込めた、空想の世界。
切り取られた一場面が、まるでそのさらに奥まで続いて行くみたい。
下書きから色塗りまで、我ながら上手く表現できたと褒めたくなる。
巨匠のように遠くから眺めては、うろうろにんまり、自画自賛を止められない。
上機嫌で行ったり来たりを繰り返す。
う~ん、けれども。
駄目だ、やっぱり気になるな。
眺めれば眺めるほど、この絵の欠点にも気付いてしまう。
何処か、物足りない。
現実味が弱くって、物語が空想の域を飛び出しきれていないのは何故だろう。
いや、嘘は良くないな。
何処かだなんて濁したけれど、原因ははっきり分かっている。
ファンタジックでありながら、草花にリアルさを持たせて写実的に描いているのに、空に雲一つないのがいけないんだ。
快晴の空だと言い切ればそれで良いかもしれないが、現実世界、そんな天気など滅多にない。
現に美術室の窓から見える青空も、どこまでも続く気持ちの良い晴天だが、小さな雲がぽつぽつと、あっちにこっちに広がっている。
あーあ。名作のためにはやっぱり避けては通れないか。
苦手なんだよな、雲描くの。
不自然にならないように、ランダムに。
世の天才たちは事も無げにちょいちょいと描いてくれるけれど、あのさじ加減が難しい。
皆どうしてあんな風に描けるのかなあ、羨ましい。
仕方がない。更なるステップアップのため、観念して雲を描き足してみるとしよう。
ここまで来て失敗したら悲惨だが、案外ここで覚醒して上手く描けるかもしれないし。
白と青に、黒、黄色。赤色も少し用意しておこう。
筆を取った手が緊張で振るえてくる。
ぶれるな、ぶれるな。落ち着いて。
さあ、プラスαが吉と出るか凶となるか。
どうか田植えみたいな雲にだけはなりませんように。
深呼吸をして、まずは一筆。
ペタリと一手、描き足した。
(2024/10/23 title:061 どこまでも続く青い空)
暦通りに移り変わらない季節に油断して。
どうせまだまだ暑いだろう、なんて高を括っていたら、まんまとしっかり風邪を引いた。
あーあ。衣替えの時期を見誤ったな。
でもな。俺だって、そろそろ長袖とかにしないと不味いかな。と気にはしていたさ。
けれども、朝と昼間で十度も差があってみろ。
朝の気温に合わせたら、昼間暑くて汗かくし。
昼に合わせて薄着していれば夜には寒くてくしゃみが出る。
まあ、七分袖とかカーディガンとか?
もっと細やかに調整できるものを取り入れれば良かったかもしれないが、生憎そこまで服装に意識を割けるほど仕事は暇じゃない。
お陰で見事に風邪引きさ。
こんな極端な気温じゃあ、俺じゃなくたって、皆風邪を引いて当たり前だろ。
うんうん、俺は悪くない。
一日でジェットコースターみたいに気温が変わるからいけないんだ、まったく。
「うーん、どうかなー。 僕は風邪引いてないけどね~。面倒臭がって最近天気予報も見てなかったし、君ももっと用心できたと思うけどな~」
俺の独り言を聞き咎め、ベッド脇から相棒がねちねちと釘を刺す。
あーもう、またかよ。
自分はピンシャンしてるからって煩いの何の。
ここぞとばかりに小言を言いやがって、勘弁してくれ。
おまえは俺の母ちゃんか。
「うるせえなあ。説教は聞き飽きたから、早くその冷えピタ貸してくれ」
「はいはーい。はい、どうぞ~」
冷えピタと一緒に薬も受け取って、嫌味な相棒に背中を向け布団にくるまった。
あ~。だるい。熱だけでも早く下げないと、しんどくて休んだ気もしねえや。
いつまでも寝込んだりしていたら、心配性の相棒もぎゃあぎゃあ鬱陶しくて敵わない。
しっかり治すのが最優先。
仕方ない。明日も仕事は臨時休業だな。
一区切りついたところでダウンしたのだけは運が良かったぜ。
「も~。ちゃんとしっかり休んでよ? 夜はリゾットにするから、一眠りして起きたら声かけてね」
「へいへーい」
いい加減な返事で手を振れば、心底呆れたため息が返ってきた。
そしてそのまま遠ざかる足音と、それに続きぱたんと部屋の扉が閉まる音。賑やかだった部屋に漸く静けさが戻ってきた。
やれやれ、あのお節介め。やっと出て行ったな。
こういうとき、独りの仕事じゃなくて、任せられる相棒が居るのは助かったさ。
けれども、世話焼きな性分に火がついて、手に負えないのが玉に瑕。
もちろん感謝はしているが、うっかりお礼なんか言ってみろ。
浮かれて図に乗るのが目に見えている。
現に今。廊下の向こうで、あいつが鼻歌交じりに去って行ったのを、俺はばっちり聞き逃しはしなかった。
くそ。張り切りやがって、腹が立つ。
それにしても、ああ眠い。
しっかり考えているはずなのに、思考が行ったり来たり。だんだん考えがまとまらなくなってきた。
飲んだ薬が効いてきた証拠だろう。
眠気があるうちに、素直に眠ってしまった方が良さそうだ。
起きたらリゾットって、あいつ言ってたな。
牛乳ベースか、トマトベースか。
どっちの味で作るつもりなのだろう。
あんまり濃い味じゃなきゃ良いけれど、まあこの際どっちでも良いか。
あいつが作る飯なら美味いに決まってる。
ごちゃごちゃ考えている間にも、意識はどんどん遠退いて。
疲れと風邪の気だるさに引きずられ、気の早いよだれも拭けぬまま。
いつしか俺はぐっすりと、深い眠りへと沈み込んだ。
(2024/10/22 title:060 衣替え)
光に溢れた世界など、昔は知る由もないものだった。
魔物であり、おまけに日光に致命的に弱い。吸血鬼である自分にとって、昼間の活動などあり得ない。
人間と、人の為す世に興味を惹かれ、一族から離反したその後も、夜の闇に紛れて生きることが当たり前で。
キラキラとした輝きなどとは一生無縁だと思っていた。
けれども、生き永らえる中で時代は進み。
光を避けて引きこもった生活でも、あらゆる情報が手に入る世となった。
絵画や写真に留まらず、テレビにパソコン、スマートフォン。
それまでは知識だけで目にしたことのなかった昼間の世界を、文明の利器のお陰でたくさん知ることになったのだ。
今も事務所に設置された大型テレビの画面では、日が昇り始めた朝焼けの様子が映し出されている。
暗い街並みに、少しずつ柔らかな日の光が当たってゆき、暗がりの中で静かに動き始めていた人々が徐々に暴かれる。一日の始まりを予感させる、リアルタイムの静かな風景だ。
生身では体験出来ない美しい情景に、ソファーに寝そべったまま、思わずぼーっと見惚れてしまっていた。
僕がくつろぐこの事務所の中に、光が差し込むことはない。
全ての部屋に、相棒が用意してくれた遮光カーテンが二重に仕込まれていて、万が一も無いように、完璧な根城にしてくれているからだ。
抜かりの無いパートナーで有り難いことだ。
いざとなれば僕の方が強いのに、そんなに至れり尽くせりで過保護に守られたら、ちょっとした好奇心が疼いてしまう。
分厚いカーテンで隔てた窓の向こうには、テレビに映るのと同じような、朝焼けに染まる街が広がっている。
日の出から間もない今の時間ならまだ日も高くなく、薄ぼんやりと照らし出されたビルが建ち並んで居るはずだ。
この目でそれを、見てみたい。
少しくらいなら、カーテンの隙間からちらりと眺めても良いだろうか。
ソファーからのそりと起き上がって、近くの窓際へと歩み寄る。
わくわくと、芽生えた好奇心に突き動かされ、閉じたカーテンの端に手を伸ばした。
けれども。
「何、してるんだ!」
僕とカーテンの間に割り込むようにして。背後からだだだっと駆け込む音と共に、相棒の彼が僕の前に滑り込んだ。
走った勢いに流されて、窓辺のカーテンがゆらりと重たく揺れる。
目くれ上がった向こうには、お望み通りに事務所の窓。
しかしながら、その先に見えたのは外の景色ではなく。ご丁寧に雨戸まで閉じて遮断された無機質な窓があっただけだった。
何だ。そっか。そういえば、そうだったっけ。普段自分が開け閉めをしないのですっかり忘れていた。
僕のために、想像以上に万全な守りを固めた相棒に、天晴れと称賛を送りたい。
いやあ、凄いやこれ。用心深い性格なのは知っていたけれど、ここまでしてくれてたなら完璧じゃん。
「おい。何がっかりしてやがる」
窓とカーテンをしげしげと見詰めていたら、至近距離で彼に睨まれた。
その額には怒りの青筋が浮かんでいる。
あ、不味い。感心する気持ちの影に隠れて、外を見られなくて残念がっている心まで見透かされていたようだ。
彼の努力に背いて、軽率にもカーテンを暴こうとした僕が悪いのは決定的。
反省の念はあったけれど、怒られるのはちょっと怖い。
怒りの直撃を免れようと、せめてもの足掻きで、彼の前からじりじりと後ずさった。
へらりと笑って、彼を拝むようにして頭を下げる。
「ごめんごめん! いやあ、テレビの風景があんまりにも綺麗だったからさ。ひょっとして、この事務所から見える朝の景色も、あんな風に綺麗なのかな~って知りたくなっちゃって。馬鹿だよね、本当ごめん!」
一息に謝って、ちらりと彼の様子を伺った。
てっきり、すぐさま罵られると覚悟していたのに、意外にも彼は黙ったままで。
しばらくの間、苦虫を噛み潰したような顔で僕を睨み続けたかと思うと、急にふっと脱力して、頭を抱えてへたりこんだ。
「え! 嘘、大丈夫?」
「大丈夫じゃねーよ。ふざけんなよマジで。本当、この馬鹿!」
びっくりしてこちらもしゃがみこんだら、目線が合ったところからじろりと再び睨まれた。
その眼力にたじろいで、助け起こそうと伸ばした手が宙を惑う。おお、怖い!
びくつく僕に彼は呆れると、今度は力一杯ため息を吐いてそっぽを向かれてしまった。
そうして力無く僕を小突くと、悪態とともに吐き捨てるようにして呟いた。
「おまえ、強いくせに、肝心なところで何でこう阿呆なんだよ。俺、嫌だぜ。うっかり灰になったおまえ見付けるのなんか」
「ご、ごめん!」
静かな彼の言葉にドキリとした。
思いの外、僕の体質のことで心配をかけさせていたのか。
そりゃそうか。そうでなかったら、毎日カーテンに雨戸にと手間をかけてくれるはずがない。
無愛想のようで優しい性格なのは承知していたのに、その性格に甘えすぎていたことに気付かされた。
「本当に、ごめんなさい」
申し訳無い気持ちでいっぱいになり、姿勢を正して、そのまま這いつくばるようにして頭を下げた。
「おいおい、そこまでしろなんて言ってねえのに」
土下座のスタイルになった僕にぎょっとして、慌てた彼が僕を起こしにかかる。「馬鹿だなあ」と言って笑う彼に、もう怒っている気配はない。
もっと叱ってくれて当然なのに、お人好しな彼も甘い。
「ううう。これからはもっと気を付けます」
「どーだか。その言葉に騙されて、散々ヒヤヒヤさせられてきてるからなあ」
「う! 返す言葉もございません」
縮こまる僕が可笑しいのか、ついに彼は吹き出した。
「あ~腹減った。朝飯食べようと起きてきただけなのに、とんだ馬鹿のせいでぺこぺこだ」
立ち上がった彼が振り返り、にやりと笑って付け足した。
「何か作ってくれるよな? 相棒」
いたずらっ子のような表情に、釣られて僕も笑い返す。
「まっかせて! とびっきり美味しい朝御飯作っちゃうから。ふわふわオムレツ、期待してて!」
勢いをつけて立ち上がり、そのままキッチンへ勇み駆け込めば、後ろから「でっかいのよろしく~」と彼の声が追い被さった。
その声に応えるように、エプロンのリボンをぎゅっと縛って気合いを入れる。
いつも迷惑をかけて、ごめんね。
朝から面倒をかけたお詫びを込めて、誠心誠意作るから。
今度こそ楽しい朝の始まりを。
外の景色に負けない、穏やかな時間を。
君と一緒にやり直そう。
こんな馬鹿な僕だけど、これからもどうぞよろしくね。
(2024/10/16 title:059 やわらかな光)
「あ! 王子~。やっと戻って来た~」
ホームルームの終わった後。
クラス全員の提出物を職員室まで届け終わって教室へ戻ると、僕が一歩足を踏み入れるのを見計らったかのようにして声をかけられた。
顔を上げてそちらを見遣れば、少し前まで行動を共にしていたクラスメイトたちが手を振って僕を呼んでいた。
ああ、しまった。声をかけられる隙を作ってしまったよ。
望んで輪に入った訳でもない。無理矢理僕を組み込んで、スクールカーストの上位を気取る。横柄な態度の彼らに嫌気が差して、最近は距離を置いていたというのに失敗した。
こうなるなら、提出物だけじゃなくて、鞄も全部持って教室を出れば良かったな。
「あれ。まだ残っていたの? もう皆帰ったかと思ったよ」
本当はもう彼らと関わりたくは無かったのだけれど、ここであからさまに避けたら角が立つ。
嫌悪感は表に出さず。笑顔を張りつけてあくまでもにこやかを意識して彼らに近付いた。
「王子帰って来るの待ってたんだよ。なあ、久しぶりにカラオケ行こうぜ。最近全然一緒に行かねーじゃん」
「ええ? 今日?」
悪びれもなく僕を誘う彼らに、うっかり少し本音が漏れてしまった。
勘弁してほしい。テスト期間を控えて、ただでさえ勉強に集中したいのに。
そつなくこなすが故に、皆僕のことを何もしなくても勉強が出来ると勘違いしている節があるが、僕だって苦手はあるし、テストは万全に備えたいんだ。
遊ぶ余裕は持ち合わせていない。
「何だよ、行かねーの? 最近ノリ悪いじゃん。つれねーな」
「ああ、うーん。ごめんね」
僕の都合などお構いなしに不機嫌になる彼らに嫌悪が増す。
必死にポーカーフェイスを崩さないように心がけるが、駄目だ。気持ちが追い付いていかない。
ああ、だから距離を置いてフェードアウトしようと努力していたのに。
仕方がない。今度こそ、これっきりだと区切りにしよう。
今日が最後だと諦めて、彼らの遊びに付き合うしかないか。
我慢して、彼らの望みに応えようと口を開きかけた。
「お前ら、先約あるのに困らせてんじゃねーよ」
けれども、僕の言葉を遮るようにして後ろから声がかかった。
振り返れば、同じ料理部所属の彼が仏頂面で仁王立ちしている。彼も帰るところだったのか、肩には既に鞄を担いでいた。
気が付かなかった。一体いつから側に立っていたんだ?
呆気に取られる僕を尻目に、彼はすらすらと嘘を吐いた。
「王子はこれから俺に勉強教えてくれる約束なんだよ。分かったらさっさと帰してくれねえ?」
「はあ? 真面目ちゃんかよ。最近お前ばっか王子独占して狡いぞ」
「良いだろ別に。俺だって王子に部活で料理教えてるんだ。交換条件なんだから関係ねえだろ」
彼は怯むこと無く言い切ると、踵を返してそのまますたすたと教室を出て行ってしまう。
そうして教室の入り口で一度だけ振り返ると、「ほら、早く来いよ」と僕を急かした。
いつになく強引な彼のやり口に、思わず声を出して笑ってしまった。
ああ、可笑しい!
君、そんな真似も出来たんだね。
思わぬところからの反撃に、言われた彼らも驚いている。
予想外の展開だが、僕にとっては渡りに船。
煙に巻くなら今のうち。彼らの威勢が戻る前に立ち去ってしまうのが吉と見た。
「えっと、そういう訳だから。ごめんね」
不満げなクラスメイトたちに手を合わせて取り繕う。
そして急いで荷物をまとめると、教室を出て先を行く彼を追いかけた。
ああ。彼の側を、選んで良かった。
きっかけは、ただあの集団から離れたくて、都合良く理由をつけて近付いたのが始まりだ。
料理を教わりたかったのは本当さ。
けれども、所詮は僕の事情を優先して、一方的に結んだ友人関係。
本当は、ずっとそこに引け目を感じていた。
だからこそ、こんな形で彼からのアンサーを得られたことが、今、とても嬉しい。
どうしよう。にやける顔を抑えられる気がしないよ。
「ありがとう。助かったよ」
下駄箱で追い付いて礼を言うも、彼は「別に」とだけ言って何食わぬ顔だ。
「それで、どうするの? これから勉強会?」
茶化すようにして問えば、顔を歪めつつも、意外にも彼は素直に頷いた。
「今回の範囲、数学ガチで解ける気がしねーんだよ。迷惑じゃなかったら、頼んで良いか?」
あくまでも謙虚な姿勢の彼に、可笑しくてまたもや笑ってしまう。
さっきはあんなに強気で啖呵を切ったのに、何とも面白いことを言ってくれるものだ。
「いいよ。普段のお礼に、喜んで。じゃあ、図書館に行こうか」
「うん。でも図書館て、私語禁止なんじゃね? 俺、教えてほしいんだけど」
「最近、会話とか飲食オッケーの自習スペースが出来たんだよ。僕も行ってみたかったし、一緒に行こうよ」
「へえ。だったら部長も誘おうぜ。まだその辺りに居るかもだし。どうせなら、三人で行こう」
そう言ってスマホを弄る彼に心が踊る。
まだ付き合いは浅いけれど、気が知れた仲間と過ごす放課後の時間に、わくわくとした気持ちが止まらない。
やっぱりさ。無理に付き合う相手より、楽しい友人と居るのが一番だよね。
(2024/10/12 title:058 放課後)