何やら中庭が騒がしい。
提出物を出し終えて、後は帰るばかりと職員室を出たところで、賑やかな声が外から聞こえてきた。
気になって窓から外を覗けば、ホースを持った一人と、その彼を囲むようにして男女数人が、ああでもないこうでもないと、飛び出す水の勢いや傾きの指示を出し合っていた。
「何やってんだ? あいつら」
「虹が見たいんだって」
「虹ぃ?」
思ったままを口に出したら、先に職員室から出て、同じように廊下の窓から外を眺めていた王子が親切にも解説をくれた。
「美術部がリアルな虹を描きたくて、資料代わりに再現できないか色々試してたんだって。そうしたら通りがかった科学部も話に乗って大所帯になったみたい」
「ふーん。上手くいくのか? それ」
「どうだろう? ――て、あっ!」
大声を出した王子とほぼ同じタイミングで外からも歓声が上がった。
視線の先には、春の日差しを受けて煌めく水しぶきの中で、待ち望んだ虹が小さく半円を描いていた。
漸くの成功に部員たちもてんやわんや。慌ててスマホを構えては、写真や動画として収めている。
「いやあ、凄いねえ。本当に作れちゃうんだ」
「随分、小さい虹みたいだけどな」
「そこは仕方がないでしょう? ねえ、僕らも近くで写真撮らせてもらおうよ」
「え~。間に合うか?」
「いいじゃん。ほら、早く!」
渋る俺に構わずに、王子は小走りに廊下を進んで下駄箱へ行ってしまった。
ちらりと外の様子を見れば、やっぱり虹は消えている。思った通り、即席の虹は長く続かなかったようだ。
あーあ、と。皆で大きく落胆した声が聞こえてくる。
けれども直ぐ様、「もう一回!」と外野にせがまれ、再び試行錯誤が始まった。
俺らが着く頃にはまた新たな虹が拝めるのだろうか。
「平和だな~」
受験も終わって、通い慣れたこの場所へ足を運ぶのもあと数日。
こうやって、些細なことで友人と一喜一憂して過ごせる毎日も残り僅かだ。
それが名残惜しく感じるだなんて、何となくクラスメイトに混ざって過ごしていただけの一年前とは大違いだ。
帰宅部だったところを、クラスメイトの部長に料理部へと誘われて。
部活の皆とお花見へ出かけたりもした。
一方的に恋敵とまで思っていた学年トップの王子には、何故だか料理を教える羽目になり。
果てには三人集まって勉強を教え合う仲となったのだから、まったく未来はどう転ぶか分からない。
受験勉強は勿論大変だったけれども、おかげで楽しいことの多い一年となった。
「ねえ! 師匠、早く!」
「はいはい。今行くって」
再度王子に急かされて、よろけながらも靴を履き替え外へ出た。
バランスを取って見上げた先の空は青く、雲もない。
こんなにも綺麗に晴れて、お陰で苦労して産み出した虹がよく映えそうだ。
「記念に一枚、ねえ」
にやけた視線の先で二度目の歓声が上がる。
コツでも掴んだのか、先ほどの虹よりもやや大きく見えるのは気のせいだろうか。
「先輩! 今ですよ! 早く!」
「オッケー。ほら、師匠も来なよ!」
「もう、分かったってば」
中庭に辿り着けば、先に着いた王子も一緒になってもう虹の撮影会が始まっていた。
その輪に混じり、皆に倣って俺もスマホを構える。
まずは一枚、ぱしゃり。
その一枚で終わりにしかけて、思い直して追加でもう一枚ぱしゃり。
後ろからこっそり狙って、はしゃぐ友人の姿も虹と一緒に写真の中に収めてみた。
シャッター音に気付いた王子が振り返る。
その素早さに、勝手に被写体にしたことを咎められるかと思ったが、怒るどころか王子は上機嫌。
気前良く、ピースサインも向けてくれた。
「へえ、乗り気なんて珍しいね。どうしたの?」
「別に。もうすぐ卒業だし、記念だよ」
俺らしくない。似合わないのは百も承知。
でも、またいつか。
この日を懐かしむ時のために、思い出に残しておこうって、そう思えたんだ。
「ほら、もう一枚撮るぞ」
「あ、待って! 折角だし一緒に写ろうよ」
「ええ? 俺も?」
「いいから、いいから」
面食らう俺を巻き込んで、あたふたしている間にも王子のスマホがぱしゃりと鳴る。
驚く俺と、笑う王子。
後ろに小さな虹も収まって、即興の割に見映えの良い一枚になった。
その出来の良さが可笑しくて、二人顔を見合わせ笑い合う。
卒業式まで、あと少し。
まだまだこの友人と騒いでいたいと、今更ながらにこっそり願った。
(2025/07/22 title:081 またいつか)
きっかけは些細なことだ。
足早に廊下を駆けていく女の子。
昼休みの、いつも同じような時間に走っていくものだから、だんだんとそれが記憶に残っていって。
いつの間にか、ぱたぱたという足音の特徴まで覚えてしまっていた。
そんな彼女と、廊下ですれ違いざまに落とし物を拾ったのを機に互いを認識し合うようになり。
その後も見かければ、何となく会釈を交わす間柄に変わっていった。
こうして降り積もった感情に、果たして名前が付くことはあるのだろうか。
「なあ、お前。気になる奴とかいねーの?」
何も知らない友人の問いにしらを切る。
「ん~。どうだろうなあ」
いつか観念するその日まで。
その答えはまだまだ保留でいさせてくれ。
(2025/06/25 title:080 小さな愛)
諦めることに、随分と慣れてしまっていた。
もう、どうでもいい。
長い間、そう思っていたはずなのに。
君が視界に映った途端、再び世界が色付いた。
駆け出す足も止められない。
ああ、そうか。
やはりずっと、私は君を待っていたのか。
「おかえり」
そう呟き抱き締めた温もりに、涙が零れる。
ああ、懐かしい。
独りでも平気なんて真っ赤な嘘。
君が居ないと駄目みたい。
強がる私は今日でおしまい。
だからもう、どこにも行かないで。ね?
(2025/06/22 title:079 どこにも行かないで)
輝き目立つ太陽でもなく、その光を受けて自在に満ち欠けする月でもなく。
淡くも自身で瞬く星だからこそ、惹かれる魅力がきっとある。
いじけてへこむ僕に寄り添って、囁くようにくれた友からの優しい言葉。
まるでドラマか流行曲の歌詞のよう。
僕の長所を例えただなんて嘘みたい。
照れ臭さと、畏れ多さの謙遜で。
頑固な僕は、君の言わんとすることを、とても素直に受け止めることができなかった。
「嬉しいけれど、そんな格好良い比喩、僕なんかに似合わないよ」
「そう? 君にぴったりだと思ったのに」
「いやいや、絶対に身内の贔屓目! 買い被り過ぎだって!」
「うーん。そうかなあ」
認めない僕も頑固だけれど、友人の方もしぶとくなかなか譲らない。
熟考の末、友人は「ま。いっか」と呟き立ち上がった。
「太陽も月も居なくなったら、自ずと皆分かる日が来るはずさ」
「えー? 本当に?」
「そうそう。さあ、もう行こう」
ぽんぽんと肩を叩かれ促される。
まだまだ納得出来なかったけれど、気付けば沈んだ気持ちも幾らか晴れていた。
君の言葉はまるで不思議な魔法のよう。
むず痒くて、照れ臭くて。誤魔化すように自然と笑顔がこぼれてきた。
本当に、そうなのだろうか。
友人に手放しで褒めてもらえるような魅力が、本当にあるのだろうか。
僕からすればこうやって、太陽のように明るくしてくれる君の方が格好良いのだけど。
そんな君がくれる太鼓判、信じてみても良いのかな。
半信半疑は消えないけれど、君が予言するその日まで。
ささやかな星のまま、もう少し頑張ってみようかな。
先行く君の背を眺めながら、漸く穏やかにそう思えた。
(2025/05/15 title:078 光輝け、暗闇で)
溢れる愛をしたためて、切なく響く恋心。
普段はなかなか言えないフレーズも、メロディーに乗るだけで魔法のよう。
照れ臭さは消え去って、すらりと一気に飛び出した。
歌の力って偉大だな。
くよくよしてたのが嘘みたい。
このまま全部、思いのまま。
あなたへどうか、届きますように。
(2025/05/06 title:077 ラブソング)