便りがないのは良い知らせ、なんて言うけれど。
貰って嬉しいに越したことはない。
親しい間柄なら元より、増してや筆不精の御仁からなら尚のこと。
驚きすぎて、送り主を思わず二度見してしまったのも無理はない。
懐かしい旧友からの手紙に、仕事でくたびれていた心がふわりと舞い上がった。
――けれども。
「改まって、一体何だ?」
浮かれて封筒をかざしたりしている内に、次第に冷静さを取り戻した。
電話もSNSも知っている間柄のくせに、今の時代に何で敢えての手紙なんだ?
くるくると裏返していた手の動きを止め、改めて封筒の表書きを見直してみる。
――これ、宛名がわざわざ事務所になってるじゃん。
近況報告とかの私信なら、俺の名前宛てで送るはずだろう。たぶん。
ということは――。
「まさか、仕事の依頼状?」
ポストを開けたときのテンションから気持ちは一気に急降下。
一呼吸をおき。身構え直して封筒を開けてみれば、案の定。
奴が巻き込まれたトラブルの子細がびっちりと書かれた依頼状が出てきたのだから笑えない。
「あの馬鹿。まったく何やってんだよ」
呆れる俺の姿が予想出来たのか。
長い手紙の締めくくりには一言、「すまん」と追伸が添えられていた。
その、声まで聞こえてきそうな一文に天を仰ぐ。
続いて特大のため息を吐き出して、ソファーへばったりと倒れ込んだ。
そうだった。そうだった!
困ったときばっかりに連絡よこす奴だったよな、昔から!
寝転がったまま、届いた手紙を睨むようにして三度読み返す。
昔から欲望の塊みたいな奴だったけれども、このトラブルのお手本のような依頼内容は一体何だ。
文章こそ丁寧に書かれてはいるが、その裏に透けて見える、俺を巻き込んで解決しようという図々しい魂胆に怒りが沸いてくる。
そりゃあ、探偵だ、便利屋だって看板掲げて仕事している身だけどよ。
この内容で俺が引き受けると思ってるのか。
まったく舐められたものである。
「おっはよ~。って、うわ! どうしたのその顔。こっわ!」
手紙から視線を外せば、ちょうど奥の部屋から起きてきた相棒と目が合った。
のけ反りびびる奴に文句の一つも言いたくなったが、それどころではないと無視をする。
そのまま弾みをつけて起きあがり、放り出していたスマホを手に取った。
ダイヤルを回す相手は勿論、彼の阿呆な友人だ。
「そ、その顔で電話するの? 依頼人に?」
「ほっとけ。何、ちょっとまずは説教をな」
反省の度合いによってはお灸も据えるが。
青筋を立て、コールが止むのをしばし待つ。
そうして電話口に出た旧友のとぼけた一声を受け、俺の怒号が探偵事務所に響き渡った。
本当、ふざけんじゃねえよ。 馬鹿が!
(2026/03/01 title:091 欲望)
部活が同じで親しいことと、受験生であることを言い訳に。
今じゃない。今じゃない。を繰り返して、ずっと先延ばしにしてきた部長への想い。
王子と、部長と。仲の良い三人で励まし合いながら勉強を重ね、お陰で受験は無事に終えられた。
けれども、受験が終わったということはつまり、彼女との別れも近付くということであって。
自らの選択の積み重ねの果て。とうとう俺は追い詰められてしまっている。
カレンダーを見上げ、残り少なくなる日にちに焦る気持ちは募れども、ここまで来ても、やっぱり俺には意気地がない。
言葉はシンプルに、簡単なこと。
ただ一つ。好きと伝えるだけなのに。
その一言を口にする、勇気が持てないのだ。
ああ、情けない。俺の、根性無しめ。
受験から解放された爽快感と、それと反比例するように迷う気持ちは膨らんで。
どうしよう。と悩み続けている内に、遂に今日は卒業式を迎えてしまった。
手に有る卒業証書に視線を落とし、自分の不甲斐なさにため息が漏れる。
あーあ、本当。俺の馬鹿。晴れの良き日に何て様だ。
あの校門をくぐって手を振ったら、高校生活もおしまいで。今までのように気軽に部長に会う口実なんて無くなってしまうのに。
そこまで分かっているのに、隣に居る部長へ、どう話を切り出せば良いのかが分からない。
不幸中の幸いなのが、卒業の記念にと、お馴染みの三人でご飯がてら遊びに行こうという約束があること。
だからこうして、王子の用事が終わるのを二人揃って待っているところなのだ、が。
「流石、人気者だよねえ」
ぽつりと呟く視線の先では人気者、もとい王子が人だかりに囲まれて、代わる代わるに別れの言葉を交わしている。
下級生に教師、それから共に卒業したクラスメイトにと。
教室を出てからずっと、少し歩いては声をかけられ立ち止まり。
話し終えて進んだ先でまた呼び止められる。
これを繰り返すものだから、漸く校舎から出られた今も、校門は目と鼻の先だというのにちっとも先に進めていない。
高校生活最後の日に、親しくしてきた友人を薄情に置き去りにする訳にもいかず。
だからこうして大人しく、三人揃って亀の進みを続けているところなのだ。
互いにたわいもない話を繰り返していられる内はまだ良かった。
けれども、話し下手の俺では二人きりで長話を続けるのにもだんだん限界が近付いて来たようだ。
うんうんと、相槌を打ち続ける間に、いよいよ部長との会話のネタも尽き始めて。
そうして漸く、今更ながらに、寧ろこれはチャンスなのでは? と思い至った。
王子が帰って来たらまた三人。それまでは部長と二人待ち惚け。
だから、この二人きりの間に切り出してしまう方が良いに決まっている。
ごくりと唾を飲み込んで、隣の部長を覗き見た。
しかしながらその向こうに、周囲を行き来する卒業生や在校生の姿まで映り込んだことで、折角の勇気が尻すぼみになってしまう。
こんな往来の、衆人環視の中で、告白?
――む、無理! 絶対無理!
「は、はくしゅん!」
「えっ。大丈夫? 寒い、よね?」
「いや。うん、まあ。ちょっと、うん」
独り勝手にパニックになっていたことを悟られたくなくて、鼻をすすって誤魔化した。
ああ、格好悪い。
まただ。くしゃみを言い訳に、また逃げてしまった。
俺、いつまでこんなことしてるんだ?
自己嫌悪で落ち込む俺を、具合が悪いと見て取ったのか。
人だかりの向こうにいる王子を気にしながら、部長が遠慮がちに俺の腕を引いた。
「うーん。最後の日だし、三人揃って移動しようと思ってたけれど、外で待つのは寒いよね。もう先に二人で喫茶店まで行く?」
「えっ」
驚く俺に部長は続ける。
「王子にはメッセージ送っておけば大丈夫だよ。今日は卒業式で特別だけど、これからも三人で集まることは出来るし。もう後は春休みだけだけど、風邪でも引いたら心配だよ」
だから先に行って待っていよう、と促す彼女の言葉に、何故だかすぐに返事が出来なかった。
二人で行こうという提案に、一度は心が跳ね上がった。
卒業後のその後に、俺の存在があることも嬉しかった。
けれども、さっきまで告白しようと勢い込んでいたせいもあってなのか。
「王子と三人で」という括りでしか無いことが、唐突に悔しく思えてしまって。
「――王子も居なきゃ、駄目?」
いつぞやかの嫉妬のように、ぽつりと言葉が漏れてしまっていた。
いきなりの問いかけに、詰められた部長も「え?」と呟いて固まった。
遅れて自分の顔が熱くなるのを自覚する。
それでも、一度たがが外れた勢いは、もう止めることができなかった。
ずっとうじうじ悩んでいたのが嘘のよう。
顔を上げ、正面から向きあって初めて、部長の顔も赤いことに気が付いた。
その顔をじっと見つめながら。
深呼吸して、ずっと彼女に言えなかった言葉を口にした。
「俺、部長が好きだよ。俺だけじゃ、駄目?」
――どれくらい、待っただろうか。
見つめる俺の視線に耐えかねてもあってか、部長はそっとそのまま俯いて。
そして小さく、でも聞き取れる声で、「駄目じゃない、よ」と呟いた。
それだけでも俺にとっては充分すぎる答えだったのに。
その後に添えられた、「私も、好き」という言葉に、再び心臓の鼓動がどくんと跳ね上がった。
ほ、本当に? 部長が俺を?
「ほ、本当だよ! 好き。大好きだよ!」
心の中での自問自答のつもりが、失礼にも声に出して聞き返してしまっていたらしい。
部長はそれを嫌がるどころか朗らかに笑ってくれて。
さらにはっきりと聞こえる声で答えてくれた。
「ま、マジで? 本当に?」
何度も聞き返し続ける俺に言い聞かせるように、部長が優しく「好き」と繰り返す。
移動しよう、と。引かれるままになっていた腕から彼女の手が離れ。
今度は手袋越しに俺の両手を握り返された。
ふんわりと、そうしてゆらゆらと。
繋いだ両手を揺らされて、漸くこの夢みたいな現実に実感が沸いてきた。
張りつめていた緊張の糸が解ける。
そのまま足の力も抜けてしまい、彼女と手を繋いだまま、俺は彼女の前にぺたりとへたり込んでしまった。
「え? えっ! ちょっと、大丈夫? やっぱり具合が悪いんじゃ――」
「違う違う。もう、嬉しくって。ちょ、ちょっと時間ちょうだい」
「う、うん?」
ああ、大好きな子を早速困らせて情けない。
でもごめん。本当に今、めちゃくちゃ嬉しくて。
格好悪い姿のまま、じゃれるように彼女の腕を揺らし続けた。
ああ、本当に。本当に、良かった!
「ねえ。一つ、お願いがあるのだけれど」
気が付けば、部長も俺と一緒にしゃがみ込んでいた。
対等に、目の前で向かい合う。
逸らせない視線に緊張して、鎮まりかけていた心臓が再び早鐘を打ち始めた。
「あのね。名前で呼んでほしいなって」
「えっ。な、名前?」
打ち明けられた小さな、しかし俺にとっては大きな、可愛いお願い事に少し声が裏がえってしまった。
はにかむように笑って彼女は続ける。
「ほら、今日で卒業でしょう? 今まで通り部長って呼んでくれても良いけれど、部活ももうないし。ねえ、駄目かな?」
折角これからは彼女なんだし、と。小さく続けて赤くなる。
そんな今まで見たことない彼女の表情に、俺も釣られてくらくらしてしまった。
ああ。本当に、俺で良いのかな。
気持ちが通じ合っただけでもこんなに嬉しいのに、これ以上を望んで良いなんて。
照れ臭くて、恥ずかしいけれど。
彼女の願いに、応えたい。
深呼吸を一つして。
初めて呼んだ彼女の名前は、緊張で少し掠れてしまった。
それでも満面の笑みで喜ぶ彼女を見て、愛しい気持ちが膨らんだ。
「――大好き」
続いてこぼれ出た言葉に、二人一緒に驚いて。
手を繋いだまま、小さく一緒に笑い合った。
ああ、もう。
格好悪いままの俺だけど。
これからもどうぞよろしく、ね。
(2026/02/05 title:090 溢れる気持ち)
夕方の公園。いつもは友だちと遊んで楽しいお気に入りの場所なのに、今日はとてもつまらない。
理由ははっきりしている。
兄ちゃんと、喧嘩してしまったからだ。
だって、僕が楽しみに取っておいた大事なお菓子。
それを兄ちゃんてば、偶然見つけてそのままほとんど食べちゃったんだもん!
帰ったら食べようと楽しみにしていたのに。
もう、あんまりだよ!
どうしても。どうしても許せなくて。
平謝りの兄ちゃんを押しのけて、最後に「馬鹿!」と怒鳴って家を飛び出した。
あの時は、残しておいたクッキーを食べられたのが残念で、悲しくて。
込み上げる勢いのまま、泣いてどかんと怒ってしまった。
けれども今は、兄ちゃんと喧嘩してしまった――そのことの方が、とっても悲しい。
兄ちゃんは情けないくらいにおろおろして、必死に謝ってくれていたのに。
そんな兄ちゃんを、意地になって困らせた。
どうしよう。喧嘩なんて、したくなかったのに。
どうしよう!
すぐには家に帰りづらくて、足が向くまま、さっきまで遊んでいた公園まで戻って来た。
とぼとぼと歩いて。大好きなブランコに乗ってみたけれど、そんなことで気持ちが晴れる訳がない。
帰らなきゃ、謝らなきゃ。
キコキコ、ゆらゆら。
ブランコを揺らして考え込んだところで、まったく踏ん切りがつきやしない。
どうしよう。どうしよう!
「ああ、居た! 」
そんな僕の悩みを吹き飛ばすように、公園の入り口から大声がした。
兄ちゃんだ。
僕を見付けてドタバタ走り、「兄ちゃんが悪かった。ごめん!」と叫んでいる。
その姿は、お世辞にも格好良いなんて言えやしない。
「――何で」
兄ちゃんは、最初から謝ってくれていた。
しっかり話も聞かずに飛び出した、僕だって悪いのに。
いつまでも怒ってるのは、男らしくないよね。
――うん。迷うのは、もうお仕舞いだ!
ブランコから飛び降りて、一目散に走り出す。
「兄ちゃん。兄ちゃん! 僕も、ごめん!」
ダッシュの勢いそのままに、広げてくれた兄ちゃんの胸へと飛び込んだ。
時々抜けてて、それでも優しくて。
潔くて格好良い。
ごめんね兄ちゃん。
やっぱり、大好きだよ!
(2026/02/01 title:089 ブランコ)
もしも一線を越えるとしたら。
それは私ではなく、彼の方だとばかり考えていた。
理不尽に浴びせられる侮蔑に暴言、それから嘲笑。
耳を塞ぎたくなるようなそれらは、自身に向けられるもので無かったとしても、同族意識の高い私たちの神経を逆撫でるには充分過ぎるもので。
嘲り痛めつけられる仲間を前に、じっと耐え抜くことは毎度至難の業だった。
実際に。正義感も強く、仲間思いの彼が堪えきれず飛び出そうとするのを、何度皆で押さえ込んだことだろう。
だからすっかり、油断していたのさ。
自分だって血の気が多い性分な癖に、そんなことは都合良く忘れて、彼や仲間の心配ばかり。
いつもフォローに回っていた私が、まさかのうっかり。
奴らと同じ畜生道――いや、それ以下に成り下がるなんて、とんだ大間抜けも良いところである。
「どうして」
全身血まみれの私を前に、彼がぼろぼろと泣き崩れた。
ほら、やっぱり君は仲間思いで優しいや。
そんな君だからこそ助けようと思えたし、この先に待ち受ける苦難のことなど後回しに出来たんだ。
今はただ、君が無事であることがとても嬉しい。
緊張が解けて、安堵の笑みをこぼす私に、彼が叫んだ。
「ど、どうして君が! いつもは、君こそが止めてくれていたのに! なっ何で!」
「いやあ、そこは本当に面目ないや」
「そんな! き、君が手を汚すくらいなら、僕は死――」
「ストップ」
言い募る彼を静かに制した。
向けられた真っ赤な掌に怯んで、彼の言葉が止まる。
「それは、私も同じだから。おあいこだろ」
言いたいことはまだまだあっただろう。
口を開けては閉ざす、を数回繰り返して。
言葉が見つからないままに、彼は俯いて涙ぐんだ。
見上げた空の月は赤くて、まるで今の私の姿を映したようだ。
けれどもその弧は鋭く三日月で、まんまと人殺しとなった私を嘲るような笑いにも見えて、気分が悪い。
反発するように、短くはっと息を吐いて笑い返した。
「兎にも角にも、これで私は追われる身だ」
呟く私に、彼が顔を上げる。
「けれども、事の発端たる君を置いていくのも忍びない。勝手な提案だが、一緒に行くかい?」
離れていても、共にいても危険であることに変わりはない。
それでも、この手を差し出さずにはいられなかった。
文字通りに血塗られた手で、何ておこがましい。
断られることは百も承知。それなのに、嬉しいかな。
迷うことなく、彼は私の赤い手を握り返してくれたのだ。
その力強さに、初めて涙がこぼれ落ちる。
互いに濡れた顔のまま、どちらからともなく声をかけた。
「共に、行こうか」
さあ。罪に濡れた、幼なじみ二人。
長い長い、逃亡の旅の始まりである。
(2026/01/14 title:088 どうして)
今日こそは。
今日こそは、とぐずぐず迷っている間にも、除夜の鐘が鳴り出した。
ああ、何で俺はこうも意気地がない。
友達なんだから、年の瀬の挨拶くらい、そんな変に畏まらなくたっていいじゃないか。
簡単に。こう、さり気なく。
『今年も一年ありがとう。また来年もよろしくね。良いお年を!』
そうそう。こんなふうに簡潔に――て。
そういうのを俺が先に送りたかったんだけどさ!
ああもう! 変に気を遣って時間をかけるから、俺が送るより先に彼女の方からメッセージが飛んで来てしまったよ。
ほら、向こうは何も気にしていないんだから、びくびくする必要なんかないじゃんか。
――まあ、こっちは友達以上の好意を持っている分、下心があるのは否めないけど。
でも、そこに引け目を感じてばかりいては何も始まらない。
そうこうしている間にも日付が変わり、遂に年も明けてしまっていた。
いけない。今がチャンスだろ。
今度こそ先手を打って、俺の方から新年の挨拶を――!
――ピコン
けれども俺の気合い虚しく。
開いているメッセージ画面に、彼女からのスタンプが追加された。
『あけましておめでとう!』
『今年もよろしくね』
「――は、早いよもう!」
新年明けて早々の、深夜一番のメッセージ。
部活仲間の俺に早速送ってくれて、それはもう嬉しいんだけれど。
またもや彼女の素早さに負けてしまったのがちょっと悔しい。
おまけに、こちらもまさに送信するところだっただけに、届いてすぐ既読がついてしまった点も恥ずかしい。
ああもう、本当に情けない。何てぐだぐだな。
今年こそ、この優柔不断さとおさらばしなければ。
さもなきゃ彼女とは一生片思いで終わりそうだ。
ため息を吐いて、ぐるぐる繰り返す後悔と反省に区切りをつける。
「即断、即決!」
悪癖を断ち切るが如く。
呪文のように呟いて、漸くメッセージを送信した。
『あけましておめでとう。こちらこそ、今年もどうぞよろしくお願いします』
(2026/01/02 title:087 今年の抱負*02)