「ぶっ! くっくっ……」
「せんぱーい。いい加減思い出し笑いは止めてくださーい」
「あっはっは! 悪い悪い!」
そう言って手を振りながらも、先輩の笑いは止まらない。
いいんだ。気を抜いてミスった私が悪い。
最高気温が四十度迫るこの季節。
朝早い出勤の時間帯でも、既に気温は三十度近くあったりしてもう暑い。
最寄り駅から職場まで歩いたら、たった五分足らずの道のりでも汗だくになる始末。
さながら砂漠の行軍と言っても過言ではないはずだ。
そんな訳だから、じりじりと日差しを受けて辿り着いた職場はまさに天国。
夜も蒸し暑いままに気温が下がりきらないから、在庫商品の適正な温度管理のため、退勤後も職場のエアコンは電源を切らずに帰ることになっている。
おかげで朝一の当番で鍵を開けて感じる冷気の爽快感は堪らない。
だから、ついうっかり、
「あ~涼しい~! オアシスだ~!」
なんて言って騒いでも仕方がなかったのだ。
ただ一つ、同じように早番でやって来た先輩が、後ろに控えていたりしなければ。
背後に気配を感じたところで時すでに遅し。
そこから先の展開はお察しの通りである。
「いやあ、本当に意外! 普段雑談にも全然乗って来ないから気難しい性格なのかと思ってたけど、すっごい面白いじゃんか!」
「仕事中はそもそも私語厳禁だし、集中してやりたいので。もう、勘弁してください」
ああもう、まったく何たる失態。
おっちょこちょいな地の性格が出ないようにずっと気を遣ってきたのに、まさかこんな形でバレることになるなんて思いもしなかった。
十分前に戻れるなら、失言する私をぶん殴ってでも止めに行きたい気分である。
「ほら、先輩。こっちの掃除は終わりましたよ。もうすぐ開店だからしっかりして下さい」
「おう。今日も一日頑張ろうな、オアシス!」
「ちょっ! あだ名にしないで下さい!」
さらりと呼び名にしてくる先輩に目眩がする。
これは――これは、まずい。
何としてでも、不本意なあだ名が定着してしまう前に名誉挽回しなくては。
そんな私の決意など、先輩にとってはどこ吹く風。
笑顔のままひらひらと手を振って、機嫌良く持ち場へと去ってしまったから参ってしまう。
く、くそう。もう二度と、職場で油断なんかするもんか。
明日からは絶対、背後には充分気を付けることにしよう。
そう誓って、私もいそいそと今日の仕事に取りかかった。
(2025/07/27 title:083 オアシス)
7/28/2025, 6:30:16 AM