102.『そして、』『光と影』『凍える朝』
寒気を感じて目が覚めた。
時計を見ると、アラームの鳴る10分前。
寝坊助の自分が、時間前に起きれたことを喜ぶべきか、それとも時間まで寝れなかったことを嘆くべきか……
ともかく、電気毛布の出番が来た事だけは分かった。
カーテンを開けると、太陽が頭だけを出しており、光と影が混ざり合っている暁時。
数日前まではこの時間なら日は昇っていたのに、最近の太陽は重役出勤である。
それにしても、今日は随分と寒いものだ。
この前まで気持ちのよく起きられたのに、いつから凍える朝になってしまったのだろう?
『秋だ、秋だ』と思っていたのに、もう冬の気配。
過ごしやすい時期は、あっという間だった。
冬の気配は、俺にある一大イベントを意識させる。
それはクリスマス。
一年で最も悩ましい一日だ。
クリスマスは、いい歳した大人にとってただの平日。
さすがに浮かれるような年頃じゃないのだが、指折りで待ちわびる息子を見れば、どうしても意識せざるを得ない。
8歳になる息子は、サンタにもらうプレゼントを真剣に考えている。
そんな息子を見て微笑ましく思うけど、同時に複雑な気分になる。
自分にとって、クリスマスはいい思い出ばかりじゃないからだ。
俺は6歳の時、サンタの正体に気づいた。
夜中、トイレに行こうとしてプレゼントを運ぶオヤジにバッタリ会うとは、誰が予想できようか?
あの時の事はハッキリ覚えている。
信じられなさ過ぎて、思わず三度見してしまった。
子供ながらにショックを受けたが、幼い俺はある可能性に気づいた。
『サンタの正体を知ったら、プレゼントをもらえなくなるのでは?』という可能性に……
そう思った俺は、一計を案じた。
「もしかしてさっきサンタさんに会った?」
咄嗟に『父がサンタからプレゼントを預かったと思い込んだフリ』をして、その場を乗り切ろうとしたのである。
それを聞いたオヤジは、これ幸いと「ああ、会ってプレゼントを預かったよ」と話を合わせた。
その甲斐あって、翌年以降も何事も無かったようにプレゼントをもらうことが出来た。
そして、それとなく欲しいプレゼントを伝えるという手段にも出た。
当時の両親にはバレバレだったと思うが、何も言わず付き合ってくれた。
多少打算があったとはいえ、ある意味でサンタを信じているのだ。
両親は夢を壊すまいと思っていたに違いない。
毎年欲しい物をくれた。
だからこそ、あの時は本当に驚いた。
中学入学の年のクリスマスの日、そろそろプレゼントを断ろうかと考えていた頃、家族会議が開かれた。
親父が『本物の』サンタであり、我が家は代々サンタ稼業をやっていると打ち明けたのである。
当然冗談だと思ったのだが、研修と称して空飛ぶソリに乗せられた時は、もう信じるしかなかった。
それ以来、助手として子供たちにプレゼントを配り、今では家業を継いでサンタをしている。
今日、アラームをセットして朝早く起きたのも、サンタとしての下準備があるから。
街を回って、子供たちの欲しい物をリサーチするのだ。
朝ご飯を食べながら英気を養っていると、目をこすりながら息子がやって来た。
「お父さん、お仕事に行くの?」
「そうだね」
「もしかしてさ、サンタさんに会いに行く?
欲しいもの伝えておいてよ」
思わず苦笑する。
実は自分も、息子が7歳の時にサンタである事がバレた。
トイレに出た息子とバッタリである。
これでは親父を笑えない。
そしてあの頃の俺と同じように、欲しい物を伝える。
どこにもいないサンタにではなく、プレゼントを買って来る父親に。
こういう時、息子は自分にそっくりだと再認識する。
「何が欲しいんだ?」
「ポケモン。
新しいのが出たんだよ」
そう言うと、息子はにんまりと笑った。
きっと息子は、自分の事を『偽物』のサンタだと思っていることだろう。
それでもいい。
自分は子供の頃、サンタを信じてなかった。
でも不幸だったわけじゃない。
両親が暖かく見守ってくれたおかげで、俺は夢を見ることが出来た。
プレゼントをくれるサンタクロースはいなかったけど、サンタクロースのフリをしてプレゼントをくれる両親はいた。
知らなかっただけで、サンタはずっといたのだ。
そのことが、今の俺にはとても嬉しい。
今度は俺の番。
両親が俺に夢を見させてくれたように、今度は俺が息子に夢を見せる。
演じて見せようじゃないか。
息子の信じる『偽物の』サンタを!
「分かった、伝えておくよ」
「絶対だよ!」
うまくいったと、ほくそ笑む息子。
この調子なら、まだ夢を見せてあげられそうだ。
101.『消えない焔』『おもてなし』『tiny love』
涼宮塔子は嫉妬の炎に燃えていた。
数年かけて作り上げた自分の居場所を、ポッと出の後輩に奪われてしまったからである。
血と汗と涙がにじむような、努力の集大成。
それを奪われて平然としていられるものはいない。
塔子は瞳に消えない焔を宿し、簒奪者への復讐を狙っていた……
◇
塔子は、サークルの姫である。
大学入学と同時に男しかいないサークルへと入り、その美貌を武器に男を手玉に取っていた。
サークルのメンバーからは毎日のように貢物が送られ、部室にいる間はなに不自由なく過ごしていた。
塔子の美貌はサークル外にも知れ渡り、出待ちする男も多かった。
彼女の噂は留まるところを知らず、県外から彼女を一目見ようと尋ねてくる人間がいたくらいである。
しかし塔子は、自らの美貌に胡坐をかくような人間ではない。
自己の魅力を最大限に引き出すため、常に流行の化粧やファッションを研究している。
美容にも余念がなく、独学ながら心理学も修め、人を惹きつける技術を習得している。
その魅惑的なプロポーションを維持するため、ジム通いもしていた。
常に自分を魅力的に見せる努力を怠らず、そして内面も磨くため、あらゆる芸事もたしなむ。
人々の献身を受けるからには、その価値に見合う人間であるための努力を惜しまない。
それが涼宮塔子という女であった。
そんな彼女には夢があった。
今は『サークルの姫』だが、ゆくゆくは『大学の姫』となり、『日本の姫』となり、そして最終的には『世界の姫』となるのが彼女の目標だった。
そして、いつか来るであろう宇宙人を『おもてなし』することが、彼女の最終目標だった。
誰も知らない、自分の胸に秘めた子供っぽい夢。
彼女は見た目とは裏腹に、宇宙人が大好きなのだ。
だが、転機が訪れたのは一週間前。
自らが所属するサークルに、一つ下の森山リンが入って来たことから、彼女の夢は陰り始める。
リンは、美人であった。
彼女は愛嬌こそあったが、塔子ほどの美貌を持っておらず、『これならば自分の地位を脅かす事は無いだろう』と当初は気にしていなかった。
塔子から見ても可愛い後輩であり、自分の後継者として育てようと思っていたくらいだ。
だがすぐにそれが間違いであったと気づかされる。
リンは持ち前の愛嬌を持って、あっという間に男たちの心を鷲掴みにした。
塔子の世話を甲斐甲斐しく焼いていた男たちは、またたく間に塔子の元を離れリンの世話を焼くようになった。
毎日の貢物もなくなり、常に騒がしかった塔子の周辺は、閑古鳥が鳴くようになった。
彼女のプライドはズタズタだった。
男たちの尻の軽さも塔子は許しがたかったが、リンのことも憎かった。
「他人の物を奪って、平気でいるなんてなんてヤツ!」
もちろんそれが自分の力不足が原因であり、リンには何の咎がない事は分かっていた。
しかし頭では分かっていても、心は納得しない。
塔子は日に日に負の感情が大きくなり、もうこれ以上は抑えきれないとなった時、塔子はある決断をした。
「山籠もりをしよう」
一度俗世から離れ、自らを見つめなおす。
塔子はその必要があると感じたのだ。
そもそも塔子の目標は『世界の姫』。
『サークルの姫』で躓いているようでは、先が思いやられる。
ならばここで一度自分を見つめ直して、改めて『サークルの姫』として君臨しよう。
もし、それでもリンに勝てないようであれば、自分はそれまでの存在。
潔く諦めようと、塔子は心に誓った。
だが今年の山は危険でいっぱいだ。
クマが例年になく活発で、もしかしたら見つめなおすどころではないかもしれない。
鍛えなおすにも命を失っては仕方ないと、むかし石油王から『tiny love(ささやかですが)』と献上されたコテージに行く事にした。
あそこなら静かに自分を見つめなおせると、塔子は思った。
予定が決まってから、塔子の行動は早かった。
サークルのメンバーが心配しないように書置きを残し、マンションの自室に戻って準備に取り掛かる。
滞在予定はまだ決まっていないが、食料は必要だ。
食料の買い出しに行こうとすると、玄関のベルが鳴った。
書置きを見たリンが駆けつけたのだ。
「すいませんでした」
玄関の戸を開けると、リンはすでに土下座していた。
驚いた塔子が目を白黒させていると、リンはポツポツと話し始めた。
「ちょっとだけ、塔子先輩が羨ましかったんです。
人気者で、みんなに頼りにされて……
私も塔子先輩に憧れていたんですけど、それでも悔しくて……
それで男どもを唆したんです。
『少しの間、私を姫扱いするのはどう?
そうしたら塔子先輩が嫉妬して、アナタたちの事見直してくれるかも。
よく言うでしょ、押してダメなら引いてみろ』って。
軽率な事をしたと、反省しています」
それを聞いて、塔子は全てを悟った。
自分の力不足が原因だとは思っていたが、さすがに展開が急だと感じていた。
圧倒的なまでにリンと差があると推測していたのだが、それは他ならぬリンの言葉で否定された。
早合点しすぎたと、塔子は心の中で反省した。
「私、サークルをやめます。
塔子先輩に迷惑をかけてしまいました」
「リンさん、頭を上げて」
「でも……」
「気にしてないわ。
嫉妬していたのは事実だけど、アナタには感謝しているの。
未熟さに気付けたからね」
子供を諭すように、塔子はリンに話しかける。
だがリンは信じられないと言った様子で、塔子に食って掛かる。
「塔子先輩は、なんで平然としていられるんですか?
私、先輩の居場所を奪ったんですよ!」
「宇宙の前にはちっぽけな事よ」
「宇宙?
話が飛躍しすぎてませんか……?」
「その理由を知りたければ、一緒にコテージに行きましょう。
あそこは空気が澄んでいて星が良く見えるの。
満天の星空を見れば、全てがちっぽけに思えるわ」
◇
数十年後、人類史上最大のイベント――宇宙人の地球来訪が実現した。
歴史的大イベントに世界が湧く中、地球代表として彼らを『おもてなし』する大役を担ったのは、二人の女性だった。
一人は涼宮塔子、もう一人は森山リン。
地球を代表する二人の『世界の姫』である。
二人のおもてなしに宇宙人は魅了され、我先にと貢物を送るようになった。
そうして、彼女たちは宇宙史上初の『宇宙の姫』となり、歴史に名を残すのであった、
100.『秘密の箱』『揺れる羽根』『終わらない問い』
「にゃ~ん」
「だめよ、パンドラ。
これはオモチャじゃないの」
私の足元を、飼い猫のパンドラがまとわりつく。
どうやら私が抱えている箱が気になるようだが、これは彼女が考えているようなものではない。
職場の上司に押し付けられたもので、面白いものなど入っているはずがない。
ただ『箱を開けないように』と厳命された、秘密の箱なのだ。
けれど私は箱の中身を知らない。
ただ『開けてはいけない』と言うだけで、中身については一切教えてくれない。
どうせ碌な物は入っていないに違いないが、預けるなら中身について教えるのが最低限の礼儀。
社会人として常識を疑う。
箱の角に足の小指をぶつけて死ねばいいのに。
それはともかく、預かった以上はこの箱を大事に保管しないといけない。
だからイタズラされないように箱を見えない所にすぐさま隠したいのだが、パンドラは私から離れようとせず、獲物を狙うかのようにじっと箱を見つめている。
隙をみてイタズラするつもりなのだ。
私は箱を隠す時間を稼ごうと、周囲に使えるものが無いかと辺りを見渡す。
その時、あるものが目に入った。
「ほら、パンドラ。
あなたの好きな、羽根のオモチャよ」
パンドラは、羽根のオモチャに目がない。
揺れる羽根が狩猟本能を刺激するのか、いつもへとへとになって動けなくなるまで遊ぶ。
こうなったらしめたもの。
パンドラが疲れて休んでいる間に、分からない所へ隠すのだ。
「ニャッ」
「ああっ!!」
だがパンドラは羽根のオモチャを無視し、私の横を駆け抜けて箱に飛びつく。
慌てて振り返るがもう遅い。
箱は勢いそのままに壁際まで転がって行き、フタが外れてしまった。
フタが開いてしまったが最後、箱の中にあったものが飛び出してくる。
疫病、犯罪、悲しみ、不幸……
人類を苦しめる厄災が、次々と飛び出して――
「ニャ! ニャ! ニャ! ニャ!」
――飛び出す端から、パンドラに叩き落されていく。
なんて精度の猫パンチ!
パンドラ、成長したわね……
と、感傷に浸っていると、パンドラの姿が見えないことに気づいた。
辺りを見渡してもどこにもいない。
隠れそうな場所に目配せするも、どこにも気配がない。
おかしいと思いつつ、正面を向くとフタの開いた箱が目に入る。
「もしや……」
ある予感が頭をよぎる。
叩き落された厄災に触れないように近づいて、箱を覗き込んでみてみると……
「いた!」
箱の中でスヤスヤと、パンドラは丸くなって寝ていた。
こちらの気も知らず、スヤスヤと寝息を立てている。
どんなに高価なオモチャも、人類を苦しめる厄災も、パンドラにとってはただの箱の方が魅力的。
イタズラではなく『箱で寝る事』が目的という事実に、どっと疲れが押し寄せる。
「なんで猫は、オモチャよりも箱が好きなのかしら……」
これまで何度も繰り返した、終わらない問い。
なにゆえ、猫は価値のない物をありがたがるのか?
「ま、いっか。
可愛いし」
私はすぐさま頭を切り替えて、パンドラを眺める。
パンドラの愛らしいを見るだけで、先ほどまでの鬱々とした気分を吹き飛され、私は幸せな気持ちで満たされる。
さすがにパンドラ。
いるだけで幸せを振りまく存在、まさに幸運の女神……!
「厄災を防ぐことが出来るのも納得の可愛さだわ!
猫は悪いものを退ける力があるのかしら……?」
もしそうなら同僚たちに、猫飼いをお勧めしないといけない。
少し手間がかかるが、飼うだけで幸せになるのだ。
「でもムカつく上司には黙っておこう」
アイツには、足の小指をぶつけてもらわないといけないしな。
こうしてパンドラの活躍を伝えたことで、同僚たちは猫を飼うようになった。
そして猫は『厄災を払い、幸せを運ぶ』神聖な生き物として、後世まで大切に扱われるようになったのだった。
🐈
「この昔話を聞いて、皆も分かったね。
わが家でも猫を買うべき理由が!
猫を飼えば、家内安全、商売繁盛、無病息災と、ご利益が目白押し!
さらには、物価高騰対策に繋がると間違いがない。
さあ、私がそこで拾ったこの子猫を家族に迎えるのよ!
異論は許さな……
ハ、ハ、ハ、ハクショーーーン!!!」
「余りあるご利益でも、猫アレルギーの前には無力か」
99.『予感』『秋風🍂』『無人島に行くならば』
朝、目が覚めた時、私は思った。
『今日は無人島に行く』と……
ともすれば無視してしまいそうな、かすかな予感。
だが儚さとは裏腹に、絶対的な未来予知のものであった……
私は、しばしば未来に起こることを予感することがある。
その予感は、不思議なことに一度も外したことがない。
まるで神様が予定を書き込んでいるかの如く、その予感は絶対である。
今日の運勢ならぬ今日の運命。
そして今日の予感は、いつもより随分と物騒だった。
無人島なんて行きたくはないけど、予感した未来は避けられない。
どんなに運命に抗おうとも、最終的にはおよそ起こりえない事故が立て続けに起こり、結局は無人島に行く羽目になる。
今までの人生がそうだったのだ。
だから、無人島に行くこと前提で考えた方が、よほど建設的だ。
それに『人付き合いに疲れて、誰もいない無人島に行く』と考えれば、ちょっとだけ気持ちは上向きになる。
無人島にいるのは、経験上一週間くらい。
砂漠やジャングルに放り出されたときや、異世界転移したときも、そのくらいだった。
一週間、無人島で過ごす。
ちょっとしたバカンスだ。
サバイバルグッズは、一通り持っているので問題ない。
砂漠やジャングルでお世話になった、信頼できる品を持っている。
持ち運びも、異世界に行くときにもらったチートで全て収納できるので、考えなくてよし。
つまり無人島に行くに当たって、特に準備するものは無さそうだ。
今回は楽できそうだ。
だが、どうせ無人島に行くならば、無人島ならではの事を体験したい。
無人島といえば誰もいない浜辺だが、秋の冷たい海に入りたいとは思わない……
せっかく島に行くと言うのに残念だ。
もう少し早い時期だったら良かったのに……
では他に何があるだろうか。
少しだけ考えて、あることを思いついた。
「バーベキュー、だな」
日本において、バーベキューを禁止している地域は無い。
だがバーベキューは煙が出てしまうため、住宅街でしようものなら非難の嵐。
かといってバーベキュー場も、遠くにあるため行くだけで疲れてしまう。
行ったら行ったで、人が多すぎてウンザリしてしまうことだろう。
日本はバーベキュー愛好家にとって、なんと息苦しい国であることか……
だが無人島は違う。
バーベキューでどれだけモクモクと煙を立てようとも、誰にも怒られない。
人はいないので、一人気ままに自由を謳歌することが出来る。
好きなだけ肉を焼けるし、騒いでも迷惑にはならない。
夢のような環境だ。
ということで、バーベキューで決まり。
テンションが上がって来た!
だが、さすがにバーベキューセットは持っていない。
いつ無人島への正体が来るか分からないので、すぐさま準備をしないと。
ああ、肉も買わないといけないな。
それも、とびっきりの上級肉を!
もちろん野菜も用意だ。
肉ばかりだと飽きてしまうからね。
せっかくのバーベキューパーティ!
気の済むまで楽しんでやろう。
さあ、パーティの始まりだ!
🏝️
いやあ、すごかったね。
まさか買い物の帰り道、秋風と共にやってきた宇宙人に誘拐されるも、UFOが自衛隊によって撃墜、墜落してそのまま無人島に漂着するとは夢にも思わなんだ。
かつて竜巻に巻き込まれて渡り鳥と共に海を渡ったことがあるが、それを超えるドラマであった。
珍しい経験をして若干浮足立っているが、本命は無人島でのバーベキュー。
気を取り直して、準備を始めることにした。
同じく漂着した宇宙人がいるのは計算外のものの、邪魔する気はないようなので無視して構わないだろう。
超科学で作られた宇宙人自慢のUFOも、塩水を前に無力だったようだ。
海は偉大である。
チートで収納していた道具を一通り取り出して、肉を焼き始める。
香ばしい匂いがし始めて、さあ食べようかと言う時、宇宙人が視界に入る。
宇宙人は物欲しそうに、こちらを見つめていた。
もしかしたらお腹が減っているのかもしれない……
相手は自分を誘拐した凶悪犯なので肉を分ける義理は無いのだが、腹が減った奴がいる横で美味しく肉を食べるほど、私は肝はすわってない。
どうしたものかと少し考えた末、『どうせ肉はたくさんあるから』と宇宙人に分ける事にした。
手招きが通じるかは半分賭けだったが、意図は伝わったようで警戒しながらも近づいて来る。
その時突然予感があった。
その予感は、『一週間後、宇宙人と人類が同盟を結ぶ』というもの。
タイミング的に、肉を分けたからであろう。
いい事をしたと、私は満足していた。
美味しい肉が食べれて、人類の平和に貢献する。
なんて素晴らしい。
完璧だ。
だがその時、予感ではない切実な確信が私の脳裏をよぎる。
肉を食べながら、体が発するSOS。
なんてこった。
とんでもないミスをしでかしてしまった。
くそ、焼き肉の相棒、白飯を忘れた。
98.『光と霧の狭間で』『君が紡ぐ歌』『friends』
とある晴れた日、天気がいいので友達の沙都子の家に遊びに行くと、沙都子は不機嫌を絵に描いたような顔で、ソファーに座り込んでいた。
「どしたの?」
不思議に思って聞いてみても、沙都子はキッと睨むだけで何も言わない。
普段から機嫌の悪そうな顔をしている沙都子だけど、付き合いの長い私には分かる。
『何かあったに違いない』。
私は確信した。
けれど、沙都子はいじっぱりだ。
普通に聞いても、何も答えてくれないだろう。
私は答えを得るため、そして親友の力になるため、沙都子をじっくりと観察することにした。
沙都子の目は潤んでいた。
さっきまで泣いていたのか目は赤く、涙の跡がある。
よく見れば、険しい表情も痛みを堪えているものに違いない。
極めつけは、右頬を手の平で覆うように庇う、いわゆる『虫歯のポーズ』……
ここまで分かれば嫌でも分かる。
沙都子を襲っている問題、それは……
「恋の悩みだね」
「は?」
沙都子の険しい顔が、さらに険しくなる。
「失恋したんでしょ?」
「違うわ――つううう」
「やっぱ虫歯か」
叫ぶと同時に右の頬を押さえる沙都子。
激痛が走るのか、大粒の涙をポロポロと流し始めた。
「叫んだりするから」
私がため息を吐くと、「うるさいわね」と、蚊の鳴くような声で反論してきた。
だが、それすらも辛いらしく、言った後で顔をしかめた。
どうやら見た目以上に辛いようだ。
このまま揶揄って遊ぶつもりだったが、さすがに見ていられず助け船を出すことにした。
「悪いことは言わないからさ
今すぐ歯医者に行きなよ」
「嫌よ」
「即答かい」
予想通りの答えに、私は思わず苦笑する。
まあ、素直に歯医者に行くようなら、ここまで苦しんではないだろうけど。
「歯医者が怖いの?」
「違うわ。
虫歯なんて無いからよ。
怖いからじゃないわ!」
まるで小学生みたいなことを言い出す沙都子。
これでも高校生なんだぜ。
私は仕方なく、子供をあやすように話しかける。
「ほら、歯医者に行こう?
私がついていてあげるから」
「偉そうに!
アナタは、歯医者がどんなに恐ろしい場所か知らないからそんな事を言えるのよ」
「私ほど歯医者に詳しい人間はいないよ。
歯医者の治療を受けていない歯がない私が言うんだから、間違いない」
「……それはそれで不安なのだけど」
沙都子が疑うような目で見て来る。
うーん逆効果だったか。
ちょっと切り口を変えてみよう。
「まあ、沙都子は知らないだろうけど、最近の歯医者さんは患者を呼び込むために、いろんな特色を打ち出しているんだ。
例えば『光と霧の狭間で』がテーマの歯医者とかどう?
私のお勧めだよ」
「およそ歯医者と関係なさそうなテーマだけど……
具体的には何をするの?」
よし食いついた。
あとは、『何事も経験よね』と言わせれば勝ちだ。
「治療席に小型のモニターが付いていてね。
それにアニメが流れるだけど、映像に合わせて明るくなったり、ミストが噴射されて、臨場感あふれる体験が出来るってわけ」
「それ、映画の4DXじゃない?」
「まさにそれを参考にしたって言ってたよ。
で、患者が『光と霧の狭間で』映像を堪能している間に治療するってわけ」
「はあ、変わってるわね。
ところでどんなアニメが流れるの?」
「アンパンマン」
「子供向け過ぎない?」
「楽しいよ」
「まさかの経験済み!?」
信じられないような目で見る。
うーん、反応はいいけどこの様子じゃ歯医者に行きそうにない。
何が悪かったのだろう。
もしや、アンパンマンのアンチか?
まあ、人の嗜好は色々だしな。
次に行こう。
「他は『friends』がテーマの歯医者もあるよ」
「全く想像できないわね……
どんなの?」
「人間にとって、友人とも言うべき細胞や細菌の展示をしてる」
「あら、『働く細胞』みたいね」
「そこからインスピレーションを受けたって言ってたね。
その中でも力を入れているのは、歯周病菌や虫歯菌とか『悪い友達』とも言うべきやつだね」
「……は?」
「それらの悪い友達と付き合うとどうなるのか、人生がめちゃくちゃになる様子を丁寧に描いているんだ。
虫歯の痛みに苦しみながら死ぬ過程を丹念に描くことで、歯磨きや口内ケアの大切さを訴える作品だよ」
「なにそれこわい」
なんか怯えだした。
まるで小学生のようにぶるぶると震えている。
「やっぱり、歯医者は怖いところよ!
行かないわ!」
「でも辛いでしょ?
痛さのあまり、もがき苦しみながら死んでもいいの!?」
「く……
……でも歯医者には行かない。
これまでも、これからも」
『これ以上は話を聞かん』と決意を秘めた表情で、沙都子は手で『出て行け』とジェスチャーする。
こうなっては私の言うことは聞かないだろう。
作戦は失敗だ。
私は失意を胸に部屋を出る。
けれど諦めたわけではない。
たしかに失敗したが、そのことをしっかりと受け止め、次の策を考える。
たとえ嫌われようとも、絶対に虫歯の治療をさせる。
それが友人である沙都子に出来る唯一の事だ。
沙都子に、虫歯をこじらせて、もがき苦しみ死ぬような事には絶対にさせない。
君が悲鳴で紡ぐ歌は、ここで終わらせる。
私は強い決意を抱きつつ、次の作戦を考える。
今回の失敗の要因は、説得の相手が私だったことだ。
普段は合理的な判断の出来る沙都子も、私を前にすると意固地になってしまう。
ならば別の人間、沙都子を説得できる人間を連れてくるしかない。
私は記憶を頼りに、リビングへと向かう。
半分賭けであったが、そこには沙都子を説得できる人物――沙都子の母親がいた。
子供っぽい沙都子も、母親には素直だ。
きっとうまく説得してくれるだろう。
私は胸に期待を抱きながら、沙都子の母親に近づく。
「少しいいですか、沙都子のおばさん。
沙都子のことで、耳に入れたいことがあるのですけど」
そう言うと、おばさんは私に微笑んだ。
「ええ、構わないわよ。
でも言わなくても分かるわ。
虫歯の事よね」
「知っていたんですか!?」
「ええ、当然よ。
私の娘だもの」
「じゃあ、なんで沙都子を歯医者に連れて行かないんですか?
怖いから行きたくないと言ってますが、聞いちゃだめですよ」
「だって、ねえ……」
困ったように笑うおばさん。
まさか……
「おばさんも虫歯なんだけど――」
そう言って、おばさんは右頬を庇うように手のひらで覆う。
「――実は歯医者怖いの」
親子そろって歯医者嫌いかよ!
だが諦めない。
歯医者に行かないならば、歯医者の方から来てもらおう。
そう思った私は、『逃がしません、虫歯菌』がテーマの歯医者に連絡を取り、親子ともども強引に治療をさせるのであった。
※※※※※※※※
あとがき
先日、親知らずが虫歯になり、そのまま抜きました。
地獄の苦しみから解放され、晴れ晴れとした気持ちです。
きちんとハミガキをするとともに、歯が痛かったらすぐに歯医者に行きましょう。
そうしないと、これを読んでいるアナタも、眠れない夜を過ごすことになりますよ……
作者より