101.『消えない焔』『おもてなし』『tiny love』
涼宮塔子は嫉妬の炎に燃えていた。
数年かけて作り上げた自分の居場所を、ポッと出の後輩に奪われてしまったからである。
血と汗と涙がにじむような、努力の集大成。
それを奪われて平然としていられるものはいない。
塔子は瞳に消えない焔を宿し、簒奪者への復讐を狙っていた……
◇
塔子は、サークルの姫である。
大学入学と同時に男しかいないサークルへと入り、その美貌を武器に男を手玉に取っていた。
サークルのメンバーからは毎日のように貢物が送られ、部室にいる間はなに不自由なく過ごしていた。
塔子の美貌はサークル外にも知れ渡り、出待ちする男も多かった。
彼女の噂は留まるところを知らず、県外から彼女を一目見ようと尋ねてくる人間がいたくらいである。
しかし塔子は、自らの美貌に胡坐をかくような人間ではない。
自己の魅力を最大限に引き出すため、常に流行の化粧やファッションを研究している。
美容にも余念がなく、独学ながら心理学も修め、人を惹きつける技術を習得している。
その魅惑的なプロポーションを維持するため、ジム通いもしていた。
常に自分を魅力的に見せる努力を怠らず、そして内面も磨くため、あらゆる芸事もたしなむ。
人々の献身を受けるからには、その価値に見合う人間であるための努力を惜しまない。
それが涼宮塔子という女であった。
そんな彼女には夢があった。
今は『サークルの姫』だが、ゆくゆくは『大学の姫』となり、『日本の姫』となり、そして最終的には『世界の姫』となるのが彼女の目標だった。
そして、いつか来るであろう宇宙人を『おもてなし』することが、彼女の最終目標だった。
誰も知らない、自分の胸に秘めた子供っぽい夢。
彼女は見た目とは裏腹に、宇宙人が大好きなのだ。
だが、転機が訪れたのは一週間前。
自らが所属するサークルに、一つ下の森山リンが入って来たことから、彼女の夢は陰り始める。
リンは、美人であった。
彼女は愛嬌こそあったが、塔子ほどの美貌を持っておらず、『これならば自分の地位を脅かす事は無いだろう』と当初は気にしていなかった。
塔子から見ても可愛い後輩であり、自分の後継者として育てようと思っていたくらいだ。
だがすぐにそれが間違いであったと気づかされる。
リンは持ち前の愛嬌を持って、あっという間に男たちの心を鷲掴みにした。
塔子の世話を甲斐甲斐しく焼いていた男たちは、またたく間に塔子の元を離れリンの世話を焼くようになった。
毎日の貢物もなくなり、常に騒がしかった塔子の周辺は、閑古鳥が鳴くようになった。
彼女のプライドはズタズタだった。
男たちの尻の軽さも塔子は許しがたかったが、リンのことも憎かった。
「他人の物を奪って、平気でいるなんてなんてヤツ!」
もちろんそれが自分の力不足が原因であり、リンには何の咎がない事は分かっていた。
しかし頭では分かっていても、心は納得しない。
塔子は日に日に負の感情が大きくなり、もうこれ以上は抑えきれないとなった時、塔子はある決断をした。
「山籠もりをしよう」
一度俗世から離れ、自らを見つめなおす。
塔子はその必要があると感じたのだ。
そもそも塔子の目標は『世界の姫』。
『サークルの姫』で躓いているようでは、先が思いやられる。
ならばここで一度自分を見つめ直して、改めて『サークルの姫』として君臨しよう。
もし、それでもリンに勝てないようであれば、自分はそれまでの存在。
潔く諦めようと、塔子は心に誓った。
だが今年の山は危険でいっぱいだ。
クマが例年になく活発で、もしかしたら見つめなおすどころではないかもしれない。
鍛えなおすにも命を失っては仕方ないと、むかし石油王から『tiny love(ささやかですが)』と献上されたコテージに行く事にした。
あそこなら静かに自分を見つめなおせると、塔子は思った。
予定が決まってから、塔子の行動は早かった。
サークルのメンバーが心配しないように書置きを残し、マンションの自室に戻って準備に取り掛かる。
滞在予定はまだ決まっていないが、食料は必要だ。
食料の買い出しに行こうとすると、玄関のベルが鳴った。
書置きを見たリンが駆けつけたのだ。
「すいませんでした」
玄関の戸を開けると、リンはすでに土下座していた。
驚いた塔子が目を白黒させていると、リンはポツポツと話し始めた。
「ちょっとだけ、塔子先輩が羨ましかったんです。
人気者で、みんなに頼りにされて……
私も塔子先輩に憧れていたんですけど、それでも悔しくて……
それで男どもを唆したんです。
『少しの間、私を姫扱いするのはどう?
そうしたら塔子先輩が嫉妬して、アナタたちの事見直してくれるかも。
よく言うでしょ、押してダメなら引いてみろ』って。
軽率な事をしたと、反省しています」
それを聞いて、塔子は全てを悟った。
自分の力不足が原因だとは思っていたが、さすがに展開が急だと感じていた。
圧倒的なまでにリンと差があると推測していたのだが、それは他ならぬリンの言葉で否定された。
早合点しすぎたと、塔子は心の中で反省した。
「私、サークルをやめます。
塔子先輩に迷惑をかけてしまいました」
「リンさん、頭を上げて」
「でも……」
「気にしてないわ。
嫉妬していたのは事実だけど、アナタには感謝しているの。
未熟さに気付けたからね」
子供を諭すように、塔子はリンに話しかける。
だがリンは信じられないと言った様子で、塔子に食って掛かる。
「塔子先輩は、なんで平然としていられるんですか?
私、先輩の居場所を奪ったんですよ!」
「宇宙の前にはちっぽけな事よ」
「宇宙?
話が飛躍しすぎてませんか……?」
「その理由を知りたければ、一緒にコテージに行きましょう。
あそこは空気が澄んでいて星が良く見えるの。
満天の星空を見れば、全てがちっぽけに思えるわ」
◇
数十年後、人類史上最大のイベント――宇宙人の地球来訪が実現した。
歴史的大イベントに世界が湧く中、地球代表として彼らを『おもてなし』する大役を担ったのは、二人の女性だった。
一人は涼宮塔子、もう一人は森山リン。
地球を代表する二人の『世界の姫』である。
二人のおもてなしに宇宙人は魅了され、我先にと貢物を送るようになった。
そうして、彼女たちは宇宙史上初の『宇宙の姫』となり、歴史に名を残すのであった、
11/3/2025, 1:27:48 PM