102.『そして、』『光と影』『凍える朝』
寒気を感じて目が覚めた。
時計を見ると、アラームの鳴る10分前。
寝坊助の自分が、時間前に起きれたことを喜ぶべきか、それとも時間まで寝れなかったことを嘆くべきか……
ともかく、電気毛布の出番が来た事だけは分かった。
カーテンを開けると、太陽が頭だけを出しており、光と影が混ざり合っている暁時。
数日前まではこの時間なら日は昇っていたのに、最近の太陽は重役出勤である。
それにしても、今日は随分と寒いものだ。
この前まで気持ちのよく起きられたのに、いつから凍える朝になってしまったのだろう?
『秋だ、秋だ』と思っていたのに、もう冬の気配。
過ごしやすい時期は、あっという間だった。
冬の気配は、俺にある一大イベントを意識させる。
それはクリスマス。
一年で最も悩ましい一日だ。
クリスマスは、いい歳した大人にとってただの平日。
さすがに浮かれるような年頃じゃないのだが、指折りで待ちわびる息子を見れば、どうしても意識せざるを得ない。
8歳になる息子は、サンタにもらうプレゼントを真剣に考えている。
そんな息子を見て微笑ましく思うけど、同時に複雑な気分になる。
自分にとって、クリスマスはいい思い出ばかりじゃないからだ。
俺は6歳の時、サンタの正体に気づいた。
夜中、トイレに行こうとしてプレゼントを運ぶオヤジにバッタリ会うとは、誰が予想できようか?
あの時の事はハッキリ覚えている。
信じられなさ過ぎて、思わず三度見してしまった。
子供ながらにショックを受けたが、幼い俺はある可能性に気づいた。
『サンタの正体を知ったら、プレゼントをもらえなくなるのでは?』という可能性に……
そう思った俺は、一計を案じた。
「もしかしてさっきサンタさんに会った?」
咄嗟に『父がサンタからプレゼントを預かったと思い込んだフリ』をして、その場を乗り切ろうとしたのである。
それを聞いたオヤジは、これ幸いと「ああ、会ってプレゼントを預かったよ」と話を合わせた。
その甲斐あって、翌年以降も何事も無かったようにプレゼントをもらうことが出来た。
そして、それとなく欲しいプレゼントを伝えるという手段にも出た。
当時の両親にはバレバレだったと思うが、何も言わず付き合ってくれた。
多少打算があったとはいえ、ある意味でサンタを信じているのだ。
両親は夢を壊すまいと思っていたに違いない。
毎年欲しい物をくれた。
だからこそ、あの時は本当に驚いた。
中学入学の年のクリスマスの日、そろそろプレゼントを断ろうかと考えていた頃、家族会議が開かれた。
親父が『本物の』サンタであり、我が家は代々サンタ稼業をやっていると打ち明けたのである。
当然冗談だと思ったのだが、研修と称して空飛ぶソリに乗せられた時は、もう信じるしかなかった。
それ以来、助手として子供たちにプレゼントを配り、今では家業を継いでサンタをしている。
今日、アラームをセットして朝早く起きたのも、サンタとしての下準備があるから。
街を回って、子供たちの欲しい物をリサーチするのだ。
朝ご飯を食べながら英気を養っていると、目をこすりながら息子がやって来た。
「お父さん、お仕事に行くの?」
「そうだね」
「もしかしてさ、サンタさんに会いに行く?
欲しいもの伝えておいてよ」
思わず苦笑する。
実は自分も、息子が7歳の時にサンタである事がバレた。
トイレに出た息子とバッタリである。
これでは親父を笑えない。
そしてあの頃の俺と同じように、欲しい物を伝える。
どこにもいないサンタにではなく、プレゼントを買って来る父親に。
こういう時、息子は自分にそっくりだと再認識する。
「何が欲しいんだ?」
「ポケモン。
新しいのが出たんだよ」
そう言うと、息子はにんまりと笑った。
きっと息子は、自分の事を『偽物』のサンタだと思っていることだろう。
それでもいい。
自分は子供の頃、サンタを信じてなかった。
でも不幸だったわけじゃない。
両親が暖かく見守ってくれたおかげで、俺は夢を見ることが出来た。
プレゼントをくれるサンタクロースはいなかったけど、サンタクロースのフリをしてプレゼントをくれる両親はいた。
知らなかっただけで、サンタはずっといたのだ。
そのことが、今の俺にはとても嬉しい。
今度は俺の番。
両親が俺に夢を見させてくれたように、今度は俺が息子に夢を見せる。
演じて見せようじゃないか。
息子の信じる『偽物の』サンタを!
「分かった、伝えておくよ」
「絶対だよ!」
うまくいったと、ほくそ笑む息子。
この調子なら、まだ夢を見せてあげられそうだ。
11/6/2025, 1:33:02 PM