100.『秘密の箱』『揺れる羽根』『終わらない問い』
「にゃ~ん」
「だめよ、パンドラ。
これはオモチャじゃないの」
私の足元を、飼い猫のパンドラがまとわりつく。
どうやら私が抱えている箱が気になるようだが、これは彼女が考えているようなものではない。
職場の上司に押し付けられたもので、面白いものなど入っているはずがない。
ただ『箱を開けないように』と厳命された、秘密の箱なのだ。
けれど私は箱の中身を知らない。
ただ『開けてはいけない』と言うだけで、中身については一切教えてくれない。
どうせ碌な物は入っていないに違いないが、預けるなら中身について教えるのが最低限の礼儀。
社会人として常識を疑う。
箱の角に足の小指をぶつけて死ねばいいのに。
それはともかく、預かった以上はこの箱を大事に保管しないといけない。
だからイタズラされないように箱を見えない所にすぐさま隠したいのだが、パンドラは私から離れようとせず、獲物を狙うかのようにじっと箱を見つめている。
隙をみてイタズラするつもりなのだ。
私は箱を隠す時間を稼ごうと、周囲に使えるものが無いかと辺りを見渡す。
その時、あるものが目に入った。
「ほら、パンドラ。
あなたの好きな、羽根のオモチャよ」
パンドラは、羽根のオモチャに目がない。
揺れる羽根が狩猟本能を刺激するのか、いつもへとへとになって動けなくなるまで遊ぶ。
こうなったらしめたもの。
パンドラが疲れて休んでいる間に、分からない所へ隠すのだ。
「ニャッ」
「ああっ!!」
だがパンドラは羽根のオモチャを無視し、私の横を駆け抜けて箱に飛びつく。
慌てて振り返るがもう遅い。
箱は勢いそのままに壁際まで転がって行き、フタが外れてしまった。
フタが開いてしまったが最後、箱の中にあったものが飛び出してくる。
疫病、犯罪、悲しみ、不幸……
人類を苦しめる厄災が、次々と飛び出して――
「ニャ! ニャ! ニャ! ニャ!」
――飛び出す端から、パンドラに叩き落されていく。
なんて精度の猫パンチ!
パンドラ、成長したわね……
と、感傷に浸っていると、パンドラの姿が見えないことに気づいた。
辺りを見渡してもどこにもいない。
隠れそうな場所に目配せするも、どこにも気配がない。
おかしいと思いつつ、正面を向くとフタの開いた箱が目に入る。
「もしや……」
ある予感が頭をよぎる。
叩き落された厄災に触れないように近づいて、箱を覗き込んでみてみると……
「いた!」
箱の中でスヤスヤと、パンドラは丸くなって寝ていた。
こちらの気も知らず、スヤスヤと寝息を立てている。
どんなに高価なオモチャも、人類を苦しめる厄災も、パンドラにとってはただの箱の方が魅力的。
イタズラではなく『箱で寝る事』が目的という事実に、どっと疲れが押し寄せる。
「なんで猫は、オモチャよりも箱が好きなのかしら……」
これまで何度も繰り返した、終わらない問い。
なにゆえ、猫は価値のない物をありがたがるのか?
「ま、いっか。
可愛いし」
私はすぐさま頭を切り替えて、パンドラを眺める。
パンドラの愛らしいを見るだけで、先ほどまでの鬱々とした気分を吹き飛され、私は幸せな気持ちで満たされる。
さすがにパンドラ。
いるだけで幸せを振りまく存在、まさに幸運の女神……!
「厄災を防ぐことが出来るのも納得の可愛さだわ!
猫は悪いものを退ける力があるのかしら……?」
もしそうなら同僚たちに、猫飼いをお勧めしないといけない。
少し手間がかかるが、飼うだけで幸せになるのだ。
「でもムカつく上司には黙っておこう」
アイツには、足の小指をぶつけてもらわないといけないしな。
こうしてパンドラの活躍を伝えたことで、同僚たちは猫を飼うようになった。
そして猫は『厄災を払い、幸せを運ぶ』神聖な生き物として、後世まで大切に扱われるようになったのだった。
🐈
「この昔話を聞いて、皆も分かったね。
わが家でも猫を買うべき理由が!
猫を飼えば、家内安全、商売繁盛、無病息災と、ご利益が目白押し!
さらには、物価高騰対策に繋がると間違いがない。
さあ、私がそこで拾ったこの子猫を家族に迎えるのよ!
異論は許さな……
ハ、ハ、ハ、ハクショーーーン!!!」
「余りあるご利益でも、猫アレルギーの前には無力か」
10/30/2025, 9:47:58 PM