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10/6/2025, 10:33:36 AM

92.『旅は続く』『秋の訪れ』『遠い足音』



「1年ぶりだな!
 よく来てくれた!」
 日差しが翳りはじめ、夜の訪れが早くなった9月下旬、往年の友人が訪ねてきた。

「残暑がきつくて参ってたんだ。
 君が来て涼しくなって助かったよ」
 友人は名前は『秋』。
 あらゆる生き物に心地よい空気をもたらし、実りの訪れを告げる涼やかな季節。
 それが『秋』だ。

「去年も聞いたな、その言葉」
「そうなんだよ、どんどん暑くなっていてな。
 だから来てくれて、本当に助かったよ」
 俺は感謝を述べながら『秋』の肩を軽く叩いた。

「ちょっと上がっていけよ。
 ちょうど晩御飯作っていたところなんだ。
 一緒に食おうぜ」
 家に入るように促すと、秋は困ったように微笑んだ。

「厚意はありがたいけど、すぐ出ないといけないんだ。
 他の所にも行かないと」
「ああ、皆に『秋』が来たことを知らせないといけないもんな。
 でも茶くらいは飲む余裕があるだろ?
 そろそろお前が来ると思って、いいお茶を用意したんだよ」
「そこまで言うなら」

 そう言って、『秋』は家の中へと入っていく。
 そんな『秋』を見ながら、心の中でガッツポーズをしていた。

 『秋』は人気者だ。
 暑くもなく寒くもなく、とても過ごしやすい季節。
 一日でも長くなって欲しいと、誰もが引き留めたがる。
 だから俺も、少しでも長くいてもらうために策を弄した。
 冬の到来を一日でも遅らせ、心地よい季節を少しでも長引かせるためだ。

 けれど秋を無理矢理一つの場所に留める事は出来ない。
 なぜなら『秋』には、誰にも代えられない重大な使命があるからだ。

 秋は収穫の季節だ。
 自然界に『秋の訪れ』を知らせることで、生き物に恵みを与えるのだ。
 そして冬が近い事も知らせて、冬支度を促す。
 それは秋の使命なのだ。

 俺は『秋』に、高級な玉露茶を差し出す。
 『秋』を労いたいという気持ちと、一秒でも長くいて欲しいという複雑な思いを抱えている事を悟られないよう、俺は努めて明るい笑顔を続けた。

「今年はいつまでいるんだ?」
「2ヶ月くらいだね」
「なんだよ、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そうもいかないんだ。
 冬が待ちぼうけを食らってしまう」
「待たせときなよ。
 全部夏のせいにしてさ」
 ははは、と俺たちは笑い合う。

「ん、うまかったよ」
 もう飲んでしまったのか、『秋』は湯呑を手渡してきた。
「そんなに急がなくてもいいだろ」
「うん、待っている物がたくさんいるからね。
 早くいってあげないと」
「大変だな」

 俺は『行くな』と言う言葉を飲み込んだ。
 『秋』にはずっといて欲しい。
 だがこれ以上『秋』を引き留めるわけにはいかない。

 『秋の訪れ』を伝えるという、彼の旅はまだまだ続く。
 俺だけのワガママで引き留めていい相手じゃない。 
 悪魔がささやくのに耐えながら、玄関のドアを開けた。

「じゃあな」
「ああ、また来年会おう」
 そう言って『秋』は歩き出し、やがて闇に消えた。

「行っちゃったか……」
 振り向くこともなく去っていく『秋』の背中に思う所がないではない。
 『秋』にはたくさんの友人がいて、俺はその一人……
 だからこそ、名残惜しそうな素振りを見せない彼に、一抹の寂しさを覚えたのだった。

 寂しさを感じつつ、俺は部屋のエアコンのスイッチを切った。
 秋が来た以上、もう冷房は必要ない。
 エアコンが無くても快適なのが秋なのだ。
 もちろんすぐに冬将軍の遠い足音が近づき始め、暖房の用意に追われるのだが……

「あれ?」
 『秋』が使った湯呑を洗おうとしたところ、その中に何かが入っていた。
 不思議に思いつつ取り出してみると、それは松茸を模した小さな飾りのストラップだった。

「なんだよ、アイツ。
 素直じゃないなあ」
 目の前にストラップをぶら下げつつ、去年松茸の話をしたことを思い出す。
 『死ぬまでに飽きるまで食いたい』という、どうでもいい話を覚えていたらしい。
 大切な使命の合間にも、一年も前の雑談を覚えていてくれたことに、喜びとむず痒さを感じた。

「けど食えるもん寄越せよ。
 なんだよ、ストラップって」
 さっきまで感じていた寂しさはどこにもなかった。
 俺は友情の証をポケットに入れて、部屋の窓を開ける。
 吹き込んでくる秋の夜風に身を震わせ、冬将軍の気配を感じるのであった。

10/4/2025, 2:07:00 PM

91.『涙の理由』『永遠なんて、ないけれど』『モノクロ』


 俺には同居中の恋人、カレンがいる。
 結婚も考えていて、婚約指輪も用意した。
 あとはプロポーズを残すのみだったが、俺たちの未来に暗雲が立ち込めていた。
 最近、カレンの様子がおかしいのである。

 話しかけても素っ気ないし、デート中もずっとボーっとしている。
 心配して声をかけると、『季節外れの花粉症だよ』とはぐらかされる。
 だが俺は信じていない。
 絶対に何かがあったのだ!

 また、ある時には泣いていたことすらあった。
 暗い部屋で涙を流すカレン……
 目じりに涙をためながら、嗚咽だけならまだ分かる。
 しかし、そこにいない誰かに微笑みかける様子を見て、俺は思わず腰を抜かした。
 カレンに一体何が見えているのか!?
 恐ろしくて理由を聞くことが出来なかった。
 一度だけなら『そんな気分の時もある』と無理矢理納得できるが、何度も見てしまえばそうもいかない。

 悪霊に憑りつかれたのではと思い、知り合いの霊媒師に物陰からカレンを見てもらった。
 「問題ない」とお墨付きをもらって安心したものの、まだ油断はできない。
 悪霊ではないだけで、まだ何も解決していないのだ。

 それならば何が原因なんだろう?
 恋人、秘密、嘘、涙……
 これらから導き出される結論は……


 ……浮気?
 そんな馬鹿な!

 彼女は誠実な女性だ。
 もしも他に好きな人が出来たなら、きっと自分に打ち明けてくれるだろう。
 ……それこそ泣きながら、言って、くれて……
 うう、考えていると辛くなってきた。

 ともかく!
 カレンが浮気していると言うのは絶対にない。
 そのくらいには、俺は彼女を信じている。

 けれど彼女は何も話してくれない。
 俺を信じていないわけじゃないだろうが、なにか理由でもあるのだろうか……
 何も思い当たらないが、もし彼女が困っているならば、力になりたいと思う。
 俺にとってカレンは救いの女神だ。

 カレンと出逢った頃、俺は人生に絶望していた。
 友人に裏切られ、家族からも裏切られ、死ぬことも考えていた俺が、再び人を信じることが出来るようになったのは彼女のおかげだ。
 彼女と出会った事で、モノクロで面白みのない俺の世界は、彼女によって鮮やかに色づいた。
 彼女は大切な恋人であると同時に恩人なのだ。
 俺は人生のすべてをかけて、恩を返さないといけない。

 でもどうすればいいだろう……
 原因が分からない以上、どうやって助けていいか分からない。
 かといって無理矢理聞き出すのも違う。
 何も知らない俺に、いったい何ができるだろうかと考え抜いて、あることを思いついた
 ――プロポーズだ。

 今の俺に話せない事でも、家族になった俺になら話してくれるかもしれない。
 たとえ悩みを打ち明けてくれなくても、一緒にいるだけで力になれる。
 そばにいるだけで心強い。
 家族って、そういうものだ。

 ポケットの中から小さな箱を取り出す。
 中身はもちろん婚約指輪。
 これを受け取ってくれるのだろうか。
 もしかしたら本当に浮気で、プロポーズを断られるかもしれない。

 けれど、今動かなければ何も変わらない!
 俺は大きく深呼吸して、カレンに呼びかける。

「カレン、少しいいかな?」
 テレビを見ていたカレンは、肩をびくりと震わせてこちらを見る。
 オドオドと挙動不審な様子で明らかに何かを隠しているが、とりあえず見なかったことにする。

「永遠なんて、ないけれど……」
 カレンの前に、小箱を差し出す。

「それでもずっと、そばにいて欲しい」
 そして箱を開けて指輪を見せる。

「どうかな?」
 そう言うと、カレンは声をあげて泣き始めた。
 断られると思ったが、カレンは俺に微笑みながら言った。

「嬉しい」
 カレンはプロポーズを受け入れてくれた。
 ずっと前から聞きたかった答え。
 だが俺はカレンの言葉を聞きながら、別の事を考えていた。

 『このシチュエーション、どこかで見たことがある』と……
 頭をフル回転させ、思い当たる事を探す。
 そして目尻に涙をためながら、俺に微笑むカレンを見て気づいた。

「暗い部屋で泣いていたアレ、このためか!」
 それを聞いたカレンは、気まずそうな顔をしてポツリ。
「……洗濯は私の担当なのに、ズボンの中に指輪を入れている方が悪い」
 サプライズのつもりが、どうやら気づかれてしまっていたらしい。
 そしてカレンは嘘をつくのが苦手だ。
 だから渡された時、初めて知ったフリをするために泣く練習していたというのが真相のようだ。

 まさか涙の理由が俺だったとは。
 恋人を、いや、家族を泣かせるなんて、幸先悪い事この上ない。
 俺が少なくないショックを受けていると、カレンは満面の笑みで言った。

「やっぱり隠し事はバレるね。
 結婚してからも、秘密は無しでいこう」
「そうだな」
 俺が同意すると、カレンは鬼の形相で、俺を睨んだ。

「で、婚約指輪いくらだった?
 生活苦しいから『節約しようね』って話し合ったばかりだよね?
 さあ、言い訳を聞こうか」
 今度は俺が泣かされる番のようだ。

9/30/2025, 1:29:02 PM

90.『時計の針が重なって』『パラレルワールド』『コーヒーが冷めないうちに』


「シンデレラ、日付が変わる前に戻ってくるんだよ。
 零時の鐘が鳴り終わると、魔法が解けてしまうからね」

 魔女に魔法をかけられて、舞踏会に出たシンデレラ。
 そこで、王子様と運命の出会いを果たします。

 二人は時を忘れて踊りますが、楽しい時間はすぐに過ぎ去るもの。
 気づけばもうすぐ日付が変わる時間です。
 時計の針が重なってしまうと、魔法が解けてみすぼらしい格好になってしまいます。
 愛する王子様に、そんな格好を見せるわけにはいきません。

「ごめんなさい」
 王子様の手を振り払い、シンデレラは舞踏会から逃げるように離れます。
 もちろん王子様は追いかけますが、すぐに見失ってしまいました。
 しかし王子様は諦めずに周囲を探し、そこでガラスの靴を見つけて――しまうこともなく、気落ちしたままお城へと戻るのでした。

 そう、これはパラレルワールド。
 シンデレラが、ガラスの靴を忘れていかなかった世界線のお話です。

 この世界のシンデレラがどうなったのか?
 お聞かせしましょう。


 ◇

 1週間後、シンデレラは家でいじけていました。
 あの日、愛を囁きあった王子様。
 シンデレラは、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれると信じて疑いませんでした。
 しかし王子様は一向に迎えに来る気配すら無いのです。
 シンデレラは日に日に不安に苛まれていました。

 あの時囁いてくれた愛の言葉は、口から出まかせだったのでしょうか?
 情熱的に抱きしめてくれたのは、女なら誰でも良かったからでしょうか?
 シンデレラは、王子様の軽薄さに怒りを覚え始め、やがて男性不信になりそうでした。
 そうして一日中ため息ばかりをついていましたが、これに困ったのはシンデレラの家族です。

 シンデレラの家族は、家の仕事をシンデレラに押し付けていました。
 それは連れ子という立場の弱さを利用したいじめでしたが、押し付けることで楽をしていたのです。
 ところが最近のシンデレラが全く家事をしません。
 ため息をついて、遠い目をするばかり。
 話しかけても上の空の返事ばかりで、全く動きません。

 このことに、シンデレラの家族は危機感を覚えました。
 シンデレラが料理をしないので、硬くなった古いパンしか食べていません。
 洗濯をしないので、服がほんのり臭ってきます。 
 家の中はゴミだらけで、家の中に蜘蛛が巣を張る有様。
 もう限界でした。

 そして音頭を取り家事をすることにしました。
 家政婦を雇う案も出たのですが、その前に料理をすることにしました。
 このままでは餓死するからです。

 しかし、料理は困難を極めました。
 普段はシンデレラに押し付けているため、何をどうすればいいか、誰も分かりません……
 食材をどこに置いているのかも不明で、火の付けることすら難儀しました。
 家族は愕然としました。

 試行錯誤を経て、ようやくゆで卵が一つ出来た頃、家族はシンデレラの偉大さに気付き始めました。
「あの子は、こんな大変な事を毎日やって……」
「私たちの生活は、あの子の頑張りに支えられていたのね……」
「こんなに大変な事を押し付けていたなんて…… 
 私たちは最低だわ」
 家族はシンデレラの重要性を認識し、彼女に謝罪することにしました。

 ですが、今のシンデレラは上の空。
 謝罪をしても、シンデレラの心に届くか分かりません。

 家族は話し合った末に、まずシンデレラの悩みを解決することにしました。
 継母は、不慣れながらも一生懸命に淹れたコーヒーを、シンデレラの前に置きます。
「コーヒーが冷めないうちに飲みなさい」
 そう言いながら、継母はシンデレラの隣に座ります。
「何か悩んでいるようね。
 相談に乗るわよ」
 この言葉に、シンデレラは驚きました。

 いつもは、なにかと理由を付けて苛めてくる家族たち。
 良心の欠片もないと思っていた人たちが、今優しくシンデレラに声をかけているのです。
 何か裏があるのかと勘繰りましたが、継母の目を見て考えを改めます。
 その目は、いつもの悪意に満ちた目ではなく、心からの優しさに満ちた目だったからです。

 シンデレラは家族を疑ったことを恥じました。
 今まで意地悪ばかりの家族でしたが、今の彼女たちに邪心を感じません。
 シンデレラは、もう一度家族を信じようと思いました。
 
 シンデレラは舞踏会の事を打ち明け、王子様への熱い想いも語りました。
 誰もがシンデレラが舞踏会に行っていたことに驚きを隠せませんでしたが、『シンデレラはいい子だから、どこかの親切な魔法使いが助けたに違いないわ』と納得しました。

 話を全て聞いた家族は、シンデレラの力になりたいと思いました。
 ですが相手は一国の王子、軽々しく会うことは出来ません
 どうしたものかと悩んでいたとき、家の前が騒がしくなりました。

「ここにシンデレラはいるか!」
 それは王子様でした。
 王子様は、何の手掛かりもない状態から、一つ一つ情報を集めここまで来たのです。
 それはまさに愛の力でした。

 家族は胸を撫でおろしました。
 これでシンデレラが幸せになるからです。

 しかし彼女たちの胸に別の感情も湧き上がりました。
 『このまま王子様と結婚すれば、二度とシンデレラに会えなくなるのでは?』と……
 ようやくシンデレラを家族として認めることが出来たのに、すぐに別れることは出来ません。
 継母が無礼を承知で前に出ます。

「待ってください、シンデレラは私たちの宝物です。
 たとえ、王子様であろうと渡すわけにはいきません」
「なんだと!?
 しかし私たちは愛し合っている。
 誰にも邪魔させはしない!」
「分かっています。
 私たちもシンデレラの幸せを願っています。
 そこで、私たちから一つお願いがあるのですが……」

 ◇

「シンデレラ、向こうの掃除が終わってないわよ」
「ごめんなさい、お義母さま。
 すぐ行きます」

 シンデレラは、パタパタと継母のもとへと駆け寄ります。
 それを見た継母は、優しく微笑みました。
 
「そんなに急がなくてもいいのよ」
「早くお義母さまのところに行きたくて」
「あらあら可愛いことを言うわね。
 じゃあ、力を合わせて頑固な汚れを落としに行きましょうか」
 継母はシンデレラの手をとり歩きます。
 その様子は、どこから見ても仲の良い親子のようでした。

 その様子を微笑ましく見ている人物がいました。
 王子様です。
 二人が仲良く歩いている後ろを、王子様は静かに見守りながら歩いて行きました。

 なぜ王子様がいるのでしょうか?
 それはシンデレラを探しに王子様が家にやって来た日に遡ります。
 その日、継母は王子様にある提案をしました。

『私たちは家族です。
 ずっと一緒です。
 シンデレラを連れて行くと言うなら、私たちも付いて行きます』
 かつては煌びやかな生活を望んだ継母たち、今はシンデレラと一緒にいたい一心で提案しました。
 王子様は家族思いの心に打たれ、継母の提案を了承。
 こうしてシンデレラとその家族は、王宮近くの家を用意してもらい、そこに住むことになったのでした。
 そしてシンデレラたちは「住む場所くらいは自分で整える」と申し出て、家族総出で掃除をしていたのでした。

 そして一段落がついたころ、シンデレラたちはようやく王子様がいることに気づきました。
「申し訳ありません。
 王子様がいらっしゃるのに、おもてなしもせず……」
「かまわんよ、連絡もせずに来たのだから仕方ない」
「そうはいきません。
 王族をぞんざいに扱う訳にはいきません」
「うーむ、本当に気にしていないのだが……」
 継母と王子様の間に、微妙な空気が流れます。
 それを察したシンデレラは、悪戯っぽい笑みを浮かべてふざけた調子で言いました。

「王子様も一緒に掃除しませんか?
 偶然にもここにもう一つタワシがありますよ?」
 タワシを見た王子様は、苦笑しながら言いました。

「やめておこう。
 親子水入らずの時間を邪魔する趣味は無いよ」

 こうしてシンデレラは、王子様と家族と一緒に、いつもでも幸せに暮らしましたとさ。

9/28/2025, 12:50:16 AM

89.『虹の架け橋🌈』『cloudy』『僕と一緒に』


『この先、虹の架け橋🌈
 土産あり〼』

 ポップなフォントで書かれている看板を見て、俺は深くため息を吐いた。
 観光客向けに書かれているであろう看板は、一目見ただけで自治体の浮かれ具合がよく分かる。
 観光資源の無い田舎では、この『虹の架け橋』は、きっと救いの神に見えるだろう。
 だが事情を知っている者にとって、かなり頭の痛い事態であった……



 この『虹の架け橋』は、1週間前に現れた消えない虹の事である。
 雨上がりに現れたそれは、当初は何の変哲もない虹として受け止められたものの、虹がいつまで経っても消えないので話題になった。
 この異常事態に、現地民がSNSに写真をあげ始めるものの、AIが疑われ大炎上。
 真実派とAI派でレスバ合戦が始まり、SNSは大騒ぎになる。
 あまりにも見苦しい騒動だったので詳細は避けるが、近年稀に見る大混乱であった。
 そしてテレビでも特集が組まれ、日本中が知るところになった。

 結果、多くの人がこの土地を訪れた。
 ある者は好奇心から、ある者は真偽を確かめるために、ある者はビジネスチャンスを感じて……
 まさに百年に一度の観光バブルであった。

 だが、何事にも理由がある。
 残念ながら、これは幻想的な虹などではない。
 迷惑な宇宙人が残した、とんでもない置き土産なのである……



 近年、宇宙人の間で地球観光が流行っていた。
 『地球人に気づかれないように』という制限が課せられるものの、多くの宇宙人がこぞってやってきた。
 というのも、宇宙人にとって地球は刺激的な星であり、見る物全てが新鮮だったのだ。
 自分の故郷では見られない、自然現象の数々。
 太陽の動き、雲の流れ、降雨、月の変化、海の満ち引き、雨上がりの虹……
 地球にあるもの全てに心を動かされる宇宙人が多数現れ、すぐに地球はパワースポットとして人気を集めるようになったのである。
 しかし、多くの観光客が訪れるという事は、自然とトラブルも起きやすくなるのは世の常である。

 あるマナーの悪い宇宙人は思った。
 『ここに自分が来た証拠を残そう。
 せっかくだから、でっかい物を残しておこう』
 かくして落書きするかのようなノリで、消えない虹が現れたのである。

 これには、地球への旅行を管理する『銀河旅行連盟』が大慌て。
 このままでは、地球人に宇宙人の存在がバレかねない。
 連盟は早急に事態の収拾を図る必要に迫られた。
 そこで、解決のために連盟の本部から俺が派遣された、という訳である。

 とはいえ、地球はまだまだ知られていない事が多い。
 予期せぬ事故を避けるため、現地に詳しい調査員とバディを組むことになったのだが……
 
「君が僕と一緒に調べる相手かい?」
 現地調査員は少年だった。
 陽の光を浴びてキラキラ輝く金髪、大空を思わせる青い目。
 ともすれば女の子と見間違えそうな中性的な美貌。
 そしてこの世の悪を何一つ知らないかのような、あどけない表情。
 この世の物とは思えない程美しい少年であった。

「あんたが本部が言ってた助っ人か?」
「そうだよ。
 『Cloudy』って呼んでね」
「『Cloudy』?」
「地球の言葉で『曇り』って意味さ」

 そこで俺は悟った。
 この『Cloudy』とかいう少年、どうやら地球の文化にドはまりしたらしい。
 地球の言葉にちなんだ名前を呼べとは、正直引いた。
 『Cloudy』の姿も、地球の資料で見た覚えがあるので、多分全身整形したのだろう。
 俺にとっては狂気以外の何物でもないが、あるいはそうでもなければ、辺境の惑星で調査員など出来ないのかもしれない。
 何事も適材適所だな、と俺は納得した。

「行くぞ、『Cloudy』。
 すぐに仕事に取り掛かるぞ。
 地球人の影響が計り知れんからな」 
「ああ、いいとも。
 ところで、原因は分かったのかい?」
「ああ、アレを引き起こした奴はすでに捕まえている。
 尋問で吐かせた情報によると、巨大なプロジェクターらしい。
 バッテリーで動く安物だってさ」
「安物てことは、数日で消えるのかい?」
「馬鹿を言え!
 あの程度のプロジェクターなら、どんなに安物でも1万年は動くぞ。
 それくらい知ってるだろ?」
「そんなに怒るなよ。
 確認しただけじゃないか」

 『Cloudy』は困った顔で肩をすくめた。
 なんとなくムカついたので抗議しようと思ったが、その前に『Cloudy』が口を開く。

「てことは、消えるのを待つことは出来ないね」
「いいや、そこら辺が安物たる所以でな。
 天気が曇りになると、勝手に電源がオフになる欠陥品だ」
「……なんで曇り?」
「なんか気圧がどうとか言ってたぞ。
 メーカーがリコールで回収したんだが、どうやらまだ残っていたらしい」
「はあ、最近のテクノロジーは分からん」
 そう言って『Cloudy』は、ため息をついた。
 まるで年寄りのような事を言うやつだと思った。

「なんだ、思ってたより早く終わりそうだね」
「馬鹿を言うな!
 地球人があんなに大勢いたら、落ち着いて装置を探すことが出来ないだろ。
 まずは虹を消して、人払いをしてから捜索をするんだよ。
 天候を変えるための装置は明日届くから、今日は設置場所の選定をだな……」
「そんなに待ってられないなあ」
「だからといって、他にすることもないぞ」
「まあ、僕に任せなよ」
 『Cloudy』がそう言いながら、右手を天高く上げた。
 その手の先には雲一つない青空が広がっていた

「なんだ曇りに出来るのか?」
 俺は冗談めかすように言った。
 しかし少年は怒るふうでもなく、ニヤリと笑うだけだった。
 その表情を不審に思い、もう一度聞こうとした瞬間、空の向こうから雲が流れてくるのが見えた。
 そして冷たい風が吹いたかと思うと、見る見るうちに曇り空になり、やがて虹は消えてしまった。

 目の前で起こったことが信じられなかった。
 天候を操るというのは、並大抵のことでは出来ない。
 巨大な設備、多くのエネルギー、そして人員。
 たくさんの手間をかけて、初めて天候を変えることが出来る。
 にもかかわらず、目の前の少年はやってのけた。
 特別な設備もなく、その小さな体で……

「お前、いったい何者……」
 そう聞こうとした時、通信機から着信音が聞こえた。

「はい、もしも――」
『おい、お前、どこにいる!?
 調査員から、いつまで経っても来ないと連絡があったぞ』
「何を言ってる?
 調査員ならそこに……」
 そう言いながら『Cloudy』に目線を向けると、彼はいなかった。
 驚いて周囲を見るが、どこにもいない。
 忽然と姿を消してしまった。

『とにかく、調査員がそっちに向かってる。
 運よく虹は消えてるから、手分けして探せ。
 いいな!』
 そう言うと、通信は切れてしまった。

「なんだったんだ……」
 俺は今もなお信じられない気持ちでいた。
 目の前で起こった不思議な出来事。
 こんなものを報告しても、きっと信じてもらえないに違いない。
 理解の範疇を越えて、なにも分からなかった。
 なにもかも投げ出して叫び出したかったが、それを一抹の理性が引きとめる。

「と、とりあえず出来る事からしよう!
 まずは合流だな――ん?」
 足を踏み出そうとして、目の前に小さな祠があることに気づいた。
 地元の人たちに大切にされているのか、隅々まで手入れが行き届いていた。

「これは……
 たしかカミサマを祀る箱だったか……?」
 カミサマ――自然を超越する存在。
 時に豊作を約束して人々を慈しみ、時に嵐を呼んで制裁を与えると言う。
 地球人の守護者ともいえる存在である。

 だが地球人は、カミサマを信じていない。
 我々の調査でも、カミサマはおとぎ話の中にしか存在せず、ただの空想だと結論つけた。

 だが先刻の『Cloudy』の事が思い出される。
 身一つで天候をあやつる能力、あれはまるで……

「はは、まさかね」
 カミサマなんて、非論理的。
 存在するわけがない。

「多分、天気予報が間違っていて、気圧の関係で幻覚でも見たんだよ、きっと」
 俺は視線を背中に感じながら、逃げるように合流地点に向かうのであった。

9/25/2025, 10:40:56 AM

88.『もしも世界が終わるなら』『秋色』『既読がつかないメッセージ』


 いつまでも既読がつかないメッセージを見て、思わず舌打ちする。
 友人のカヨコにメッセージを送って30分、何も反応がない。
 全く来る気配の無い友人に、私はイライラしていた……

 カヨコは遅刻の常習犯だ。
 一度も時間通りに来たことがない。
 今年のクラス替えで出会った頃はその事を知らず、ちょくちょく待ち合わせをしていたのだが、その度に待ちぼうけを食らわされていた……
 一か月経つ頃にはさすがにヤバさを感じ始め、最近はまったく約束をしていない。
 どうせ守れないからだ。

 それでも今回待ち合わせをしたのは、カヨコが必死にお願いをしてきたから。
 私の週末の予定を聞いて、カヨコが『一緒に行きたい』と言ったのが事の始まり。
 最初は断固拒否していたのだけど、カヨコがどうしてもと懇願してくるので、最終的に私が折れた。
 必死さに心を動かされ、約束をしたけれどご覧の通り。
 絶対大丈夫と言ったくせに、結局来れてない。
 あいつ、いつか絶対殺してやる。

 私は怒りが込み上げてくるのを堪えながら、スマホから視線を上げる。
 視界に入って来たのは、秋色に染まった商店街の、その一角。
 秋の味覚フェアの幟が立っている定食屋だ。

 この定食屋では、フェアの期間中、『秋色定食』なるものが食べられる。
 キノコ、カボチャ、クリ、サンマ、新米……
 旬の食材をふんだんに使ったこの定食は、とても美味しいと評判だ。
 評判を聞きつけてやって来たグルメ評論家も『もし世界が終わるなら、最後に食べたい一品』と舌鼓を打つほどの完成度の高さ。
 そして、学生にも優しい値段設定。
 毎年多くの人が訪れ、あっという間に完売する。
 ああ、説明していたら涎が出てきた。

 私も食べたいと思っていたのだが、いかんせん部活が忙しい。
 見計らったかのように大会や試合があり、毎年涙を呑んでいた。
 しかし今年はなにも用事がない。
 私はついに、究極の美食を食べることが出来るのだ!

 けれど私は店の前で足踏みしていた。
 いくらカヨコが遅刻の常習犯であり、そしてクズだからと言って、一人で店に入るわけにはいかない。
 約束は約束、破ってはいけない。

 だがカヨコを待っている間にも、一人また一人とレストランの中へと入っていく。
 ここに来てから、いったい何人の客が店に入ったのだろう……
 さすがに全員が秋色定食を注文したとは思えないが、ここままだと私たちが食べる前に売り切れになってしまう。
 (このままでは売り切れるのでは?)
 私が不安に駆られていると、中から一人の店員が出て来た。

「秋色定食、残り十セットでーす。
 食べたい人はお早めに!」
 残酷な事実を告げる店員。
 そして未だに既読のつかないメッセージ。
 私は選択を迫られていた。

 友を見捨てるべきか……
 それとも秋色定食を諦めるべきか……
 本格的に悩み始めた、まさにその時である。

「あ、来てんじゃん」
 とカヨコの声。

 やっと来たのか!
 怒りを込めて怒鳴りつけようとした時、私はカヨコの姿を見て言葉を失ってしまった。
 カヨコが店の制服を着ていたからだ。

 店員姿のカヨコは、凛々しい雰囲気を漂わせており、とても同一人物だと思わなかった。
 あのアホ面のカヨコが、こうも出来る女に見えるとは。
 これが馬子にも衣裳というやつか……
 勝手に納得していると、カヨコは膨れ面で私を睨む。

「もー、時間厳守って言ったじゃん。
 何してたのさ」
「そ、それは私のセリフよ!
 なんで制服着ているの?」
「言ってなかったっけ?
 この店、私の親が経営しているの。
 私はそのお手伝い」
「聞いてない……」
 そう言いつつ、私は昨日のカヨコの様子を思い出していた。
 自他ともに認める遅刻魔のカヨコが、『絶対遅れない!』と断言する場面を……
 そして私は、ある答えを導き出す。

 つまりあれだ。
 ここは自分の家でもあるから、遅刻しようにも絶対遅刻できないと、そういうことか?
 種を明かせば、なんて単純なロジック。
 私は答えを得て、胸のつかえがとれてすっきりした。


 ……早く言えよ。

「お父さーん、友達来たから休憩するね」
 新たな怒りが湧き始めた私を尻目に、カヨコは店内に向かって叫ぶ。
 そして怒っている私に気づかず、カヨコはにこりと笑った。

「ささ、早く入って。
 私たちの分は確保してあるから。
 それにしても……」
 思わせぶりに私に微笑みかけるカヨコ。

「いっつも遅刻するなって言う癖に、今日は大遅刻だね。
 いよっ、二代目遅刻王!」
「うるせえ」

 どや顔で言うカヨコの頭を、私は容赦なく叩くのだった。

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