G14(3日に一度更新)

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91.『涙の理由』『永遠なんて、ないけれど』『モノクロ』


 俺には同居中の恋人、カレンがいる。
 結婚も考えていて、婚約指輪も用意した。
 あとはプロポーズを残すのみだったが、俺たちの未来に暗雲が立ち込めていた。
 最近、カレンの様子がおかしいのである。

 話しかけても素っ気ないし、デート中もずっとボーっとしている。
 心配して声をかけると、『季節外れの花粉症だよ』とはぐらかされる。
 だが俺は信じていない。
 絶対に何かがあったのだ!

 また、ある時には泣いていたことすらあった。
 暗い部屋で涙を流すカレン……
 目じりに涙をためながら、嗚咽だけならまだ分かる。
 しかし、そこにいない誰かに微笑みかける様子を見て、俺は思わず腰を抜かした。
 カレンに一体何が見えているのか!?
 恐ろしくて理由を聞くことが出来なかった。
 一度だけなら『そんな気分の時もある』と無理矢理納得できるが、何度も見てしまえばそうもいかない。

 悪霊に憑りつかれたのではと思い、知り合いの霊媒師に物陰からカレンを見てもらった。
 「問題ない」とお墨付きをもらって安心したものの、まだ油断はできない。
 悪霊ではないだけで、まだ何も解決していないのだ。

 それならば何が原因なんだろう?
 恋人、秘密、嘘、涙……
 これらから導き出される結論は……


 ……浮気?
 そんな馬鹿な!

 彼女は誠実な女性だ。
 もしも他に好きな人が出来たなら、きっと自分に打ち明けてくれるだろう。
 ……それこそ泣きながら、言って、くれて……
 うう、考えていると辛くなってきた。

 ともかく!
 カレンが浮気していると言うのは絶対にない。
 そのくらいには、俺は彼女を信じている。

 けれど彼女は何も話してくれない。
 俺を信じていないわけじゃないだろうが、なにか理由でもあるのだろうか……
 何も思い当たらないが、もし彼女が困っているならば、力になりたいと思う。
 俺にとってカレンは救いの女神だ。

 カレンと出逢った頃、俺は人生に絶望していた。
 友人に裏切られ、家族からも裏切られ、死ぬことも考えていた俺が、再び人を信じることが出来るようになったのは彼女のおかげだ。
 彼女と出会った事で、モノクロで面白みのない俺の世界は、彼女によって鮮やかに色づいた。
 彼女は大切な恋人であると同時に恩人なのだ。
 俺は人生のすべてをかけて、恩を返さないといけない。

 でもどうすればいいだろう……
 原因が分からない以上、どうやって助けていいか分からない。
 かといって無理矢理聞き出すのも違う。
 何も知らない俺に、いったい何ができるだろうかと考え抜いて、あることを思いついた
 ――プロポーズだ。

 今の俺に話せない事でも、家族になった俺になら話してくれるかもしれない。
 たとえ悩みを打ち明けてくれなくても、一緒にいるだけで力になれる。
 そばにいるだけで心強い。
 家族って、そういうものだ。

 ポケットの中から小さな箱を取り出す。
 中身はもちろん婚約指輪。
 これを受け取ってくれるのだろうか。
 もしかしたら本当に浮気で、プロポーズを断られるかもしれない。

 けれど、今動かなければ何も変わらない!
 俺は大きく深呼吸して、カレンに呼びかける。

「カレン、少しいいかな?」
 テレビを見ていたカレンは、肩をびくりと震わせてこちらを見る。
 オドオドと挙動不審な様子で明らかに何かを隠しているが、とりあえず見なかったことにする。

「永遠なんて、ないけれど……」
 カレンの前に、小箱を差し出す。

「それでもずっと、そばにいて欲しい」
 そして箱を開けて指輪を見せる。

「どうかな?」
 そう言うと、カレンは声をあげて泣き始めた。
 断られると思ったが、カレンは俺に微笑みながら言った。

「嬉しい」
 カレンはプロポーズを受け入れてくれた。
 ずっと前から聞きたかった答え。
 だが俺はカレンの言葉を聞きながら、別の事を考えていた。

 『このシチュエーション、どこかで見たことがある』と……
 頭をフル回転させ、思い当たる事を探す。
 そして目尻に涙をためながら、俺に微笑むカレンを見て気づいた。

「暗い部屋で泣いていたアレ、このためか!」
 それを聞いたカレンは、気まずそうな顔をしてポツリ。
「……洗濯は私の担当なのに、ズボンの中に指輪を入れている方が悪い」
 サプライズのつもりが、どうやら気づかれてしまっていたらしい。
 そしてカレンは嘘をつくのが苦手だ。
 だから渡された時、初めて知ったフリをするために泣く練習していたというのが真相のようだ。

 まさか涙の理由が俺だったとは。
 恋人を、いや、家族を泣かせるなんて、幸先悪い事この上ない。
 俺が少なくないショックを受けていると、カレンは満面の笑みで言った。

「やっぱり隠し事はバレるね。
 結婚してからも、秘密は無しでいこう」
「そうだな」
 俺が同意すると、カレンは鬼の形相で、俺を睨んだ。

「で、婚約指輪いくらだった?
 生活苦しいから『節約しようね』って話し合ったばかりだよね?
 さあ、言い訳を聞こうか」
 今度は俺が泣かされる番のようだ。

10/4/2025, 2:07:00 PM