88.『もしも世界が終わるなら』『秋色』『既読がつかないメッセージ』
いつまでも既読がつかないメッセージを見て、思わず舌打ちする。
友人のカヨコにメッセージを送って30分、何も反応がない。
全く来る気配の無い友人に、私はイライラしていた……
カヨコは遅刻の常習犯だ。
一度も時間通りに来たことがない。
今年のクラス替えで出会った頃はその事を知らず、ちょくちょく待ち合わせをしていたのだが、その度に待ちぼうけを食らわされていた……
一か月経つ頃にはさすがにヤバさを感じ始め、最近はまったく約束をしていない。
どうせ守れないからだ。
それでも今回待ち合わせをしたのは、カヨコが必死にお願いをしてきたから。
私の週末の予定を聞いて、カヨコが『一緒に行きたい』と言ったのが事の始まり。
最初は断固拒否していたのだけど、カヨコがどうしてもと懇願してくるので、最終的に私が折れた。
必死さに心を動かされ、約束をしたけれどご覧の通り。
絶対大丈夫と言ったくせに、結局来れてない。
あいつ、いつか絶対殺してやる。
私は怒りが込み上げてくるのを堪えながら、スマホから視線を上げる。
視界に入って来たのは、秋色に染まった商店街の、その一角。
秋の味覚フェアの幟が立っている定食屋だ。
この定食屋では、フェアの期間中、『秋色定食』なるものが食べられる。
キノコ、カボチャ、クリ、サンマ、新米……
旬の食材をふんだんに使ったこの定食は、とても美味しいと評判だ。
評判を聞きつけてやって来たグルメ評論家も『もし世界が終わるなら、最後に食べたい一品』と舌鼓を打つほどの完成度の高さ。
そして、学生にも優しい値段設定。
毎年多くの人が訪れ、あっという間に完売する。
ああ、説明していたら涎が出てきた。
私も食べたいと思っていたのだが、いかんせん部活が忙しい。
見計らったかのように大会や試合があり、毎年涙を呑んでいた。
しかし今年はなにも用事がない。
私はついに、究極の美食を食べることが出来るのだ!
けれど私は店の前で足踏みしていた。
いくらカヨコが遅刻の常習犯であり、そしてクズだからと言って、一人で店に入るわけにはいかない。
約束は約束、破ってはいけない。
だがカヨコを待っている間にも、一人また一人とレストランの中へと入っていく。
ここに来てから、いったい何人の客が店に入ったのだろう……
さすがに全員が秋色定食を注文したとは思えないが、ここままだと私たちが食べる前に売り切れになってしまう。
(このままでは売り切れるのでは?)
私が不安に駆られていると、中から一人の店員が出て来た。
「秋色定食、残り十セットでーす。
食べたい人はお早めに!」
残酷な事実を告げる店員。
そして未だに既読のつかないメッセージ。
私は選択を迫られていた。
友を見捨てるべきか……
それとも秋色定食を諦めるべきか……
本格的に悩み始めた、まさにその時である。
「あ、来てんじゃん」
とカヨコの声。
やっと来たのか!
怒りを込めて怒鳴りつけようとした時、私はカヨコの姿を見て言葉を失ってしまった。
カヨコが店の制服を着ていたからだ。
店員姿のカヨコは、凛々しい雰囲気を漂わせており、とても同一人物だと思わなかった。
あのアホ面のカヨコが、こうも出来る女に見えるとは。
これが馬子にも衣裳というやつか……
勝手に納得していると、カヨコは膨れ面で私を睨む。
「もー、時間厳守って言ったじゃん。
何してたのさ」
「そ、それは私のセリフよ!
なんで制服着ているの?」
「言ってなかったっけ?
この店、私の親が経営しているの。
私はそのお手伝い」
「聞いてない……」
そう言いつつ、私は昨日のカヨコの様子を思い出していた。
自他ともに認める遅刻魔のカヨコが、『絶対遅れない!』と断言する場面を……
そして私は、ある答えを導き出す。
つまりあれだ。
ここは自分の家でもあるから、遅刻しようにも絶対遅刻できないと、そういうことか?
種を明かせば、なんて単純なロジック。
私は答えを得て、胸のつかえがとれてすっきりした。
……早く言えよ。
「お父さーん、友達来たから休憩するね」
新たな怒りが湧き始めた私を尻目に、カヨコは店内に向かって叫ぶ。
そして怒っている私に気づかず、カヨコはにこりと笑った。
「ささ、早く入って。
私たちの分は確保してあるから。
それにしても……」
思わせぶりに私に微笑みかけるカヨコ。
「いっつも遅刻するなって言う癖に、今日は大遅刻だね。
いよっ、二代目遅刻王!」
「うるせえ」
どや顔で言うカヨコの頭を、私は容赦なく叩くのだった。
9/25/2025, 10:40:56 AM