G14(3日に一度更新)

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92.『旅は続く』『秋の訪れ』『遠い足音』



「1年ぶりだな!
 よく来てくれた!」
 日差しが翳りはじめ、夜の訪れが早くなった9月下旬、往年の友人が訪ねてきた。

「残暑がきつくて参ってたんだ。
 君が来て涼しくなって助かったよ」
 友人は名前は『秋』。
 あらゆる生き物に心地よい空気をもたらし、実りの訪れを告げる涼やかな季節。
 それが『秋』だ。

「去年も聞いたな、その言葉」
「そうなんだよ、どんどん暑くなっていてな。
 だから来てくれて、本当に助かったよ」
 俺は感謝を述べながら『秋』の肩を軽く叩いた。

「ちょっと上がっていけよ。
 ちょうど晩御飯作っていたところなんだ。
 一緒に食おうぜ」
 家に入るように促すと、秋は困ったように微笑んだ。

「厚意はありがたいけど、すぐ出ないといけないんだ。
 他の所にも行かないと」
「ああ、皆に『秋』が来たことを知らせないといけないもんな。
 でも茶くらいは飲む余裕があるだろ?
 そろそろお前が来ると思って、いいお茶を用意したんだよ」
「そこまで言うなら」

 そう言って、『秋』は家の中へと入っていく。
 そんな『秋』を見ながら、心の中でガッツポーズをしていた。

 『秋』は人気者だ。
 暑くもなく寒くもなく、とても過ごしやすい季節。
 一日でも長くなって欲しいと、誰もが引き留めたがる。
 だから俺も、少しでも長くいてもらうために策を弄した。
 冬の到来を一日でも遅らせ、心地よい季節を少しでも長引かせるためだ。

 けれど秋を無理矢理一つの場所に留める事は出来ない。
 なぜなら『秋』には、誰にも代えられない重大な使命があるからだ。

 秋は収穫の季節だ。
 自然界に『秋の訪れ』を知らせることで、生き物に恵みを与えるのだ。
 そして冬が近い事も知らせて、冬支度を促す。
 それは秋の使命なのだ。

 俺は『秋』に、高級な玉露茶を差し出す。
 『秋』を労いたいという気持ちと、一秒でも長くいて欲しいという複雑な思いを抱えている事を悟られないよう、俺は努めて明るい笑顔を続けた。

「今年はいつまでいるんだ?」
「2ヶ月くらいだね」
「なんだよ、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そうもいかないんだ。
 冬が待ちぼうけを食らってしまう」
「待たせときなよ。
 全部夏のせいにしてさ」
 ははは、と俺たちは笑い合う。

「ん、うまかったよ」
 もう飲んでしまったのか、『秋』は湯呑を手渡してきた。
「そんなに急がなくてもいいだろ」
「うん、待っている物がたくさんいるからね。
 早くいってあげないと」
「大変だな」

 俺は『行くな』と言う言葉を飲み込んだ。
 『秋』にはずっといて欲しい。
 だがこれ以上『秋』を引き留めるわけにはいかない。

 『秋の訪れ』を伝えるという、彼の旅はまだまだ続く。
 俺だけのワガママで引き留めていい相手じゃない。 
 悪魔がささやくのに耐えながら、玄関のドアを開けた。

「じゃあな」
「ああ、また来年会おう」
 そう言って『秋』は歩き出し、やがて闇に消えた。

「行っちゃったか……」
 振り向くこともなく去っていく『秋』の背中に思う所がないではない。
 『秋』にはたくさんの友人がいて、俺はその一人……
 だからこそ、名残惜しそうな素振りを見せない彼に、一抹の寂しさを覚えたのだった。

 寂しさを感じつつ、俺は部屋のエアコンのスイッチを切った。
 秋が来た以上、もう冷房は必要ない。
 エアコンが無くても快適なのが秋なのだ。
 もちろんすぐに冬将軍の遠い足音が近づき始め、暖房の用意に追われるのだが……

「あれ?」
 『秋』が使った湯呑を洗おうとしたところ、その中に何かが入っていた。
 不思議に思いつつ取り出してみると、それは松茸を模した小さな飾りのストラップだった。

「なんだよ、アイツ。
 素直じゃないなあ」
 目の前にストラップをぶら下げつつ、去年松茸の話をしたことを思い出す。
 『死ぬまでに飽きるまで食いたい』という、どうでもいい話を覚えていたらしい。
 大切な使命の合間にも、一年も前の雑談を覚えていてくれたことに、喜びとむず痒さを感じた。

「けど食えるもん寄越せよ。
 なんだよ、ストラップって」
 さっきまで感じていた寂しさはどこにもなかった。
 俺は友情の証をポケットに入れて、部屋の窓を開ける。
 吹き込んでくる秋の夜風に身を震わせ、冬将軍の気配を感じるのであった。

10/6/2025, 10:33:36 AM