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90.『時計の針が重なって』『パラレルワールド』『コーヒーが冷めないうちに』


「シンデレラ、日付が変わる前に戻ってくるんだよ。
 零時の鐘が鳴り終わると、魔法が解けてしまうからね」

 魔女に魔法をかけられて、舞踏会に出たシンデレラ。
 そこで、王子様と運命の出会いを果たします。

 二人は時を忘れて踊りますが、楽しい時間はすぐに過ぎ去るもの。
 気づけばもうすぐ日付が変わる時間です。
 時計の針が重なってしまうと、魔法が解けてみすぼらしい格好になってしまいます。
 愛する王子様に、そんな格好を見せるわけにはいきません。

「ごめんなさい」
 王子様の手を振り払い、シンデレラは舞踏会から逃げるように離れます。
 もちろん王子様は追いかけますが、すぐに見失ってしまいました。
 しかし王子様は諦めずに周囲を探し、そこでガラスの靴を見つけて――しまうこともなく、気落ちしたままお城へと戻るのでした。

 そう、これはパラレルワールド。
 シンデレラが、ガラスの靴を忘れていかなかった世界線のお話です。

 この世界のシンデレラがどうなったのか?
 お聞かせしましょう。


 ◇

 1週間後、シンデレラは家でいじけていました。
 あの日、愛を囁きあった王子様。
 シンデレラは、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれると信じて疑いませんでした。
 しかし王子様は一向に迎えに来る気配すら無いのです。
 シンデレラは日に日に不安に苛まれていました。

 あの時囁いてくれた愛の言葉は、口から出まかせだったのでしょうか?
 情熱的に抱きしめてくれたのは、女なら誰でも良かったからでしょうか?
 シンデレラは、王子様の軽薄さに怒りを覚え始め、やがて男性不信になりそうでした。
 そうして一日中ため息ばかりをついていましたが、これに困ったのはシンデレラの家族です。

 シンデレラの家族は、家の仕事をシンデレラに押し付けていました。
 それは連れ子という立場の弱さを利用したいじめでしたが、押し付けることで楽をしていたのです。
 ところが最近のシンデレラが全く家事をしません。
 ため息をついて、遠い目をするばかり。
 話しかけても上の空の返事ばかりで、全く動きません。

 このことに、シンデレラの家族は危機感を覚えました。
 シンデレラが料理をしないので、硬くなった古いパンしか食べていません。
 洗濯をしないので、服がほんのり臭ってきます。 
 家の中はゴミだらけで、家の中に蜘蛛が巣を張る有様。
 もう限界でした。

 そして音頭を取り家事をすることにしました。
 家政婦を雇う案も出たのですが、その前に料理をすることにしました。
 このままでは餓死するからです。

 しかし、料理は困難を極めました。
 普段はシンデレラに押し付けているため、何をどうすればいいか、誰も分かりません……
 食材をどこに置いているのかも不明で、火の付けることすら難儀しました。
 家族は愕然としました。

 試行錯誤を経て、ようやくゆで卵が一つ出来た頃、家族はシンデレラの偉大さに気付き始めました。
「あの子は、こんな大変な事を毎日やって……」
「私たちの生活は、あの子の頑張りに支えられていたのね……」
「こんなに大変な事を押し付けていたなんて…… 
 私たちは最低だわ」
 家族はシンデレラの重要性を認識し、彼女に謝罪することにしました。

 ですが、今のシンデレラは上の空。
 謝罪をしても、シンデレラの心に届くか分かりません。

 家族は話し合った末に、まずシンデレラの悩みを解決することにしました。
 継母は、不慣れながらも一生懸命に淹れたコーヒーを、シンデレラの前に置きます。
「コーヒーが冷めないうちに飲みなさい」
 そう言いながら、継母はシンデレラの隣に座ります。
「何か悩んでいるようね。
 相談に乗るわよ」
 この言葉に、シンデレラは驚きました。

 いつもは、なにかと理由を付けて苛めてくる家族たち。
 良心の欠片もないと思っていた人たちが、今優しくシンデレラに声をかけているのです。
 何か裏があるのかと勘繰りましたが、継母の目を見て考えを改めます。
 その目は、いつもの悪意に満ちた目ではなく、心からの優しさに満ちた目だったからです。

 シンデレラは家族を疑ったことを恥じました。
 今まで意地悪ばかりの家族でしたが、今の彼女たちに邪心を感じません。
 シンデレラは、もう一度家族を信じようと思いました。
 
 シンデレラは舞踏会の事を打ち明け、王子様への熱い想いも語りました。
 誰もがシンデレラが舞踏会に行っていたことに驚きを隠せませんでしたが、『シンデレラはいい子だから、どこかの親切な魔法使いが助けたに違いないわ』と納得しました。

 話を全て聞いた家族は、シンデレラの力になりたいと思いました。
 ですが相手は一国の王子、軽々しく会うことは出来ません
 どうしたものかと悩んでいたとき、家の前が騒がしくなりました。

「ここにシンデレラはいるか!」
 それは王子様でした。
 王子様は、何の手掛かりもない状態から、一つ一つ情報を集めここまで来たのです。
 それはまさに愛の力でした。

 家族は胸を撫でおろしました。
 これでシンデレラが幸せになるからです。

 しかし彼女たちの胸に別の感情も湧き上がりました。
 『このまま王子様と結婚すれば、二度とシンデレラに会えなくなるのでは?』と……
 ようやくシンデレラを家族として認めることが出来たのに、すぐに別れることは出来ません。
 継母が無礼を承知で前に出ます。

「待ってください、シンデレラは私たちの宝物です。
 たとえ、王子様であろうと渡すわけにはいきません」
「なんだと!?
 しかし私たちは愛し合っている。
 誰にも邪魔させはしない!」
「分かっています。
 私たちもシンデレラの幸せを願っています。
 そこで、私たちから一つお願いがあるのですが……」

 ◇

「シンデレラ、向こうの掃除が終わってないわよ」
「ごめんなさい、お義母さま。
 すぐ行きます」

 シンデレラは、パタパタと継母のもとへと駆け寄ります。
 それを見た継母は、優しく微笑みました。
 
「そんなに急がなくてもいいのよ」
「早くお義母さまのところに行きたくて」
「あらあら可愛いことを言うわね。
 じゃあ、力を合わせて頑固な汚れを落としに行きましょうか」
 継母はシンデレラの手をとり歩きます。
 その様子は、どこから見ても仲の良い親子のようでした。

 その様子を微笑ましく見ている人物がいました。
 王子様です。
 二人が仲良く歩いている後ろを、王子様は静かに見守りながら歩いて行きました。

 なぜ王子様がいるのでしょうか?
 それはシンデレラを探しに王子様が家にやって来た日に遡ります。
 その日、継母は王子様にある提案をしました。

『私たちは家族です。
 ずっと一緒です。
 シンデレラを連れて行くと言うなら、私たちも付いて行きます』
 かつては煌びやかな生活を望んだ継母たち、今はシンデレラと一緒にいたい一心で提案しました。
 王子様は家族思いの心に打たれ、継母の提案を了承。
 こうしてシンデレラとその家族は、王宮近くの家を用意してもらい、そこに住むことになったのでした。
 そしてシンデレラたちは「住む場所くらいは自分で整える」と申し出て、家族総出で掃除をしていたのでした。

 そして一段落がついたころ、シンデレラたちはようやく王子様がいることに気づきました。
「申し訳ありません。
 王子様がいらっしゃるのに、おもてなしもせず……」
「かまわんよ、連絡もせずに来たのだから仕方ない」
「そうはいきません。
 王族をぞんざいに扱う訳にはいきません」
「うーむ、本当に気にしていないのだが……」
 継母と王子様の間に、微妙な空気が流れます。
 それを察したシンデレラは、悪戯っぽい笑みを浮かべてふざけた調子で言いました。

「王子様も一緒に掃除しませんか?
 偶然にもここにもう一つタワシがありますよ?」
 タワシを見た王子様は、苦笑しながら言いました。

「やめておこう。
 親子水入らずの時間を邪魔する趣味は無いよ」

 こうしてシンデレラは、王子様と家族と一緒に、いつもでも幸せに暮らしましたとさ。

9/30/2025, 1:29:02 PM