G14(3日に一度更新)

Open App
5/4/2025, 12:44:25 PM

『軌跡』『風と』『sweet memolies』

 西暦7777年、縁起のいい数字の並びに、世界はお祭り騒ぎだった。
 そして人類が滅亡することなく、ここまで命を繋いだ功績を記念して、一度歴史を整理しようという話になった。

 しかし人類の歩んだ軌跡は、綺麗なことばかりではない。
 戦争、弾圧、虐殺……
 目を背けたくなるような出来事も多い。
 歴史を語る上で、避けては通れない問題である。

 だが、めでたい事にケチを付けたくない。
 なので目を背けることにした。
 見たくないなら見なきゃ良いのである。

 sweet memolies project。
 都合のいい人類の歴史だけを纏める一大プロジェクトは、こうして始まったのである。

 だが一つ懸念事項があった。。
 編纂を行う人間が、良心の呵責に苛まれて、真実を書き記す可能性があるからだ。

 生半可な人間では、この事業に相応しくない。
 そんな考えから入念な調査が行われ、ある人物に白羽の矢が立った。
 名前は、吉田茂。
 過去の日本の総理大臣と同姓同名の男である。

 この男、まるで総理大臣の吉田の生まれ変わりのように、人を食ったような性格であった。
 頭と根性は生まれつきよくないし、口はうまいもの以外受け付けず、耳の方は都合の悪いことは一切聞こえない。
 その上、外見は真面目な青少年風と、一目だけでは内面を見抜けない。
 それを利用して人をからかったりと、率直に言って、たちの悪い人間であった。

 普通であれば、こんな人間に人類史に残る一大事業を任せることはない。
 だが今回に限り、これ以上ない人物だと太鼓判を押された。

 彼ほど自分勝手なにんげんならば、都合の悪い歴史は全部無かったことにできると期待されたのである。
 こうして吉田は、プロジェクトのリーダーに抜擢されたのだった。

 しかし人類は忘れていた。
 彼は人を食った性格であることを……

 彼はリーダーを任されるなり、部下たちに言い放った。

「んじゃ、プロジェクトの予算使って、うまいもん食いに行くか。
 なに、横領は犯罪だって?
 大丈夫だよ。
 都合の悪いことは、全部無かったことになるから」

5/1/2025, 9:46:28 PM

『ふとした瞬間』『夜が明けた』『好きになれない、嫌いになれない』


 近所に魔女が住んでいる家がある。
 ずっと昔から住んでいて、どれくらい昔から住んでいるのか誰も知らない。

 この魔女と言うのが、昔話に出て来るテンプレのような魔女である。
 しわくちゃのお婆ちゃんで、いつも黒いローブを着込んでいて、意地の悪そうな笑みを浮かべている。
 日がな怪しい薬を作り、日によって煙突から赤黄青と違う色の煙が出てくる。

 そんな様子なので、近所の人たちから不気味に思われ敬遠されていた
 魔女の方も一人のほうが好きらしく、こちらには積極的にかかわろうとしてこない
 人間関係に窮屈な現代社会において、不必要に社会に関わらない生き方は少しだけ羨ましい。

 まさに一匹狼という言葉がふさわしい魔女。
 だけど、実を言うと私と魔女は顔見知りだったりする。

 私のお母さんが、魔法とか魔術とかのオカルト好きで、魔女の事をかな~り気に入っており、積極的に交流を持とうとするのである。
 何かと用事を見つけては魔女の家に行き、用事がなくとも遊びに行く。
 私が生まれてからもその習慣は変わらず、というか私を連れて行くので自然と顔見知りになった。

 『あの魔女と仲のいい人間がいる』という事で、私の母はちょっとした有名人なんだけど、自j地右派少しだけ違う。
 大抵の場合、お母さんが一方的に話すばかりで、魔女の方はうんざり顔。
 仲良しこよしには程遠い。
 でも、話に付き合ってあげるくらいには、仲が良いことは子供心にも分かった。

 だけど、私はお母さんとは違い、魔女の事が苦手だ。
 なんとなく魔女には悪いイメージがあったし、私に会う度に不機嫌そうな顔をするからだ。
 ふとした瞬間に私を睨みつけるように見るのは今でも覚えている。
 ただし顔に出すだけで、なにか私が嫌がる事をしたわけでもないので『苦手』止まりなのだけど……

 でも魔女の家に連れていかれたのは小さい頃だけ。
 大きくなってからは、交友関係が広がったこともあって魔女の家に行く事は無くなった。
 お母さんは相変わらず頻繁に魔女に家に遊びに行っているみたいだけど、魔女以外の友達がいるのかと少し不安になる今日この頃。
 まあ、私には関係の無い事だけど

 そうして魔女の家に行かなくなり、魔女の事も忘れかけていた高校2年生の春。
 私は母親と喧嘩した。

 些細なことで口論になり、着の身着のまま家を飛び出した私。
 スマホも持たずに飛び出したため、友達に相談することもできない。
 しかも遅い時間に出てきてしまったため、少しだけ肌寒い。
 かと言って家に戻るのもなんだか負けたような気がする。

 どうしたものかとほとぼ歩いていると、いつの間にか魔女の家の前まで来ていた。
 小さい頃、何度も足を運んだ魔女の家。
 無意識レベルで刷り込まれているらしい。
 正直自分でも驚いていた。

 だけど私は魔女の事が苦手。
 魔女を頼りたくなんて無い。

 このまま踵を返して戻ろうと思ったが、かといって行く当てもない。
 そしていい加減寒いので、どこかで暖まりたい。
 背に腹をかけることできないと、私は魔女の家のドアを叩いた。

「こんな時間にだれだい?」
 軋むドアから出てきたのは、不機嫌そうな顔の魔女。
 相変わらず不機嫌そうな顔で私を見ると、さらに目を細める。

「ああ、あんたかい。
 入りな」
 そう言って、魔女は家の中に引っ込んでしまった。
 てっきり断られると思ったのだけに、あっさり招き入れられた私は拍子抜けした。

「早く入ってきな。
 虫が入るだろ」
 魔女に急かされるように家に入る。
 家に入った瞬間、怪しい薬でも調合しているのかツンとした匂いが鼻をつく。
 小さい頃、何度も嗅いだ懐かしい匂い。
 思い出に浸っていると、魔女が振り返って私を睨む

「何しに来た?」
「家出してきたんです」
「そうかい」
「お母さんには連絡しないで。
 連れ戻されちゃう」
「そうかい。
 何でも良いが、邪魔だけはするなよ」

 そう言って、魔女は奥へと引っ込んでしまった。
 愛想のないことだがいつもの事。
 私は特に気にせずに、近くにあったボロボロのソファーに腰かける。
 このソファー、私が小さい頃からあるんだけど、捨てないのだろうか?
 スプリングが弱くなって、まったく弾力性が無い。
 泊めてくれたお礼に、ゴミに出してあげるべきか?
 そんな取り留めのない事を考えていると、魔女が手にティーカップを持ってやって来た。

「ワシの庭で取れたハーブティーさ。
 これを飲んでリラックスしな」
「ありがとうございます」
 私がハーブティーを受け取ると、魔女は向かいの椅子に座った。

 まさか私とおしゃべりするつもり?
 人間嫌いのあの魔女が?
 私が驚いていると、魔女は口を開いた

「あんた、大きくなってもそのソファーが好きなんだねえ」
「え?」
「覚えてないのかい?
 ウチに来るたびに、そのソファーに乗って遊んでいただろう」
 魔女に指摘されて、ソファーの上で飛び回っていた思い出がよみがえる。

「思い出したかい。
 あんまり飛び跳ねるもんだからソファーがダメになっちまってね。
 捨てようとしたんだが、あんたが泣くもんだから結局そのままさ」
「あー、それは覚えてないです」
「都合が悪い事を忘れるのも変わらないねえ。
 イーヒッヒッヒ」

 魔女はおかしそうに、魔女は笑い始めた。
 笑い声は気になるが、こうして見ると普通のお婆ちゃんである。
 こんな気のいいお婆ちゃんが怖いだなんて、小さい頃の私は見る目がないにもほどがある。

「ハーブティ、もう一杯飲むかい?」
 空になったカップを見て、魔女はギラリと私を睨む。
 思わずブルリと震えた私を見て、魔女はバツが悪そうに頭を掻いた。

「歳を取ったのか、最近目が見えなくなってねえ。
 物を見る時に目を細めるんだけど、目つきが悪いってあんたの母さんに怒られるんだよ」

 数年の時を経て意外な事実が発覚。
 小さい頃、睨まれていたと思っていたのは、普通に私を見ていただけだった。
 事実とはいつだって普通なのだ。

 嫌われていなかったことに少しだけホッとしつつも、嫌われていたと思い込んでいたことに、少しだけ申し訳なく思う。
 そういう事なら、もう少し魔女と遊んでおけばよかった。
 まあ、本当に嫌いだったら、子供だろうと家に入れないよね。
 だって魔女だもん。

「大きくなってから来なくなったからねえ。
 色々話を聞かせてもらいたいもんだ」
 魔女は、人懐っこい笑みを浮かべて私を見る。
 やっぱりお婆ちゃんみたいだと改めて思う。
 少し驚いたけど、家に入れてもらった礼もあるし、話し相手になるのもやぶさかではない。
 私はハーブティーを飲みながら、意外とおしゃべりな魔女と談笑するのだった

 ◇

 気がつけば私はソファーに横になっていた。
 魔女と話している解きに、眠ってしまったようだ。
 慣れない姿勢で寝たからか、体中が痛い。
 痛みをこらえながら窓を見ると、既に夜が明けたのか、外は明るい。
 寝ぼけた頭でこれからの事を考えていると、玄関の方から物音がした。

「すいません、娘を迎えに来ました」
 玄関からお母さんの声。
 どうやら魔女が、お母さんに連絡していたらしい。

 なんてことだ。
 連絡しないでと言ったのに、お母さんに連絡していたらしい。
 信じてたのに!

 これだから魔女は好きになれない。
 ……嫌いにもなれないけど。

 だけど一晩たって私の頭も冷えた。
 今なら寛大な心でお母さんを許すことが出来よう。
 私は身を起こし、玄関へと向かう。
 玄関にはお母さんと魔女が立っていた。

「家出したらまた来な。
 またハーブティー飲ませてやるよ」
 どこか寂しそうに私を見る魔女は、どこをどう見ても普通のお婆ちゃんだ。
 もしかして孫かなんかだと思われてる?
 孫との別れがつらいなんて、魔女も人の子らしい。
 そんなお婆ちゃん魔女を見て、私はにこりと笑う。

「次来るまでに、布団を買っておいて。
 ソファーで寝るのは、こりごりよ」

4/29/2025, 2:36:36 AM

『巡り合い』『「こっちに恋」「愛にきて」』『どんなに離れていても』

 メロスは激怒した。
 必ず、TPOを弁えぬバカップルどもを除かねばならないと決意した。

 メロスには男女の機微は分からぬ。
 しかし、自分がモテない事には人一倍敏感であった

 今日未明、メロスは村を出発し、城下町へとやってきた。
 来週妹の結婚式の準備のためだ。
 メロスはそのために、はるばる街へとやって来たのだ。

 だがメロスが街に着いたのは、日が暮れた時間であった。
 買い物は明日にして、まずは寝床の確保と宿を探すことにした。
 しかし、その道中メロスは違和感に気がついた。
 もう遅い時間だというのに、街のあちこちでカップルがいちゃついているのである。

 メロスは衝撃を受けた。
 二年前このの街に来たときは、落ち着いた雰囲気の街であった
 しかし今は、浮かれた空気があるだけであった

 もちろん前回も、いちゃつくカップルはいた。
 しかし、節度を持ってお付き合いをしていたし、間違っても公共の場で見せつけるような真似はしなかった。
 だというのに、目の前の若者たちは人目も憚らず愛をささやいていた。

 それだけならば、若気の至りと許すことも出来た。
 だが街の住人たちは若者を止めるどころか、恋人たちを囃《はや》し立てていた
 『若い人は元気ねえ』と、ほほえましそうに笑いかけ、ある商人に至っては『お揃いコーデ』なるものを恋人たちに勧めていた。

 風紀を乱す輩を取り締まるどころか、逆に助長させるような街の様子に、メロスには衝撃を受ける。
 この街の、秩序と規律を重んじる精神はどこに行ったのであろう?
 メロスは信じられない思いであった。

「王はこの事を知っておられるのか?」
 メロスはいてもたってもいられず、王の住む城に乗り込んだ。
 そのまま王の元へと駆け参じ、進言すべきと考えたのだ。

 しかし現実は甘くない。
 城に入った瞬間、メロスは警備兵に捕縛された。
 もはやこれまでとメロスは覚悟するが、騒ぎを聞きつけた王が現場にやって来た。
 それを見たメロスは、これ幸いと叫ぶ。

「王よ、最近の街の様子をご覧になったことはあるか?
 街の風紀を乱すバカップルどもを、なぜ取り締まらない!?」
「貴様の言う通りだ。
 今の状況は余も憂慮している」
「ではなぜ何もしない?」
「臣下たちからの反対が強くて、ためらっていたのだ。
 だが貴様の言葉で決心がついた。
 禁止令を出そう」

 こうしてこの街に『公共の場で愛をささやいてはならない』という法律が出来た。
 この法律によって、愛をささやくことが出来ないカップルたちは、一組、また一組と恋を終える。
 かくして事態は収束し、街は以前のような静けさを取り戻した――

 かに思えたが……

「こっちに恋」
「愛にきて」

 上に政策あれば、下に対策あり。
 恋人たちは、それならばと隠語を使って対抗したのである。
 例え憲兵に咎められても、堂々と日常会話とシラを切ったのだ。

 元々運命の元に巡り合い、数々の困難や壁を乗り越えて結ばれた二人だ。
 二人を分かつと思われた障害も、彼らにとってはスパイスでしかない。
 結果として、恋人たちの愛の炎はさらに燃え上がることになったのである。

 こうなっては取り締まることは困難だ。
 なにせ『それはお前の勘違いだ』と言われれば、反論することが出来ないからだ。
 この状況に、王は厳しい対応が迫られた。
 徹底的な運用か、それとも厳罰化か……?
 街の住人たちが王の動向を注視する中、事態は意外な展開へと転がって行く。

「メロスよ、よく来てくれた」
「王よ、あなたが呼べばどんなに離れていても駆けつけます。
 此度はどうなされましたか?」
「うむ、例の件についてだ。
 本来お前のような平民を呼ぶことは無いのだが、お前はこの法律の関係者。
 知る権利があると思い呼んだ」
「お気遣いありがとうございます。
 それでどういった対応をするのですか?
 疑わしき者は、全員死刑にしますか?」
「いいや、メロス。
 この法律は撤回することにしたのだ……」
「なんですって!?」
 メロスは驚きのあまり、目を大きく見開く。

「想定よりも反発が大きくてな。
 一部が内乱の準備をしているという報告もある。
 余は為政者として、国の秩序を守ることを優先した。
 すまんな、メロス。
 私に力が無いばかりに……」

 王の謝罪を受けたメロスは、がっくりと肩を落とし、自分の村へと戻っていった。
 敗北感に苛まされながら自分の家に向かうと、家の前にはメロスの妹が仁王立ちして立っていた。

「ねえ兄さん、そろそろ帰って来ることだと思っていたわ。
 ところで小耳にはさんだんだけど、例のクソ法律の立案に兄さんが関わってるって本当?
 もしかして私の結婚に反対なの?
 逃げないで正直に答えて。
 怒らないからさ」

 妹は激怒した。

4/26/2025, 8:26:39 AM

『ささやき』『big love!』『どこへ行こう』


「ついに来たぞ!」
 俺は、とある商店街の入り口で、感慨にふけっていた。
 目の前にあるのは一部の界隈で噂されている場所、『恋人通り』。
 文字通り、恋人に関する伝説がある商店街だ。

 名前こそセンスがないが、効果は折り紙付き。
 どんなにモテない人でも、そこに行けば恋人が出来ると言う伝説のパワースポットである。
 ――と、ネットに書いてあった。

 ネットでしか噂されてないが、多分信じていいはずである。
 多分……

 そんな場所に、なぜ俺がこんなところへ来たのか……
 もちろん恋人を作るため。
 それは一週間前に遡る。

 その日、俺はずっと気になっていた女子に告白した。
 だが結果は玉砕。
 落ち込んだまま家に帰った俺は、現実逃避にネットに逃げ込んだ。

 次の日も学校を休み、アングラな掲示板に入り浸っていた時、俺はとある文言を見つけた。
『どんな人間でも、恋人ができる場所があるらしい』

 愛に飢えていた俺は、すぐに飛びついた。
 書き込んだ奴から聞き出し、場所を特定。
 なけなしのお小遣いを使い、
 こうしてやって来たのだ。

 とはいえだ
「さて、どこへ行こう……」
 場所を特定してすぐに来たので、この場所の事を何も知らない。
 書き込んだ奴も、自分では来たことが無いと言っていたので、それ以上の事は聞けなかった
 具体的に何をどうすれば恋人が出来るのか。
 俺は何も分からず、途方に暮れていた。

「そこのお兄さん、何かお探しかい?」
「うわあ!」
 突然誰かが耳元でささやき、驚きのあまり体が跳ねる。

「はっはっは、すまないねえ。
 驚かせてしまったかい?」
 振り返ると、そこにいたのは妙齢のお婆さん。
 いかにも『魔女』って感じで、胡散臭い老婆であった。

「まあ、こんなところに来るくらいだ。
 目的は分かる。
 ついてきな」
 俺の答えも聞かず、お婆さんは近くにあった店に入っていった。
 入り口の看板には『big love!』と書いてある。
 騙されているのではないかと疑るが、どちらにせよ行く当ても無い。
 詐欺ならすぐに帰ればいいいと、そのままついて行く事にした。

 扉を開ければカランコロンとドアベルの音。
 店内は薄暗い照明に包まれ、少し入った所にいくつかのテーブルとイスが並べられている。
 壁にはポスターが貼られており、まるで小さな喫茶店のよう。

 本当にこんなところで恋人が出来るのであろうか?
 俺は店に入ったことに、後悔し始めていた。

「待ってな。
 すぐできる」
 お婆さんは、俺をイスに座らせて店の奥へと引っ込んでいってしまった。

 するとすぐに『シュー』と何かを焼くような音が聞こえてきた。
 惚れ薬でも作っているのであろうか……
 第一印象の『魔女』っていうのも、あながち間違いではないのかもしれない。

 なんにせよ、これで恋人のいない孤独な人生とはおさらばだ。
 期待を胸に、俺はお婆さんを待つ。

 しばらく待っていると、お婆さんが店の奥から出て来た。
 手に大きな皿を持って、俺の元へまっすぐやって来る

「どうぞ、これが欲しかったんだろう?」
 そう言って、お婆さんはテーブルに皿を置く。
 皿に乗っていたのは、いますぐかぶりつきたくなるような、ブタの生姜焼きであった。

「ありがとうございます。 
 じゃあ、いただきま――ってブタの生姜焼きかい!」
 俺は思わず突っ込む。
 恋人を作りに来たのに、なんでブタの生姜焼きが出てくるんだ!
 本当に喫茶店かよ!
 俺はお婆さんをキッと睨みつける

「どうしたんだい、お客さん。
 何か不満でも?」
「俺は恋人を作りに来たんだ!
 料理を食べに来たんじゃない!」
 俺がそう叫ぶと、お婆さんは神妙な顔になった。

「よく勘違いされるんだけど、ここはグルメ通りだよ。
 名前が紛らわしいけどね」
「嘘だろ!?
 ここに来れば、恋人が出来て幸せになるって聞いたのに……
 これじゃ詐欺じゃないか……」
「ああ、そこは噂に偽りは無いよ」
「と言うと?」
「おいしい料理は、人生の恋人さ。
 たらふく食って幸せになりな」

4/22/2025, 9:58:54 PM

 昔々あるところに、お爺さんと、お婆さんと、モモタロウが住んでしました。
 お爺さんとお婆さんの愛情を受け、すくすく育ったモモタロウ。
 育ててくれた二人に恩返しをしようと、人々を苦しめる鬼退治の旅に出かけます。

 そして長い旅の末、モモタロウは三匹の仲間を引き連れて鬼を退治しました。
 退治した鬼の財宝を持って帰り、親孝行するモモタロウ。
 三人は持って帰った財宝で、幸せに暮らしましたとさ。

 そして鬼退治の一か月後のお話です。

 自らの手で勝ち取った平和を噛みしめながら、ぬくぬくとコタツに入っていたモモタロウ。
 今日の晩御飯ほなんだろうと考えていると、突然おじいさんに怒鳴りつけられました。

「モモタロウ、鬼退治に行け!」
 それを聞いたモモタロウは、驚いて目を丸くします。
 つい一か月前に鬼は退治したばかり。
 にもかかわらず『また』鬼退治してこいというのはどういう意味だろう……?
 ついにお爺さんにボケが来たのかと、モモタロウは心配になりました。

「お爺さん、忘れたのですか?
 鬼は退治しましたよ」
 モモタロウが指摘すると、おじいさんは不愉快そうに眉間にシワを寄せました。

「そんなことは分かっておる
 最近、山を越えた所にあるも゙村に、新しい鬼が出たのだ。
 退治してこい!」
「ああ、そっちの話でしたか」

 「僕もその話は聞いています」と、モモタロウは大きく頷きます。
 事情を察したモモタロウは、コタツから体を出し、お爺さんに向き直りました。

「放っておきましょう」
「何を言っておるのだ!?」
 今度はお爺さんが目を丸くしました。
 あの優しくて困った人を見過ごせないモモタロウが、なぜそんな非情な事を言うのか、お爺さんには全く分かりません。
 お爺さんが何を言うべきか逡巡している間、モモタロウは話を続けます。

「前回鬼退治する時に寄ったので知っているんですが……
 あそこ、助ける価値なんてありませんよ」
「どういうことだ?」
「食料がないからと言って、きび団子を全て取られたんです」
「そのくらい許してやれ
 食料が無かったのだろう」
「別に、本当に食料ないならそれでも良いんですよ。
 でも食料はあるんです。
 話ぶりからして転売用に奪ったんでしょうね」
「転……売……?」
「更に言えば、きび団子を奪ったあとは、礼を言うどころか、刀や服まで剥ぎ取られました。
 そして用が無くなると、星明かりすら無い夜空の下に僕を放り出したのです。
 そんな礼儀も知らぬ奴らが住む村ですから、助けないほうが世のため人のためですよ」
「そうは言うがな、モモタロウ。
 彼らとて同じ人間、助けるべきだ」
「お爺さん、撤回してください。
 それは人間に対する侮辱です!」
「そこまで!?」

 お爺さんは衝撃を受けました。
 旅に出る前は、人を疑う事を知らぬほど純粋だったモモタロウ。
 しかし今では、人間不信となり、旅に出る前の面影はどこにもありませんでした。

「だいたい、鬼に襲われているのも自業自得なんですよ」
「なんだと?」
「あいつらは楽して儲けようと、鬼の子供をさらって財宝を要求したんです。
 そりゃ向こうも怒りますよ」
「そんな事を……」
「なので、心情的には鬼の味方ですね。
 今からでも加勢しに行きたいくらいです」

 さらりとモモタロウの口から出る問題発言。
 その発言に卒倒しそうになるも、お爺さんは大きく息を吸って冷静さを保ちます

「モモタロウよ、事情は分かった。
 しかし困った時はお互い様。
 助けに行くのじゃ」
「僕に行かせたいようですけど、僕は行きません。
 どうしてもと言うなら、お爺さんが行けばいいのです!」
「なんじゃと!?」
「鬼と戦うのは命懸けなのです、
 『ちょっと近所までお使いに行ってくれ』みたいな感じで言わないでください」
「ワシは年寄りじゃぞ!」
「だからと言って、若者にさせればいいと言うものでもありませんよ。
 さあ、刀は貸しますからどうぞ」
「ええい、つべこべ言わずに行け、モモタロウ!
 命令だ!」
「行きません!」

 まさに一触即発。
 互いに主張を譲らず、まさに乱闘が始まりそうな険悪の雰囲気でした。
 それでも決着はつかずしばらくにらみ合った後、二人の影絵が重なり、つかみ合いの喧嘩になろうとした、まさにその時です。

「そこの二人、お待ちなさい!」
「「その声は!」」
 二人の中に割って入って来る人物がいました。
 そう、お婆さんです。
 
「何を言い争っているかと思えば、山向こうに出た鬼の事ですか。
 どちらが行くかで揉めているようですが……
 安心してください。
 妙案があります」
「なんと、さすが婆さんだ
 それでどんな案なのだ?」
「私が行きます」
「「な!?」」

 『二人が行かないなら自分が行く』。
 その宣言に、二人は一瞬硬直します。
 固まった二人を尻目に、お婆さんはモモタロウの刀を手に取ろうとします。

 しかしここは鬼退治の英雄モモタロウ。
 いち早く反応し、刀をお婆さんから遠ざけます。

「お婆さんに無理をさせることは出来ません。
 僕が行きます!」
 モモタロウは、お婆さんをまっすぐ見て叫びます。
 しかしお婆さんは、その気迫に身じろぎもせず答えます。

「いいえ、モモタロウ。
 鬼退治という大きなお役目を果たしました
 もう辛い事はしなくてもよいのです
 ここは私が行きます」
 お婆さんは、モモタロウの持った刀を掴み引き寄せようとします。

「いいえ、僕が行きます。
 一度経験がある人間の方が、効率的ですよ」
 しかしモモタロウも、取られては堪らんと刀を自分の方に引き寄せます
「いえいえ、老い先短い私が――」
 刀を引き寄せるお婆さん。
「いえ若い僕が――」
 刀を引き寄せるモモタロウ
「私が」「僕が」「私」「僕」――――

 モモタロウとお婆さんは、ついに言い争いを始めました。
 しばらくの間、お爺さんはなにも言わずその様子を眺めていましたが、ついに耐え切れずポツリと呟きました
 
「じゃあ、ワシが……」
「「どうぞ、どうぞ」」

 こうして鬼退治には、お爺さんが行く事になりました。

 🍑

 前回持ち帰った財宝の中にあった、宝剣や鎧を身に着ければ、まるで神話に聞くヤマトタケルのよう。
 これならば、力の強い鬼も尻尾をまいて逃げると思われました

「似合ってますよ。
 若い頃みたいに素敵だわ」
「ありがとう婆さん。
 でもやっぱり無かった事に出来んか?」
「後のことは任せてください。
 お爺さんがいない間も、お婆さんの事は守りますから」
「モモタロウよ、やはりワシには荷が重いからお前が代わりに……」
「では、こちらが今回のキビ団子になります。
 きっと役に立ちますよ」
「そういう事じゃなくて……」
「食い意地の張った奴らに食べられるよう、気を付けてくださいね」
「あの、聞いて……」

「「ジジタロウの物語が、今始まる」」

「帰ったら覚えてろよ!」

Next