昔々あるところに、お爺さんと、お婆さんと、モモタロウが住んでしました。
お爺さんとお婆さんの愛情を受け、すくすく育ったモモタロウ。
育ててくれた二人に恩返しをしようと、人々を苦しめる鬼退治の旅に出かけます。
そして長い旅の末、モモタロウは三匹の仲間を引き連れて鬼を退治しました。
退治した鬼の財宝を持って帰り、親孝行するモモタロウ。
三人は持って帰った財宝で、幸せに暮らしましたとさ。
そして鬼退治の一か月後のお話です。
自らの手で勝ち取った平和を噛みしめながら、ぬくぬくとコタツに入っていたモモタロウ。
今日の晩御飯ほなんだろうと考えていると、突然おじいさんに怒鳴りつけられました。
「モモタロウ、鬼退治に行け!」
それを聞いたモモタロウは、驚いて目を丸くします。
つい一か月前に鬼は退治したばかり。
にもかかわらず『また』鬼退治してこいというのはどういう意味だろう……?
ついにお爺さんにボケが来たのかと、モモタロウは心配になりました。
「お爺さん、忘れたのですか?
鬼は退治しましたよ」
モモタロウが指摘すると、おじいさんは不愉快そうに眉間にシワを寄せました。
「そんなことは分かっておる
最近、山を越えた所にあるも゙村に、新しい鬼が出たのだ。
退治してこい!」
「ああ、そっちの話でしたか」
「僕もその話は聞いています」と、モモタロウは大きく頷きます。
事情を察したモモタロウは、コタツから体を出し、お爺さんに向き直りました。
「放っておきましょう」
「何を言っておるのだ!?」
今度はお爺さんが目を丸くしました。
あの優しくて困った人を見過ごせないモモタロウが、なぜそんな非情な事を言うのか、お爺さんには全く分かりません。
お爺さんが何を言うべきか逡巡している間、モモタロウは話を続けます。
「前回鬼退治する時に寄ったので知っているんですが……
あそこ、助ける価値なんてありませんよ」
「どういうことだ?」
「食料がないからと言って、きび団子を全て取られたんです」
「そのくらい許してやれ
食料が無かったのだろう」
「別に、本当に食料ないならそれでも良いんですよ。
でも食料はあるんです。
話ぶりからして転売用に奪ったんでしょうね」
「転……売……?」
「更に言えば、きび団子を奪ったあとは、礼を言うどころか、刀や服まで剥ぎ取られました。
そして用が無くなると、星明かりすら無い夜空の下に僕を放り出したのです。
そんな礼儀も知らぬ奴らが住む村ですから、助けないほうが世のため人のためですよ」
「そうは言うがな、モモタロウ。
彼らとて同じ人間、助けるべきだ」
「お爺さん、撤回してください。
それは人間に対する侮辱です!」
「そこまで!?」
お爺さんは衝撃を受けました。
旅に出る前は、人を疑う事を知らぬほど純粋だったモモタロウ。
しかし今では、人間不信となり、旅に出る前の面影はどこにもありませんでした。
「だいたい、鬼に襲われているのも自業自得なんですよ」
「なんだと?」
「あいつらは楽して儲けようと、鬼の子供をさらって財宝を要求したんです。
そりゃ向こうも怒りますよ」
「そんな事を……」
「なので、心情的には鬼の味方ですね。
今からでも加勢しに行きたいくらいです」
さらりとモモタロウの口から出る問題発言。
その発言に卒倒しそうになるも、お爺さんは大きく息を吸って冷静さを保ちます
「モモタロウよ、事情は分かった。
しかし困った時はお互い様。
助けに行くのじゃ」
「僕に行かせたいようですけど、僕は行きません。
どうしてもと言うなら、お爺さんが行けばいいのです!」
「なんじゃと!?」
「鬼と戦うのは命懸けなのです、
『ちょっと近所までお使いに行ってくれ』みたいな感じで言わないでください」
「ワシは年寄りじゃぞ!」
「だからと言って、若者にさせればいいと言うものでもありませんよ。
さあ、刀は貸しますからどうぞ」
「ええい、つべこべ言わずに行け、モモタロウ!
命令だ!」
「行きません!」
まさに一触即発。
互いに主張を譲らず、まさに乱闘が始まりそうな険悪の雰囲気でした。
それでも決着はつかずしばらくにらみ合った後、二人の影絵が重なり、つかみ合いの喧嘩になろうとした、まさにその時です。
「そこの二人、お待ちなさい!」
「「その声は!」」
二人の中に割って入って来る人物がいました。
そう、お婆さんです。
「何を言い争っているかと思えば、山向こうに出た鬼の事ですか。
どちらが行くかで揉めているようですが……
安心してください。
妙案があります」
「なんと、さすが婆さんだ
それでどんな案なのだ?」
「私が行きます」
「「な!?」」
『二人が行かないなら自分が行く』。
その宣言に、二人は一瞬硬直します。
固まった二人を尻目に、お婆さんはモモタロウの刀を手に取ろうとします。
しかしここは鬼退治の英雄モモタロウ。
いち早く反応し、刀をお婆さんから遠ざけます。
「お婆さんに無理をさせることは出来ません。
僕が行きます!」
モモタロウは、お婆さんをまっすぐ見て叫びます。
しかしお婆さんは、その気迫に身じろぎもせず答えます。
「いいえ、モモタロウ。
鬼退治という大きなお役目を果たしました
もう辛い事はしなくてもよいのです
ここは私が行きます」
お婆さんは、モモタロウの持った刀を掴み引き寄せようとします。
「いいえ、僕が行きます。
一度経験がある人間の方が、効率的ですよ」
しかしモモタロウも、取られては堪らんと刀を自分の方に引き寄せます
「いえいえ、老い先短い私が――」
刀を引き寄せるお婆さん。
「いえ若い僕が――」
刀を引き寄せるモモタロウ
「私が」「僕が」「私」「僕」――――
モモタロウとお婆さんは、ついに言い争いを始めました。
しばらくの間、お爺さんはなにも言わずその様子を眺めていましたが、ついに耐え切れずポツリと呟きました
「じゃあ、ワシが……」
「「どうぞ、どうぞ」」
こうして鬼退治には、お爺さんが行く事になりました。
🍑
前回持ち帰った財宝の中にあった、宝剣や鎧を身に着ければ、まるで神話に聞くヤマトタケルのよう。
これならば、力の強い鬼も尻尾をまいて逃げると思われました
「似合ってますよ。
若い頃みたいに素敵だわ」
「ありがとう婆さん。
でもやっぱり無かった事に出来んか?」
「後のことは任せてください。
お爺さんがいない間も、お婆さんの事は守りますから」
「モモタロウよ、やはりワシには荷が重いからお前が代わりに……」
「では、こちらが今回のキビ団子になります。
きっと役に立ちますよ」
「そういう事じゃなくて……」
「食い意地の張った奴らに食べられるよう、気を付けてくださいね」
「あの、聞いて……」
「「ジジタロウの物語が、今始まる」」
「帰ったら覚えてろよ!」
4/22/2025, 9:58:54 PM