『ふとした瞬間』『夜が明けた』『好きになれない、嫌いになれない』
近所に魔女が住んでいる家がある。
ずっと昔から住んでいて、どれくらい昔から住んでいるのか誰も知らない。
この魔女と言うのが、昔話に出て来るテンプレのような魔女である。
しわくちゃのお婆ちゃんで、いつも黒いローブを着込んでいて、意地の悪そうな笑みを浮かべている。
日がな怪しい薬を作り、日によって煙突から赤黄青と違う色の煙が出てくる。
そんな様子なので、近所の人たちから不気味に思われ敬遠されていた
魔女の方も一人のほうが好きらしく、こちらには積極的にかかわろうとしてこない
人間関係に窮屈な現代社会において、不必要に社会に関わらない生き方は少しだけ羨ましい。
まさに一匹狼という言葉がふさわしい魔女。
だけど、実を言うと私と魔女は顔見知りだったりする。
私のお母さんが、魔法とか魔術とかのオカルト好きで、魔女の事をかな~り気に入っており、積極的に交流を持とうとするのである。
何かと用事を見つけては魔女の家に行き、用事がなくとも遊びに行く。
私が生まれてからもその習慣は変わらず、というか私を連れて行くので自然と顔見知りになった。
『あの魔女と仲のいい人間がいる』という事で、私の母はちょっとした有名人なんだけど、自j地右派少しだけ違う。
大抵の場合、お母さんが一方的に話すばかりで、魔女の方はうんざり顔。
仲良しこよしには程遠い。
でも、話に付き合ってあげるくらいには、仲が良いことは子供心にも分かった。
だけど、私はお母さんとは違い、魔女の事が苦手だ。
なんとなく魔女には悪いイメージがあったし、私に会う度に不機嫌そうな顔をするからだ。
ふとした瞬間に私を睨みつけるように見るのは今でも覚えている。
ただし顔に出すだけで、なにか私が嫌がる事をしたわけでもないので『苦手』止まりなのだけど……
でも魔女の家に連れていかれたのは小さい頃だけ。
大きくなってからは、交友関係が広がったこともあって魔女の家に行く事は無くなった。
お母さんは相変わらず頻繁に魔女に家に遊びに行っているみたいだけど、魔女以外の友達がいるのかと少し不安になる今日この頃。
まあ、私には関係の無い事だけど
そうして魔女の家に行かなくなり、魔女の事も忘れかけていた高校2年生の春。
私は母親と喧嘩した。
些細なことで口論になり、着の身着のまま家を飛び出した私。
スマホも持たずに飛び出したため、友達に相談することもできない。
しかも遅い時間に出てきてしまったため、少しだけ肌寒い。
かと言って家に戻るのもなんだか負けたような気がする。
どうしたものかとほとぼ歩いていると、いつの間にか魔女の家の前まで来ていた。
小さい頃、何度も足を運んだ魔女の家。
無意識レベルで刷り込まれているらしい。
正直自分でも驚いていた。
だけど私は魔女の事が苦手。
魔女を頼りたくなんて無い。
このまま踵を返して戻ろうと思ったが、かといって行く当てもない。
そしていい加減寒いので、どこかで暖まりたい。
背に腹をかけることできないと、私は魔女の家のドアを叩いた。
「こんな時間にだれだい?」
軋むドアから出てきたのは、不機嫌そうな顔の魔女。
相変わらず不機嫌そうな顔で私を見ると、さらに目を細める。
「ああ、あんたかい。
入りな」
そう言って、魔女は家の中に引っ込んでしまった。
てっきり断られると思ったのだけに、あっさり招き入れられた私は拍子抜けした。
「早く入ってきな。
虫が入るだろ」
魔女に急かされるように家に入る。
家に入った瞬間、怪しい薬でも調合しているのかツンとした匂いが鼻をつく。
小さい頃、何度も嗅いだ懐かしい匂い。
思い出に浸っていると、魔女が振り返って私を睨む
「何しに来た?」
「家出してきたんです」
「そうかい」
「お母さんには連絡しないで。
連れ戻されちゃう」
「そうかい。
何でも良いが、邪魔だけはするなよ」
そう言って、魔女は奥へと引っ込んでしまった。
愛想のないことだがいつもの事。
私は特に気にせずに、近くにあったボロボロのソファーに腰かける。
このソファー、私が小さい頃からあるんだけど、捨てないのだろうか?
スプリングが弱くなって、まったく弾力性が無い。
泊めてくれたお礼に、ゴミに出してあげるべきか?
そんな取り留めのない事を考えていると、魔女が手にティーカップを持ってやって来た。
「ワシの庭で取れたハーブティーさ。
これを飲んでリラックスしな」
「ありがとうございます」
私がハーブティーを受け取ると、魔女は向かいの椅子に座った。
まさか私とおしゃべりするつもり?
人間嫌いのあの魔女が?
私が驚いていると、魔女は口を開いた
「あんた、大きくなってもそのソファーが好きなんだねえ」
「え?」
「覚えてないのかい?
ウチに来るたびに、そのソファーに乗って遊んでいただろう」
魔女に指摘されて、ソファーの上で飛び回っていた思い出がよみがえる。
「思い出したかい。
あんまり飛び跳ねるもんだからソファーがダメになっちまってね。
捨てようとしたんだが、あんたが泣くもんだから結局そのままさ」
「あー、それは覚えてないです」
「都合が悪い事を忘れるのも変わらないねえ。
イーヒッヒッヒ」
魔女はおかしそうに、魔女は笑い始めた。
笑い声は気になるが、こうして見ると普通のお婆ちゃんである。
こんな気のいいお婆ちゃんが怖いだなんて、小さい頃の私は見る目がないにもほどがある。
「ハーブティ、もう一杯飲むかい?」
空になったカップを見て、魔女はギラリと私を睨む。
思わずブルリと震えた私を見て、魔女はバツが悪そうに頭を掻いた。
「歳を取ったのか、最近目が見えなくなってねえ。
物を見る時に目を細めるんだけど、目つきが悪いってあんたの母さんに怒られるんだよ」
数年の時を経て意外な事実が発覚。
小さい頃、睨まれていたと思っていたのは、普通に私を見ていただけだった。
事実とはいつだって普通なのだ。
嫌われていなかったことに少しだけホッとしつつも、嫌われていたと思い込んでいたことに、少しだけ申し訳なく思う。
そういう事なら、もう少し魔女と遊んでおけばよかった。
まあ、本当に嫌いだったら、子供だろうと家に入れないよね。
だって魔女だもん。
「大きくなってから来なくなったからねえ。
色々話を聞かせてもらいたいもんだ」
魔女は、人懐っこい笑みを浮かべて私を見る。
やっぱりお婆ちゃんみたいだと改めて思う。
少し驚いたけど、家に入れてもらった礼もあるし、話し相手になるのもやぶさかではない。
私はハーブティーを飲みながら、意外とおしゃべりな魔女と談笑するのだった
◇
気がつけば私はソファーに横になっていた。
魔女と話している解きに、眠ってしまったようだ。
慣れない姿勢で寝たからか、体中が痛い。
痛みをこらえながら窓を見ると、既に夜が明けたのか、外は明るい。
寝ぼけた頭でこれからの事を考えていると、玄関の方から物音がした。
「すいません、娘を迎えに来ました」
玄関からお母さんの声。
どうやら魔女が、お母さんに連絡していたらしい。
なんてことだ。
連絡しないでと言ったのに、お母さんに連絡していたらしい。
信じてたのに!
これだから魔女は好きになれない。
……嫌いにもなれないけど。
だけど一晩たって私の頭も冷えた。
今なら寛大な心でお母さんを許すことが出来よう。
私は身を起こし、玄関へと向かう。
玄関にはお母さんと魔女が立っていた。
「家出したらまた来な。
またハーブティー飲ませてやるよ」
どこか寂しそうに私を見る魔女は、どこをどう見ても普通のお婆ちゃんだ。
もしかして孫かなんかだと思われてる?
孫との別れがつらいなんて、魔女も人の子らしい。
そんなお婆ちゃん魔女を見て、私はにこりと笑う。
「次来るまでに、布団を買っておいて。
ソファーで寝るのは、こりごりよ」
5/1/2025, 9:46:28 PM