『巡り合い』『「こっちに恋」「愛にきて」』『どんなに離れていても』
メロスは激怒した。
必ず、TPOを弁えぬバカップルどもを除かねばならないと決意した。
メロスには男女の機微は分からぬ。
しかし、自分がモテない事には人一倍敏感であった
今日未明、メロスは村を出発し、城下町へとやってきた。
来週妹の結婚式の準備のためだ。
メロスはそのために、はるばる街へとやって来たのだ。
だがメロスが街に着いたのは、日が暮れた時間であった。
買い物は明日にして、まずは寝床の確保と宿を探すことにした。
しかし、その道中メロスは違和感に気がついた。
もう遅い時間だというのに、街のあちこちでカップルがいちゃついているのである。
メロスは衝撃を受けた。
二年前このの街に来たときは、落ち着いた雰囲気の街であった
しかし今は、浮かれた空気があるだけであった
もちろん前回も、いちゃつくカップルはいた。
しかし、節度を持ってお付き合いをしていたし、間違っても公共の場で見せつけるような真似はしなかった。
だというのに、目の前の若者たちは人目も憚らず愛をささやいていた。
それだけならば、若気の至りと許すことも出来た。
だが街の住人たちは若者を止めるどころか、恋人たちを囃《はや》し立てていた
『若い人は元気ねえ』と、ほほえましそうに笑いかけ、ある商人に至っては『お揃いコーデ』なるものを恋人たちに勧めていた。
風紀を乱す輩を取り締まるどころか、逆に助長させるような街の様子に、メロスには衝撃を受ける。
この街の、秩序と規律を重んじる精神はどこに行ったのであろう?
メロスは信じられない思いであった。
「王はこの事を知っておられるのか?」
メロスはいてもたってもいられず、王の住む城に乗り込んだ。
そのまま王の元へと駆け参じ、進言すべきと考えたのだ。
しかし現実は甘くない。
城に入った瞬間、メロスは警備兵に捕縛された。
もはやこれまでとメロスは覚悟するが、騒ぎを聞きつけた王が現場にやって来た。
それを見たメロスは、これ幸いと叫ぶ。
「王よ、最近の街の様子をご覧になったことはあるか?
街の風紀を乱すバカップルどもを、なぜ取り締まらない!?」
「貴様の言う通りだ。
今の状況は余も憂慮している」
「ではなぜ何もしない?」
「臣下たちからの反対が強くて、ためらっていたのだ。
だが貴様の言葉で決心がついた。
禁止令を出そう」
こうしてこの街に『公共の場で愛をささやいてはならない』という法律が出来た。
この法律によって、愛をささやくことが出来ないカップルたちは、一組、また一組と恋を終える。
かくして事態は収束し、街は以前のような静けさを取り戻した――
かに思えたが……
「こっちに恋」
「愛にきて」
上に政策あれば、下に対策あり。
恋人たちは、それならばと隠語を使って対抗したのである。
例え憲兵に咎められても、堂々と日常会話とシラを切ったのだ。
元々運命の元に巡り合い、数々の困難や壁を乗り越えて結ばれた二人だ。
二人を分かつと思われた障害も、彼らにとってはスパイスでしかない。
結果として、恋人たちの愛の炎はさらに燃え上がることになったのである。
こうなっては取り締まることは困難だ。
なにせ『それはお前の勘違いだ』と言われれば、反論することが出来ないからだ。
この状況に、王は厳しい対応が迫られた。
徹底的な運用か、それとも厳罰化か……?
街の住人たちが王の動向を注視する中、事態は意外な展開へと転がって行く。
「メロスよ、よく来てくれた」
「王よ、あなたが呼べばどんなに離れていても駆けつけます。
此度はどうなされましたか?」
「うむ、例の件についてだ。
本来お前のような平民を呼ぶことは無いのだが、お前はこの法律の関係者。
知る権利があると思い呼んだ」
「お気遣いありがとうございます。
それでどういった対応をするのですか?
疑わしき者は、全員死刑にしますか?」
「いいや、メロス。
この法律は撤回することにしたのだ……」
「なんですって!?」
メロスは驚きのあまり、目を大きく見開く。
「想定よりも反発が大きくてな。
一部が内乱の準備をしているという報告もある。
余は為政者として、国の秩序を守ることを優先した。
すまんな、メロス。
私に力が無いばかりに……」
王の謝罪を受けたメロスは、がっくりと肩を落とし、自分の村へと戻っていった。
敗北感に苛まされながら自分の家に向かうと、家の前にはメロスの妹が仁王立ちして立っていた。
「ねえ兄さん、そろそろ帰って来ることだと思っていたわ。
ところで小耳にはさんだんだけど、例のクソ法律の立案に兄さんが関わってるって本当?
もしかして私の結婚に反対なの?
逃げないで正直に答えて。
怒らないからさ」
妹は激怒した。
4/29/2025, 2:36:36 AM