『春恋』『遠くの声』『静かな情熱』
春。
それは恋の季節。
子孫を残すため、動物たちが運命の相手を探し求める。
それは人間も例外ではない。
普段、恋に興味の無い人も、この季節ばかりは冷静ではいられない。
それが春恋の魔力なのだ!
「という訳で合コンしよう!」
「やらない」
「ええ!?」
放課後帰りのマックにて、友人の沙都子とハンバーガーを食べていた時の事。
私が合コンのお誘いをすると、嫌な顔をされた。
輝かしい未来のための提案なのだけど、相変わらずノリの悪い事だ……
「なんで嫌そうな顔をするのさ」
「話に脈絡が無さすぎるのよ、百合子……
一応理由を聞いてあげるから話しなさい。
……断るけど」
「理由を聞く前に断らないで!
単純に『彼氏作ろう』って言う話だよ!」
「私は遠慮するわ……」
「そんな!」
沙都子に、にべもなく断られる。
「私たち、華の女子高生だよ!
彼氏の一人や二人、いないとおかしいんだよ!」
「今どき、恋人がいなくても変じゃないわ。
というか、彼氏が二人いる方がおかしいわよ……」
「え~、やろうよ~、合コン~」
「しつこいわよ」
沙都子は眉間にしわを寄せて、こちらを睨んでくる。
本当に嫌そうだ。
男に苦手意識でもあるのだろうか……
「だいたいなんで私を誘うのよ。
あなた一人で行けばいいでしょ?
さすがに邪魔するほど無粋なつもりはないわ」
「沙都子、金持ちじゃん?
知り合いの金持ちの男呼んでよ。
石油王の息子とか」
「石油王って……
そんなにいいもんでもないわよ……
男なんて、お金持っていようがいまいが、どれも同じよ」
沙都子は嫌な事を思い出したのか、右手で頭を押さえた。
私の、沙都子が男を嫌っているという推察は、あながち間違いではないらしい。
きっとお金持ちのパーティとかで、なにかあったのだろう……
私には関係ないけど。
「じゃあさ、沙都子は来なくていいから、男紹介して」
「いいわよ」
「やっぱりだめ――いいの!?」
「私を巻き込まないのならね」
ダメかと思ったらまさかのOK。
断られると思っていたので、心の底から驚く。
でも沙都子が優しい時、なにか裏があるのだ。
「ちゃんとした男紹介してよ。
間違ってもDV男はダメだからね!」
「安心しなさい、百合子。
石油王の息子ではないけれど、日本じゃ誰もが知ってる殿方を紹介するわ。
テレビにもよく出てて、性格も穏やかで、多分、百合子も気に入ると思う」
「そんなすごい男の人を紹介してくれるの!?」
「そうよ。
優しくて力持ち。
助けを呼ぶ遠くの声も聞き逃さない」
「おお、凄い!
耳のくだりはよく分からないけど」
「正義感が強いって意味よ」
「そんな凄い人がいるなんて……
ねえ、騙してない?」
「騙したりなんかしないわよ。
ただ、どっちかと言うとカワイイ系だけどね」
「それでもいい!
紹介して!」
『沙都子と一緒に合コン』の話から、まさか有名人を紹介されるとは!
しかも、『誰もが知る』ときたもんだ。
当初の目的は達成できなかったけど、棚から牡丹餅、意外と言ってみるもんである。
「会うの楽しみだなあ!」
こうして私は、沙都子経由で約束を取り付けたのだった
〇
合コン当日。
晴れて合コン相手と対面した私は、そのまま自分のスマホを取り出し、沙都子に電話を掛ける
「沙都子、私を騙したね?」
『騙したりしてなんかないわよ、百合子。
全部正直に話したでしょう』
スマホ越しの沙都子は、大真面目に答える。
確かに沙都子の言っていたことに間違いはない……
けれど、私は自分の置かれた状況を鑑みて、騙されたことを確信していた。
「全然違う。
全然違うんだよ!」
『おかしいわね……
彼について事は、これ以上なく正直に告げたつもりなんだけど……』
「確かに沙都子は嘘をついてなかったよ。
私もテレビで見たことあるもん!
けどさ――」
私は、自分の合コン相手を振り返る。
確かに沙都子の言っていたように、彼は可愛いし、性格も穏やかだ。
だけど彼は――
「――パンダだって聞いてない!」
――パンダのサンサンだった。
『あらごめんなさい。
うっかりしていたわ……』
「わざとでしょ!」
『でもあなたにお似合いの殿方は、彼ぐらいしか……』
「どういう意味だコラ」
『あ、親に呼ばれたからもう切るわね。
また学校で会いましょう』
と、一方的に切られてしまう。
やっぱり確信犯じゃないか!
おかしいと思ったんだ、あの沙都子が男を紹介するなんて……
私を騙すことに静かな情熱を燃やす女、それが沙都子。
なぜ私はそんな女を信じてしまったのか……
今頃沙都子は大笑いしている事だろう。
「信じた私がバカだった」
私が地団駄を踏んでいると、サンサンが目の前に何かを差し出してきた。
笹だった。
『これでも食べて忘れな』。
まるでそう言っているかのようだった。
気遣いのできる男、それがサンサン。
沙都子の言う通り、確かにいい男だ。
そこだけは間違っていなかった。
「サンサンが人間だったら完璧なのに……」
なぜ一番大事なことが、どうしょうもないのか……
私は受け取った笹を見つめながら、世の不条理について考えるのであった。
休日の午後、暇だったので冷やかしでやって来た近所の電器店。
その店の一角に、満開のサクラが咲いていた。
あまりに場違いで現実離れしているのにサクラ。
明らかにおかしいのに目が離せない。
それほどまでに、目の前のサクラは美しかった。
見とれていると、ひとひらの花びらが目の前を舞う
何気なく手のひらで掬い取ろうとするが、しかし花びらは手をすり抜ける。
そこで気が付いた。
この桜は実在するものではない。
ホログラムだ。
「いかがですか?」
いつの間にやって来たのか、隣に立っていた販売員が声をかけてきた。
販売員は、商品を売りつけようと目をギラギラさせていた。
「当店が自信をもってお勧めできる逸品ですよ。
一台どうですか?
外に出なくても、花見ができますよ」
逃がさないとばかりに、営業トークを仕掛けてくる販売員。
今月はピンチなので、なにか買わされる前に逃げないと!
「残念ながら、桜は好きじゃないんですよ」
「ご安心ください。
風景を変えることもできますよ。
例えばこれ」
そう言いながら店員がリモコンを操作すると、桜は消え、その代わりに雄大な滝が現れた。
「凄いでしょう?
これ、ナイアガラの滝ですよ」
ホログラムであるが、水飛沫まで再現されている。
まるで現地にいるような臨場感。
何も知らなければ、いや知っていても本物と思ってしまう……
「どうです?
凄いでしょう?」
「たしかに……
昔現地に行ったことがあるんですけど、本物と遜色ありませんね。
……でもお高いんでしょう……?」
チラリと値札を見ると、お値段20万円。
お買い得ではあるのだろうが、ホイホイ買える値段ではない。
「お客様のおっしゃる通り、それなりにお値段は張ります。
しかし、こうも考えることが出来ます。
20万で世界旅行できるのだと……」
「と言うと?」
「サクラの名所やナイアガラの滝以外にも、世界の名所をホログラムで再現することが出来ます。
本物を見たことがあるお客様でさえ、納得される臨場感。
確かに生の体験に勝るものは無いでしょうが、お金も時間も有限です。
ですがこれが一台あれば問題は全て解決!
いつでも好きな時に、世界中を旅することが出来るのです!」
販売員の一言に、自分の心は貫かれる
たしかに20万で世界旅行は格安だ。
それに昨今の世界状況では、旅をするにも危険が多い。
これは買いだ!
「君に負けたよ。
一つ買おうじゃないか。
クレジットカードは使えるかな?」
「もちろんですとも!
お買い上げありがとうございます。
では少々お待ちください」
「え!?」
突然販売員の姿が前触れもなく消える。
予想外の事に驚いていると、販売員のいた場所に矢印が現れた。
「カウンターはあちらになります」
矢印からさっきまで話していた販売員の声。
そこでようやく気付いた。
「さっきの定員、ホログラムだったのか!?」
最近のAIは違和感がないレベルで会話できると聞いたことがあるけど、まさか店員の姿までホログラムだったとは!
「商品の準備が出来るまで、ここで待ちください」
矢印の先を目で追っていくと、そこには確かに椅子が置いてあった。
商品はホログラム、店員もホログラム、道案内もホログラム。
凄い時代になったもんだ。
「そのうち実店舗もホログラムになるんじゃないか?」
ついでに客もホログラムになるかもな。
そんな未来図を予想しながら、カウンターへと向かうのであった
ここは天国。
生前に善行を積んだ者だけが、来ることを許される楽園。
いつも透き通るような青空で、花々が咲き誇る。
川はせせらぎ、鳥は歌う。
飢えも病気もなく、戦争も差別もない美しい世界だった。
そこでは誰もが笑顔で暮らしている。
望めばなんでも手に入り、誰かが奪いに来ることもない
どんな願いでも叶う、全てが満ち足りた完璧な世界であった。
そんな中で一人、浮かない顔をした男がいた
彼の名前は、林 リョウタ。
不幸な交通事故により、若くして亡くなった若者である。
彼は不幸にも短い人生を終えることになったが、生前行った街の美化活動が評価され、天国に住むことを許された。
だが彼の心の中は満たされない……
ここには彼が一番欲しいものが無いからである。
「元気かな、彼女……」
写真を眺めながら、大きなため息をつくリョウタ。
写っているのは『太陽』と例えられるほど輝かしい笑顔の女性。
女性の名前は、草薙ヒナタ。
その界隈では有名な、地下アイドルである。
リョウタは、ヒナタの熱烈なファンであった。
彼女を一目見た時から、リョウタの灰色の人生は輝き始めた。
リョウタには、ヒナタが天使の様に見えていた。
そんな彼はライブコンサートには欠かさずに参加した。
握手会にも行ったことがある。
デビューしたときからのファンで、一度たりともイベントを休んだことは無い。
リョウタにとって、ヒナタは彼の全てであった
けれど、彼はもう死んだ身……
彼女に会いに行くことは出来ない。
彼は死人だからだ。
そして、天国において彼の心を満たすものは無い。
何かもがある楽園ですら、彼の推しはいないのだ。
しかし彼は絶望していない。
もう少しで彼女と会うことが出来るから。
けれど、それは直接会いに行くという事ではない。
死んだ人間がいきなり現れては、大混乱になってしまうからだ
そこで考え出されたのが『MAKURAーMOTO』――会いたい人と夢の中で話せるサービスである
これならば死んだ人間が現れても『夢だから』と驚くことは無い。
リョウタはこのサービスを知った時、雷に打たれたような衝撃を受けた。
もう会えないと思っていた推しに、再び会えるからだ。
リョウタはその場で申し込みをした。
だがこのサービス、なんと一週間待ちである。
『待つ』という概念がない天国において、このサービスだけが順番待ちがある。
天国に来るような人間でも――来るような人間だからか、現世に残してきた人に会いたいといった希望は多いのだ。
天国で一番人気のサービスであった。
そして申し込みをしてから一週間、ようやくリョウタの番が回って来た。
「彼女にやっと会える!」
彼は緊張した面持ちで、彼女の夢へと向かうのであった。
◇
「どうしたんですか、ヒナタさん?
顔色悪いですよ……」
草薙ヒナタがげっそりしているのを見て、マネージャーが心配そうに顔を覗き見る。
今のヒナタは、リョウタが知っている元気なアイドルではない。
顔色は悪く、睡眠不足で目の下に隈が出来ていた。
「また『あの夢』を見てね……」
「『あの夢』って、死んだファンが出てくる夢のことすか?」
「そうよ」
ヒナタは最近悪夢にうなされていた。
亡くなったはずのファンが定期的に夢に出てくるのである。
ライブの時はいつも最前席にいて、握手会も欠かさず来てくれた熱心なファン。
他のファン経由で事故の事を聞いた時、ショックを受けるくらいには彼女にとっては特別であった。
そのくらい特別な存在だったので夢に見ること自体は不思議ではない……
のだが、彼はきっかり一週間毎に夢に出てくる……
さすがのヒナタもおかしいと思い始めていた。
「それにしても死んでも追っかけくるとは……
アイドル冥利に尽きますね」
「他人事だと思って……」
「そんなことありませんよ。
でもファンなんでしょう?
サービスしてあげればいいじゃないですか」
「ライブや握手会くらいだったら、喜んでしてあげるんだけどね……」
ヒナタは、思い出すのも嫌そうな顔で言葉を続ける。
「最近何を思ったのか変な事を言うようになったのよ。
『ここには君と僕しかいない、存分に愛し合おう』って……」
「あー、典型的な厄介ファンじゃないですか……
自分に好意があるって勘違いしちゃったんですかね。
……出禁にします?」
「どうやって?」
「お祓いしましょう。
知り合いに寺生まれがいましてね。
こういうトラブルに強いヤツでしてね――」
◇
「ふふ、ヒナタちゃん、素直じゃないんだから。
次は自分の気持ちに正直になって欲しいなあ」
リョウタはご機嫌で天国を散歩していた。
現世での二人の会話の事など露知らず、次こそ憧れの彼女と一つになると意気込んでいた
だが彼は知らない。
このサービス、開始当初からトラブルが多く、今では現世からクレームが来ると使用禁止になってしまう事を……
使用前に注意を受けるのだが、彼は上の空で聞いていなかった。
もっとも聞いていたところで、これを『迷惑行為』とは思っていないだろうが……
「一週間後が楽しみだ」
近い将来、地獄を見ることになるとを知らず、リョウタは鼻歌を歌いながら歩く。
その背後で天国の管理者が彼を監視していることを、彼は知る由もなかった
『新しい地図』『フラワー』『遠い約束』
ナントカ大陸の東、カントカ山を越え、ソントカ川を越えた場所に『迷いの森』と呼ばれる魔の森があった
その森は来たものを迷わし、生きては返さない呪いの森。
何百年も人を拒み続けたこの森の奥に、人目を避けるようにひっそりと村があった。
エルフの住む村である
人間の忙しない世界から離れ、自然と共に暮らすエルフたち。
変化こそないが、静かな暮らし。
人間たちの争いに巻き込まれることもなく、彼らは平和に暮らしていた。
だがいつも静かなエルフの村が、今日ばかりは慌ただしい。
エルフの長が、村の住人たち全員を呼び出したのである。
「これが新しい地図だ」
長は集めたエルフたちに地図を配り始める。
この地図は、迷いの森で迷わないための魔法の地図。
この森で暮らす、エルフたちの必須のアイテムであった。
この森が『迷いの森』と呼ばれているのは、エルフが魔法をかけて方向を惑わしているから。
人間たちを接近させないためではあるが、エルフたちすら迷わせる強力な魔法。
同胞に犠牲者を出さないために、こうして迷わない地図を渡しているのである
だが人間は諦めが悪い。
あの手この手で迷いの森を通り抜けようとして、エルフの村にやってこようとする
だから定期的に魔法を更新し、仲間のエルフたちが迷わないように地図を渡しているのだ
面倒ではあるが、自分たちの平穏を守るための必要な処置。
なんどもやってくる人間に、エルフたちは諦めの境地であった
しかし今日集まったエルフたちの顔には、悟りの境地ではなく不満がにじみ出ていた。
誰もが不快さを隠そうとせず、舌打ちまでする始末である。
「今月に入って何枚目だよ」
若いエルフが愚痴を零す。
長は若者を睨むが、なにも言わなかった。
長もまた、同じ気持ちだったからだ。
4月に入ってから地図を配るのは3回目であった。
暖かくなった3月中旬から数えれば、もう20枚目。
エルフたちが不満を思うのも無理はない。
「最近人間の活動が活発なのだ。
抜けられるとは思わないが、用心のためだ」
それを聞いて、エルフたちは一斉に溜息をつく。
人間たちが嫌いでこんな森の奥に引きこもっているのに、どうして人間たちがやってくるのか。
エルフたちは、人間たちのしつこさにうんざりしていた
「人間が来たって面白いものなんて無いんだけどな。
何が目的なんだか……」
「なんでも、人間の間で疫病が流行っているらしい。
それで原因が森にあるとかで、周辺をうろついているようだ」
「なんでもかんでも俺たちのせいかよ!」
「人間の愚かさは今更だが……
村に疫病を持ってきたりはしないよな?」
「それを防ぐために、こうして結界を張っておるのだ。
皆の者、苦しいだろうが今だけだ。
そのうち諦めるだろうさ」
白熱する議論を打ち切るように、長は手を叩く。
それを合図に、エルフたちは静まり返った。
「では皆の者、『フラワー』様に祈りを捧げるのだ」
そう言って、長は後ろを振り返る
そこにはエルフたちが崇めるご神体――『フラワー』が鎮座していた。
「これからも『フラワー』様の祝福が貰えるよう、真剣に祈るのだぞ。
長の言葉を合図に、エルフたちは祈りを捧げる。
先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返り、小さな子供まで熱心に祈りを捧げてはじめた……
エルフたちが崇める『フラワー』とは、毎年春になると咲く美しい花である。
だが、ただの花ではない。
この世の物とは思えない美しい花を咲かせ、美に厳しいエルフたちですら魅了する花だ。
陽光を受けて虹色に輝く。
漂う香りは天にも昇る甘い香り。
そして煎じて飲めば、あらゆる病気を治す漢方薬となる。
エルフはこの美しい花を神と崇め、命よりも大事に扱っていた。
だがその花には秘密があった。
花粉を物凄くまき散らすのである。
空の色が変わるほどまき散らす。
だが自然の民であるエルフたちにとって、自然物である花粉は無害である
花粉を空を覆いつくすほどまき散らす『フラワー』ですらほとんど害はなく、特に気にかけることは無かった。
しかし、人間は違う。
『フラワー』のまき散らす花粉は、人間たちの免疫機能を大いに刺激し、主に鼻水や涙の症状――いわゆる花粉症を引き起こしていた。
この花粉症は、森の周辺に住む人々を中心に発症。
春にしか発症しない奇病であるが、重症になると何もが出来なくなるほど酷い病状であった。
さらに悪い事に年々被害は拡大し、国の経済は鈍化、生活基盤を揺るがす疫病と恐れられた。
それまで戦争をしていた国々も、事態を重く見て休戦、共同で調査に当たることになる。
調査の結果、エルフが住む迷いの森に原因があると断定。
原因を排除すべく、迷いの森に調査隊を送ることになった――というのが、騒動の真相である。
しかし、外の世界に興味がないエルフたちは、そんな事情など全く知らない。
「おお、『フラワー』様よ。
醜い人間どもから、我々をお守りください」
「「お守りください」」
だが崇める『フラワー』が災いを呼んでいる事に気づかぬまま、彼らは祈り続ける。
そしてそんなことなど露知らず、今日も『フラワー』は輝くのであった。
『空に向かって』『桜』『好きだよ』
ウチの高校には伝説がある。
ご多分に漏れずベタなもので、それは『満開の桜の木の下で告白すると永遠に結ばれる』というもの。
『意中の相手を呼び出して告白すれば晴れてカップルとなる』、そんなありふれた伝説。
あまりにも陳腐で、使い古され、そして俺たちの心を惹きつけてやまない伝説だ。
でもこの伝説、謎なところが多い。
伝説こそありふれたものだが、桜がある場所がすごく特殊なのである。
何を思ったのかこの桜、グランドの端にある切り立った崖の上にある。
この学校は山を切り崩したところに建てられているのだが、その時たまたま残ってしまったのがこの桜らしい。
そういった経緯なので、まともな手段ではこの桜の所に行くことは出来ない。
崖を登るには高すぎて危険だし、回り込もうにも山の反対側から道なき道を登ってこないといけない……
近くて遠い桜であった。
こんな危険な場所に行けるわけがない。
なので伝説は嘘っぽいのだが、生徒の中ではそれなりの信憑性を持って噂をされている。
なんでも卒業生の中に、伝説の桜の木の下で告白した猛者がいるとか。
その二人は晴れてカップルになり、『本当の愛があれば問題ない』と
そんな事を思いながら、俺は今、崖の前に立っていた。
もちろんこの崖の上の桜の所まで行き、気になるあの子に告白するためである。
共通の友人を通じ、脈があることは分かっている。
この呼び出しもOKを貰っている。
告白の前には根回しが重要。
これぞ恋の秘訣。
もはや成功したも同然であった。
だがもう一つ解決すべきことがあった
空に向かってそびえ立つ、岩肌がむきだしの崖……
一般的な男子高校性の俺に、この崖を登る技術は無い。
だが俺には秘策があった。
登れないなら飛んでいけばいいじゃない。
俺は貯金をはたいてヘリコプターをチャーターし、空から行く事にした。
もちろんパイロット付き。
そんな感じで特に苦労もなく(財布は大打撃だが)崖を登ることに成功した俺。
あとは彼女が来るのを待つだけ。
だがその時、俺はとんでも無い事に気づいた。
「彼女、どうやって来るんだ?」
自分がどうやってここに来るかを考えていたばっかりに、彼女の事をまったく考えてなかった!
俺だけ来ても全く意味がないじゃないか!
浮かれ過ぎて、彼女の事が頭からすっぽり抜け落ちていた
今気づいても、もう遅い。
もっと早く気づけば、彼女に確認を取れたのに!
俺って本当にバカ!
自己嫌悪に陥っていた、その時であった。
「待った?」
なんと彼女がやって来た。
一瞬山を越えて来たのかと思ったが、彼女は涼しい顔をしている
とても道なき道を進んできたようには思えない。
俺は信じられない光景を前に、心に浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「どうやって来たの?」
「どうやってって、そりゃあ……」
彼女は後ろを指さした。
そこには扉が――ちょうどエレベーターみたいな両開きの扉があった。
……エレベーター?
「これに乗って来たんだけど……
もしかして知らなかった?」
「知らなかった」
「まあ、知る人ぞ知るってやつだからね。
エレベーターが無かったら私も来なかったな。
昔、崖を登る生徒がいたから作ったらしいけど――
でも、君は知らなかったんだよね?
じゃあどうやって来て――うわ、ヘリコプターがある!」
俺が乗って来たヘリコプターに気づいて驚く彼女。
彼女は目を丸くし、まじまじとヘリコプターを見つめていた。
そりゃ驚くよね。
エレベーターで来るのが正攻法だもん。
「ひえええ。
告白するのに、まさかヘリコプターを使うとか。
私、愛されてる!」
楽しそうに笑う彼女。
そんなに喜んでくれるなら、俺も勘違いした甲斐があったものである
もっとも顔から火が出そうなほど恥ずかしいけどね……
俺が羞恥に耐えていると、彼女はクルリと振り返った
「じゃあ、そろそろ告白してくれる?
『好きだよ』って言ってくれればすぐOKするから」
そして彼女はもう一度、ヘリコプターに振り返った。
「そしてすぐにデートに行きましょう。
初デートが空って素敵よね!」