G14(3日に一度更新)

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 ここは天国。
 生前に善行を積んだ者だけが、来ることを許される楽園。

 いつも透き通るような青空で、花々が咲き誇る。
 川はせせらぎ、鳥は歌う。
 飢えも病気もなく、戦争も差別もない美しい世界だった。

 そこでは誰もが笑顔で暮らしている。
 望めばなんでも手に入り、誰かが奪いに来ることもない
 どんな願いでも叶う、全てが満ち足りた完璧な世界であった。

 そんな中で一人、浮かない顔をした男がいた
 彼の名前は、林 リョウタ。
 不幸な交通事故により、若くして亡くなった若者である。

 彼は不幸にも短い人生を終えることになったが、生前行った街の美化活動が評価され、天国に住むことを許された。
 だが彼の心の中は満たされない……
 ここには彼が一番欲しいものが無いからである。

「元気かな、彼女……」
 写真を眺めながら、大きなため息をつくリョウタ。
 写っているのは『太陽』と例えられるほど輝かしい笑顔の女性。
 女性の名前は、草薙ヒナタ。
 その界隈では有名な、地下アイドルである。

 リョウタは、ヒナタの熱烈なファンであった。
 彼女を一目見た時から、リョウタの灰色の人生は輝き始めた。
 リョウタには、ヒナタが天使の様に見えていた。

 そんな彼はライブコンサートには欠かさずに参加した。
 握手会にも行ったことがある。
 デビューしたときからのファンで、一度たりともイベントを休んだことは無い。
 リョウタにとって、ヒナタは彼の全てであった

 けれど、彼はもう死んだ身……
 彼女に会いに行くことは出来ない。
 彼は死人だからだ。

 そして、天国において彼の心を満たすものは無い。
 何かもがある楽園ですら、彼の推しはいないのだ。

 しかし彼は絶望していない。
 もう少しで彼女と会うことが出来るから。
 けれど、それは直接会いに行くという事ではない。
 死んだ人間がいきなり現れては、大混乱になってしまうからだ

 そこで考え出されたのが『MAKURAーMOTO』――会いたい人と夢の中で話せるサービスである
 これならば死んだ人間が現れても『夢だから』と驚くことは無い。
 リョウタはこのサービスを知った時、雷に打たれたような衝撃を受けた。
 もう会えないと思っていた推しに、再び会えるからだ。
 リョウタはその場で申し込みをした。

 だがこのサービス、なんと一週間待ちである。
 『待つ』という概念がない天国において、このサービスだけが順番待ちがある。
 天国に来るような人間でも――来るような人間だからか、現世に残してきた人に会いたいといった希望は多いのだ。
 天国で一番人気のサービスであった。

 そして申し込みをしてから一週間、ようやくリョウタの番が回って来た。
「彼女にやっと会える!」
 彼は緊張した面持ちで、彼女の夢へと向かうのであった。

 ◇

「どうしたんですか、ヒナタさん?
 顔色悪いですよ……」
 草薙ヒナタがげっそりしているのを見て、マネージャーが心配そうに顔を覗き見る。
 今のヒナタは、リョウタが知っている元気なアイドルではない。
 顔色は悪く、睡眠不足で目の下に隈が出来ていた。

「また『あの夢』を見てね……」
「『あの夢』って、死んだファンが出てくる夢のことすか?」
「そうよ」

 ヒナタは最近悪夢にうなされていた。
 亡くなったはずのファンが定期的に夢に出てくるのである。
 ライブの時はいつも最前席にいて、握手会も欠かさず来てくれた熱心なファン。
 他のファン経由で事故の事を聞いた時、ショックを受けるくらいには彼女にとっては特別であった。

 そのくらい特別な存在だったので夢に見ること自体は不思議ではない……
 のだが、彼はきっかり一週間毎に夢に出てくる……
 さすがのヒナタもおかしいと思い始めていた。

「それにしても死んでも追っかけくるとは……
 アイドル冥利に尽きますね」
「他人事だと思って……」
「そんなことありませんよ。
 でもファンなんでしょう?
 サービスしてあげればいいじゃないですか」
「ライブや握手会くらいだったら、喜んでしてあげるんだけどね……」
 ヒナタは、思い出すのも嫌そうな顔で言葉を続ける。

「最近何を思ったのか変な事を言うようになったのよ。
 『ここには君と僕しかいない、存分に愛し合おう』って……」
「あー、典型的な厄介ファンじゃないですか……
 自分に好意があるって勘違いしちゃったんですかね。
 ……出禁にします?」
「どうやって?」
「お祓いしましょう。
 知り合いに寺生まれがいましてね。
 こういうトラブルに強いヤツでしてね――」


 ◇

「ふふ、ヒナタちゃん、素直じゃないんだから。
 次は自分の気持ちに正直になって欲しいなあ」
 リョウタはご機嫌で天国を散歩していた。
 現世での二人の会話の事など露知らず、次こそ憧れの彼女と一つになると意気込んでいた

 だが彼は知らない。
 このサービス、開始当初からトラブルが多く、今では現世からクレームが来ると使用禁止になってしまう事を……
 使用前に注意を受けるのだが、彼は上の空で聞いていなかった。
 もっとも聞いていたところで、これを『迷惑行為』とは思っていないだろうが……

「一週間後が楽しみだ」
 近い将来、地獄を見ることになるとを知らず、リョウタは鼻歌を歌いながら歩く。
 その背後で天国の管理者が彼を監視していることを、彼は知る由もなかった

4/13/2025, 7:09:44 AM