G14(3日に一度更新)

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3/6/2025, 1:28:03 PM

21.『あの日の温もり』『芽吹きのとき』『誰かしら?』


「コタツが無い」
 学校から帰ってきて我が家のリビング。
 今朝までこの場所に鎮座していたコタツは、なんとコタツ布団を剥ぎ取られていた。
 もはやただのテーブルである。
 これでは冷えた体を暖められない。
 その事実に私は愕然とした。

 私はとびっきりの冷え性だ。
 エアコンの暖房で部屋を暖かくなっても、なぜか寒さで震え上がってしまう。
 だいたいは厚着をするのだけど、どうしようもない時もある。

 そんな時、私はコタツに避難する。
 コタツだけが、私を暖めてくれる暖房なのだ。
 寒さで凍える私を、嫌な顔一つせずに優しく迎えてくれるコタツ……
 でもコタツはもうない。

 確かに最近は気温も上がり、暖かくなってきた。
 けれど『一番寒い時期に比べて』というだけで、まだまだ極寒の季節。
 草木の芽吹きの時にはまだ早い。
 我々にはまだが必要なのである。

 じゃあ私とコタツの蜜月の関係を邪魔したのは誰?
 聞くまでもない。
 お母さんだ。

「なんでコタツを片付けるの!」
 私はキッチンで晩ご飯の用意をしていたお母さんを睨みつける。
「私が冷え性なの知ってるでしょ!」

 人生で、一番大きな声を出したと思う。
 私の怒り、伝わっただろうか?
 けれどもお母さんはどこ吹く風。
 そのまま野菜を切り刻んでいる

 私はお母さんの様子に腹が立って、もう一度叫ぶ。
「4月までは出してくれるって約束ったじゃん!」
 『電気代の無駄』と毎年早めに片づけるお母さんに、私が何度も抗議して取り付けた約束だ。
 『約束を破る人間になるな』とお母さんはいつも言っているので、なんとしても守ってもらわないといけない。
 すると無視しきれなくなったのか、お母さんの手がピタリと止まる。

(やったか?)
 私は勝利を確信する。
 が、すぐにその認識を改める。
 まな板から顔を上げたお母さんの顔は、怒りの表情だったからだ。
 雲行きが怪しくなったことに、背中を嫌な汗が伝う。

「あら、先に約束を破ったのは誰かしら?」
 お母さんの冷たい声に、ドキリと心臓が跳ねる。
(ヤバい……)
 お母さんがキレている。
 私は怒りで熱くなっていた頭が急激に冷めていく。

 約束――
 コタツを長く出してもらう代わりに、お母さんが出してきた条件……
 それは家事を手伝う事。
 お母さんの辛い家事を少しでも負担する代わりに、電気代の事は少しだけ目を瞑ってくれると言ってくれたのだ。
 けれど……

「あなたにお手伝いをお願いしても、『あと五分』って言ってずっとコタツにこもったままじゃないの。
 一回でも手伝ってくれたかしら?」
「それは…… その……」
「お母さんのお願いを聞いてくれないなら、あなたのお願いも聞きません。
 いいですね」
 お母さんはそう言うと、再びまな板に目線を戻して野菜を切り始める。

 これはマズイ。
 お母さんをたいへん怒ってらっしゃる。
 これを鎮めない限り、再びコタツが設置されることはない。
 それどころか、この怒りようでは次の冬もコタツを出してもらえないかもしれない。

 なんてこった。
 コタツの魔力にとらわれ、家事をおざなりにしてしまったばっかりに、
 こうなったら出来ることはただ一つ。
 私は出来る限りおしとやかに歩き、お母さんの横に立つ。

「お母さま、なにかお手伝いする事はありませんか?」
「なによ、急に……
 今更媚びを売っても無駄よ」
「いえいえ、下心なんてありません。
 ただ純粋にお手伝いをしたくなったんです」
「本当かしら?
 どうせ今日だけでしょ?」
「いえいえ、これからも毎日お手伝いいたします。
 ささ、なんなりとお申し付けください」
 私がそう言うと、お母さんは考え込むような仕草をした。

「じゃあ、洗濯物を入れといて」
「イエス、マム」
 私はすぐに、洗濯物の干してあるベランダに向かう。

「寒っ」
 ベランダの扉を開けると、冷たい空気が流れ込んできた。
 すでに日が沈んで外は暗闇の世界。
 当然暖かいはずがなく、身震いするほど寒かった。

 死ぬほど嫌いな寒い外……
 踏み出そうとした足が止まってしまう……
 でもここで怖気づいては意味がない。
 ここで諦めたらコタツとは二度と会えなくなるからだ
 私は大きく深呼吸し、ベランダに出る。

「すべては温もりのため。
 絶対に負けるもんか!」
 あの日の温もりを取り戻すため、私は洗濯物を取り込みに掛かるのであった

3/3/2025, 12:57:31 AM

20.『さあ冒険だ』『記録』『cute!』

 Real Time Attack
 通称RTA。
 一部のゲームプレイヤーの中で流行っている、常軌を逸したプレイスタイルのことである。
 それはゲームクリアまでの時間を競うスポーツ。
 一秒以下の、コンマ秒で戦う狂気で溢れた世界だ。

 これだけ聞けば何も知らない人は『普通では?』では思うかもしれない。
 しかしこのRTAが異質なのは、ゲーム内時間ではなく現実の時間を計ってのタイムアタックだという事。

 トイレや食事の時間までも含めてカウントし、クリアまでのタイムを競い合う。
 プレイの無駄を削るだけではなく、生理的な現象すらコントロールする。
 それを数時間、あるいは数日単位で行うのだ。
 これを聞いただけでもいかに狂っているかが分かるだろう。

 さらに恐ろしい事実として、タイムを縮めるために、普通の人が想像すらしない事もする
 例を挙げるのならば(レギュレーションにもよるのだが)、バグを使うのは当然として、他のゲームソフトを使用したり、ゲーム機本体をホットプレートで暖めてみたり、 『ゲームと関係なくない?』というテクニックを使う。
 そんなゲーム外の現象を使ってでもタイムを縮めるのが彼らなのだ。

 そして普通にプレイするだけでは物足りないのか、目隠しプレイを行うこともある。
 もちろんクリアする。

 人間の可能性は無限大である。

 そして記録の方も、常軌を逸している。
 『ゲームクリアまの時間を競う』というルール上、古いゲームでもしばしば話題になる。
 とくに人気なのはスーパーマリオ64(1996)。
 古いゲームのため少し説明すると、マリオを操作してクッパを倒す3Dアクションゲームである。
 そこそこ自由度が高く、ボリュームもあり、今でも名作と名高い。

 このゲーム、全く寄り道をせずまっすぐクッパの元に向かうプレイならば、だいたい4時間かかると言われ、完全クリアならば12~15時間くらいかかる。

 にもかかわらず、このゲームの最速記録は、達成率無視のクリアで6分16秒、完全クリアに至っては1時間35分28秒である。
 もちろんAIでなく人力で。

 意味が分からない?
 その通り。
 我々とは別の次元で生きているとしか思えない存在だ。
 普通のゲーマーからも畏怖の対象である。

 ゲームは普通にプレイしても面白い娯楽だ。
 だというのには、なぜ狂人たちはより早くクリアしようとするのか……
 それに答えるのは難しい。

 人によって、『自己満足』『名誉』『自己顕示欲』など様々だからだ。
 各々の目的のため、彼らは『世界最速』目指す。

 もしかしたら、これを読んでいる君は、自分には遠い世界の出来事と思っているかもしれない。
 だがRTAは君のすぐ近くにある。

 別に最速を目指すゲームはマリオじゃなくてもいい。
 ゲームなら何でもいいのだ。

 例えば君の手にあるスマホのゲームでも、目の前に乱雑に放り投げているスイッチのゲームでもいい。
 スタートとゴールを決め、タイムを叩き出せば君も仲間入りだ。

 怖がることはない。
 確かに知らない世界は恐ろしいだろう。
 だが君はゲームから勇気を出す素晴らしさを教えてもらったはずだ。勇気を出して踏み出そう。
 大丈夫、一人じゃない。
 みんなも一緒にいる。

 さぁ冒険だ。
 狂気の世界が君を待っている。

 ◇

「というわけで、マリオを持っ――」
「嫌よ」

 友人の沙都子へのプレゼンを終え、ゲームを取り出そうとしたところ、食い気味で拒否の声をあげられる。
 その顔は恐怖の色に染まっていて、まるでパニックだった。

 いつもと違う志向でゲームしようというお誘いなのに、なぜこんなに拒まれるのか?
 こうも取り付く島がないと、説得しようがない……
 そんなに怖がらせるようなことなんて言ってないんだけどなあ……

「私は人間を辞めるつもりは無いわ」
 沙都子はヒステリックに叫ぶ。
「辞めるなら、百合子一人で辞めてちょうだい」

 ああそっちね。
 私は納得する
 確かに世界記録を破るためには、人間を辞めなければいけないだろう……
 もちろん比喩だが、それほどまでに高いステージである。
 だが私はそこまでするつもりはない。

「安心して、沙都子。
 人間辞めるまで極めるつもりはないよ」
「どういうこと?」
「私の目的は世界最速じゃない。
 目的は別にある!」

 私がそう言うと、沙都子は落ち着いたのか顔から恐怖が消えていく。
 この調子で説得しよう。

「私はね、ソコソコの記録を出して、ネットにあげようと思ってる」
「ネットに……?
 なんで?」
「私の超絶テクで視聴者を魅了して、世界中から『cute!』って言われたいんだ」
「そこは『cool!』ではないのね……」
「私はゲーマーの前に美少女だからね」
「……」

 私の渾身のボケに、沙都子は白けた顔で私を見る。
 何その顔。
 ツッコまないのはともかく、なぜかわいそうなものを見る目で私を見るのか?
 全くもって解せない。
 皆からは『黙っていれば美少女』と言われるくらいには美少女だぞ!?

「というか、そんな下心アリアリの投稿、普通に炎上するんじゃない?
 意外とバレるものよ」
「大丈夫だって!
 投稿者なんて、みんな感じだから」
「まずは他の人たちに謝りなさい」


 ◇

 そんなこんなで沙都子の説教の後、私たちは動画を撮るために、ゲームをプレイし始めた。
 だが私が思っていた以上にRTAの道は険しかったらしい

 タイムアタックどころか、普通にプレイするだけで精一杯。
 見てて面白そうな魅せプレイも出来ず、何時間やっても成果が出そうな気配がないので、今回は諦めることにした。

 RTAの世界の住人たち。
 想像以上に凄い人達だったらしい。
 改めて、尊敬の念を抱く次第である

 けどここで終わりじゃない。
 挑戦はまだ続くのだ
 美少女最速ゲーマーの夢は、簡単に潰えることは無いのだ。

 だってそうでしょ?
 私たちはようやく登りはじめたばかり……
 このはてしなく遠いRTA坂をね…

「『私たち』?
 百合子一人でやってちょうだい」
「えー!?
 一緒に美少女ゲーマーコンビで売り出そうよ〜」
「恥ずかしいから却下」

終わり

2/26/2025, 9:39:13 PM

 19.『君と見た虹』『魔法』『一輪の花』


 環境破壊が進んだ結果、現代では虹を見ることが出来ない。
 百年もの間、虹の観測例は皆無であり、虹を見たければ時代遅れの映像記録を見るしかなかった。
 昔はいくらもでも見ることが出来た虹も、今では存在を疑う人もいる。
 もはや現代人にとって、虹というものはおとぎ話の出来事であった……
 
 ところが一か月前、世界中を衝撃的なニュースが駆け回る
 なんと、日本のとある場所で、百年ぶりに虹が観測されたのである。
 二度と見れないと思われた虹が観測されたことによって、人々は大興奮。
 多くの人が現地を訪れた。

 かくいう私も見たことがない虹を一目見ようと、当時恋人だった彼と一緒に現地に向かった。
 その場所は『ド』が5個くらい付く田舎で静かな場所らしいのだが、世界中から集まった観光客で騒がしくなっていた。
 しかし田舎なものだから当然公共機関は充実しておらず、臨時便で運航を増やしていたが焼け石に水であった。
 訪れた人々は『最寄り駅の10個くらい前で降りて歩いていった方が早い』と半ば本気で愚痴ったほどである。

 その噂を軽く見ていた私たちは、これといった準備をせずに出発。
 日帰りの予定だった私たちの小旅行は、何も無い原っぱで野宿を羽目になった。
 けれど私たちみたいな野宿組も少なくないらしく、それらを相手に毛布のレンタルをしている人もいた。
 おかげで凍死せずに済んだものの、観光地にありがちなプレミアム料金だったので、ちょっとだけ財布にダメージを受けた。

 そんな感じだったので、到着する頃にはへとへとだった。
 ようやく訪れた目的地。
 そこでも観光客がうようよおり、ハッキリ言って辟易した。
 でもここまで来て引き返す選択肢はない。
 ごった返す観光客の波を掻き分け、虹の見える場所まで歩いた。

 全身ボロボロで見ることになった初めての虹。
 風情も情緒もあったものではなかった。

 けれど、虹を見たことで疲れが全部吹き飛んだ。
 始めて見る虹は、目を見張るほど美しかった。

 映像ではない、本物の虹。
 自然が作り出した究極の美。
 私はただただ感激し、気づいた時には涙すら流していた。
 私が目の前の光景に打ち震えていた、そんな時だった。

 目の前に、すっと小さな箱が差し出される。
 ゆっくりと開かれた箱の中には、私の指に丁度いいくらいの指輪がある。
 驚いて彼の方を見ると、彼は緊張した面持ちで私を見ていた。
「僕と結婚してくれませんか?」
 彼の言葉に、私は「はい」と頷く。
 こうして私たちは夫婦になった。

 たまたま側にいた周囲の人から祝福され、話を聞いた土産屋からはお祝いにとたくさんキーホルダーを貰った
 美しい虹を背に記念写真まで撮り、この日の事は忘れられない思い出になった。
 まるで魔法をかけてもらったシンデレラ。
 私は幸せだった。

 けれどこの世に魔法なんてない。
 一週間前、この虹が偽物だったことが判明した。
 地元の人々が村起こしにと、最新式の機械を使ってホログラムの虹を作り出したというのである。

 関係者が言うには、適度な所でネタ晴らしする予定だったらしいが、思いのほか盛況で怖くなり言えなくなってしまったらしい。
 そして事件当日、虹を捕獲して大もうけしようとした悪徳会社と、その情報を掴んで阻止しようとした警察機動部隊と激突、その騒動で機械が壊れて虹が消えたことで真実が明るみに出たようである。

 どこから突っ込めばいいのか分からないが、多くの人が騙されていたことは事実。
 当然の様に炎上し、一部から裁判を起こされるなど、ドロドロの憎悪激

 私はというと、その事実を知ってショックのあまりその場で倒れた。
 『君と見た虹は偽物だった』 
 そんな残酷な事実が、私の心を苛み私の思い出を暗い物にしていった。

 でもショックだったのは、あの虹が偽物だったからじゃない。
 あの虹が偽物だという事実が、私のあの幸せな気持ちも彼のプロポーズも偽物だと言われているような気がして、どうしようもなく辛かったのだ。
 それ以来、私は家から出ず自分の部屋に引きこもるようになった。

 そんな私を見かねたのだろう。
 彼から『気分転換に遊びに行こう』と誘われた。
 何もしたくなかった私は気乗りしなかったのだが、彼の熱気に押され半ば強引に外出することになった。

 彼に連れられるまま電車に乗り、バスに乗り、行きついた先はあの場所だった。
 彼と一緒に虹を見た場所。
 彼からプロポーズされた場所。
 かつて私を幸せにしてくれて、今は私を責める場所。

 あれほど騒がしかったこの場所も、今では一人もおらず見る影もない。
 まるであの日の出来事は幻で、そんなものは存在しないと言われているようだった。
 私の心はより一層暗く沈む。

 とその時、目の前に一輪の花が差し出される。
 驚いて彼の方を見ると、彼は申し訳なさそうな顔で私を見ていた。
「本当はもう一個指輪を買ってあげたかったんだけど、お金が無くてね」
 彼は困ったように笑う。
「これで我慢してね」
 そして彼は私の正面に立ち、私の目をまっすぐ見る。
「僕と結婚してくれませんか?」

 あの日以来、私は不安だった。
 虹と同じように、あの日の出来事が偽物じゃないかと思い悩んでいた。
 そんな私に、彼は気づいていたのだろう。

 だからこうして、またプロポーズしてくれた。
 たとえあの日の事が偽物だったとしても、私にプロポーズしてくれた事実は偽物じゃないということを伝えてくれるために……

 私はバカだ。
 こんなにも私の事を思ってくれているというのに、何を不安に感じていたのだろう……
 私は涙をぬぐい、彼をまっすぐ見た
 そして私は「はい」と頷く。
 私たちは本当の意味で夫婦になった。

 その後、私たちは記念写真を撮ることにした。
 今日この日が幻ではなく、本当にあった証拠を残すために。

 カメラは持って来てなかったので、スマホの自撮りモードで撮影。
 数枚とって、その場を後にした。

 帰りの電車の中、写真を見てニヤニヤしているとある事に気づいた。
 その時は分からなかったが、あの日撮った写真と同じアングルで、私たちの後ろに虹が出ていたのである。
 虹からも『あれは偽物じゃない』と言われてる気がして、少しだけ愉快な気持ちになるのだった。

2/23/2025, 4:34:17 PM

18.『あなたは誰』『ひそかな思い』『夜空を駆ける』


 最近、とある男性の事ばかり考えている。
 数日前、危ないところを助けてもらって以来、彼の顔が頭から離れない。

 もう一度会いたいと密かな思いを抱えつつも、未だに再会は出来ていない
 会いに行こうにもどこの誰かも分からず、人の多いところを探しても彼はどこにもいない。
 あまりの手ごたえの無さに『幻でも見たのか?』と不安になるも、彼に会ったのは間違いない事実。
 彼を見た時の胸の鼓動は今でも覚えている。
 間違いなく彼は存在する……

「もう一度会いたい……」
 小さく呟きながら、あの時の事を思い出していた


 ◇

 数日前のこと、残業で遅くなり帰るのが深夜になってしまった日の事だ。
 人気のない道を歩いていると、強盗に襲われてしまう。

「金を出せ」
 強盗の手には、ギラリと光るナイフがある。
 それを見た自分は恐怖のあまり、その場から動けなくなってしまう。
 頭が真っ白になり、犯人の言う通りにカバンから財布を取り出そうとした、まさにその時だった

「大丈夫ですか?」
 ハッと顔を上げると、強盗がいた場所にイケメンの男性が立っていた。
(強盗がイケメンにジョブチェンジした……?)
 そんな場違いなことを考えていると、視界の隅になにか転がっている物が見えた。
 強盗だった。
 状況から察するに、この男性が強盗をやっつけたらしい。

(どんな早業なんだ……)
 強盗に脅され、財布を取り出そうと目を離していたのは十秒ほど。
 そんな短い間に、男性はどこからとなく現れて強盗を一瞬で組み伏せた。
 まるで漫画みたいだ。
 この人、一体何者なんだろうか……

「救急車を呼んだ方がいいですか?」
 急展開に付いて行けずぼんやりしていると、彼が心配そうに声をかけてくる
 何も反応が無いので、頭でも打ったと心配されたのかもしれない。
 どこにも悪いところは無いので、慌てて弁明をする。

「い、いえ、大丈夫です。
 驚いてしまって……
 怪我はありません」
「それは良かった」
 彼は安心したのか、輝く笑顔でうなずく。
 よっぽど心配していたらしい。
 悪い事をしたと反省する。

「大丈夫そうなので、僕はもう行きますね」
 と言って、その細い体のどこに筋肉を隠しているのか、彼は強盗を軽々と担ぎ上げる。
 けれど強盗を担いでどうするのだろう……
 不思議そうに見ていると、彼が答えてくれた

「警察に突き出します。
 あなたも気を付けて」
 コクリと頷くと、彼は満足そうに微笑む。
 そして彼は振り返り、近くの家の屋根まで飛び上がった。


 ……屋根まで飛び上がった?


 目の錯覚かと思い、思わず目をこする。
 しかし彼は依然と屋根の上にいて、それが現実だという事を示していた。
 そうして呆気に取られている間に、彼は隣の屋根に飛び移り、また隣の屋根に飛び移る。
 その夜空を駆ける様子はまるで――

「忍者……?
 実在したんだ……」
 そうして彼は、闇夜に消えたのであった。


 ◇

 この出来事、寝ても覚めても彼の事ばかり。
 一時も彼の勇姿を忘れた事は無い。
 ほくろの位置まで思い出せる。
 でも彼について何も知らない。

 あなたは誰?
 どこにいる?
 今何をしている?
 分からないことだらけだ。

 でもたった一つ。
 ハッキリしている事がある。
 それは彼に再会した時の言葉。

「弟子にしてください」
 男は皆、一度は忍者に憧れるもの。
 自分も例外ではなく、忍者になれる日を今でも夢に見ている。
 なんとしてでも弟子入りせねば!

「会いたいなあ……」
 何度目か分からないため息を尽き、今日も忍者の彼を探しに街へ繰り出すのであった

2/20/2025, 2:20:33 PM

17.『時間よ止まれ』『輝き』『手紙の行方』

「ふんふんふふーん」

 ある土曜日のお昼過ぎ、鼻歌を歌いながらご機嫌に歩く少女の姿がありました。
 彼女の名前は、サツキ。
 近くの高校に通う女子校生です

 彼女は今、待ち合わせの場所に向かっていました。
 待ち合わせの相手は、サツキがひそかに思いを寄せていた先輩――カンタです。

 彼はいわゆる完璧超人でした。
 容姿端麗、文武両道、性格も良く人望も厚い、まさに非の打ち所がありません。
 さらに生徒会の会長までこなし、生徒からの絶大な人気がありました。
 当然女生徒からの人気も高く、ファンクラブも設立されています。
 もちろんサツキもファンクラブに入っています。

 ですが、本人に声をかける勇気はありません。
 彼女は遠くから眺めるだけで満足していたのです。
 そのため、二人には接点というのもがありませんでした。

 にもかかわらず、なぜ二人が会うことになったのか?
 それは金曜日の朝に遡ります。

 ◇

 サツキがいつものように学校まで登校した時のこと。
 靴箱の中に手紙が入っていることに気づきました。

(まさか、ラブレター!?)

 サツキは人生初のモテキ到来に動転しつつも、すぐに手紙をカバンにしまいます。
 もし友人にバレようものなら、絶対に冷やかされると思ったからです。

(中身を確認せねば!)
 そう思ったサツキは、誰にも邪魔されないようにトイレの個室に駆け込みます。
 サツキはドアに鍵をかけた後、手紙を読みます

『明日、午後1時
 学校近くの井之頭公園で待っている

 カンタ』

 書いてあることはそれだけでした。
 なんの接点もない憧れの先輩からの手紙。
 普通なら、彼女の恋心をしっている誰かのイタズラと判断する事でしょう。

 しかしサツキは、イタズラではなくこれはラブレターである事を確信します。
 それも差出人は、憧れのカンタ先輩で間違いないとまで思いました。

 都合のいい思い込みでしょうか?
 いいえ、確固たる証拠があります。
 それは手紙の筆跡です。

 この高校では、生徒会新聞というものを発行していました。
 主な内容は生徒会の活動報告なのですが、その中にカンタのコラムが掲載されていたのです。
 この令和の時代において、珍しい手書きでした。

 それを毎日穴が開くほど読み込むのがサツキの趣味でした。
 そして、いつしか彼の字のクセを覚え、一瞬で判別できるようになりました。
 つまり、この手紙がカンタのものかどうか、彼女にとって判別が容易なのでした
 湿度高めのストーカーのようですが、彼女はそのことに気付ません。
 サツキはまるでお付き合いが決まったかのように、声を押さえて喜びます

 ですが彼女はハタと気づきます。
 手紙をもらったからには返事を出さねば失礼というもの。
 早速カバンからお気に入りの便箋を取り出し、その場で返事を書きます。
 返事の内容と、『いつ見てもあなたは素敵です』という愛の言葉も添えて……

 ですが『さあ渡しに行こう』という段階で、またしてもある事に気づきます。
(どうやって渡そう……)
 サツキには、いくら両想いとはいえ衆人環視の中で手紙を渡す勇気はありません。
 さらにファンクラブのメンバーがどんな妨害をするかもわかりません。
 どうするべきか悩んだ末、靴箱にに入れる事に決めました。

(ここに入れれば読んでくれるだろう)
 サツキはカンタの靴箱に手紙を入れ、その場を後にしたのでした。


  ◇

 そしてデート当日。
 いつもより気合を入れ、勝負服をきて目的地へ向かいます。
 薔薇色の未来を夢見て……

 ですが――

「ようやく来たようだな。
 逃げなかったことを褒めてやる!」
 待っていたのは、カンタではありませんでした。
 そこにいたのは、成人男性より一回り大きなクマのような男……
 最近巷を騒がす怪人です。
 怪人は悪の組織の一員で、悪逆を尽くして人々に恐れられていました。

 そして――
 これは実は秘密なのですが、サツキは怪人を倒す正義の魔法少女なのです。
 世界の平和を救うため、魔法の力を得て怪人たちと死闘を繰り広げていました。
 ですから怪人がサツキを待ち伏せすることは不思議ではありませんし、今までにもありました。
 しかしサツキは、目の前で起こっている事が信じられませんでした。

「なぜ貴様がここに!?」
 サツキは叫びます。
 そう、ここにはカンタがいるはずです。
 にもかかわらず、なぜ怪人がいるのか?
 不思議でなりません。

「知れたこと!
 貴様を殺すため、ここに場所に呼び出したのだ!
 罠をたんまりと仕掛けてな!」

 何という事でしょう。
 あの手紙はカンタからではなく、怪人からの物でした。
 サツキが自分のバラ色の未来が幻想だったことに気づきます。
 絶望のあまり、サツキはその場に崩れ落ちてしまいます。

「クハハ、絶望したか?
 だが真の恐怖はこれから――」
「……さない」
「うん?
 何か言ったか?」
「許さない!」
「な、なんだこの輝きは!」

 突然サツキの体が光に包まれました。
 予想外のことに、何が起こったか分からない熊の怪人は目を見開きます。

「くそ、なんだか分からんがヤバい!
 すぐに殺して――」
「時間よ止まれ!」

 サツキが叫んだ瞬間、世界が静止します。
 怪人は恐怖の滲んだ顔で、こちらを見たまま動きません。
 木から落ちる葉っぱも、空中でピタリと固定されています。
 世界の時間が止まったのです。
 彼女を除いて……

 この時間停止はサツキの魔法によるものです。
 時間が止まっている間、サツキ以外の存在は何も出来ません。
 サツキだけが行動することが出来、そして干渉できます。
 もちろんこんなチートじみた魔法、そうそう使える物ではありません
 彼女の怒りが頂点に達したときにだけ使える究極魔法なのです。

 サツキは制止した世界でゆっくりと怪人に近づきます。
 ボコボコにするためです。
 サツキは表情の消えた能面のような顔で呟きました。
「乙女の純情をもてあそんだ罪、思い知れ」


 ◇

「くっそー、罠だったか」
 サツキは、ボロ雑巾になった怪人を見つめながら、がっくりと肩を落とします。
 カンタの手紙だと確信したのに、まさか偽物だったとは……
 絶対の自信があっただけに、落胆も大きい物でした。
 どうやってカンタの筆跡をまねたかは分かりませんが、『おそらくAIとか使ったのであろう』とサツキはそう結論付けました

「そういえば」
 そこである事を思い出しました。
 サツキが書いた手紙の行方です。

 カンタからのお誘いの返事を、サツキは手紙で返しました。
 しかし、実際にはカンタは手紙を出していません。
 誘っていないお誘いの返事が来て、本人はさぞかし混乱する事でしょう。

 混乱するだけならまだマシです。
 カンタが、サツキの手紙を読んで、『こいつヤバい奴では?』と思われたら目も当てられません。

「どうしよう~」
 彼女はその場にしゃがみ込み、頭を抱え込みます。
 どれだけ考えても、この問題を解決する妙案は思い浮かびません。
(どうすれば…… どうすればいい!?)

 どうすれば、アレを無かった事に出来るのか……
「とりあえず、間違えたって謝るか……」
 敗戦濃厚な戦いに憂鬱になりつつ、八つ当たりで伸びている怪人を蹴るのでした。


 ◇

 同時刻、サツキが通う高校の生徒会室。
 その部屋に一人の男子高校生がいました。
 カンタです。
 彼は自分の席に座り、手紙を読んでいました

 サツキからの手紙です。
 誘っていないお誘いの返事の手紙。

 さぞかし困惑しているだろうと思いきやその顔には困惑の色はありません。
 さりとて『こいつヤバい』という恐怖の色もありません。
 代わりに、その顔には怒りでいっぱいでした

「ふん、バカにしてくれる」
 グシャリと音を立てて、手紙は握りつぶされます。

 ここまで読んでいただいた読者に真相をお伝えしましょう。
 ここにいるカンタという男……

 スーパーイケメン生徒会長とは仮の姿――
 正体は、怪人たちを束ねる悪の組織のボスなのです!

 カンタは、部下の怪人たちを倒すサツキを苦々しく思っていました。
 どうにか排除できないか。
 そんな事を考えていました。
 そこで思いついたのは、彼女を罠にはめること。
 罠を仕掛けた場所におびき寄せるため、カンタは策を弄することにしました。

 それがあの手紙です。
 カンタは自分が女子にモテることを知っていたため、ラブレターらしきものを出せば、簡単に釣れるだろうと考えたのです。
 そう、あの手紙は偽物ではなく、まごうことなき本物なのです!
 もっとも愛は込められていませんでしたが……

 しかし結果はどうでしょう?
 差し向けた怪人はあっさりと破れ、罠は一つも役に立ちませんでした。

 そして、サツキからの返事の手紙。
 これがカンタの神経を逆なでします。

 カンタは自分の正体が誰にも知られていないと高をくくっていました。
 しかし、サツキの手紙には『いつ見ても』の文が書かれている……
 これは『お前の正体は知っているぞ』という意味だとカンタは確信します。

 それでいて罠が張ってある死地に赴くという矛盾。
 何もかも分かって罠にかかるなど、どう考えても挑発しているようにしか見えませんでした。

「魔法少女SATSUKI。
 絶対に殺す」

 カンタは怒りに打ち震えながら、サツキに呪詛を吐くのでした

 ◇

 一枚の手紙から始まった壮大な勘違い物語。
 お互いがお互いを誤解したまま、どんな結末を迎えるのでしょうか?

 果たしてサツキの恋は実るのか?
 はてまたカンタの野望は成就するのか?

 それはまだ誰も知らない。

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