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17.『時間よ止まれ』『輝き』『手紙の行方』

「ふんふんふふーん」

 ある土曜日のお昼過ぎ、鼻歌を歌いながらご機嫌に歩く少女の姿がありました。
 彼女の名前は、サツキ。
 近くの高校に通う女子校生です

 彼女は今、待ち合わせの場所に向かっていました。
 待ち合わせの相手は、サツキがひそかに思いを寄せていた先輩――カンタです。

 彼はいわゆる完璧超人でした。
 容姿端麗、文武両道、性格も良く人望も厚い、まさに非の打ち所がありません。
 さらに生徒会の会長までこなし、生徒からの絶大な人気がありました。
 当然女生徒からの人気も高く、ファンクラブも設立されています。
 もちろんサツキもファンクラブに入っています。

 ですが、本人に声をかける勇気はありません。
 彼女は遠くから眺めるだけで満足していたのです。
 そのため、二人には接点というのもがありませんでした。

 にもかかわらず、なぜ二人が会うことになったのか?
 それは金曜日の朝に遡ります。

 ◇

 サツキがいつものように学校まで登校した時のこと。
 靴箱の中に手紙が入っていることに気づきました。

(まさか、ラブレター!?)

 サツキは人生初のモテキ到来に動転しつつも、すぐに手紙をカバンにしまいます。
 もし友人にバレようものなら、絶対に冷やかされると思ったからです。

(中身を確認せねば!)
 そう思ったサツキは、誰にも邪魔されないようにトイレの個室に駆け込みます。
 サツキはドアに鍵をかけた後、手紙を読みます

『明日、午後1時
 学校近くの井之頭公園で待っている

 カンタ』

 書いてあることはそれだけでした。
 なんの接点もない憧れの先輩からの手紙。
 普通なら、彼女の恋心をしっている誰かのイタズラと判断する事でしょう。

 しかしサツキは、イタズラではなくこれはラブレターである事を確信します。
 それも差出人は、憧れのカンタ先輩で間違いないとまで思いました。

 都合のいい思い込みでしょうか?
 いいえ、確固たる証拠があります。
 それは手紙の筆跡です。

 この高校では、生徒会新聞というものを発行していました。
 主な内容は生徒会の活動報告なのですが、その中にカンタのコラムが掲載されていたのです。
 この令和の時代において、珍しい手書きでした。

 それを毎日穴が開くほど読み込むのがサツキの趣味でした。
 そして、いつしか彼の字のクセを覚え、一瞬で判別できるようになりました。
 つまり、この手紙がカンタのものかどうか、彼女にとって判別が容易なのでした
 湿度高めのストーカーのようですが、彼女はそのことに気付ません。
 サツキはまるでお付き合いが決まったかのように、声を押さえて喜びます

 ですが彼女はハタと気づきます。
 手紙をもらったからには返事を出さねば失礼というもの。
 早速カバンからお気に入りの便箋を取り出し、その場で返事を書きます。
 返事の内容と、『いつ見てもあなたは素敵です』という愛の言葉も添えて……

 ですが『さあ渡しに行こう』という段階で、またしてもある事に気づきます。
(どうやって渡そう……)
 サツキには、いくら両想いとはいえ衆人環視の中で手紙を渡す勇気はありません。
 さらにファンクラブのメンバーがどんな妨害をするかもわかりません。
 どうするべきか悩んだ末、靴箱にに入れる事に決めました。

(ここに入れれば読んでくれるだろう)
 サツキはカンタの靴箱に手紙を入れ、その場を後にしたのでした。


  ◇

 そしてデート当日。
 いつもより気合を入れ、勝負服をきて目的地へ向かいます。
 薔薇色の未来を夢見て……

 ですが――

「ようやく来たようだな。
 逃げなかったことを褒めてやる!」
 待っていたのは、カンタではありませんでした。
 そこにいたのは、成人男性より一回り大きなクマのような男……
 最近巷を騒がす怪人です。
 怪人は悪の組織の一員で、悪逆を尽くして人々に恐れられていました。

 そして――
 これは実は秘密なのですが、サツキは怪人を倒す正義の魔法少女なのです。
 世界の平和を救うため、魔法の力を得て怪人たちと死闘を繰り広げていました。
 ですから怪人がサツキを待ち伏せすることは不思議ではありませんし、今までにもありました。
 しかしサツキは、目の前で起こっている事が信じられませんでした。

「なぜ貴様がここに!?」
 サツキは叫びます。
 そう、ここにはカンタがいるはずです。
 にもかかわらず、なぜ怪人がいるのか?
 不思議でなりません。

「知れたこと!
 貴様を殺すため、ここに場所に呼び出したのだ!
 罠をたんまりと仕掛けてな!」

 何という事でしょう。
 あの手紙はカンタからではなく、怪人からの物でした。
 サツキが自分のバラ色の未来が幻想だったことに気づきます。
 絶望のあまり、サツキはその場に崩れ落ちてしまいます。

「クハハ、絶望したか?
 だが真の恐怖はこれから――」
「……さない」
「うん?
 何か言ったか?」
「許さない!」
「な、なんだこの輝きは!」

 突然サツキの体が光に包まれました。
 予想外のことに、何が起こったか分からない熊の怪人は目を見開きます。

「くそ、なんだか分からんがヤバい!
 すぐに殺して――」
「時間よ止まれ!」

 サツキが叫んだ瞬間、世界が静止します。
 怪人は恐怖の滲んだ顔で、こちらを見たまま動きません。
 木から落ちる葉っぱも、空中でピタリと固定されています。
 世界の時間が止まったのです。
 彼女を除いて……

 この時間停止はサツキの魔法によるものです。
 時間が止まっている間、サツキ以外の存在は何も出来ません。
 サツキだけが行動することが出来、そして干渉できます。
 もちろんこんなチートじみた魔法、そうそう使える物ではありません
 彼女の怒りが頂点に達したときにだけ使える究極魔法なのです。

 サツキは制止した世界でゆっくりと怪人に近づきます。
 ボコボコにするためです。
 サツキは表情の消えた能面のような顔で呟きました。
「乙女の純情をもてあそんだ罪、思い知れ」


 ◇

「くっそー、罠だったか」
 サツキは、ボロ雑巾になった怪人を見つめながら、がっくりと肩を落とします。
 カンタの手紙だと確信したのに、まさか偽物だったとは……
 絶対の自信があっただけに、落胆も大きい物でした。
 どうやってカンタの筆跡をまねたかは分かりませんが、『おそらくAIとか使ったのであろう』とサツキはそう結論付けました

「そういえば」
 そこである事を思い出しました。
 サツキが書いた手紙の行方です。

 カンタからのお誘いの返事を、サツキは手紙で返しました。
 しかし、実際にはカンタは手紙を出していません。
 誘っていないお誘いの返事が来て、本人はさぞかし混乱する事でしょう。

 混乱するだけならまだマシです。
 カンタが、サツキの手紙を読んで、『こいつヤバい奴では?』と思われたら目も当てられません。

「どうしよう~」
 彼女はその場にしゃがみ込み、頭を抱え込みます。
 どれだけ考えても、この問題を解決する妙案は思い浮かびません。
(どうすれば…… どうすればいい!?)

 どうすれば、アレを無かった事に出来るのか……
「とりあえず、間違えたって謝るか……」
 敗戦濃厚な戦いに憂鬱になりつつ、八つ当たりで伸びている怪人を蹴るのでした。


 ◇

 同時刻、サツキが通う高校の生徒会室。
 その部屋に一人の男子高校生がいました。
 カンタです。
 彼は自分の席に座り、手紙を読んでいました

 サツキからの手紙です。
 誘っていないお誘いの返事の手紙。

 さぞかし困惑しているだろうと思いきやその顔には困惑の色はありません。
 さりとて『こいつヤバい』という恐怖の色もありません。
 代わりに、その顔には怒りでいっぱいでした

「ふん、バカにしてくれる」
 グシャリと音を立てて、手紙は握りつぶされます。

 ここまで読んでいただいた読者に真相をお伝えしましょう。
 ここにいるカンタという男……

 スーパーイケメン生徒会長とは仮の姿――
 正体は、怪人たちを束ねる悪の組織のボスなのです!

 カンタは、部下の怪人たちを倒すサツキを苦々しく思っていました。
 どうにか排除できないか。
 そんな事を考えていました。
 そこで思いついたのは、彼女を罠にはめること。
 罠を仕掛けた場所におびき寄せるため、カンタは策を弄することにしました。

 それがあの手紙です。
 カンタは自分が女子にモテることを知っていたため、ラブレターらしきものを出せば、簡単に釣れるだろうと考えたのです。
 そう、あの手紙は偽物ではなく、まごうことなき本物なのです!
 もっとも愛は込められていませんでしたが……

 しかし結果はどうでしょう?
 差し向けた怪人はあっさりと破れ、罠は一つも役に立ちませんでした。

 そして、サツキからの返事の手紙。
 これがカンタの神経を逆なでします。

 カンタは自分の正体が誰にも知られていないと高をくくっていました。
 しかし、サツキの手紙には『いつ見ても』の文が書かれている……
 これは『お前の正体は知っているぞ』という意味だとカンタは確信します。

 それでいて罠が張ってある死地に赴くという矛盾。
 何もかも分かって罠にかかるなど、どう考えても挑発しているようにしか見えませんでした。

「魔法少女SATSUKI。
 絶対に殺す」

 カンタは怒りに打ち震えながら、サツキに呪詛を吐くのでした

 ◇

 一枚の手紙から始まった壮大な勘違い物語。
 お互いがお互いを誤解したまま、どんな結末を迎えるのでしょうか?

 果たしてサツキの恋は実るのか?
 はてまたカンタの野望は成就するのか?

 それはまだ誰も知らない。

2/20/2025, 2:20:33 PM