19.『君と見た虹』『魔法』『一輪の花』
環境破壊が進んだ結果、現代では虹を見ることが出来ない。
百年もの間、虹の観測例は皆無であり、虹を見たければ時代遅れの映像記録を見るしかなかった。
昔はいくらもでも見ることが出来た虹も、今では存在を疑う人もいる。
もはや現代人にとって、虹というものはおとぎ話の出来事であった……
ところが一か月前、世界中を衝撃的なニュースが駆け回る
なんと、日本のとある場所で、百年ぶりに虹が観測されたのである。
二度と見れないと思われた虹が観測されたことによって、人々は大興奮。
多くの人が現地を訪れた。
かくいう私も見たことがない虹を一目見ようと、当時恋人だった彼と一緒に現地に向かった。
その場所は『ド』が5個くらい付く田舎で静かな場所らしいのだが、世界中から集まった観光客で騒がしくなっていた。
しかし田舎なものだから当然公共機関は充実しておらず、臨時便で運航を増やしていたが焼け石に水であった。
訪れた人々は『最寄り駅の10個くらい前で降りて歩いていった方が早い』と半ば本気で愚痴ったほどである。
その噂を軽く見ていた私たちは、これといった準備をせずに出発。
日帰りの予定だった私たちの小旅行は、何も無い原っぱで野宿を羽目になった。
けれど私たちみたいな野宿組も少なくないらしく、それらを相手に毛布のレンタルをしている人もいた。
おかげで凍死せずに済んだものの、観光地にありがちなプレミアム料金だったので、ちょっとだけ財布にダメージを受けた。
そんな感じだったので、到着する頃にはへとへとだった。
ようやく訪れた目的地。
そこでも観光客がうようよおり、ハッキリ言って辟易した。
でもここまで来て引き返す選択肢はない。
ごった返す観光客の波を掻き分け、虹の見える場所まで歩いた。
全身ボロボロで見ることになった初めての虹。
風情も情緒もあったものではなかった。
けれど、虹を見たことで疲れが全部吹き飛んだ。
始めて見る虹は、目を見張るほど美しかった。
映像ではない、本物の虹。
自然が作り出した究極の美。
私はただただ感激し、気づいた時には涙すら流していた。
私が目の前の光景に打ち震えていた、そんな時だった。
目の前に、すっと小さな箱が差し出される。
ゆっくりと開かれた箱の中には、私の指に丁度いいくらいの指輪がある。
驚いて彼の方を見ると、彼は緊張した面持ちで私を見ていた。
「僕と結婚してくれませんか?」
彼の言葉に、私は「はい」と頷く。
こうして私たちは夫婦になった。
たまたま側にいた周囲の人から祝福され、話を聞いた土産屋からはお祝いにとたくさんキーホルダーを貰った
美しい虹を背に記念写真まで撮り、この日の事は忘れられない思い出になった。
まるで魔法をかけてもらったシンデレラ。
私は幸せだった。
けれどこの世に魔法なんてない。
一週間前、この虹が偽物だったことが判明した。
地元の人々が村起こしにと、最新式の機械を使ってホログラムの虹を作り出したというのである。
関係者が言うには、適度な所でネタ晴らしする予定だったらしいが、思いのほか盛況で怖くなり言えなくなってしまったらしい。
そして事件当日、虹を捕獲して大もうけしようとした悪徳会社と、その情報を掴んで阻止しようとした警察機動部隊と激突、その騒動で機械が壊れて虹が消えたことで真実が明るみに出たようである。
どこから突っ込めばいいのか分からないが、多くの人が騙されていたことは事実。
当然の様に炎上し、一部から裁判を起こされるなど、ドロドロの憎悪激
私はというと、その事実を知ってショックのあまりその場で倒れた。
『君と見た虹は偽物だった』
そんな残酷な事実が、私の心を苛み私の思い出を暗い物にしていった。
でもショックだったのは、あの虹が偽物だったからじゃない。
あの虹が偽物だという事実が、私のあの幸せな気持ちも彼のプロポーズも偽物だと言われているような気がして、どうしようもなく辛かったのだ。
それ以来、私は家から出ず自分の部屋に引きこもるようになった。
そんな私を見かねたのだろう。
彼から『気分転換に遊びに行こう』と誘われた。
何もしたくなかった私は気乗りしなかったのだが、彼の熱気に押され半ば強引に外出することになった。
彼に連れられるまま電車に乗り、バスに乗り、行きついた先はあの場所だった。
彼と一緒に虹を見た場所。
彼からプロポーズされた場所。
かつて私を幸せにしてくれて、今は私を責める場所。
あれほど騒がしかったこの場所も、今では一人もおらず見る影もない。
まるであの日の出来事は幻で、そんなものは存在しないと言われているようだった。
私の心はより一層暗く沈む。
とその時、目の前に一輪の花が差し出される。
驚いて彼の方を見ると、彼は申し訳なさそうな顔で私を見ていた。
「本当はもう一個指輪を買ってあげたかったんだけど、お金が無くてね」
彼は困ったように笑う。
「これで我慢してね」
そして彼は私の正面に立ち、私の目をまっすぐ見る。
「僕と結婚してくれませんか?」
あの日以来、私は不安だった。
虹と同じように、あの日の出来事が偽物じゃないかと思い悩んでいた。
そんな私に、彼は気づいていたのだろう。
だからこうして、またプロポーズしてくれた。
たとえあの日の事が偽物だったとしても、私にプロポーズしてくれた事実は偽物じゃないということを伝えてくれるために……
私はバカだ。
こんなにも私の事を思ってくれているというのに、何を不安に感じていたのだろう……
私は涙をぬぐい、彼をまっすぐ見た
そして私は「はい」と頷く。
私たちは本当の意味で夫婦になった。
その後、私たちは記念写真を撮ることにした。
今日この日が幻ではなく、本当にあった証拠を残すために。
カメラは持って来てなかったので、スマホの自撮りモードで撮影。
数枚とって、その場を後にした。
帰りの電車の中、写真を見てニヤニヤしているとある事に気づいた。
その時は分からなかったが、あの日撮った写真と同じアングルで、私たちの後ろに虹が出ていたのである。
虹からも『あれは偽物じゃない』と言われてる気がして、少しだけ愉快な気持ちになるのだった。
2/26/2025, 9:39:13 PM