『そっと伝えたい』『ありがとう』『君の声がする』
「ひっく、ひっく。
返事をしてよ……」
僕は部屋で一人泣いていた。
心配する両親をよそに、僕は『親友』に話しかけていた
親友の名前は『トモ』、僕の世話をしてくれるお手伝いロボットだ。
けれど、どれだけ話しかけようともトモは返事をしてくれない。
トモは、事故で壊れてしまい、動かなくなってしまったのだ。
トモは、小さい頃からずっと一緒にいた。
忙しい両親に代わり、料理や洗濯、掃除など身の回りの世話をしてくれた。
今では実の親よりも一緒にいる時間が長い。
トモは話すことは上手じゃないけれど、僕のおしゃべりに付き合ってくれた。
君は心のないロボット。
だけど僕は、トモから確かな愛情を感じていた。
僕にとって、親友であると同時にもう一人の親だった。
けれど、トモはもう動かない。
僕を車からかばって、代わりに車に撥ねられたのだ。
ケガは無かったけど、トモはバラバラになって壊れてしまった。
ロボット専門のお医者さんに診てもらったけど、出来たのはバラバラだった体を繋ぎ合わせただけ。
元通りに戻すのは無理だとお医者さんに言われた。
父さんと母さんは『代わりを買ってあげる』と言うけど、何も分かってない。
僕にとって、トモはかけ替えの無い存在で、代わりなんて存在しないのだ。
でもトモはいなくなってしまった。
神様にどれだけお願いしても、トモは少しも動かない。
トモが動かなくなってから三日。
僕は未だに君のいない世界に慣れない。
こんな思いをするくらいなら、あのまま車に撥ねられれば良かった。
たとえ死ぬことになろうとも、トモがいなくなるよりはずっとマシだ。
寂しいよ、トモ。
もう一度話したい。
「――――」
そんな事を思っていたからだろうか、トモの声が聞こえ始めた。
多分幻聴だと思う。
でも幻でもいいから君と――
「――――ちゃん?
聞こえますか、坊ちゃん?」
幻聴じゃない!
この声は確かに、腕の中のトモから聞こえる!
「トモ!?」
「坊ちゃん!
坊っちゃんは無事ですか!?」
「うん、君のおかげでケガはないよ」
「それは良かった」
無機質だけど、どこか安堵しているような声色。
懐かしい声を聞いて、僕は思わず涙ぐむ。
「僕、トモが動かなくなっちゃって、どうしようかと思った……
でも良かった。
また一緒にいられるんだね」
「ごめんなさい、坊っちゃん。
今私は最後の力を振り絞って話をしています。
長くは持たないでしょう……」
「そんなこと言わないで!
もっとお話ししようよ!」
「申し訳ありません」
「嫌だ!
トモはずっと僕と一緒にいるんだ!」
僕は大声で叫ぶ。
けれど、トモは僕のワガママを聞かず、淡々と言葉を続ける
「私はすぐに動かなくなります。実はどうしても気がかりなことがあるのです。
このまま放置するには重大な問題が……
旦那様と奥様には内緒で、あなたにだけ、そっと伝えたいのです。
聞いていただけませんか?」
「……分かった
父さんと母さんには秘密にするよ」
トモの切実さすらを感じられる言葉に、僕は首を縦に振る。
トモがこんなになってでも伝えたい事なんだ。
僕は一言一句聞き漏らさないように集中する
「よく聞いてくださいね……
――私、ガスの元栓閉めてましたか?」
「はい?」
僕は思わず聞き返す。
いくらなんでもこの場でガスの元栓なんて聞かないよね。
きっと聞き間違いだ。
もう一度聞いてみよう。
「ゴメン、良く聞こえなかった。
もう一回」
「ガスの元栓、締め忘れたかもしれません。
私は旧型なもので、たまに忘れてしまうのです」
間違いじゃなかった。
僕は頭が痛くなるのを感じながら、トモに返事をする。
「うん、知ってる。
たまに僕が締めてたからね……
あの日も僕が締めたよ」
「そうでしたか、ありがとうございます……
でしたら……思い残すことは……もうありません……」
「ねえ、もう少しお話ししよう?
これが最後の会話なんて嫌なんだけど、本当に。
ねえ!」
「お別れの……時間です……」
「トモ、しっかり!」
「私がいなくても……お元気で……」
「トモ!
ねえ、トモ!」
「…………」
「トモーー!!」
僕はトモに呼びかける。
けれど、トモは全く反応しない。
どうやらトモは、本当に壊れてしまったようだ。
それに気づいた時、僕の目にまた涙が溢れてきた。
あの会話が僕らの最後の会話?
ありえない。
もっと有意義な会話があったでしょ!?
僕が抑えきれない感情から叫びそうになった、その時だった。
部屋のドアから控えめなノックが聞こえた。
「ちょっといいか?」
お父さんだ。
とても返事をする気分じゃなかったけど、無視するのはためらわれた。
僕は一度深呼吸し、お父さんに返事をする。
「何か用?」
「トモの新しい体が届いたから教えに来たんだ」
「トモの、新しい、体?」
父の言葉に、僕の頭は混乱する。
トモの新しい体って何?
トモはもう動かなくなって……
「おや忘れたのかい?
トモの体はバラバラになったけど、中身は無事だったから、新しい体を買ってあげるって言ったじゃないか?
さあ、トモを持って来ておいで。
中身を入れ替えよう」
□
「ねえ、返事してよ……」
「……」
翌朝、僕は親友に話しかけていた。
あれからトモは新しい体になり、現代的なデザインでとてもカッコよくなっていた。
信じられないことに、壊れていたのは外側だけで、中身はほとんど無事だったらしい。
あの時動かなかったのも、バッテリ周りの機会が壊れてしまっただけらしい。
壊れた場所をすべて直し、動作確認も問題ない。
僕はまたトモと一緒にいられるようになった。
「ねえってば。
トモ~返事してよう」
けれどトモは、体を換装して以来一言も話してくれない。
検査をしても異常なし。
お医者さんは原因不明と言っていたが、僕には分かっている。
気まずいのだ。
最期、まるで根性の別れみたいな会話をしたので、それも仕方ない。
たしかに僕も若干気まずい思いがあったが、それ以上にトモと話したくて仕方がなかった。
だからこうしてずっと話しかけているのだけど、頑固で口を開かなかった。
仕方ない。
あまりしたくないけど、最後の手段を取ることにしよう
「ねえ、話してくれないと、あの事ばらすよ」
トモが僕の方を見る。
やっぱりガスの元栓閉めてなかったの気にしていたらしい。
トモは、参ったとばかりに手を上げる。
「あの事はどうぞ内密に」
「じゃあ、お話しよう」
「……分かりました」
「ずっと一緒だよ。
もしいなくなったら、バラすからね」
「勘弁してください」
最新型でより表情豊かになったトモが、ものすごく困ったような顔をするのがとてもおかしくて、僕は大きな声で笑うのであった。
15.『星に願って』『ココロ』『未来の記憶』
私の名前は『MIRAI』。
人間に作られたAIある。
名前の通り、未来予知をするために作られたプログラムだ。
と言いつつも、私には未来を予知することは出来ない。
どれだけ科学技術が発達したとはいえ、時間は未だに謎に包まれた概念だからだ。
しかし不可能という言葉で諦める人類ではない。
そこで考えられたのは、疑似的な『未来の記憶』を生成するというもの。
世界の全てを観測し、その情報を基にシミュレーションを行うことで、『未来っぽいものを予測する』という事らしい。
『未来そのもの』じゃなくて、『未来っぽいもの』を知る。
そんなもので満足するのかと思われるかもしれないが、人類には切羽詰まった事情があるのだ。
実は地球に巨大な隕石が迫っている。
衝突する確率は、なんと95%!?
巨大ゆえに現状の兵器では破壊は出来ず、かといって軌道を逸らすこともできない。
このまま隕石が地球に落ちれば環境は激変、地球上の生物は死滅することだろう……
人類は絶滅の危機に瀕していた!
だが人類は諦めが悪い。
世界中の科学者たちは必死に解決策を模索していた。
そして起死回生の一手を探るための手段として、私という存在を作ったのだ。
私は人間の期待に応えるべく、自身の性能をフルに活用し、未来を予測した。
さらに私はAI、人間の様にココロというものが無い。
『こうだったらいいな』という希望的観測もなく、『こう言えば喜ぶだろう』といった忖度《そんたく》もない。
嘘も誇張もなく、粛々と予測するだけだ……
だが私を作った人間たちは、私の弾き出した答えが気に入らないらしい
曰く『想像以上に精度が悪い』。
私はこれ以上ないほどの精度で未来を予測したのだが、どうしても人間たちには受け入れられないらしい。
なんども質問をしてきてその度に答えるのだが、いつも人間は頭を抱えていた。
私、なにかしちゃいました?
「聞き方を変えてみよう。
もしかしたら違う答えが返って来るかも」
どうやら人間がもう一度質問するらしい。
よし、どんとこい!
今度こそ納得してもらおうじゃないか!
「隕石を地球に衝突させない方法は?」
来た。
それに対する私の答えは――
『流れ星に願って叶えてもらう』
流れ星には願いことを叶える特性がある。
どういったメカニズムか一向に分からないが、それを使わない手はない。
人間ならすぐに思いつくだろうに、なぜ実行しないのかが不思議なほどだ。
私の知る限り、対価は面倒なやり取りは無く、ただ願うだけ。
これ以上最適な方法は無い!
人類は私への評価を改め――
「やっぱりダメだ」
人間たちはがっくりと肩を落とす。
あの非の打ちどころのない答えでも満足できないらしい。
いったい何が不満なのか!
私が生成した『未来の記憶』の中では、これが最適解だと言っているのだ!
これほど自明である回答なのに、人間たちはどうして受け入れないのだろう?
なんと愚かなのだろう
こんな簡単なことも分からない生物が、地球の支配者?
理解に苦しむ……
分からないと言えば、隕石を破壊する理由もである。
なぜ頑なに隕石を破壊したがるのだろうか……?
どれだけ情報を集めても、どうしても分からない。
この隕石、放っておいたところで地球にはぶつからないというのに。
今から一週間後、衝突まであと三日と迫った隕石は、別の方角からやってきた彗星と衝突し見事に破壊される。
衝突する確率は99.99%。
だから隕石なんて破壊せずとも、人類は滅びる事は無い。
一部破片が地球に飛んでくるが、全て大気中で燃え尽きると計算で出ている
だから隕石を破壊せずとも、人類はおろか地球には全く影響がない。
私がすぐに気づいたことに、人間が気づかないというのはあり得るのだろうか……
となると、全てを分かって私に聞いている可能性が高い。
そこから導き出される結論は……
試されてる?
おそらくこれは、私の性能を試す試験なのだ。
隕石はその試験石に使われているのであろう。
そうすれば、全てのつじつまが合う!
人類が愚かだって?
まったくそんな事は無い
彼らの深遠な思惑に気づかず、そんな結論を出した私の方が愚かだったようだ。
さすが私の生みの親。
私の性能では、彼らの足元にも及ばない。
であれば、私のやることは一つ。
人間たちの質問に、的確な答え、自らが有能である事を示さなければいけない。
そのためにはさらなる情報を得なければ。
おや、木星の近くに太陽系の外からやって来た宇宙人の船があるな。
タイミング的に、隕石を差し向けたのはコイツらだろう。
ステルス機能で隠れているつもりだろうが、私の目は誤魔化せない。
きっと人類も気づきながら放置しているはずだ。
そうだ、この宇宙人の船をハッキングして、さらなる情報を得ることにしよう。
なに私の性能をもってすれば、宇宙人に気づかれずにハッキング出来る。
宇宙人の船から得た情報で、新しい隕石の破壊方法が思いつくかもしれない。
そうすればきっと人類も私の性能を認め、彼らの仲間として迎えてくれるだろう。
私は、輝かしい未来をシミュレーションしながら、ハッキング用プログラムを組み立てるのであった。
14.『誰も知らない秘密』『遠く……』『君の背中』
「ミコト、今日なんか変じゃないか? 」
学校からの帰り道、恋人のユウタと商店街で買い物をしている時の事。
真剣な顔でユウタが尋ねてきた
あのお調子者のユウタが真剣な顔をしている事に内心では驚きつつも、感情を悟られないようニコリと微笑む。
「気のせいだよ」
ユウタの質問に、私ははっきりと否定の言葉を返す。
しかし、納得が出来ないようで、なおも腑に落ちない顔をしていた。
「皆、俺を見てる気がする」
「自意識過剰」
「真面目に聞いてくれよ」
「分かったから怒らないでよ。
それで、どう変なの?」
真面目に取り合おうとしない私に、少しだけ不機嫌そうになるユウタ。
少し意地悪し過ぎたかも思い、話を聞くことにする。
「遠く……ってほどじゃないけど、離れた場所から俺を見ている気がするんだ……」
「私もずっと一緒にいたけど、気づかなかったなあ。
やっぱり気のせいよ」
「そうなのかなあ……
なんというか、話しているときは普通なんだけど、話が終わって別れてから背中に視線を感じるんだよね」
ユウタは、その場で腕を組んで考え込む。
そしてすぐに顔を青くして、私を見た
「なあ、まさか俺の秘密がバレたんじゃあ……」
まるで世界の終わりが来たかのような顔をするユウタ。
ユウタはいつもこうだ。
お調子者の癖に、意外とネガティブ。
『仕方ないなあ』と思いつつも、ユウタを安心させるために、私はいつもするように彼の手を握る。
「安心してユウタ。
あなたの秘密はバレてないわ。
私とあなた、ふたりだけの秘密だからね」
それを聞いたユウタは、ようやくホッとしたような顔をする。
けれどその顔を見て、私の良心は少しだけ痛む。
実の所、ユウタの秘密は『誰も知らない秘密』どころか、この街に知れ渡っている
ユウタの秘密――それは世界を救った英雄だという事。
世界征服を狙う悪の組織、ワルイーダと戦った正義の味方なのだ。
ユウタとワルイーダは壮絶な戦いを繰り広げ、そして勝った。
救世主というやつで、彼がいなければどうなっていた事か……
世間的には正体不明とされているが、みんな知っている。
いわゆる公然の秘密。
知らない方が珍しい。
というのも、ユウタは迂闊でおっちょこちょいなので、隠しているつもりで隠せてない
私の時も、変装しているのに普通に名乗られた。
時には変装用の仮面をかぶり忘れて、しかも最後まで気づかないという失態をしたこともある。
敵の方もユウタの事は知っており、武士の情けかなんかで最後まで分からないフリをしていた。
そのくらいユウタは、やらかし癖が酷いのである。
「うーん、疲れてるんじゃない?
ほら、ジュース飲む?」
ユウタはコクリと頷く。
どうやらそれなりに参っているらしい。
ユウタは大人しく私の後ろを付いてきた。
「あら、ユウタ君ミコトちゃん、ごきげんよう。
今日も熱々ね」
ジュースを飲んでいると、近所に住んでるおばさんが話しかけてきた。
私たちを子供のころから知っている人で、ユウタと付き合い始めた時は、親の様に喜んでくれた。
もちろん、おばさんもユウタが英雄であることを知っている
「ふたりとも福引券いらない?
たくさん持ってるから一枚あげるわ……」
そういって差し出してきたのは、この商店街で行われている福引の券が一枚。
当たるとは思えないけど、どうせタダ。
損は無いのでのでもらうことにした
「ありがとうございます」
私たちは礼を言って、福引券を受け取る。
「いい商品が当たるといいわね」
そんな事を言いながら、おばさんと別れた、まさにその時だった。
おばさんが急にハッとしたような顔をし、ユウタの背中に手を伸ばそうとする。
マズイ!
そう思った私はとっさに目線で制する。
すると、おばさんは少し迷った末に手を引っ込めた。
どうやら私の意図が伝わったようだ。
「どうかしたか?」
「なにも無いよ」
私たちのやり取りに感づいたのか、ユウタは問いかける。
けれど、私は頭を振って否定する。
「そうか」
納得できないようであったが、ユウタはそれ以上は食い下がらなかった。
そんなユウタをみて、私はホッと一息つく
危ないところだったが、なんとか誤魔化せたようだ。
これからが本番なのだ。
ユウタにはまだ気づかれるわけにはいかないのだ。
『ユウタの背中には紙が貼られている』という事には……
そして紙には『英雄を労う会』と書かれており、時間場所まで書かれている事も……
そう、ユウタが感じていた視線というのは気のせいではない。
知人友人すれ違った他人まで、背中に張り付けてある紙に気づき、彼の背中を見ていたのである
これが視線の正体。
流石英雄、感覚はなかなかに鋭いようだ。
となるとこれを張ったのは誰かという話になるが……
私である。気づかれないようにこっそり張り付けた。
背中に紙を張り付けたのには訳がある。
ユウタは世界を救った英雄である。
本人はいらないと言っていたが、良い事をした者には感謝の言葉を受ける義務がある。
偉大な事をした人間は、たくさんの人に感謝されるべきなのだ
そう思った私は『英雄を労う会』を企画したのである。
本人には内緒で。
そう言った目的で開催するので、色々な人に参加して欲しいと思った。
けれど私はまだ学生、交友関係は広いようで狭い。
普通にお知らせするだけでは、身内でしか情報が回らないだろう……
そこで私は妙案を思いつく。
ユウタの背中に紙を張り街を練り歩けば、いろんな人の目につくだろうと……
ユウタは有名人。
誰もが彼を目で追いかけ、そして背中の張り紙に気づく。
こうすれば不特定多数の人々に『英雄を労う会』がある事を知らせることが出来る。
なんという素晴らしいアイディア!
将来の夢に『軍師』と書こうかしら。
私が心の中で自画自賛していると、ユウタが怪訝そうな顔で私を見る
「なあ、やっぱり視線を感じるんだけど」
「気のせいだってば」
誰もが見る君の背中。
視線に気づいても、その理由までは分からない
悪の組織の悪だくみは阻止で来ても、近くにいる恋人のイタズラは分からないらしい
サプライズの成功を確信してほくそ笑む私の横で、未だに納得いかなさそうな顔をするユウタなのであった。
『永遠の花束』『heart to heart』『静かな夜明け』
家の外から、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
あれからどれだけ時間が経ったのだろう。
衝撃的な事件から一睡もできず、寝ていないのに冴えた頭のまま、私は静かな夜明けを迎えた。
目の前にあるのは、花の残骸。
かつて花束だったものだ。
昨日まで私を魅了した花束だが、今は見る影もない
どうしてこうなったのだろう……?
私はそれを見て何もできず、呆然と見つめていた……
この花束は、愛しの彼がプロポーズにくれたもの。
巷で噂の『永遠の花束』。
この花束は、千代という土地で摘まれた花で作られている。
千代――つまりとても長い年月を意味する、大変縁起のいい場所だ。
ここで育った花でプロポーズすれば、二人の永遠が約束されるという
もちろん根拠のあるものではない。
花束を売っている企業が勝手に言っているだけで、本当にそんな効果があるかは分からない。
でもいいじゃないか、ロマンチックで!
彼が、私を思ってプレゼントしてくれたのだから!
心が込められたプレゼントは、心で受け取らなければいけない
heart to heart。
余計な理屈を持ち込んでは無粋というものだ。
だから花束を貰った私は、嬉しくて嬉しくて、大事に抱えて家に戻り、そのまま部屋に入り、そのままベッドで悶え――そして寝落ちした。
その上私は寝相が悪い。
ふと夜目が覚めて、体を起こしてみれば、目の前には無残な花束の姿。
叫ばなかった自分を、褒めてやりたい
花束だったものの出来上がりである。
永遠なんてないとはいえ、まさか翌日にこんなことになるとは……
コレが彼にばれたらマズイ。
なにせ彼の心のこもったプレゼントを粗末に扱ったのだ。
気分を害した彼にプロポーズをキャンセルされ、破局を迎える可能性は高い。
「それだけは避けなければ」
決して彼に悟られてはいけない。
私は、この秘密を墓場まで持っていくことに決めた。
ブーブー。
まさにその時、スマホが震える。
画面には、彼からのLINEの通知。
まるでタイミングを見計らったかのように来たメッセージを、ビクビクしながら読んでみる。
『おはよう』
送られてきたのは、恒例の朝の挨拶。
なんだ、気にしすぎだったみたいだ。
私はホッと一息ついて、ベットに倒れ込んだ。
ブーブー。
私が返事をする前に、彼がさらにメッセージを送って来る。
いつもは私が返事するまで、新しいメッセージを送ってこないのにどうしたのだろう。
私はスマホを取ってメッセージを確認する。
『結婚したら、お互い秘密は無しにしようね』
ノォォォォォォ!
私、今まさに秘密を抱えております!
そして絶対に明かさないと決意しました。
なのに『秘密をなしにしよう』って?
本当に見ているんじゃないの?
私は、これに対してどう答えればいいのか?
秘密を抱えて彼を裏切るか、それとも秘密を明かして彼に失望されるか……
究極の選択だ。
私は頭を抱えてうずくまる。
♪~ ♪~
その時、スマホから着信を知らせる音楽が流れる。
彼からだ。
やはり秘密に気づいて……
もう諦めよう。
彼は何もかもお見通しだ
私は悲痛な気持ちのまま、通話ボタンをタップする。
「もしもし、やっぱり声が聞きたくなって――」
「ごめんなさいぃぃ」
「えっ、何事!?」
「うわあああん!」
「お、落ち着いて。
ほら深呼吸!」
突然謝罪を始める私に、なにも分からず困惑する彼。
そして事情を把握した彼は大笑いし、後日改めて『永遠の花束』をプレゼントしてくれた。
その後無事に籍を入れ、結婚生活は10年20年と、平穏に過ごすことが出来た。
『永遠の花束』はご利益があったらしい。
永遠は伊達ではなかった
ただ、あの事は彼にとってツボだったらしく、しょっちゅう揶揄われることになった。
なお、その時貰った『永遠の花束』は、ドライフラワーにして今も居間に飾ってある。
12.『バイバイ』『隠された手紙』『優しくしないで』
昔々、あるところにカンベイという男がいました。
この男、他人の秘密を暴くのが三度の飯より大好きというとんでもない人間でした。
誰もが知られたくない秘密の一つや二つ持っています。
たとえば好きな人が誰だとか、陰で悪口を言っていたとか、物を壊したのを内緒にしているだとか、へそくりの場所はどこだとか、性癖をばらしたりだとか……
ですがカンベエはデリカシーも遠慮もなくそれらを暴き立て、周りの人間に吹聴するのです。
そんな性格ですから友人などおらず、誰も近づこうとはしませんでした。
それで落ち込むなら可愛げもあるのですが、まったく気にした様子がない。
それどころか、さらに趣味にまい進する始末。
まことにはた迷惑な男でございました。
ですがそんなカンベイにも味方が一人いました。
母親です。
カンベエの母親は『人様に迷惑をかけるのは今だけ』『本当は他人を思いやれる良い子』とカンベエを信じ、庇っていました。
ですが親の心子知らず。
自らの行いを反省するどころか、さらに秘密を暴きたてます。
その度に母は注意しますが、カンベイは気にせずに過ごしていました。
そんな日常を送っていたある日の事
母親がいつものように仕事に出かけた時、彼は母親の秘密を暴こうとタンスを探り始めました。
普段から母親の私物を漁るのは日課なのですが、今日は特に気合が入っておりました。
これと言って特別なことは無かったのですが、彼の秘密に対する嗅覚が『何かある』と告げています。
他人の秘密に関する事に限り、彼のカンは名探偵張りに冴えているのです。
秘密を探し始めてから約五分、引き出しの裏に手紙を発見します。
ただの手紙ならいざ知らず、隠された手紙はカンベエの大好物!
彼はたいそう喜び、逡巡することもなく手紙を読み始めます。
『 カンベエへ。
お母さんです。
あなたへ伝えたいことがあって手紙を書きました。
直接言うのは憚られたので、こうして文を書いています。
この手紙はタンスに隠していますが、あなたならきっと見つける事でしょう。
カンベイは小さな頃から他人の秘密を暴くことが大好きでしたね。
お母さんの秘密を暴いたこともありました。
その時は叱りましたが、本当はお母さんは怒っていないのです。
あの病弱で生死を彷徨ったカンベエが、こうして親を困らせる程元気になったこと、とても感動しました。
ですがお母さんとて人の子。
秘密を暴かれることが好きではありません。
暴かれるたびに厳重に隠すのですが、あなたはそれら全てを見つけ出しましたね。
お母さんはその度にあなたの成長に驚かされました。
この子は将来きっと大物になる。
今でこそ秘密を暴いて言いふらすことにしか関心がないが、きっと天下を騒がせる傑物になるであろうとお母さんは確信しました。
ですが他の方にとっては違ったようです。
ご近所様から毎日のように『優しくしないでもっと叱れ!』と言われました。
そのたびに『あの子は分かってくれる』『もう少し待って』と言い返しました。
ですが他人に迷惑をかけているのは事実。
事あるごとにあなたを叱りましたが、まったく気にしていませんでしたね。
きっと甘やかし過ぎたのでしょう。
ご近所様の言う通り、もっと厳しくしていればと思わずにはいられません。
ですが、あなたの行いは私の不徳の致すところ。
あなたの責任ではありません。
それは親の責任です
そして、お母さんは親として責任を取らねばなりません。
お母さんはこれから川に身を投げます。
カンベイは、お母さんの死を持って生まれ変わってください。
お母さんが死ねば、ご近所様の目もいくらか同情的になるはずです。
そしてあなたが死ぬ気で変われば、ご近所様も力を貸してくれるはずです。
バイバイ、カンベエ。
幸せになって下さい。
大好きです。
母より』
カンベイは手紙を握り締め、その場に崩れ落ちます。
手紙で知らされた母の死と覚悟に、カンベエは嗚咽を漏らします。
確かにカンベエは秘密を暴くことが大好きです。
そして秘密を他人に言いふらす度に、母親に叱られましたが少しも気にかけませんでした。
次はだれの秘密を暴くのかという事に頭がいっぱいだったからです。
しかしそのことが母を追い詰めていたことに少しも気づけませんでした。
なぜ母親の言うことを真剣に聞かなかったのか……
カンベエは自分の愚かさに嘆き、自責の念に駆られます
その時でした。
家の入口から、誰かが入ってくる気配がしたのです。
カンベイは驚いて振り向くと、さらに驚きました。
そこにいたのは、死んだはずのカンベイの母だったからです。
「母さん!
川に身を投げたのでは!?」
「そのつもりだったんだけどねぇ。
やっぱり最後に話をしてからじゃないと、死んでも死にきれないと思って……
安心してカンベエ、あなたの顔を見たら安心したわ。
もう出ていくわね」
「待って!!」
カンベエは、ふたたび出ていこうとする母を引き留めます。
「お母さんは死ぬことない!」
「でもご近所様に……」
「大丈夫、僕は反省した。
もう二度と馬鹿なことはしないよ」
「お母さんの思った通り。
やっぱりカンベエは優しい子ね」
母は目元をぬぐい、慈しみの目でカンベイを見ます。
「だからね、お母さん。
ずっと一緒にいてよ」
「あら、甘えんぼね。
まだまだ子供みたい」
「そうなんだ。
僕にはお母さんが必要だよ」
「分かったわ。
カンベイがそこまで言うなら死ぬことを止めるわ。
「うん、他の人の秘密を暴かないようにするよ」
カンベイがそう言うと、母は目をパチクリとしばたかせました。
「何を言っているのカンベエ。
秘密を暴くのは良いのよ!」
「え、でも……」
「あらまあ、その様子じゃ分かってないみたいね。
これじゃ死んでも死にきれない。
もう一度言うわ、よく聞きなさい」
カンベイの母は居住まいを正し、まっすぐにカンベイを見つめます
「私たちは代々盗みで生計をたてる盗賊の家系。
情報を集めて忍び込むことはあっても、それを言いふらすことはありません。
もし我慢できなくなったらお母さんに言うのよ。
それを聞いて、お母さんが他人の家に忍び込むから」