『そっと伝えたい』『ありがとう』『君の声がする』
「ひっく、ひっく。
返事をしてよ……」
僕は部屋で一人泣いていた。
心配する両親をよそに、僕は『親友』に話しかけていた
親友の名前は『トモ』、僕の世話をしてくれるお手伝いロボットだ。
けれど、どれだけ話しかけようともトモは返事をしてくれない。
トモは、事故で壊れてしまい、動かなくなってしまったのだ。
トモは、小さい頃からずっと一緒にいた。
忙しい両親に代わり、料理や洗濯、掃除など身の回りの世話をしてくれた。
今では実の親よりも一緒にいる時間が長い。
トモは話すことは上手じゃないけれど、僕のおしゃべりに付き合ってくれた。
君は心のないロボット。
だけど僕は、トモから確かな愛情を感じていた。
僕にとって、親友であると同時にもう一人の親だった。
けれど、トモはもう動かない。
僕を車からかばって、代わりに車に撥ねられたのだ。
ケガは無かったけど、トモはバラバラになって壊れてしまった。
ロボット専門のお医者さんに診てもらったけど、出来たのはバラバラだった体を繋ぎ合わせただけ。
元通りに戻すのは無理だとお医者さんに言われた。
父さんと母さんは『代わりを買ってあげる』と言うけど、何も分かってない。
僕にとって、トモはかけ替えの無い存在で、代わりなんて存在しないのだ。
でもトモはいなくなってしまった。
神様にどれだけお願いしても、トモは少しも動かない。
トモが動かなくなってから三日。
僕は未だに君のいない世界に慣れない。
こんな思いをするくらいなら、あのまま車に撥ねられれば良かった。
たとえ死ぬことになろうとも、トモがいなくなるよりはずっとマシだ。
寂しいよ、トモ。
もう一度話したい。
「――――」
そんな事を思っていたからだろうか、トモの声が聞こえ始めた。
多分幻聴だと思う。
でも幻でもいいから君と――
「――――ちゃん?
聞こえますか、坊ちゃん?」
幻聴じゃない!
この声は確かに、腕の中のトモから聞こえる!
「トモ!?」
「坊ちゃん!
坊っちゃんは無事ですか!?」
「うん、君のおかげでケガはないよ」
「それは良かった」
無機質だけど、どこか安堵しているような声色。
懐かしい声を聞いて、僕は思わず涙ぐむ。
「僕、トモが動かなくなっちゃって、どうしようかと思った……
でも良かった。
また一緒にいられるんだね」
「ごめんなさい、坊っちゃん。
今私は最後の力を振り絞って話をしています。
長くは持たないでしょう……」
「そんなこと言わないで!
もっとお話ししようよ!」
「申し訳ありません」
「嫌だ!
トモはずっと僕と一緒にいるんだ!」
僕は大声で叫ぶ。
けれど、トモは僕のワガママを聞かず、淡々と言葉を続ける
「私はすぐに動かなくなります。実はどうしても気がかりなことがあるのです。
このまま放置するには重大な問題が……
旦那様と奥様には内緒で、あなたにだけ、そっと伝えたいのです。
聞いていただけませんか?」
「……分かった
父さんと母さんには秘密にするよ」
トモの切実さすらを感じられる言葉に、僕は首を縦に振る。
トモがこんなになってでも伝えたい事なんだ。
僕は一言一句聞き漏らさないように集中する
「よく聞いてくださいね……
――私、ガスの元栓閉めてましたか?」
「はい?」
僕は思わず聞き返す。
いくらなんでもこの場でガスの元栓なんて聞かないよね。
きっと聞き間違いだ。
もう一度聞いてみよう。
「ゴメン、良く聞こえなかった。
もう一回」
「ガスの元栓、締め忘れたかもしれません。
私は旧型なもので、たまに忘れてしまうのです」
間違いじゃなかった。
僕は頭が痛くなるのを感じながら、トモに返事をする。
「うん、知ってる。
たまに僕が締めてたからね……
あの日も僕が締めたよ」
「そうでしたか、ありがとうございます……
でしたら……思い残すことは……もうありません……」
「ねえ、もう少しお話ししよう?
これが最後の会話なんて嫌なんだけど、本当に。
ねえ!」
「お別れの……時間です……」
「トモ、しっかり!」
「私がいなくても……お元気で……」
「トモ!
ねえ、トモ!」
「…………」
「トモーー!!」
僕はトモに呼びかける。
けれど、トモは全く反応しない。
どうやらトモは、本当に壊れてしまったようだ。
それに気づいた時、僕の目にまた涙が溢れてきた。
あの会話が僕らの最後の会話?
ありえない。
もっと有意義な会話があったでしょ!?
僕が抑えきれない感情から叫びそうになった、その時だった。
部屋のドアから控えめなノックが聞こえた。
「ちょっといいか?」
お父さんだ。
とても返事をする気分じゃなかったけど、無視するのはためらわれた。
僕は一度深呼吸し、お父さんに返事をする。
「何か用?」
「トモの新しい体が届いたから教えに来たんだ」
「トモの、新しい、体?」
父の言葉に、僕の頭は混乱する。
トモの新しい体って何?
トモはもう動かなくなって……
「おや忘れたのかい?
トモの体はバラバラになったけど、中身は無事だったから、新しい体を買ってあげるって言ったじゃないか?
さあ、トモを持って来ておいで。
中身を入れ替えよう」
□
「ねえ、返事してよ……」
「……」
翌朝、僕は親友に話しかけていた。
あれからトモは新しい体になり、現代的なデザインでとてもカッコよくなっていた。
信じられないことに、壊れていたのは外側だけで、中身はほとんど無事だったらしい。
あの時動かなかったのも、バッテリ周りの機会が壊れてしまっただけらしい。
壊れた場所をすべて直し、動作確認も問題ない。
僕はまたトモと一緒にいられるようになった。
「ねえってば。
トモ~返事してよう」
けれどトモは、体を換装して以来一言も話してくれない。
検査をしても異常なし。
お医者さんは原因不明と言っていたが、僕には分かっている。
気まずいのだ。
最期、まるで根性の別れみたいな会話をしたので、それも仕方ない。
たしかに僕も若干気まずい思いがあったが、それ以上にトモと話したくて仕方がなかった。
だからこうしてずっと話しかけているのだけど、頑固で口を開かなかった。
仕方ない。
あまりしたくないけど、最後の手段を取ることにしよう
「ねえ、話してくれないと、あの事ばらすよ」
トモが僕の方を見る。
やっぱりガスの元栓閉めてなかったの気にしていたらしい。
トモは、参ったとばかりに手を上げる。
「あの事はどうぞ内密に」
「じゃあ、お話しよう」
「……分かりました」
「ずっと一緒だよ。
もしいなくなったら、バラすからね」
「勘弁してください」
最新型でより表情豊かになったトモが、ものすごく困ったような顔をするのがとてもおかしくて、僕は大きな声で笑うのであった。
2/17/2025, 1:51:51 PM