12.『バイバイ』『隠された手紙』『優しくしないで』
昔々、あるところにカンベイという男がいました。
この男、他人の秘密を暴くのが三度の飯より大好きというとんでもない人間でした。
誰もが知られたくない秘密の一つや二つ持っています。
たとえば好きな人が誰だとか、陰で悪口を言っていたとか、物を壊したのを内緒にしているだとか、へそくりの場所はどこだとか、性癖をばらしたりだとか……
ですがカンベエはデリカシーも遠慮もなくそれらを暴き立て、周りの人間に吹聴するのです。
そんな性格ですから友人などおらず、誰も近づこうとはしませんでした。
それで落ち込むなら可愛げもあるのですが、まったく気にした様子がない。
それどころか、さらに趣味にまい進する始末。
まことにはた迷惑な男でございました。
ですがそんなカンベイにも味方が一人いました。
母親です。
カンベエの母親は『人様に迷惑をかけるのは今だけ』『本当は他人を思いやれる良い子』とカンベエを信じ、庇っていました。
ですが親の心子知らず。
自らの行いを反省するどころか、さらに秘密を暴きたてます。
その度に母は注意しますが、カンベイは気にせずに過ごしていました。
そんな日常を送っていたある日の事
母親がいつものように仕事に出かけた時、彼は母親の秘密を暴こうとタンスを探り始めました。
普段から母親の私物を漁るのは日課なのですが、今日は特に気合が入っておりました。
これと言って特別なことは無かったのですが、彼の秘密に対する嗅覚が『何かある』と告げています。
他人の秘密に関する事に限り、彼のカンは名探偵張りに冴えているのです。
秘密を探し始めてから約五分、引き出しの裏に手紙を発見します。
ただの手紙ならいざ知らず、隠された手紙はカンベエの大好物!
彼はたいそう喜び、逡巡することもなく手紙を読み始めます。
『 カンベエへ。
お母さんです。
あなたへ伝えたいことがあって手紙を書きました。
直接言うのは憚られたので、こうして文を書いています。
この手紙はタンスに隠していますが、あなたならきっと見つける事でしょう。
カンベイは小さな頃から他人の秘密を暴くことが大好きでしたね。
お母さんの秘密を暴いたこともありました。
その時は叱りましたが、本当はお母さんは怒っていないのです。
あの病弱で生死を彷徨ったカンベエが、こうして親を困らせる程元気になったこと、とても感動しました。
ですがお母さんとて人の子。
秘密を暴かれることが好きではありません。
暴かれるたびに厳重に隠すのですが、あなたはそれら全てを見つけ出しましたね。
お母さんはその度にあなたの成長に驚かされました。
この子は将来きっと大物になる。
今でこそ秘密を暴いて言いふらすことにしか関心がないが、きっと天下を騒がせる傑物になるであろうとお母さんは確信しました。
ですが他の方にとっては違ったようです。
ご近所様から毎日のように『優しくしないでもっと叱れ!』と言われました。
そのたびに『あの子は分かってくれる』『もう少し待って』と言い返しました。
ですが他人に迷惑をかけているのは事実。
事あるごとにあなたを叱りましたが、まったく気にしていませんでしたね。
きっと甘やかし過ぎたのでしょう。
ご近所様の言う通り、もっと厳しくしていればと思わずにはいられません。
ですが、あなたの行いは私の不徳の致すところ。
あなたの責任ではありません。
それは親の責任です
そして、お母さんは親として責任を取らねばなりません。
お母さんはこれから川に身を投げます。
カンベイは、お母さんの死を持って生まれ変わってください。
お母さんが死ねば、ご近所様の目もいくらか同情的になるはずです。
そしてあなたが死ぬ気で変われば、ご近所様も力を貸してくれるはずです。
バイバイ、カンベエ。
幸せになって下さい。
大好きです。
母より』
カンベイは手紙を握り締め、その場に崩れ落ちます。
手紙で知らされた母の死と覚悟に、カンベエは嗚咽を漏らします。
確かにカンベエは秘密を暴くことが大好きです。
そして秘密を他人に言いふらす度に、母親に叱られましたが少しも気にかけませんでした。
次はだれの秘密を暴くのかという事に頭がいっぱいだったからです。
しかしそのことが母を追い詰めていたことに少しも気づけませんでした。
なぜ母親の言うことを真剣に聞かなかったのか……
カンベエは自分の愚かさに嘆き、自責の念に駆られます
その時でした。
家の入口から、誰かが入ってくる気配がしたのです。
カンベイは驚いて振り向くと、さらに驚きました。
そこにいたのは、死んだはずのカンベイの母だったからです。
「母さん!
川に身を投げたのでは!?」
「そのつもりだったんだけどねぇ。
やっぱり最後に話をしてからじゃないと、死んでも死にきれないと思って……
安心してカンベエ、あなたの顔を見たら安心したわ。
もう出ていくわね」
「待って!!」
カンベエは、ふたたび出ていこうとする母を引き留めます。
「お母さんは死ぬことない!」
「でもご近所様に……」
「大丈夫、僕は反省した。
もう二度と馬鹿なことはしないよ」
「お母さんの思った通り。
やっぱりカンベエは優しい子ね」
母は目元をぬぐい、慈しみの目でカンベイを見ます。
「だからね、お母さん。
ずっと一緒にいてよ」
「あら、甘えんぼね。
まだまだ子供みたい」
「そうなんだ。
僕にはお母さんが必要だよ」
「分かったわ。
カンベイがそこまで言うなら死ぬことを止めるわ。
「うん、他の人の秘密を暴かないようにするよ」
カンベイがそう言うと、母は目をパチクリとしばたかせました。
「何を言っているのカンベエ。
秘密を暴くのは良いのよ!」
「え、でも……」
「あらまあ、その様子じゃ分かってないみたいね。
これじゃ死んでも死にきれない。
もう一度言うわ、よく聞きなさい」
カンベイの母は居住まいを正し、まっすぐにカンベイを見つめます
「私たちは代々盗みで生計をたてる盗賊の家系。
情報を集めて忍び込むことはあっても、それを言いふらすことはありません。
もし我慢できなくなったらお母さんに言うのよ。
それを聞いて、お母さんが他人の家に忍び込むから」
2/5/2025, 1:53:36 PM