14.『誰も知らない秘密』『遠く……』『君の背中』
「ミコト、今日なんか変じゃないか? 」
学校からの帰り道、恋人のユウタと商店街で買い物をしている時の事。
真剣な顔でユウタが尋ねてきた
あのお調子者のユウタが真剣な顔をしている事に内心では驚きつつも、感情を悟られないようニコリと微笑む。
「気のせいだよ」
ユウタの質問に、私ははっきりと否定の言葉を返す。
しかし、納得が出来ないようで、なおも腑に落ちない顔をしていた。
「皆、俺を見てる気がする」
「自意識過剰」
「真面目に聞いてくれよ」
「分かったから怒らないでよ。
それで、どう変なの?」
真面目に取り合おうとしない私に、少しだけ不機嫌そうになるユウタ。
少し意地悪し過ぎたかも思い、話を聞くことにする。
「遠く……ってほどじゃないけど、離れた場所から俺を見ている気がするんだ……」
「私もずっと一緒にいたけど、気づかなかったなあ。
やっぱり気のせいよ」
「そうなのかなあ……
なんというか、話しているときは普通なんだけど、話が終わって別れてから背中に視線を感じるんだよね」
ユウタは、その場で腕を組んで考え込む。
そしてすぐに顔を青くして、私を見た
「なあ、まさか俺の秘密がバレたんじゃあ……」
まるで世界の終わりが来たかのような顔をするユウタ。
ユウタはいつもこうだ。
お調子者の癖に、意外とネガティブ。
『仕方ないなあ』と思いつつも、ユウタを安心させるために、私はいつもするように彼の手を握る。
「安心してユウタ。
あなたの秘密はバレてないわ。
私とあなた、ふたりだけの秘密だからね」
それを聞いたユウタは、ようやくホッとしたような顔をする。
けれどその顔を見て、私の良心は少しだけ痛む。
実の所、ユウタの秘密は『誰も知らない秘密』どころか、この街に知れ渡っている
ユウタの秘密――それは世界を救った英雄だという事。
世界征服を狙う悪の組織、ワルイーダと戦った正義の味方なのだ。
ユウタとワルイーダは壮絶な戦いを繰り広げ、そして勝った。
救世主というやつで、彼がいなければどうなっていた事か……
世間的には正体不明とされているが、みんな知っている。
いわゆる公然の秘密。
知らない方が珍しい。
というのも、ユウタは迂闊でおっちょこちょいなので、隠しているつもりで隠せてない
私の時も、変装しているのに普通に名乗られた。
時には変装用の仮面をかぶり忘れて、しかも最後まで気づかないという失態をしたこともある。
敵の方もユウタの事は知っており、武士の情けかなんかで最後まで分からないフリをしていた。
そのくらいユウタは、やらかし癖が酷いのである。
「うーん、疲れてるんじゃない?
ほら、ジュース飲む?」
ユウタはコクリと頷く。
どうやらそれなりに参っているらしい。
ユウタは大人しく私の後ろを付いてきた。
「あら、ユウタ君ミコトちゃん、ごきげんよう。
今日も熱々ね」
ジュースを飲んでいると、近所に住んでるおばさんが話しかけてきた。
私たちを子供のころから知っている人で、ユウタと付き合い始めた時は、親の様に喜んでくれた。
もちろん、おばさんもユウタが英雄であることを知っている
「ふたりとも福引券いらない?
たくさん持ってるから一枚あげるわ……」
そういって差し出してきたのは、この商店街で行われている福引の券が一枚。
当たるとは思えないけど、どうせタダ。
損は無いのでのでもらうことにした
「ありがとうございます」
私たちは礼を言って、福引券を受け取る。
「いい商品が当たるといいわね」
そんな事を言いながら、おばさんと別れた、まさにその時だった。
おばさんが急にハッとしたような顔をし、ユウタの背中に手を伸ばそうとする。
マズイ!
そう思った私はとっさに目線で制する。
すると、おばさんは少し迷った末に手を引っ込めた。
どうやら私の意図が伝わったようだ。
「どうかしたか?」
「なにも無いよ」
私たちのやり取りに感づいたのか、ユウタは問いかける。
けれど、私は頭を振って否定する。
「そうか」
納得できないようであったが、ユウタはそれ以上は食い下がらなかった。
そんなユウタをみて、私はホッと一息つく
危ないところだったが、なんとか誤魔化せたようだ。
これからが本番なのだ。
ユウタにはまだ気づかれるわけにはいかないのだ。
『ユウタの背中には紙が貼られている』という事には……
そして紙には『英雄を労う会』と書かれており、時間場所まで書かれている事も……
そう、ユウタが感じていた視線というのは気のせいではない。
知人友人すれ違った他人まで、背中に張り付けてある紙に気づき、彼の背中を見ていたのである
これが視線の正体。
流石英雄、感覚はなかなかに鋭いようだ。
となるとこれを張ったのは誰かという話になるが……
私である。気づかれないようにこっそり張り付けた。
背中に紙を張り付けたのには訳がある。
ユウタは世界を救った英雄である。
本人はいらないと言っていたが、良い事をした者には感謝の言葉を受ける義務がある。
偉大な事をした人間は、たくさんの人に感謝されるべきなのだ
そう思った私は『英雄を労う会』を企画したのである。
本人には内緒で。
そう言った目的で開催するので、色々な人に参加して欲しいと思った。
けれど私はまだ学生、交友関係は広いようで狭い。
普通にお知らせするだけでは、身内でしか情報が回らないだろう……
そこで私は妙案を思いつく。
ユウタの背中に紙を張り街を練り歩けば、いろんな人の目につくだろうと……
ユウタは有名人。
誰もが彼を目で追いかけ、そして背中の張り紙に気づく。
こうすれば不特定多数の人々に『英雄を労う会』がある事を知らせることが出来る。
なんという素晴らしいアイディア!
将来の夢に『軍師』と書こうかしら。
私が心の中で自画自賛していると、ユウタが怪訝そうな顔で私を見る
「なあ、やっぱり視線を感じるんだけど」
「気のせいだってば」
誰もが見る君の背中。
視線に気づいても、その理由までは分からない
悪の組織の悪だくみは阻止で来ても、近くにいる恋人のイタズラは分からないらしい
サプライズの成功を確信してほくそ笑む私の横で、未だに納得いかなさそうな顔をするユウタなのであった。
2/11/2025, 1:58:23 PM