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2/2/2025, 10:47:09 PM

「ねえ知ってる?」
「……」
「知らない君にいいお知らせだ」
「……」
「ほら、聞きたいでしょ?」
「……」

 8月中旬、汗が滝の様に出てくる真夏日。
 強い日差しを避けるように日陰で休んでいると、ちゃらい男が声をかけてきた。
 ナンパのつもりなのか、手を変え品を変えこちらの気を引こうとさっきから話しかけてくる。

 率直に言ってタイプでないので全く相手にしていないのだが、そんなことお構いなしに話しかけて来る。
 取り付く島もない事が分かりそうなのに、何が彼をここまで駆り立てるのか?
 もう長い事無視をしているのに、少しも諦める気配がない。

 『もういっそ相手にしたほうが楽なのでは?』という考えが頭を過るが、相手をしてしまってはコイツの思うつぼ。
 私は心を無にして、無視をする。
 
「人生は旅に例えられることがある」
 突然男が何やら哲学的なことを言い出してきた。
 無視を決意したばかりなのに、少しだけ興味が湧いてきた
 何を言うつもりなのだろう?
 私は少しだけ悩み、興味ないフリをしつつ彼の言葉に耳を傾けることにした。
 
「それは長い長い旅で、辛くて苦しくて、目的地は分からない。
 そんな旅だ」
 詩的でなんの中身のない言葉。
 いい風に言って含蓄のあるように見せかけて人をけむに巻く、そんな言葉だ。
 薄っぺらく中身のない言葉に、いつもの私は悪態交じりに反論するのだが今回ばかりはそんな気が起きなかった。
 それは、男が至極真面目に話しているからだろう……
 私の体に、男の言葉の一つ一つが沁み込んでいく

「君が苦しんでいたことは知っている」
 『なんで知っている?』
 問いただそうとして、思わず振り返るもそこにあるのは虚空だけ。
 男がいたはずなのに、どこに行ったのだろうか?

「こんなところにいてはいけないよ。
 君はまだ旅の途中だろう?」
 どこからともなく声が聞こえてくる。
 声はとても近くから聞こえるが、男の姿はどこにもない

「さあ、足を踏み出すんだ」
 なんて無責任な言葉……
 足を踏み出すのが、どんなに勇気のいる事か知らないのだろうか……

 でも男の言う通り。
 男の言葉に従うのは癪だが、ここにいても何も始まらない。
 私は勇気を出し、一歩足を踏み出して――


 □

「痛っ!」
 足に激痛が走る。
 唐突な出来事に、涙をながしながら悶える。
 自分の身に何が起こった!?

 私は何が何だか分からないまま、目を開ける。
 すると見覚えのない天井が視界に入った。

 ……どこだ、ここ?
 自分の部屋じゃない……

「気が付かれましたか?」
 私が動揺していると、横から声をかけられる。
 声の方を向くと、そのには白い服を着た女性がいた。
 看護師だった。

「私の言葉が分かりますか?」
 看護師の言葉にうなずくと、彼女は嬉しそうにほほ笑む。

「気が付いてよかった。
 あなたは事故に遭って一か月意識不明だったんです」
「え!?」

 そう言われても何も思い出せない。
 ドラマで見た記憶の混濁だろか?
 へえー、本当にあるんだ……
 それにしても、自分のことながらまったく緊張感が無いのが少し笑える。

「先生を読んできますから、少し待ってくださいね」
 看護師は私の返事を待たないまま、遠くへと走っていく。
 忙しい事だ。
 まあ私のせいか……

 とりあえず、医者が来るまでの間に状況の整理をしよう。
 記憶に無いのだが、看護師が言うには私は車に撥ねられたらしい。
 おそらくだが、理由は私の注意不足。

 一番新しい記憶は、大学に落ちた時の事。
 合否確認の帰り、絶望の淵にいた事だけは覚えている。
 そんな状態だったから、多分安全確認なんてしてなかったのだろう。
 本当に車の運転手にには悪い事をした。
 後で謝っておこう。

 それにしても不思議な夢だ。
 もしあの時足を動かそうと思わなければ、一生目覚めなかったかもしれない。
 今だ解明されてない人体の神秘が、夢を通じてSOSを受け取ったのだろうか?
 と、非現実的な事を考えて、不合格の事実から現実逃避する

 とその時、『学業成就』と書かれた赤いお守りが視界に入る。
 そこに置いてあるだけのお守りが、なんだか『私が助けました』と言っているような気がする。

 もしかして神様が助けてくれた?
 あのチャラ男は神様で、頑張っても報われなかった私を助けてくれたのだろうか?

「なーんてね」
 私はオカルト系は信じないのだ。
 たしかにお守りは持っていたが、ただの気休め、本当に効果があるとは思ってない
 だいたいそんな力があったら、私を合格させろっちゅうねん!

 とその時、お守りの下に何か紙が置いてあることに気づく。
 手を伸ばすと、なんとか紙を取り書いてある内容を読み思わず顔がにやける。

 『繰り上げ合格』
 合格者に辞退者が出て、私まで枠が待って来たことがと書かれている。
 これで晴れて私も大学生の仲間入りという事だ。

「いい知らせってこれかあ」
 そりゃあのチャラ男がなんとしても伝えたがるはずだ。
 私は少しだけ笑って、小さな声で『ありがとう』と呟くのだった。

1/30/2025, 1:47:39 PM

10.『わあ!』『小さな勇気』『帽子かぶって』

「わあ!
 すごく沢山の人間がいる」
 視界を覆い尽くすほどの人混みをみて、少年は感嘆の言葉を漏らす。
 そして通りに並ぶたくさんの店。
 彼にとって目の前の光景はとても刺激的で、どれほど眺めても飽きないように思えた。
 都会の喧騒に圧倒されながらも、彼の心は興奮でいっぱいだった。

 まるで典型的な『都会に初めて出てきた田舎者』仕草であったが、実際に初めて都会に出てきたので仕方がない。
 彼は今日初めて、都会にやってきたのだ。

 彼の名前は、キタロウ。
 生まれた時から自然と共に育った、純朴な少年である。
 一見どこにでもいそうな少年だが、彼には秘密があった。

 彼の頭には禍々しい角があるのだ。
 そう、彼の正体は鬼……
 先祖は桃太郎と死闘を繰り広げた鬼で、彼はその末裔なのだ。

 とはいえ、今は人間中心の社会。
 彼は無用なトラブルを避けるため、角を隠すように帽子をかぶっていた。
 鬼ということがバレて、退治されてはたまらないからである。
 親に聞かされる桃太郎の話は、彼に人間に恐怖心を抱くには十分であった

 しかし鬼の彼が、なぜ人間の集まる都会にいるのか?
 それは、ぎっくり腰で動けなくなった父の代わりに、仕事をしにやって来たためである。
 キタロウの父は責任感から『絶対に休めない』と這ってでも行こうとするが、腰が砕けては何もできない。
 それで代わりに誰が行くのかと話になった時に、手を挙げたのがキタロウだった。

 代役とはいえ、仕事をするとなれば都会に行く事になる。
 年相応に好奇心旺盛な彼は、都会に行くための方便として立候補したのだ。

 だがキタロウは若い。
 『荷が重いのでは?』と周囲は心配するが、他にやりたさそうな者もいない。
 誰もいないならばと、キタロウに代役が回ってきたのである。

 一通り観光し、キタロウがやってきたのは待ち合わせの場所『BAR 鬼が島』。
 人間社会に溶け込んだ鬼たちが集まる酒屋だ。
 蹴れど同族とはいえ、知らない相手。
 キタロウは少し緊張していた

 だが、いつまでもドアの前に立っているわけにはいかない
 彼は小さな勇気を振り絞り、ゆっくりとドアを開ける。
 カランカランとドアのベルが鳴り、店内にいた数人の客たちから視線が集まる。

「坊主、ここは子供に来るところじゃねえぞ」
 客の一人から威圧感のある声が浴びせ掛けられる。
 キタロウは気圧されそうになるが、気を取り直して言い返す。

「子供じゃありません
 父の代わりにきたキタロウです」
「ああ、アイツの代役か……」
「やっと来たか」
「これでなんとかなりそうだな」
 キタロウが名乗ると、店内にいた客たちが、各々に話始める。
 そして客たちは、キタロウを品定めするように眺め始めた

「だが体が細いな。
 代役は務まるのか?」
 リーダーらしき鬼が、不安そうに言葉を漏らす。
 それを聞いてキタロウは、姿勢を正して大きく声を出す。

「大丈夫です!
 出来ます!」
 キタロウは自分の誠意を見せるため、精いっぱい元気に答える。
 だがリーダーの鬼は、その言葉を聞いても困ったような顔をするだけだった。

「意気込みは評価するが、いかんせんこの仕事は見た目が大事だ。
 お前のような細い体では務まらないよ」
「そこをなんとか!」
「そうは言ってもな……」
 リーダーの鬼が、考え込むように腕を組む。
 キタロウが周囲を見渡すと、他の鬼も同じように不安そうな顔をしていた。

「だか1月も終わる。
 これから代役を探すのは無理だ」
「となると、コイツでなんとかするしか無いのか」
「仕方ない。
 誰か、肉ジュバンを買ってこい。
 なんとかなるだろ」
「え、それでなんとかなるんですか?」
「本物の筋肉がいいに越したことはないがな。
 とりあえずそれっぽければいい」
「はあ」
キタロウはイマイチ納得できなかったが、場が収りそうなので黙っていることにした。

「ところで何をするんでしょうか?」
「なんだ、聞いてないのか?」
「ええ、急ぎできたもので」
 嘘である。
 家族の気が変わって止められる前に、準備もそこそこに家を出たのだ。
 いったいどんな仕事を仰せつけられるのか……
 キタロウは、ゴクリとツバを飲む。

「お前の仕事は、『節分の鬼』だ」
「節分の……鬼……?
 『鬼は外』の?」
「ああ、その鬼だ。
 人間どもに混じって、豆をぶつけられて来い。
 俺らで行きたいんだが、豆アレルギーでな。
 豆アレルギーが無いお前たちに頼んでいるってわけだ」
「待ってください。
 人間の所へ行くんですか!?」
 退治されてしまいますよ、とキタロウは言外に叫ぶ。

「安心しろ。
 一昔前はともかく、現代はTPOさえ弁えればトラブルはない。
 人間と仲良くなって、一緒に遊びに行けばいいさ」

1/27/2025, 2:00:17 PM

9.『瞳を閉じて』『優しい嘘』『終わらない物語』



 古代日本、古墳時代、トウラという名の男がいた。
 彼は埴輪作りの職人で、名の知れた男だった。
 彼が作る埴輪は『見ていると元気になれる』と評判で、毎日のように注文が舞い込んでくる。
 時には、遠くの地の有力者がトウラの埴輪を手に入れようと、視野を送ってくるほどだった。
 そのため、彼はいつも埴輪の制作に忙しくしており、予約は3年待ちが普通であった。

 そんな忙しくも充実した日々を送っていた時の事。
 彼の元に一人の男性が、護衛と共にやって来た。
 男性はきらびやかな服を身にまとい、一見して高貴な身分であることは明らかであった。

「君がトウラ君かね?」
 鈴の転がすような声で、男性はトウラに話しかける。
 その涼やかな声に呆けそうになるも、トウラは頭を切り替える。

「はい、私がトウラです。
 失礼な質問ですが、あなたはどなたでしょうか?
 やんごとなき身分とお見受けしますが……」
「うむ、君の疑問は当然だ。
 儂はこの辺りを収める大王である」
「なんと、大王様でしたか!
 なんというご無礼を」
「気にするでない。
 突然やってきたのはこちらの方だからな。
 むしろ、こちらが無礼をした」

 身なりのいい男性こと大王は、屈託なく笑う。
 トウラは安心しつつも、

「しかし大王様は何の御用でこちらへ?
 お体の調子が優れないと聞いておりますが……」
「うむ、実は休みすぎて体がなまっておってな。
 運動不足の解消がてら遠出をしてな、近くに寄ったついでに有名なお主に会いに来たのだ」
「なるほど、生のエネルギーで満ち溢れております」

 トウラは嘘をついた。
 彼の顔は青白く、まるで死人のようだったからだ。
 お世辞でも健康とは言えず、長くないのは明白だった。
 しかしそれを口に出さなかったのは、大王自身も分かっていることをわざわざ指摘するまでもないと思ったからだ。
 優しい嘘だった。
 
「その、なんだ。
 せっかくここに来たのでな。
 埴輪の一つでも作ってもらいたい」
「ええ、。
 なにかご希望がありますか?」
 トウラがそう聞くと、大王は瞳を閉じて考え込む。

「そうだな、せっかくなので斬新なデザインのものがいい」
「分かりました」
「うむ、頼んだぞ。
 出来上がるころに、使いの者を寄越そう」
 そう言って、大王は護衛と共に帰っていった。

 そして、客が去ってトウラは一人になった後、頭を抱えた。
 『斬新なデザインの埴輪』
 安請け合いはしたものの、なにもアイディアが思い浮かばない。
 斬新なデザインは、誰も思いつかないから斬新なのだ。
 だが請け負ってしまった以上、普通の物を出すわけにも行かない
 どうしたらいいのだろうか、トウラは悩むことになった。

「顔を洗いながら考えるか」
 そう思い、近くの川までいって顔を洗う。
 しかし何も浮かばず、失意のまま帰ろうとしたその時であった。

 川の水面に自分の顔が映っている事に気づく。
 生まれてから何度も見てきた何の面白みのない顔。
 まったくもって、見どころの無い顔であった。

 しかし『これを基にして埴輪を作ったら、逆に面白いんじゃないか?』という考えが頭を過る。
 だがトウラも一端の職人。
 悪ふざけにもほどがあると頭を振る。

 しかしどれだけ考えても、他に案が思い浮かばない。
 トウラは熟考の末、ある決断をする。

「とりあえず作るか。
 ダメそうなら壊せばいいだけだし」
 そう思いながら作った埴輪は、しかし何も思い浮かばずそのまま大王の元へと納品される。
 怒られると戦々恐々するトウラだが、受け取った大王は
「ははは!
 まさか自分の顔を送って寄越すとはな!
 まったくもって斬新だわい」
 そう言っていたく気に入ったという。
 そしてそのその後すぐに大王は亡くなり、彼と一緒に埋葬されるのであった。


 しかし、物語は終わらない。
 時は2001年8月4日。
 古墳からとある埴輪が出土された。
 大王のためにトウラが作った埴輪が出土したのだ。

 この埴輪は、その見た目や出土した場所が柴又であったことから『寅さん埴輪』と呼ばれるようになり、一躍人気に。
 、名職人である彼の作った埴輪は、時代を超えてもなお人々に元気を与える事になるのであった。


 なお、これはフィクションであり、実在の物とは一切関係ありませんが、『寅さん埴輪』は実在します。
 ぜひともその手の中にあるスマホを使って検索してみてください。
 元気がもらえること請け合いです

1/24/2025, 2:08:08 PM

8.『羅針盤』『明日に向かって歩く。でも』『あなたへの贈り物』


「念願の羅針盤を手に入れたぞ!」
 僕はようやく手に入れた羅針盤を愛しくなでる。
 今まで不幸続きの人生だったが、これで僕にも運が向いて来るだろう。

 なぜならこれは、魔法の羅針盤。
 持ち主にとって有益なものまで案内してくれる、凄いシロモノなのだ

 『あなたへの贈り物を探しに行きましょう』
 そんなキャッチコピーと共に発売されたこの羅針盤は、とんでもなく売れまくった。
 友達が話しているのを聞いて、僕も噂の羅針盤を手に入れようと店に行くが時すでに遅し。
 どの店でも売り切れで、ようやく見つけても偽物だったりと不幸続き。
 最終的には一年待ちの予約となった。

 そして待ちに待った一年後、ついに手に入れることが出来た。
 相変わらず不幸続きだったが、ようやく幸運な未来が開けてくる。
 僕は幸せな未来を掴むため、説明書を読む。

 『羅針盤には二つの針があります。
 赤い方角は幸運があり、もう一方の黒い方角には不幸があります』

 なるほどね。
 原理はよく分からないが、赤い方に向かって歩いて黒い方を避ければ、幸運が訪れるらしい
 あまりの簡単さに不安になるが、今日は日曜日。
 効果があるのか試してみよう。

 僕はアパートの部屋から出て、近所の公園のベンチに座って羅針盤を見る
 赤い針は、近所のスーパーの方を差していた。

「そういえばチラシでタイムセールやるとか書いてあったな」
 僕はウキウキな気分でスーパーに体を向ける。
 今までタイミングが悪く、一度もも遭遇したことがないタイムセール。
 もしかしたら初めて遭遇できるかもしれない。
 
「行こう」
 ついてない人生にはさようなら。
 僕は幸せな明日に向かって歩く。



 でも、何だろう。
 何かを忘れているような感覚が、胸の中にある
 僕はその不安を見逃すことが出来ず、少し考える

「家のカギを閉めてない気がする」
 もちろん気のせいで、ちゃんと鍵を閉めたかもしれない。
 これまでそんな事は一度も無かったし、きっと今回も閉めただろう
 そう思うのだけど、どうしても不安が拭い去れない。
 僕は悩んだ末、決断をする。

「帰ろう」
 この先に幸運があるとしても、心残りがあったら純粋に楽しめないだろう。
 閉まってたらまた出かければいいだけだ。
 幸い部屋はすぐそこである。
 僕はベンチから立ち上がり、家に向かおうとして、ちらと羅針盤が視界に入る

「あれ、黒い方が家に向いてる……」
 しかし羅針盤の黒い針は家を向いて、不幸があることを指し示していた。
 これはおかしい。

 家の施錠の状態を確認すれば少なくともホッとするので、少なくとも僕にとってはプラスの出来事だ。
 なのに、『このまま向かうと不幸になる』事を羅針盤は示している。
 どういう事だろう?

 タイムセールに遅れる?
 確かに残念だが、それって不幸か?
 考えても分からない。
 どういう事だろう……?

 幸運のスーパーに行くか、不幸の自宅へ戻るか……
 選択を迫られる。
 僕はまたしても悩み、さっきより長めに悩んだ末、一つの決断を下す。

「スーパーに行こう」
 何があるかは分からないが、とりあえずスーパーに行けば不幸避けられる。
 僕は納得しないながらも、スーパーに向かうのであった。

 ◇

 30分後。
「いやー、運がよかったなあ」
 僕はたくさんの戦利品を手に、いい気分で家路についていた
 あのままスーパーに入るとタイムセールが行われていた
 売られている商品すべてがお買い得で安いのだ。
 初めてのタイムセールに、僕は興奮してたくさん物を買ってしまった。
 買いすぎて買い物袋が手に食い込んでいたいけど、、そんな事が気にならないくらい僕は幸せな気分だった。

 いい買い物に、羅針盤の性能も確認できた。
 有意義な時間であった
 
 そして、一応確認したのだが黒い針はもうアパートを向いていない。
 それどころか赤い針が差している。
 不幸は過ぎ去り、幸運が待っている
 今夜は戦利品でパーティだ!

 鼻歌を歌いながら近くまで行くと、アパートの前に人だかりができていた。
 何かあったのだろうか?
 出かける前の黒い針の事を思い出して、嫌な予感がよぎる

「あっ、無事だったんですね!?」
 恐怖に駆られていると、誰かに声をかけられた。
 振り向くと、そこにいたのは隣の部屋に住んでいる隣田くんだ。
 隣田くんは非常に慌てた様子で、事態の説明をしてくれた

「アパートに隕石が落ちてきて、アパートが壊れちゃったんだ。
 みんな怪我がない事が分かったけど、君だけ連絡がつかなくて心配していたんだ。
 でも出掛けてて良かったよ。
 特に君の部屋がひどく壊れて、家の中にいたら死んでいたかもしれないからね。
 不幸中の幸いだ」

1/21/2025, 1:57:33 PM

『たった一人の君へ』『風のいたずら』『手のひらの宇宙』


「大当たり〜」
 カランカランとベルの音が鳴る。
 目の前にあるのは金色に輝く小さな球。
 まるで夢のようだと、僕はぼんやりベルの音を聞いていた。
 けれど右手にぶら下げている漫画の入ったずっしりと重いビニール袋が、これが現実だと主張していた。

 ここは商店街、福引会場。
 漫画を買った時に貰った一枚の福引券で、きっと当たるまいと思って引いた福引が、まさかの特賞を引き当てる。
 未だに夢だと疑っている。

「準備しますので少しお待ちください」
 僕が人生について考えていると、スタッフの人が景品を準備し始めた。
 そういえば、特賞が何かを知らない。
 当たらないと決めてかかったので、景品のリストを全く見ていない。
 一体何が貰えるのだろうか?
 ちょっとワクワクする。

「特賞は――これ!!
 『手のひらの宇宙』です!」
「『手のひらの宇宙』!!」

 『手のひらの宇宙』。
 それは黒い宝石の中でも、特殊な輝きを持つ宝石がそう呼ばれている。
 大変珍しく、価値の高い宝石だ。

 それは一見黒いビー玉のようにしか見えない……
 しかしよく見てみれば、球の中には無数の光の粒が瞬いている。
 圧倒的に目を惹いている強く輝く星から、目を凝らさなければ分からない程に弱く瞬く星。
 様々な星々が煌めいて、まさに宇宙であった。

「大事にしてください」
 スタッフにそう言われて、慎重に受け取る。
 たしかテレビで数千万すると見た覚えがある。
 こんな寂れた商店街の福引の景品にするなんて……
 商店街、勝負に出たなあ。

 しかし同時に罪悪感も芽生える。
 僕が特賞を当てたという事は、目玉商品が無くなったという事。
 きっと客寄せのために奮発したというのに、これでは客が来なくなってしまう。
 (せめて一等が凄い商品であれば!)
 僕は祈るように、景品の一覧を見る。

 そこに書かれていたのは――
  一等:金の延べ棒、一ダース
  二等:ダイヤモンド、100万円相当
  三頭:温泉旅行、一週間の旅
  …………
  外れ:商店街で使える商品券、一万円分

 商店街の誰か、宝くじでもあたったんだろうか……?
 それはともかく、僕が心配するような事じゃなくて良かったよ。
 そんな形容しがたい複雑な気持ちでいると、急に突風が吹いた。

 余計なことを思っていたからだろう。
 風のいたずらによって『手のひらの宇宙』がころりんと手から落ちた

「待って!」
 咄嗟に手を伸ばすも『手のひらの宇宙』は逃げるように遠くへ転がって行く。
 だが僕は追いかける。
 なんせ数千万のお宝だ。
 無くすわけにはいかない。
 絶対に取り戻す!

 『手のひらの宇宙』との鬼ごっこを覚悟した、まさにその時だった。
 それをひょいと拾い上げる人物がいた。

「これ、あんたの?」
 そういうのは恋人のカレンだ。
 カレンは僕の答えを待たず、『手のひらの宇宙』をまじまじ見ていた

「綺麗だね」
「ああ、そこの福引で当たった」
「え、もしかして特賞の奴!?
 ちょうだい!」
「なんでだよ!
 ダメに決まってるだろ!」

 カレンはたまに突拍子もない事を言う。
 まあ、気持ちはわかるけど……
 なんせ数千万円の物だからな。
 だけどダメなものは駄目。
 僕はハッキリと断るが、諦めきれないカレンは宝石を返そうとしない。

「どうしてもだめ?」
「だめ」
「どうしても?」
「どうしても」
「可愛い彼女からの、お・ね・が・い」

 上目使いに僕を見るカレン。
 その様子に僕の心臓の鼓動が速くなる。
 こういうのに男は弱いんだ。

「分かったよ。
 あるから大事にしろよ!」
「え、マジで!?
 本気なの!?」
「欲しいって言ったのそっちじゃん。
 いやあ、そうだけどさあ。
 本当にくれるとは思わなくて……
 これ高いんでしょ」
「いいよ、どうせ結婚したら共有財産だし」
「な!?」

 カレンの顔が赤く染まる。
 どうやら僕の仕返しは成功したようだ。
 カレンはぶっきらぼうに見えて、意外とウブなのだ。

「はー、君がそこまで本気だったとは。
 そりゃ、これをくれるハズだよ」
「何のことだよ」
「知らないの?
 『手のひらの宇宙』の宝石言葉」
「知らない」

 僕がそう言うと、カレンは意地の悪い笑みを浮かべる。

「宝石言葉はね……
 『たった一人の君へ』。
 いやー、私って愛されてるなあ」
 今度は僕が赤くなる番だった

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