9.『瞳を閉じて』『優しい嘘』『終わらない物語』
古代日本、古墳時代、トウラという名の男がいた。
彼は埴輪作りの職人で、名の知れた男だった。
彼が作る埴輪は『見ていると元気になれる』と評判で、毎日のように注文が舞い込んでくる。
時には、遠くの地の有力者がトウラの埴輪を手に入れようと、視野を送ってくるほどだった。
そのため、彼はいつも埴輪の制作に忙しくしており、予約は3年待ちが普通であった。
そんな忙しくも充実した日々を送っていた時の事。
彼の元に一人の男性が、護衛と共にやって来た。
男性はきらびやかな服を身にまとい、一見して高貴な身分であることは明らかであった。
「君がトウラ君かね?」
鈴の転がすような声で、男性はトウラに話しかける。
その涼やかな声に呆けそうになるも、トウラは頭を切り替える。
「はい、私がトウラです。
失礼な質問ですが、あなたはどなたでしょうか?
やんごとなき身分とお見受けしますが……」
「うむ、君の疑問は当然だ。
儂はこの辺りを収める大王である」
「なんと、大王様でしたか!
なんというご無礼を」
「気にするでない。
突然やってきたのはこちらの方だからな。
むしろ、こちらが無礼をした」
身なりのいい男性こと大王は、屈託なく笑う。
トウラは安心しつつも、
「しかし大王様は何の御用でこちらへ?
お体の調子が優れないと聞いておりますが……」
「うむ、実は休みすぎて体がなまっておってな。
運動不足の解消がてら遠出をしてな、近くに寄ったついでに有名なお主に会いに来たのだ」
「なるほど、生のエネルギーで満ち溢れております」
トウラは嘘をついた。
彼の顔は青白く、まるで死人のようだったからだ。
お世辞でも健康とは言えず、長くないのは明白だった。
しかしそれを口に出さなかったのは、大王自身も分かっていることをわざわざ指摘するまでもないと思ったからだ。
優しい嘘だった。
「その、なんだ。
せっかくここに来たのでな。
埴輪の一つでも作ってもらいたい」
「ええ、。
なにかご希望がありますか?」
トウラがそう聞くと、大王は瞳を閉じて考え込む。
「そうだな、せっかくなので斬新なデザインのものがいい」
「分かりました」
「うむ、頼んだぞ。
出来上がるころに、使いの者を寄越そう」
そう言って、大王は護衛と共に帰っていった。
そして、客が去ってトウラは一人になった後、頭を抱えた。
『斬新なデザインの埴輪』
安請け合いはしたものの、なにもアイディアが思い浮かばない。
斬新なデザインは、誰も思いつかないから斬新なのだ。
だが請け負ってしまった以上、普通の物を出すわけにも行かない
どうしたらいいのだろうか、トウラは悩むことになった。
「顔を洗いながら考えるか」
そう思い、近くの川までいって顔を洗う。
しかし何も浮かばず、失意のまま帰ろうとしたその時であった。
川の水面に自分の顔が映っている事に気づく。
生まれてから何度も見てきた何の面白みのない顔。
まったくもって、見どころの無い顔であった。
しかし『これを基にして埴輪を作ったら、逆に面白いんじゃないか?』という考えが頭を過る。
だがトウラも一端の職人。
悪ふざけにもほどがあると頭を振る。
しかしどれだけ考えても、他に案が思い浮かばない。
トウラは熟考の末、ある決断をする。
「とりあえず作るか。
ダメそうなら壊せばいいだけだし」
そう思いながら作った埴輪は、しかし何も思い浮かばずそのまま大王の元へと納品される。
怒られると戦々恐々するトウラだが、受け取った大王は
「ははは!
まさか自分の顔を送って寄越すとはな!
まったくもって斬新だわい」
そう言っていたく気に入ったという。
そしてそのその後すぐに大王は亡くなり、彼と一緒に埋葬されるのであった。
しかし、物語は終わらない。
時は2001年8月4日。
古墳からとある埴輪が出土された。
大王のためにトウラが作った埴輪が出土したのだ。
この埴輪は、その見た目や出土した場所が柴又であったことから『寅さん埴輪』と呼ばれるようになり、一躍人気に。
、名職人である彼の作った埴輪は、時代を超えてもなお人々に元気を与える事になるのであった。
なお、これはフィクションであり、実在の物とは一切関係ありませんが、『寅さん埴輪』は実在します。
ぜひともその手の中にあるスマホを使って検索してみてください。
元気がもらえること請け合いです
1/27/2025, 2:00:17 PM