『たった一人の君へ』『風のいたずら』『手のひらの宇宙』
「大当たり〜」
カランカランとベルの音が鳴る。
目の前にあるのは金色に輝く小さな球。
まるで夢のようだと、僕はぼんやりベルの音を聞いていた。
けれど右手にぶら下げている漫画の入ったずっしりと重いビニール袋が、これが現実だと主張していた。
ここは商店街、福引会場。
漫画を買った時に貰った一枚の福引券で、きっと当たるまいと思って引いた福引が、まさかの特賞を引き当てる。
未だに夢だと疑っている。
「準備しますので少しお待ちください」
僕が人生について考えていると、スタッフの人が景品を準備し始めた。
そういえば、特賞が何かを知らない。
当たらないと決めてかかったので、景品のリストを全く見ていない。
一体何が貰えるのだろうか?
ちょっとワクワクする。
「特賞は――これ!!
『手のひらの宇宙』です!」
「『手のひらの宇宙』!!」
『手のひらの宇宙』。
それは黒い宝石の中でも、特殊な輝きを持つ宝石がそう呼ばれている。
大変珍しく、価値の高い宝石だ。
それは一見黒いビー玉のようにしか見えない……
しかしよく見てみれば、球の中には無数の光の粒が瞬いている。
圧倒的に目を惹いている強く輝く星から、目を凝らさなければ分からない程に弱く瞬く星。
様々な星々が煌めいて、まさに宇宙であった。
「大事にしてください」
スタッフにそう言われて、慎重に受け取る。
たしかテレビで数千万すると見た覚えがある。
こんな寂れた商店街の福引の景品にするなんて……
商店街、勝負に出たなあ。
しかし同時に罪悪感も芽生える。
僕が特賞を当てたという事は、目玉商品が無くなったという事。
きっと客寄せのために奮発したというのに、これでは客が来なくなってしまう。
(せめて一等が凄い商品であれば!)
僕は祈るように、景品の一覧を見る。
そこに書かれていたのは――
一等:金の延べ棒、一ダース
二等:ダイヤモンド、100万円相当
三頭:温泉旅行、一週間の旅
…………
外れ:商店街で使える商品券、一万円分
商店街の誰か、宝くじでもあたったんだろうか……?
それはともかく、僕が心配するような事じゃなくて良かったよ。
そんな形容しがたい複雑な気持ちでいると、急に突風が吹いた。
余計なことを思っていたからだろう。
風のいたずらによって『手のひらの宇宙』がころりんと手から落ちた
「待って!」
咄嗟に手を伸ばすも『手のひらの宇宙』は逃げるように遠くへ転がって行く。
だが僕は追いかける。
なんせ数千万のお宝だ。
無くすわけにはいかない。
絶対に取り戻す!
『手のひらの宇宙』との鬼ごっこを覚悟した、まさにその時だった。
それをひょいと拾い上げる人物がいた。
「これ、あんたの?」
そういうのは恋人のカレンだ。
カレンは僕の答えを待たず、『手のひらの宇宙』をまじまじ見ていた
「綺麗だね」
「ああ、そこの福引で当たった」
「え、もしかして特賞の奴!?
ちょうだい!」
「なんでだよ!
ダメに決まってるだろ!」
カレンはたまに突拍子もない事を言う。
まあ、気持ちはわかるけど……
なんせ数千万円の物だからな。
だけどダメなものは駄目。
僕はハッキリと断るが、諦めきれないカレンは宝石を返そうとしない。
「どうしてもだめ?」
「だめ」
「どうしても?」
「どうしても」
「可愛い彼女からの、お・ね・が・い」
上目使いに僕を見るカレン。
その様子に僕の心臓の鼓動が速くなる。
こういうのに男は弱いんだ。
「分かったよ。
あるから大事にしろよ!」
「え、マジで!?
本気なの!?」
「欲しいって言ったのそっちじゃん。
いやあ、そうだけどさあ。
本当にくれるとは思わなくて……
これ高いんでしょ」
「いいよ、どうせ結婚したら共有財産だし」
「な!?」
カレンの顔が赤く染まる。
どうやら僕の仕返しは成功したようだ。
カレンはぶっきらぼうに見えて、意外とウブなのだ。
「はー、君がそこまで本気だったとは。
そりゃ、これをくれるハズだよ」
「何のことだよ」
「知らないの?
『手のひらの宇宙』の宝石言葉」
「知らない」
僕がそう言うと、カレンは意地の悪い笑みを浮かべる。
「宝石言葉はね……
『たった一人の君へ』。
いやー、私って愛されてるなあ」
今度は僕が赤くなる番だった
1/21/2025, 1:57:33 PM