G14(3日に一度更新)

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10.『わあ!』『小さな勇気』『帽子かぶって』

「わあ!
 すごく沢山の人間がいる」
 視界を覆い尽くすほどの人混みをみて、少年は感嘆の言葉を漏らす。
 そして通りに並ぶたくさんの店。
 彼にとって目の前の光景はとても刺激的で、どれほど眺めても飽きないように思えた。
 都会の喧騒に圧倒されながらも、彼の心は興奮でいっぱいだった。

 まるで典型的な『都会に初めて出てきた田舎者』仕草であったが、実際に初めて都会に出てきたので仕方がない。
 彼は今日初めて、都会にやってきたのだ。

 彼の名前は、キタロウ。
 生まれた時から自然と共に育った、純朴な少年である。
 一見どこにでもいそうな少年だが、彼には秘密があった。

 彼の頭には禍々しい角があるのだ。
 そう、彼の正体は鬼……
 先祖は桃太郎と死闘を繰り広げた鬼で、彼はその末裔なのだ。

 とはいえ、今は人間中心の社会。
 彼は無用なトラブルを避けるため、角を隠すように帽子をかぶっていた。
 鬼ということがバレて、退治されてはたまらないからである。
 親に聞かされる桃太郎の話は、彼に人間に恐怖心を抱くには十分であった

 しかし鬼の彼が、なぜ人間の集まる都会にいるのか?
 それは、ぎっくり腰で動けなくなった父の代わりに、仕事をしにやって来たためである。
 キタロウの父は責任感から『絶対に休めない』と這ってでも行こうとするが、腰が砕けては何もできない。
 それで代わりに誰が行くのかと話になった時に、手を挙げたのがキタロウだった。

 代役とはいえ、仕事をするとなれば都会に行く事になる。
 年相応に好奇心旺盛な彼は、都会に行くための方便として立候補したのだ。

 だがキタロウは若い。
 『荷が重いのでは?』と周囲は心配するが、他にやりたさそうな者もいない。
 誰もいないならばと、キタロウに代役が回ってきたのである。

 一通り観光し、キタロウがやってきたのは待ち合わせの場所『BAR 鬼が島』。
 人間社会に溶け込んだ鬼たちが集まる酒屋だ。
 蹴れど同族とはいえ、知らない相手。
 キタロウは少し緊張していた

 だが、いつまでもドアの前に立っているわけにはいかない
 彼は小さな勇気を振り絞り、ゆっくりとドアを開ける。
 カランカランとドアのベルが鳴り、店内にいた数人の客たちから視線が集まる。

「坊主、ここは子供に来るところじゃねえぞ」
 客の一人から威圧感のある声が浴びせ掛けられる。
 キタロウは気圧されそうになるが、気を取り直して言い返す。

「子供じゃありません
 父の代わりにきたキタロウです」
「ああ、アイツの代役か……」
「やっと来たか」
「これでなんとかなりそうだな」
 キタロウが名乗ると、店内にいた客たちが、各々に話始める。
 そして客たちは、キタロウを品定めするように眺め始めた

「だが体が細いな。
 代役は務まるのか?」
 リーダーらしき鬼が、不安そうに言葉を漏らす。
 それを聞いてキタロウは、姿勢を正して大きく声を出す。

「大丈夫です!
 出来ます!」
 キタロウは自分の誠意を見せるため、精いっぱい元気に答える。
 だがリーダーの鬼は、その言葉を聞いても困ったような顔をするだけだった。

「意気込みは評価するが、いかんせんこの仕事は見た目が大事だ。
 お前のような細い体では務まらないよ」
「そこをなんとか!」
「そうは言ってもな……」
 リーダーの鬼が、考え込むように腕を組む。
 キタロウが周囲を見渡すと、他の鬼も同じように不安そうな顔をしていた。

「だか1月も終わる。
 これから代役を探すのは無理だ」
「となると、コイツでなんとかするしか無いのか」
「仕方ない。
 誰か、肉ジュバンを買ってこい。
 なんとかなるだろ」
「え、それでなんとかなるんですか?」
「本物の筋肉がいいに越したことはないがな。
 とりあえずそれっぽければいい」
「はあ」
キタロウはイマイチ納得できなかったが、場が収りそうなので黙っていることにした。

「ところで何をするんでしょうか?」
「なんだ、聞いてないのか?」
「ええ、急ぎできたもので」
 嘘である。
 家族の気が変わって止められる前に、準備もそこそこに家を出たのだ。
 いったいどんな仕事を仰せつけられるのか……
 キタロウは、ゴクリとツバを飲む。

「お前の仕事は、『節分の鬼』だ」
「節分の……鬼……?
 『鬼は外』の?」
「ああ、その鬼だ。
 人間どもに混じって、豆をぶつけられて来い。
 俺らで行きたいんだが、豆アレルギーでな。
 豆アレルギーが無いお前たちに頼んでいるってわけだ」
「待ってください。
 人間の所へ行くんですか!?」
 退治されてしまいますよ、とキタロウは言外に叫ぶ。

「安心しろ。
 一昔前はともかく、現代はTPOさえ弁えればトラブルはない。
 人間と仲良くなって、一緒に遊びに行けばいいさ」

1/30/2025, 1:47:39 PM